*003 Lia

 今日の夢は一段と現実味を帯びていた。昨日までの夢と何か違ったのだ。あの生々しい吐き気と煮え滾るような頭痛が私にそう訴えかけていた。今日、どこかで何かが起きる。そんな直感が、私の中で巡っていた。

 毎朝目覚める時、リオンがいないと耐え切れなくなってしまっている。彼女を精神安定剤代わりに利用しているようで少し後ろめたい気分もあったが、彼女はそれを許してくれた。

 着替えて出掛けるよとリオンが言い、私服を手渡してくる。本当に、何から何までしてもらっている。きっとリオンは駄目人間製造機か何かなのだろうと少し考えてしまうほどに、お節介で優しかった。いつもの肩の開けた黒い服に着替えて、手櫛で髪を整える。少しウェーブのかかったくせ毛なのに寝癖も殆ど付かずにこうやって整えられるのは本当に奇跡だとすら思っている。

 そう言えば、リオンは魔道書を持っていたな。リオンが魔道書を持ち歩く時は本気の時だ。今日は実演販売で売り尽くしセールでもするのかな。それならば私も私自身の仕事をしっかりこなさないと。そう思って剣士として軽く装備を整える。私の装備は基本的に軽装だ。篭手やチェストプレートなんて違和感があって付けられない。腰の装備であるタセットの付いたフォールドのみを身につけ、そのフォールドのベルトを利用して小物入れなどを腰に提げる。最後に中子を布で巻いただけの抜身の刀を慎重に皮の袋に仕舞って右側の腰に挿す。

 黒き刃を握れ。夢の中の言葉が脳裏に過ぎった。この刀は、私の血族が代々受け継いできたものだ。作られてからもう千年になるらしい。柄を付けても一度の戦闘で柄だけが粉々に砕け散る。鞘に収めようとも一度抜くと二度と収める事が出来なくなる。それでも錆どころか刃毀れすら知ることのない刀。質に持って行っても価値を見出されない。それなのに誰が作ったのかも、その製造方法も不明のまま。これはもう亡き父から聞いた言葉だ。


 ――――お告げがある。それを聞いたら絶対にこの刀を手放すな。

 ――――これが災厄を留める鍵となろう。


 そのお告げが、きっと今日来たのだろう。今までは半信半疑であったが、これはもう決意せざるを得ない。

 災厄。一体何が起こるのだろう。火山の噴火か、大地震か、津波か、巨大な雹か。

「それとも……」

 私は部屋に散らかった書物を見据える。

 ――――グリモワールの伝説。私がずっと調べてきたことだ。


   *


 この世界に、二人の神が居た。人間を作り、秩序と平和を求めた神。魔物を作り、混沌と進化を求めた神。二人はいつも争っていた。どちらがこの世界を治めるのに優れているか、互いが作った生命を争わせた。

 やがて血で血を洗う戦いを見かねた彼らの父がこう言った。

「代表者を一人選び、決闘で決めなさい。それから千年間は、勝者が世界を治めなさい」

 二人はそれに了承し、互いの代表者を選び決闘させた。

 勝負は呆気ないものであった。人間が魔物をまるで狩りのように仕留め、秩序と平和を求めた神が勝利した。それから千年後も、次の千年後も、人間という勝者が揺らぐ事は無かった。

 混沌と進化を求めた神は激怒した。

「これではもう私に勝ち目がないではないか。もうこんな決闘はやめだ」

 魔物は力なき人間達の虐殺を始めた。魔物は神の恵みを受け、今まで腕の立つと言われていた人間もあっさりと殺していった。これは許されることではない。互いの作りし命に自らの力を授けることは、神々の中では決して行ってはいけないことであった。

 彼らの父は秩序と平和を求めた神に言う。

「奴は許されないことをした。これは特例である。一人の澄んだ心の人間に、お前の力の全てを与えよ。そして、世界の秩序を取り戻せ」

 秩序と平和を求めた神は一人の心の澄んだ男に力を授けた。

 以降の逆転は一瞬であった。次々と魔物を倒し、やがて一番力の強い魔物を山の頂上まで追い詰めた。

「千年ほど、頭を冷やせ」

 彼らの父は魔物と、その神にそう告げ、一冊の魔道書に彼らを封印した。

「決闘はもうしない。しかし、千年経っても反省が見られないようならば、またお前らを封印するための『メサイア』をお前の前まで寄越すだろう」

 そうして世界は人間が仕切る事となった。二度と混沌が訪れぬように。


   *


 これは神話であり、逸話だ。本当の事かどうかなんて誰も証明ができない。

 反省をしない神が千年に一度恐ろしい災厄を振り撒きに来るなんて、きっと信用なんてされないだろう。百年ならまだしも、千年も経過してしまえばそれを実際に体験した人間なんて生き残っていないのだから。

 しかし、私の調べた文献の通りなのであれば、今年が四度目の『千年の反省期間』の終了時期である。二度目と三度目の文献の確認が出来たため、年月に関しては確率が高いだろう。

 夢の事も相まって不安が高まる。もしこの城下町に大量の魔物が押し寄せてきたら、誰がこの国を守れよう? きっとその術を身に着けている人は殆ど居ないだろう。

「ライアー? まだ準備は終わらないのー?」

 扉越しにリオンが私を呼ぶ。

「ごめんねー! 今行くよー!」

 私はそう返事をしてぐるぐると頭の中で回っていた考えを振り落とした。

 扉を開け、リオンにお待たせと言って部屋を出る。彼女は軽く微笑み、じゃあ行こうかと言って一緒に家を出た。

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