道化と魔術師 第4話

「御前、後は任します」会長は煙草を吸い終わると御前に頭を下げた


「無茶をするなよ」御前はそう応え見送った




会長は不動明王寺の敷地内にある自分のバイクに駆け寄りエンジンをかける・・・トットットットットットッと単気筒独特のエンジンが響く


『主上、哭天翔より伝言でございます』地面より珀天翔が現れる『魔術師を発見・・・簡単な結界を張っているとのこと・・・いかがなさります』


「では敷地の四方に楔を打ち結界を張り魔が逃げぬようにした後、先の命を実行せよ」会長はヘルメットを被りバイクに跨る「珀天翔、案内・・・」


その時、バイクの後ろに誰かが乗る衝撃が会長に伝わる


「後ろはこんな風に乗ればいいのか」Aさんが掴まれる場所を探していた


「何をしている」会長はドライビンググローブをはめながら振り向く「降りなさい」


「ヘルメットはしっかり被っているぞ」


「そういうこと言っているんじゃない、Yを看てろ」会長はエンジン音に負けない音量で怒鳴る


「Yをあんなにした奴を殴る」Aさんも怒鳴る


「そんな理由で連れて行」


「のを止めるためだ!!」Aさんは会長のヘルメットを叩く「煙草吸って落ち着いたのかと思えば・・・」


「私がそんな事をすると思っ」


「なら何故バイクで行く!!誰も連れて行かない、俺がやるって意味じゃないのか・・・気持ちは解るが頭を冷やせ!!」


「ただ私は機動力を考え・・・」会長の口調が弱まる


「なら何故あの時名前を喋った!!私達には散々注意していたのに・・・自分に矛先を向けようとしたんだろ!!それでYが喜ぶと思うのか!!この莫迦!!」


会長は何も言い返さなかった・・・懐から眼鏡を出しかける


「バイクに乗った経験は?」会長はヘルメットのシールドを下げた


「無い」Aさんもシールドを下げる


「なら動くな・・・重心を動かすな、いいな」会長はアクセルを回す


「解った」


「珀天翔、道案内を頼む」会長はスタンドを外す「しっかり掴まってろ」



純白の犬が描く軌跡を会長は辿る・・・会長は意外に安全運転で走る。停車や発進する際の衝撃をAさんはあまり感じなかった・・・20分ほどだろうか、バイクはある住宅街の一軒に導かれた


「本当にこんな普通の住宅なのか」Aさんはバイクを降りヘルメットを脱ぐ「って・・・うわっ・・・いっぱい漂っている・・・ここなんだ・・・何匹居るんだ?」


「あれは纏めて一つだ・・・何体かの塊に分裂するが基本は元になる死霊に集まっている集合霊だ」会長はエンジンを止め、眼鏡を外しバイクから降りる「それにしても哭天翔、大層な結界を張ったな」


「だから逃げないようにって言っていたのか」Aさんは魔を見ていた「何で普通の家なのに・・・」


「珀天翔、ここの魔を全て喰らいつくせ。後に残りの別れた奴を喰らいに行け」


『御意』珀天翔は塀を飛び越え魔を一体一体喰らい始める




ピンポーン




会長がインターフォンを鳴らす


「おいおい、そんなのに出るか?」Aさんは魔を喰らう珀天翔を眺める「あれ・・・やっぱりチビの下僕みたいだな・・・何て呼ぶんだっけ。使い魔じゃなくて・・・」


「静かにしろ・・・」会長は口に指を当てAさんを黙らす


「なんだ、こんな夜に」何か慌てているような男の声が出た


「夜分に申し訳ありません」会長は優しい口調で話す


「今忙しいんだ、帰れ」


「こちらに黒い犬に襲われている方はおりませんか?」


「ど、どうして・・・」男が会長の言ったことに反応すると、切れた


「Aさん、行くぞ」会長は敷地に入る・・・Aさんは黙って頷く




敷地に入り玄関の鍵が開く・・・婦人が現れた


「失礼」会長は無理に玄関を開け家に承諾もなく入り込む「二階か・・・」


「貴方、一体何ですか!!」突然黒い和服に似た装いの男が家に入るので驚く「警察を呼びますよ!!」


Aさんは失礼しますと会長について行く・・・途中この家の主、先程インターフォンに出た男に呼び止められたが無視し階段をドタドタと走り上る


何故か婦人と主は階段を上って来なかった・・・ただ一階から見上げ、警察を呼ぶぞとしか言わなかった


「チビ・・・警察沙汰になる」Aさんは不安げに話す


「その前に終わらす・・・ここか」会長は二階のある部屋の前で立ち止まり、ドアノブに手をかける




「嘘だろ・・・」Aさんは開けられた部屋を見て驚愕した


窓は分厚いカーテンで閉められており、壁一面に得体の知れない幾何学的な模様が書かれた紙が画鋲で貼られ、所々には不気味な山羊の様な絵、蜘蛛のような脚がついた中年男性の頭に王冠が乗せられた絵なども貼られていた・・・そして何より部屋からは髪の毛を燃やしたような異臭が漂う・・・まさしく魔術師の部屋と言っても過言ではない


ただ一人・・・魔術師とかけ離れた存在が居た


ベッドの上で黒い犬・・・哭天翔に四肢を踏まれ動けず、首に歯牙を当てられた人間・・・


「お前が魔術師か・・・」会長は震える拳を壁に叩きつけた


「あれが元凶の・・・中学生ぐらいの女の子が・・・」Aさんは声が震えた




幼さが抜けない女は泣きながら震えていた




「哭天翔・・・一度下がれ」会長が命じると哭天翔は首から歯牙を外し二歩さがる


「・・・お前等は・・・」女は震えた声で聞く


「日曜に背の高い女にバアルという魔を憑けたな」会長は女の問に答えない「バアルは全て消させてもらう」


「・・・お前達がバアルが言っていた悪魔を殺す者だな・・・バアルが死ぬ筈がない!!」女は上体を起こし睨む「バアルは特別の悪魔だ!!そして私はバアルに認められた特別の存在だ」


「お前は騙されているんだ・・・バアル・・・魔はただの死人の塊だ」会長は冷たく言い放つ


「違う!!・・・お前・・・私がバアルに認められた特別な存在だから妬んでいるんだ!!」女は痩せ細った指で会長を指差す「Ateh・・・ Malkuth・・・ Ve Geburah・・・ Ve Gednlah・・・ Le Olahm・・・ Amen・・・」


「・・・哀れな姿だな・・・」会長は女に近付く「魔に騙され己の心が犯されたことにさえ気付かないのか」


「・・・チビ・・・特別、特別って変だぞ、こいつ」Aさんはドア付近に立っていた


「バアルは今、お前の命を聞いている暇は無い・・・喰われるからな」会長は女の額に指を当てる「さて・・・お前は普通だ・・・」


「違う違う違う違う違う違う違う・・・」女は震えながら耳を手で塞ぎ何度も呟く


「何故特別であろうとする!!」会長が怒鳴る「お前が自分の願望の為に他人を傷つけた理由を言え!!」


「私はお前等とは違う・・・彼奴等も違う・・・私は特別それなのに私を傷つけた・・・私を罵った・・・彼奴等は私を笑った・・・私を妬んだ・・・悪魔を殺そうとした・・・」


「これ・・・被害妄想だろ・・・」Aさんは途中で口を出す


「いや、本当の始まりである虐めは・・・本当だな・・・そして特別であることを望んだ・・・だから魔にバアルと言う名を付けたのか・・・悪魔の中で特別視される悪魔」会長は目を閉じた「特別になり周りの人間から嘲笑、嫉妬、殺意を感じ幸せだったか・・・畏怖したのではないか」


「私は・・・特別でいたい・・・」女は涙を流す「私は特別・・・私は特別だ」


一瞬、乾いた音がした・・・会長が女に平手打ちをした


「何故自分を受け入れない!!何故自らの力で自分を変えようとしない!!何故他人を巻き込んでまで自分の願望通りに生き・・・よう・・・とする・・・」会長の説教が突如弱まる「・・・私は誰に言っている・・・」




会長は震え出す・・・




自分はこの娘に言っている




いや、本当に娘に言っているのか




違う・・・違う・・・違う・・・




私は・・・私は・・・私は・・・




私は・・・・・・に言っているのか




道化の仮面にひびが静かに入り始める




道化と魔術師・・・




私は・・・道化か、魔術師か



***


会長は魔術師である女・・・まだ中学生程の女に手を上げた・・・会長は女性に手を上げる事を嫌っていた・・・がそれをした


「おい、乱暴は・・・」Aさんは会長を止めようとしたが、突如震えだした会長に戸惑う「・・・どうした」


「・・・哭天翔・・・娘の中に入り魔の真の姿を見せよ・・・そして二度と魔術という莫迦な事が出来ないようにしろ・・・壊さない程度だ」会長は娘から離れる


『御意』哭天翔はゆっくりと女に入っていく


女は初めは平然としていたが突如「イヤァァーー」と叫んだ・・・魔の真の姿を見たのだろう・・・


無数の顔が蠢き、罵り汚す・・・人の成れの果て・・・人の業の塊・・・そして魔に心を犯され狂い壊された人々の苦しみ・・・それらは女が見るには重すぎた・・・自分が撒いた種は、魔に騙され己の苦しみとなす毒の花だった


「おい、チビ!!」女の状態を見て止める・・・うずくまりながら目を開き震え、声にならない声を出す・・・異常だ


「大丈夫だ・・・哭天翔は優しい・・・」会長は力無く応えた


しばらくすると哭天翔は女から飛び出た・・・女は気を失っていた


『主上、終わりました』

「・・・どうだ・・・」


『魔術関連に恐怖を抱くようにしました故・・・ただ特別で在ること、魔に対しては拒絶をしますが未だ望み続けております』

「仕方がない・・・向上心等も特別になろうとする心・・・」会長は振り返る「我々の記憶は?黒い犬を見てフラッシュバックされても困るからな・・・」


『抜かりなく』


「・・・帰るぞ・・・」会長は静かに歩き出す


女の両親が一階で待っていた・・・まだ警察は呼ばれていなかった


「あの・・・今の悲鳴は」母親は会長に恐る恐る尋ねる・・・両親は娘の異常な生活が怖かったようだ


「悪夢に魘されたのでしょう・・・」会長は両親に笑う「覚めない悪夢なんてありません・・・直に目覚めます」


そう言うと会長は失礼すると、家を出る・・・Aさんも後に続く


「チビ・・・どうした・・・」Aさんはバイクの後ろに乗ると会長に聞く「何だか荒れてる」


「私は大丈夫だ」会長はシールド越しに笑う「さて帰るか・・・」


Aさんがそれならいいけど、と応えながらバイクに掴む・・・静かな住宅街をバイクは走り出した




「私は・・・誰に言ったんだ・・・」会長が呟く声は風にかき消された




「おお帰ってきたか」Aさんが不動明王寺に帰ってくると籠部屋に戻ってきた「術師と魔はどうじゃった・・・って坊はどうした」


「着替えるって離れに・・・なんか変だよ、チビ」Aさんは白装束を着せられ眠っているYさんを見る「顔色が良くなった・・・」


「ああ、魔の穢れを落としたからのう。汚れ落としや着替えはかかあと娘にさせたから安心せい・・・あとC君は邪魔になるといけないって帰った」会長はAさんの頭を撫でる「術師と魔について解る範囲でいいから話してくれんか」


Aさんは術師についてや、魔が犬に喰われたことを話す・・・そして会長が突然態度が変わったことも。


「まあ・・・術師については荒療治だが一番の善策かのう・・・後は坊か・・・荒れそうじゃな」住職は頭を掻く「・・・誰に言っている、か・・・」


「でも何で普通の子が魔術なんか」


「今は情報社会・・・なんでも解る、がそれが魔を惹きつけたんじゃろな・・・」


突如、場の空気を破る音が響く


「飯にするかい、お嬢ちゃん?景気付けに酒に付き合ってくれんか」住職は笑いながらAさんの頭を撫でる


Aさんはお腹を押さえ顔を赤くした













私は秋の虫の囁きで目が覚めた・・・見覚えがある部屋には裸電球が一つだけ灯されている


「籠部屋・・・夢じゃ無かったんだ」


私は悪夢を見続けていた・・・それは現実だと思い知る


横には毛布にくるまれたAの寝顔があった


「心配させて御免ね、A」私は布団から出てAに囁く


私は先輩に御礼を言わないと思い、辺りを見るが先輩は居なかった


私はAを起こさないように静かに歩き、籠部屋を出た


「・・・犬?」月明かりに照らされた大きな黒い犬が籠部屋の前で眠っていた・・・怖いとは感じなかった。どことなく先輩の雰囲気を感じたからだ


私が犬に気付かれないよう歩くが、犬は静かに私の後ろをついて来た


不動明王寺は静かな夜に包まれ、虫や鳥の鳴き声しかしない


「本堂は閉まってる・・・離れにいるのかな?」私は離れに向かう・・・まだ雲の上を歩くような感じがする


離れに明かりは付いていたかった・・・先輩が居たとしても寝ているのか


「これ・・・何だろ?」離れの入り口に小さな紙袋が置いて有った「・・・簪?」


私は袋を開けると、一本の紅葉が付いた簪が入っていた


「先輩、居ますか?」私茶室になっている離れの戸を座って開ける・・・が開かなかった。何かが内側で引っ掛かる


だが離れからは煙草の匂いと炭が燃える音がする・・・間違いなく中に先輩は居る


「先輩・・・寝てるのかな」私は起こさないように小さい声で呟く「有難う御座いました」


私は籠部屋に戻ろうとした




「すまなかった」微かな先輩の声がした




「起こしましたか、先輩」私は再び座り直す「開けてください」


「すまなかった・・・今回は私が原因だ」先輩は開ける気配が無く淡々と話す「こんな面倒事は金輪際関わりたくない・・・さっさと去れ」


「あの・・・先輩?」私は先輩の言葉に戸惑う


「私は去れと言っているんだ・・・」先輩は変わらず淡々と話す「二度と顔を見たくないと言っているんだ・・・吐き気がする・・・目障りだ・・・消えろ」


「・・・本当にそう思っているならどうして私を助けたんですか?」


「死んで枕元に立たれたら目覚めが悪いからだ・・・つまらない事を聞くな・・・耳が腐る・・・」


何か違和感を感じる・・・先輩は感情的に話さない・・・ただ淡々と話す


「それは・・・本心ですか」


「ああ、そうだ」


「解りました、最後に顔を見せてください」


「断る、五月蝿い消えろ」


「なら去りません」


「去れって言っているんだ!!」初めて先輩は感情的なった「頼む・・・二度と顔を見せないでくれ・・・」


「嫌です」


「頼む・・・お願いだ・・・二度と顔を・・・見せないでくれ」先輩は何度も壁を叩く「私を苦しませるな・・・頼む・・・私に近づくな」


「・・・先輩・・・」戸の向こうから嗚咽混じりの先輩が居た


「後悔する・・・後悔する前に・・・」再び先輩は壁を叩く「私が原因で・・・後悔する前に・・・」


「私は後悔しません」


「頼むって言っているんだ・・・頼む・・・聞いてくれ」先輩は泣き崩れるように話す「・・・私はあの娘に言う資格は無いんだ・・・」


「先輩?」


「あの娘は私だ・・・自分を受け入れず・・・自分で変わろうとせず・・・お前を巻き込んでまで普通に生きようと・・・自分の願望を叶えようと・・・」先輩は畳を叩きながら泣く「私は・・・私は・・・誰に言った!!自分じゃないか!!・・・私はあの娘に言う・・・資格は・・・無いのに・・・」




戸の向こうで先輩・・・いや童が泣いている




道化の仮面が外れた・・・




子供を楽しませる常に微笑む道化の顔・・・




化粧で隠された真の姿は愚か者か、それとも・・・




***


「・・・私は・・・私に言ったんだ・・・」先輩は初めて本当の姿を現す・・・嗚咽混じりに思いを吐き出した「・・・先生・・・私はこの目を・・・受け入れらません・・・」


私は黙って先輩の言葉を聞き入る・・・とうとうこの時が来たのだと・・・


「・・・一体・・・どうしたら受け入れられますか・・・先生・・・」先輩は畳を叩く「・・・先生・・・貴方は蛇神に殺されることも・・・受け入れたのですか・・・」


私は一年前、大学のベンチで先輩を見つけ、別れる際に私を一瞥した時のあの悲しい目を思い出す


「私は・・・こんな目を持って産まれたくなかった・・・周りから・・・奇異に見られる目なんて・・・」


そして時折先輩が私に言った突き放すような言葉を思い出す


「私は・・・ただ普通の世界が見たかった・・・誰も私のせいで傷つかない・・・そんな道を歩みたかった・・・」先輩は静かに泣く




静かな夜に虫の声と先輩の泣く声だけが響く












私は一年前のあの日・・・

心に決めた




「どうして悲しい目をするんだろ・・・」私はベンチから去る先輩の背中を見ながら呟いた「あんな酷い事を言う人には見えないのに・・・それにあの時、私の体を心配してサプリまでくれた・・・悲しくて寂しそうな目・・・なんでそんな目をするんだろう」


私は先輩が去ったベンチに座る・・・優しい温もりを感じた


「・・・あの時、先輩が言っていた言葉・・・私には別のものが見える・・・」私は目を瞑り思い出す


労咳・・・結核を患い亡くなってAと共に住んでいる書生の幽霊、先生は自ら妻に移さない為に座敷牢に籠もり窓からの情景と部屋を自分の世界にした


先生は死後もその場所に憑き、明治、大正、昭和、平成の移り変わりを窓から見てきた


先輩はそれを見たというのか


「先輩には何が見えたのかな・・・どんな風景を見ているのかな・・・あんな悲しい目で何を考えてるのかな・・・」私は溜め息をつく


私は空を見上げる・・・木漏れ日で目を細めた


「・・・あの目・・・似ている・・・」私はふと思った「・・・きっと同じなんだ・・・」


先輩がした悲しい目・・・人を突き放すような言葉・・・


「・・・悲しい目をした理由・・・もしそうなら・・・」


私はその時に決めた・・・嫌がられても・・・嫌われてもいい・・・先輩に笑って欲しかった


何故そんな事を、と聞かれたら困るがきっと恋をしたんだと思う




私は先輩の悲しい目をする理由を知りたかった・・・


先輩を見つけたら自分から近づいた


ただ一度本当に偶然が起きた


2月・・・新しいサークルが出来ると掲示板に貼られ説明会が行われる日程が書かれていた


友人のXに説明会に行こうと誘われた。私も少し興味があったので参加した


説明会が開始される時間に一人の男性が入ってきた・・・エンジニアブーツの音が会場に響く




「会長を務めさせていただく陰宮 楓です」


先輩は私と目が合うと苦い顔をした













「・・・先輩は先生に似ていますね・・・」私は先輩に静かに語りかける「先輩はどうして先生を祓わなかったのですか・・・」


「・・・あの方は優しい方だった・・・何も悪意を感じなかったから・・・」会長は答える


「似ていませんか」


「・・・何が・・・だ」


「・・・先輩は部屋で独りになろうとし、私が開かない扉越しに話しかける・・・」


「・・・何が言いたい・・・」


「先輩は先生を自分と重ね合わせたから祓えなかったのでは?」


「違う!!」先輩は畳を叩く「私は・・・私は・・・」


「・・・独り・・・違いますか」先輩は静かに泣き何も言い返さない「自分の目で見える世界で人が傷つかないように、人を近づけさせない・・・違いますか?」


「・・・どうして・・・解っているなら私に近づく!!」


「ならどうして悲しい目をするんです!!本当は独りが寂しいんじゃありませんか」


「・・・私は普通を望んでは・・・いけない・・・」


「・・・どうしてです・・・」


「・・・私が普通を望めば誰かが犠牲になる・・・」


「その時は先輩が助ければ・・・今回私を助けたように・・・」


「・・・私は・・・そんなに強くない。人が傷付く姿を見たくない・・・もし助けられなかったら・・・」


「助けられなかったら住職に助けてもらえばいいじゃありませんか」私は扉の向こうにいる童を考える「先輩はすぐひとりで抱え込む」


「・・・そんな簡単な話しじゃない・・・」


「意外と簡単かもしれませんよ」


「・・・君に何が解るって言うんだ!!君に私の見てきた世界が解るのか!!」


「そんなの解りませんよ・・・なら先輩は私が見ている世界が解りますか」


「・・・普通の世界だ・・・顕世だ・・・」


「確かにそうです・・・だけど違います・・・人の見ている世界なんて解りませんよ・・・私は先輩より背が高いから、いつも先輩の頭しか見えないんですよ」私は笑う


「何故・・・君は・・・私に笑いかける・・・私を奇異な目で見ない・・・」




「・・・何故って・・・好きだからです」




「・・・私は普通じゃない・・・私は・・・私は」


「先輩は普通以上に優しくて、普通以上に弱くて普通以上に寂しがりや・・・私には特別な人です」


「何故私なんだ・・・君なら良い人に好かれる・・・」


「好きになった方が負けですから」私は戸に手を当てる「独りで受け入れないなら・・・独りで変われないなら・・・独りで間違った願いを叶えるなら・・・誰かを自分の世界に入れてください」


「・・・君は・・・何故・・・」


「私は先輩に心から笑っていて欲しいから・・・作った笑顔じゃなく・・・」いつの間にか私は泣いていた「私じゃなくても良いですから・・・好きな人に笑っていて欲しいから・・・」


再び・・・静かな夜が漂う


「ただ私も好きな人に本当に嫌われるのは辛いから・・・先輩の考えが間違っていると解ってくれたら・・・もう戻りますね・・・」私は泣きながら立つ「・・・有難う御座いました・・・」


「・・・君は強いな・・・羨ましい・・・」先輩は静かに戸を開けた「心を傷つけられたのに酷い事を言った・・・すまない・・・体が冷えただろう。新しい辻利の御茶がある。煎れよう」


小さな戸口から黒い正装の先輩が見える・・・顔は見えないが今は泣いていない


「先輩・・・あっそうだ」私は髪を纏め簪を刺す「似合いますか?」


「似合わない物を誰が買うか・・・」先輩がいつもの口調になる「泣くのを止めてくれ・・・泣かしたようでばつが悪い・・・」


「・・・良かった・・・嫌われなくて・・・良かった・・・本当に・・・」私は泣き崩れた



先輩は戸惑いながらも笑った











「夜中に騒いでいると思えば・・・嬢ちゃん・・・やりおったな」住職は物影に隠れ黙って事の成り行きを見ていた「哭天翔・・・嬢ちゃんの護衛はいいんか」


『今は主上が護衛をしてる故』闇に赤い目が浮かび犬の形になる『そして今も護衛で御座います』

「邪魔をせんわ・・・お前たちはほんに式神のくせに自由じゃな」


『初めての主上の命が我ら夫婦に自由にしろ故・・・我が子を救って戴いたのに・・・優しい方だ』


「故に己を己で苦しめた・・・」






正月に坊は嬢ちゃんを寺に連れてきて、妹の合格祈願をするように儂に頼んだ・・・儂は坊が他人を受け入れたのか、と喜ぼうとしたが違った。だが嬢ちゃんの目を見て坊に好意があると解った


「あの陰宮さんは?」祈願が終わると嬢ちゃんは儂に聞く


「坊なら離れで寝ているんじゃろ・・・まあ坊にとっては家じゃからな」



「家?実家暮らしでは」


「・・・嬢ちゃん、言い辛いが坊はやめとけ」儂は嬢ちゃんを諦めさせたかった「坊の何を知っているんじゃ?」


「知っているって霊の事についてですか?」儂は頷く「占いとお祓いぐらいしか・・・聞いた事がありませんから」


「目については」嬢ちゃんが首を振る「坊の左目は歪んで見える・・・酷い乱視じゃ」


「あの・・・それが」


「が存在してはいけない者はありのままに見える・・・見てはいけない者まで」儂は髭を触る「以前、そのせいで他人が傷付くような事が起きた・・・身をていして庇ったがな。それ以降は他人や・・・そして家族が巻き込まれないよう自ら遠ざかった・・・だからここに住んでいる」


「・・・やっぱり・・・」


「それに坊は家族や親族で唯一見える人間・・・奇異な目で見られ続けた」


「・・・そんな目で見られるのに家族を巻き込まれないようにしているんですか」


「坊は優しすぎる・・・故に苦しんでおる」儂は嬢ちゃんを諭すように言う「だから坊は止めとけ・・・闇が深すぎる・・・儂でも見えない者を見る目・・・嬢ちゃんが辛いだけじゃ」


「いいんです」嬢ちゃんは笑う「私は先輩に笑って欲しいだけですから、嫌われたっていいんです」


儂は溜め息が出た・・・不器用な奴ばかりじゃと。儂は坊がずっと独りなのではと心配した。だから坊に好意を持っていた娘を許嫁にしようとした。娘もまた見える人間・・・娘なら坊の世界に入れるのでは、心を救えるのではと。だが坊は断った・・・そして儂にすら距離を取ろうとした


「なら一つ・・・忠告じゃ。坊は心を頑なに閉じている・・・儂ですら・・・唯一の理解者、坊の師匠以外は。師匠の死後はより心を閉ざした・・・坊はピエロみたいに作った笑いしかせぬ。何時か化粧が剥がれる時が来る・・・化粧の下は子供、童のままじゃ」


「子供ですか?顔は幼いですが・・・」


「口は悪くなったが、儂と初めて逢ったときから何も変わっとらん」儂は嬢ちゃんの頭を撫でた「子供の時から大人のような奴が何処にいる・・・しかも変わらない奴が・・・大人のような態度は坊の仮面じゃ」


「・・・私はどうすれば?」


「自分の信じたことをすれば良い・・・ただ何時かその時が来る・・・今話したことは坊に言うな、よいか」


嬢ちゃんは静かに力強く頷いた






「嬢ちゃんもよく耐えたものじゃ・・・あれほど坊は嬢ちゃんを突き放そうとしたのにな・・・



鈴虫の

想い何処に

鳴り響く

乙女の想い

調べと共に



・・・儂は何を言っているんじゃ」住職は頭を掻く


『主上も変われるだろうか』哭天翔は遠くから離れを見つめる



「直ぐには変われないだろうが・・・変われるじゃろう。ところで珀天翔は?」


『魔を喰らいつくし、今はあちらの柱の影で護衛をしております』


「・・・お嬢ちゃんも野次馬か・・・皆お節介じゃな。さて寝るかのう」住職は足音をたてないように母屋に戻る












「いい加減に泣き止んでくれないか・・・良い茶が塩辛くなる」先輩が困ったように私を見る「頼むから、なあ」


「だって・・・だって・・・」私は茶碗を持ちながら泣く


「小笠原・・・私は女性を泣かす趣味がない・・・どうすれば・・・」


いつの間にか大人と子供が逆転していた


「・・・先輩・・・小笠原、小笠原って偶には名前を呼んでください・・・一生に一度の御願いです・・・」


「・・・何で名前で泣き止む・・・」


「・・・だって・・・だって・・・」


「・・・はあ・・・頼むから泣き止め・・・渚・・・」先輩は溜め息混じりで泣く


「・・・はい・・・あともう二つ一生の御願いがあるんですが・・・」私は袖で涙を拭く


「・・・君の一生は何回あるんだ・・・」


「先輩の事が知りたいです・・・それと・・・」




私・・・小笠原 渚は笑った



やっと先輩の世界に入ることが出来た




先輩に・・・少し近づく事が出来た




今私の隣にいる




偽った顔を見るのが嫌だ・・・左目を見るのが嫌だと愚痴を言いながら




だが願いを受け入れてくれた




慣れない笑顔を先輩は作る




「先輩・・・笑って下さい」




機械音と光が私達を包む



そしてベッドの枕元に新しい写真が置かれた




ひきつった笑顔をする先輩の頬を笑うように引っ張る私の写真が




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る