第2話 異人と

 東京の異空間・下町、とても堅気とはいえない顧客や取引先、奇妙な風習…、


 「異人・結界」という言葉が、これほどぴったりと当てはまる環境に身をおいたことは、それまでなかったように思う。


 中でも、いまだに僕の脳裏に色濃く焼き付いている言葉は三つ、

「符丁」

「ときもの」

「おれのモノに手をだすな」


 正直に告白すると、面接の当初から経営者には不信感があった。勿論いきなりの圧迫面接だったし、

「今までの経験やら学校やら家族やら全て忘れろ、俺たちが家族になるんだ、一緒に稼いでうまいもん食おうや」

なんだか時代劇の賊が孤児を拾って、忠実な子分にする為にいいきかせるような台詞だが、実際そんな感じだった。

 そういうキャラは初めてだったので、新鮮さもあったように思うし、反面警戒はしたが、即日で、親方(経営者)より

「おまえ本仕込みしてやるからうちに来い」

と”間髪入れず”があり、他にはぼったくり催事屋系の呉服屋の募集しかなかったので、半ばしょうがなく、しかし勉強がてらという思いもあり古着屋に決めた。


 今でこそ着物の古着屋は有名どころが、チェーン展開していてちょっとした街ならばそこそこ見かけることも多いが、そういう店に商品を卸しているのがうちの市場だった訳。

 一応店舗もあったが、そちらの商いはたかがしれていて、計を占う初売りくらいのものという程度のこと。

 当時の着物の競りでは関東圏では最大の市場だった。故にそうとうに妖怪じみてるというか、普通に生きていると先ずはお目にかかれないような人々が全国から集まってくる。今では関東でもきくことのある名古屋のあれやあそこや京都のあそこやら、と、今でも浅草行けば当時からの顔見知りは多い。

 一言でいうなら「裏稼業」である、ブローカーというかバイヤーというかw。競りで出る商品はほとんどが、質草や破産倒産品を買い叩いてきたものであり、それに競りでのせるという事。着物の古着の買値の相場などあってないようなもので、加えて一般の人だとよく和装する人であっても下取り価格の相場などわからない。ネットにも出ない。単純にそんなもの競りで売れる価格以外高いも安いも端から無いのである。

 

 それだから仕入れの際に、そんな場数踏んでない僕でも、

「あれこれさっき証紙(反物の端にある証明書 仕立ての際に仕立て屋が裁断し保管出来るようにたとう紙の半紙の下などに入れてある事が多く気付かない人も多い)あったから本物の黄八じゃね…」

と思っても、商談のただなかでは当然口が裂けてもそれを言えない。兄弟子や番頭がしらばっくれているからね。それに個人の下取り希望者は断捨離や遺留品整理以外は大抵が日々食べるお金にも困っている人がほとんど、丼勘定でドン、にしか興味がない。

 で、下取り後の車内で、「ひゃっはー」と下衆の歓喜をする。内心本当に胸糞悪かったが、これはしょうがない面もあるというか、古物やら骨董品の取引きは狐と狸のばかしあいで、そうしないとより利益がでない、つまり真剣勝負のような理もある。

 だから実際にそれで給金があった僕が一人正義感ぶってるのもおかしな事だったのかもしれないし、それはわからない。ただ、今でも火事場商売は好きではない、これは生来の性分だから。


 次回はその際の「ときもの」について書きます。



 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

糸へん地獄ー呉服の闇 蒼猫 @blaukatze

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ