道化と魔術師 第3話
あの日からY先輩はサークル小屋にも顔を出さず、大学にも来ていなかった・・・風邪がそんなに酷いのだろうか
そして会長もサークル小屋に顔を出さなかった・・・現在サークル小屋には新会長が今後の方針などを決め頑張っていた
そして今日は不動明王寺で呑む日・・・Y先輩は来るのだろうか
「今晩は」俺は不動明王寺の籠部屋に入る
籠部屋は暖かった。部屋の中央では火鉢が置かれ炭が紅蓮に燃えていた
「早いな」会長は煙管を吸っていた
「今日は最後の講義が休講だったので」俺は火鉢の近くに座る・・・籠部屋は山陰に建てられているので寒かった「会長、何故最近サークルに顔出さないんです?」
「私がいたら彼奴等は甘えるだろう・・・君は放送脚本を誰が考えていると思う?」
「三年生の・・・」
「違う・・・私だ」会長は煙を吐く「君はサークルの仕事は?」
「・・・企画を考えるだけです」
「私は活動の基盤を一通り作った・・・あとはサークルをどの様にするかは君達だ。それを横から手を出したり、君達を甘えさせる訳にはいかない・・・だから顔を出さない。まあ三年生も忙しくなり始めたら手伝うがな」
「会長に甘えないよう頑張ります」
「ところでYはサークルに顔を出したか・・・」会長は心配そうな顔をする
「あれから来てません・・・風邪が酷いのかな。会長、Y先輩の事を心配何ですか?」
「携帯に出ない・・・」会長は煙草の葉を指で丸める「何もなければ良いんだが」
「直接会えば・・・Y先輩の家を知らないんですか?」
「知っているが無粋な真似が出来るか」会長は静かに呟く
・・・いやY先輩は喜びますよ・・・
「まあ・・・鼬の事件もあったし会長の事を隠してたから心労も溜まってるんじゃないですか」
「それなら良いんだが・・・」会長は煙管を火鉢に近づけ火をつける「思い過ごしだといいんだが」
会長は何か真剣に考えている・・・会長は何をそんなに心配しているのか解らない
「おー寒いのう」住職が震えながら何かを持って籠部屋に入ってきた「何だ、もう来とったか」
俺が住職にお邪魔していますと言うと、住職は俺に何かを渡した
「温泉饅頭じゃ、嬢ちゃんが来るまで食べないか」
会長は湯を沸かしますと火鉢に三脚を置き薬缶を乗せる
「住職、賞味期限が切れてますよ・・・」俺は二日前の表示日付を見つけた
「大丈夫じゃ」住職は親指を立てる「文句は坊に言え・・・人が折角買ったのにのう」
「私は餡子が苦手で」
「自分で買った生八つ橋は食うのにのう・・・いいんじゃ・・・儂はいじけるだけじゃ」住職は和服の袖で目元を隠す
「・・・一つ・・・貰います」会長は温泉饅頭を一つ手に取る・・・が落とした
会長は動かない
「どうした、坊。そんなに苦手なら無理に食わんくてええ。儂も悪ふざけすぎ・・・坊?」
「・・・切れた・・・」会長は小刻みに震える「携帯はどこに置いた」
会長は携帯を探す・・・服や座っている周り
俺と住職は顔を見合わせ会長を不安げに見る
携帯がなった
「あった・・・Yからか、良かった」会長は携帯を開き着信を見て安堵する「Y、どうし」
「チビ・・・助けて・・・」電話からAさんの震えた声が聞こえた
時は少し遡る
「先生、行ってきます」Aさんはブーツの紐を結びながら同居人に言う
「気を付けて行きなさい。くれぐれも先方に迷惑をかけないようにな」先生はいつものように窓枠に寄りかかり窓の外を眺める「綺麗な夕陽だが嫌な風が吹くな」
「迷惑はかけないよ。留守番お願いします」Aさんは部屋を出ると鍵をかけ出かけた
「相変わらず元気な娘だ」先生は窓から走っているAさんの背中を見る
「Y・・・何で携帯に出ないんだ」Aさんは二回目の留守番電話に伝言を入れる「珍しいな・・・忙しいのかな」
AさんはY先輩の家に向かっていた。理由はAさんが不動明王寺の酒宴に参加しただ飯、ただ酒を呑むためだ・・・学業とアルバイトで常に疲れているAさんにとっては束の間の憩い
Aさんは歩きながら考える・・・会長とY先輩。ある意味でAさんは二人がお似合いだと思っている・・・会長をよく細い体と背中でYだけじゃない、いろんな存在を自分が傷つくことを恐れずに守り救う・・・Y先輩はそれを黙って見守る
「いい加減に付き合わないのか、あの二人」Aさんは溜め息をつく「ただチビは・・・何かに怯えてるよな」
Aさんは信号で立ち止まった・・・風が吹き身震いする。Aさんはもう秋なのかと信号を見つめる
「まさかチビ・・・身長を気にしているのか。確かにYの方が定規一本分は高いか」Aさんは腕組みをして考える
しばらくするとY先輩の家が見えた・・・辺りは暗くなっており各家は明かりが付いていたが、Y先輩の家は暗かった
「あれ?いないのか」Aさんは不審に思う
Y先輩の家の玄関前にAさんは来た
ピンポーン
呼び鈴を鳴らすが反応が無い
ピンポーン
もう一度鳴らすがやはり反応が無かった
「留守なら中で待つか」AさんはY先輩から貰った合い鍵を取り出す。AさんはいつもY先輩が留守なら中で待っていた・・・そして鍵を差す
「駄目!!」Y先輩の力ない叫び声が聞こえた
その瞬間にAさんは背筋に寒気が走る・・・先生と暮らし初めてAさんは霊感が強くなっていた。ただ今感じるのはこの扉を開けてはいけないこと・・・
だが大切な友人を見過ごすわけにはいかなかった
「Y・・・開ける」一度深呼吸しドアノブを回す
部屋は暗かった・・・中に人がいる気配を感じる。そしてこの世の者でもない気配を。
「Y・・・大丈夫か」Aさんは手探りで部屋の明かりのスイッチを探す
コト コト コト コト コト
「何だ・・・何か落ちる音」Aさんはスイッチを見つけ明かりを付ける「えっ!!」
Aさんは惨状を目撃し腰を抜かす・・・床には切れた念珠の数珠玉が散乱している・・・そしてY先輩はベッドの上にいた・・・体を仰向けに弓の様に反らし、黒く長い髪は乱れ、目と口は最大限まで開かれていた。手にはベッドシーツを力強く握り締め、苦痛に耐えているように見える・・・時折声にならない苦痛の呻きを発する
「なんだよ・・・これ」AさんはY先輩に恐怖を感じる・・・そして微かだが黒い靄を見る「・・・チ・・・チビに電話しなきゃ」
Aさんはポケットから携帯を出す・・・だが会長の電話番号が登録されていなかった
「なんで入って無いんだよ!!」Aさんは携帯を床に叩きつける・・・がその時点滅している物を見た「Yの携帯だ」
携帯はベッドの宮の上にあった・・・Aさんは恐る恐る近寄り携帯を取る
「・・・アゥ・・・オェン・・・フォガア・・・」Y先輩の口から呻き声が出る
「早く・・・早く・・・早く」Aさんは震える手で携帯を操作する「頼む・・・お願い・・・出て・・・」
プゥルル プゥルル プゥルル プゥルル プゥルル
「Y、どうし」
「チビ・・・助けて・・・」Aさんは震えていた
「何があった」会長が口調が変わった
「Yが・・・Yが・・・」
「今すぐ向かう、何処にいる」
「・・・Yの・・・家」
「電話を切るなよ」会長は電話を話す「御前、ワゴンを借ります」
「良いが、どうしたんじゃ」御前は会長の顔を見てただならぬ事が起きたと察した
「Yが憑かれ、護符の念珠が切られた」会長は俺を見る「C、御前から車の鍵を貰いエンジンを温めといてくれ。私はその間に準備する」
俺は頷くと御前に連れられ車の鍵を取りに行った
「A、今のYの状況を伝えろ」会長は籠部屋を出て、札などの入った鞄を取りに離れに向かう
「今・・・何か呟いてる・・・」Aさんは涙声で話す
「何を呟いてる」
「・・・日本語じゃない・・・アテーとか・・・ルオラームとか・・・アーメンだ」
「アテー・・・アーメン・・・A、今から言う言葉か
Ateh・・・ Malkuth・・・ Ve Geburah・・・ Ve Gednlah・・・ Le Olahm・・・ Amen
A、違うか」
「うん、そう・・・何だよ・・・一体・・・」
「カバラか・・・一旦電話を切るぞ・・・絶対に名前を聞かれたり、名前を言われても何も反応するな、いいか!!」
「・・・解った・・・」
会長は電話を切る・・・そして早歩きをしながら左手の甲で右手を打つ
『『御側に候』』突如地面から二匹の犬が顔を出す
「異国の神と闘う恐れがある」会長は式神に目もくれない「及び、その背後にメイガスがいる」
『『主上、我等は何を』』
「呼ばれたらすぐに来い」
『『御意』』式神は再び地面に消えた
会長は離れに入ると一通りの道具を確認し鞄に詰める
「メイガス・・・魔術師が何故Yを・・・」会長は畳に拳を叩き付ける「何故私は気付かなかった!!」
会長が車へと走ってきた。俺はすでに助手席に座っている。住職が何かあれば手伝う、連絡しろと会長に声をかける
会長は無言で席に座る
会長はアクセルを踏みエンジンが唸る
「飛ばす・・・喋るな、舌が無くなる」会長はギアを変え、クラッチを繋ぐ
一瞬の重力を感じると会長は車を飛ばした
「何故狂わない!!」黒い靄の男が吐き捨てる「いい加減に堕ちろ」
私の体が言うことを利かない
私はまだ生きているのかな・・・
「つまらない、つまらない、つまらない」黒い靄が私の頭を掴む「つまらない、つまらない、つまらない」
私はベッドへと投げ飛ばされる
もう痛みなどが感じられない
「あれだけ心を犯したのに何故狂わない!!」黒い靄の男が私を押さえつける「この数珠か!!この数珠か!!この数珠か!!」
ピンポーン
誰か来た・・・誰が
「ああ、面白い享楽が来た」黒い靄の男が笑う
そうだ・・・今日は不動明王寺へ行く日・・・Aが来たんだ
「へえ、Aって言うのか・・・面白い享楽だ、楽しい享楽だ」
ピンポーン
駄目、駄目、駄目、来ちゃだめ!!
「折角の享楽、邪魔をするなよ」黒い靄の男が笑いながら私の首を絞め、声が出ないようにする
止めなきゃ、Aが狙われる・・・Aを止めないと
「駄目!!」お願い・・・入って来ないで・・・御願いだから
「この糞が!!折角の享楽が台無しだ!!お前を犯す、お前を侵す、お前を冒す」黒い靄の男が怒りながら私の手首を握り潰す
その時、私の目の前で先輩がくれた念珠が散る
「切れた、切れた、切れた」黒い靄の男が喜ぶ
「ははははっ、最後のお前への享楽だ・・・苦しみ狂え」
黒い靄の男が私の心に入ってくる
嫌・・・嫌・・・嫌・・・
私の心に入らないで・・・
私が私で無くなる・・・
思い出が消えていく・・・
先輩との思い出が消えていく・・・
先輩の顔が黒い靄になる
私の心が犯される
私の心の先輩が犯される
黒い靄の先輩が笑いながら私を傷付ける
違う
これは先輩じゃない
先輩・・・助けて
私がまだ・・・私である間に・・・
私は先輩を信じています・・・
***
Y先輩の家に向かう・・・会長は終始無言だった。そして苛立っていた。信号に捕まる度にハンドルを叩く
俺は話しかけること出来なかった。会長が気迫が怖かったからだ
Y先輩の家に着くと車を駐車し、会長は鞄を持って全力で走る・・・俺は追いかける
部屋に入るとAさんは涙目で力無く床に座っており、Y先輩はベッドの上で仰向けに眠っていた・・・そして床には散乱した数珠玉・・・俺は戸惑った。何が起きているのか解らなかったからだ・・・
「チビ・・・何だよ、これ・・・」
「A・・・下がっていろ」会長は呼び捨てしY先輩に近付く
「何があったんです・・・」俺はAさんに近付き現状を聞こうとしたが、俺がAさんの名前を言いかけると会長は止めた
「互いの名前を呼ぶな・・・そしてYの言葉に耳を傾けるな」
その時だった・・・Y先輩が頭だけをこちらにぐいっと向ける・・・よく見るとY先輩は一週間前より随分痩せていた
「先輩、来てくれたんだ」Y先輩が喋る・・・不気味に笑っていたが目からは涙を流している
「Y・・・聞こえるか」会長は目の前にいるY先輩に不思議な事を言う
「先輩、目の前に居るんですからちゃんと聞こえてますよ」Y先輩が答える「もしかして私が嫌いですか?」
「Y・・・怨まれる事をしたか?」会長はY先輩の顔・・・いや目を見ていた
「先輩の方が恨まれているんじゃありません・・・私を言葉で傷つけ、欺き・・・そしてあの日私を独りにした」Y先輩は笑いながら話すが先程より涙を流していた
「覚えがないか・・・解った・・・Y、泣くな。あとは任せろ・・・負けるなよ」
「つまらない・・・」Y先輩の顔つきが変わる「先輩・・・大嫌い」
「本当に何なんだ・・・」俺はただ呆然と会長とY先輩のやりとりを見ていた「会長は何をしたいんだ・・・」
「Yに呼びかけているんだと思う・・・喋っているのはYじゃない・・・でも誰なのか解らない」Aさんは震えてはいるものの涙は浮かべていない・・・「あの黒い靄は何なんだ・・・」
「何が見えているんですか?」
「・・・Yの体が靄で包まれている・・・それしか見えない」
「Y先輩・・・無事なのかな」俺はただ見守ることしか出来なかった
「お前達がくる前にYはアテーとかアーメンとか言ってた・・・それを聞いてチビはカバラって言った・・・私にはさっぱりだ・・・」
「アーメンってキリスト教ですよね」俺はある映画が頭に過ぎる・・・あまりにも今の現状が酷似している・・・エクソシストに・・・「まさか・・・悪魔?・・・でも悪魔がアーメンって言うのか・・・」
「先輩・・・私をこんな姿にしたのは先輩」再びY先輩が不気味に笑う「あの日・・・私を独りにして置いていった」
会長は鼬の時にした印を結ぶ・・・鼬を触れずに苦しめた謎の印・・・そして印を結んだ手に息をひゅっ、と吹く・・・計五回繰り返す
「・・・何をした・・・」突如Y先輩の口から男の声が出る・・・ベッドシーツを強く握っていた手が解かれた「餓鬼、何をした!!」
「Y・・・一時堪えてくれ・・・逃がすわけにはいかん・・・」会長は今ここで初めてY先輩の顔を見た・・・いや睨んだ「楔を打った・・・逃がさんぞ」
(珀天翔・・・参じよ)会長は頭の中で式神を呼んだ
『御側に候』床から頭だけが現れる・・・Aさんは床から突如現れた犬に驚き会長と犬を交互に目を丸くして見る
会長はAさんの様子を察し、大丈夫だと頷く
(他に周りにいないか)
『居りませぬ・・・しかし遠く二方から臭いがします』
(一方が主か・・・解った、下がれ)
『御意』犬が静かに床へと沈んでいく
会長はしばらくY先輩を黙って見ていたが突如動き出す・・・鞄から札を取り出し唱える
「お前・・・何をする!!」Y先輩・・・いや男が喋る「女を殺す気か!!」
「Yは弱い娘ではない・・・」会長は初めて男と会話する「それに殺してみよ・・・幽世の虫の餌にする・・・」
「餓鬼が!!この童貞が!!お前が原因で女は死ぬんだ!!」Y先輩の口からとは信じられない下劣な言葉が罵詈雑言となり会長に浴びせる
「黙れ・・・」会長は男の両手首、両足首、首に札を巻きつける
「はははっ、最高だ!!最高の享楽だ!!女が愛する者に殺される!!」男は高らかに笑う「我が主が畏怖したのはお前だ、餓鬼。お前の気を纏っていたこの女は単なる勘違い・・・」
「・・・どういう事だ・・・」会長の動きが止まる
「さっきから何度も言っただろう・・・脳味噌が腐ってるのか・・・あの日だよ・・・覚えがあるだろ・・・いつもの服装じゃないね・・・はい、最近人気の服です、この日の為に買いました・・・試写会に有名な方でも来るのか?・・・思い出したかい・・・あの日だよ・・・」男は会長の青ざめた顔を見て満面の笑みを浮かべた「その顔・・・良いねえ」
「お前の名前は何だ・・・」会長がゆっくり直立し男を見下すように睨む
「私の名は我が主のもの・・・餓鬼に教える必要はない」男は嘲笑う「さあ、どうする?女を殺すのか・・・」
「お前は何だ・・・」
「・・・お前達が言う悪魔だ・・・」男は笑う・・・そして一筋の涙が流れる
「悪魔・・・やっぱり・・・」俺は納得する・・・今Y先輩は悪魔に取り憑かれているのか
「Yは大丈夫なのか・・・」Aさんは会長と男を見る・・・今自分達に出来ることない
「悪魔か・・・
yahweh is my shepherd, i lack nothing.
in grassy meadows he lets melie. by tanquil streams he leads me
to restore my spirit.
he guides me in paths of saving justice as befits his nane・・・」会長は呟く・・・俺でも解る・・・それは英語だった
「おい餓鬼・・・頭がおかしくなったのか・・・そうか、自分のせいで女を苦しめ、惨めな姿になり、死ぬんだからな・・・狂って当然か」
「もう一度聞く」会長は口角を上げ強い口調で話す「名前はなんだ」
「くだらねえ・・・何故そんなに名前に拘る」男は笑っていなかった
「高名な悪魔の名前が知りたい」
「高名とは・・・いいだろう・・・我が名はバアル・・・」男は会長に唾を吐きかけるに言った
会長が笑った
「坊・・・ちょっと良いか?」御前が私に声をかけた
先生が亡くなり葬儀が終わり一週間・・・私はR神社の母屋で遺品整理をしていた
「御前、何でしょうか、改まって」私は先生の家に代々伝わる書を整理する手を休める
「・・・坊、これからどうする。まだ術を学びたければ他の術師を紹介するぞ」御前は持ってきた御茶を私に出した
「御前のお心遣い有り難いがお断り致します」私は一口御茶を飲む「先生は全ての術を私に教えて頂きました・・・一族外の私に秘術まで。それなのに他の流派を学ぶと言うのは先生に申し訳ありません。それに・・・」
「それに、なんじゃ」御前は御茶を啜りながら私を見た
「秘術・・・幽世を開ける術・・・これは人を惑わします。どれほどの人格者の術師でも側に私が居て、術が出来ると解れば魔が差します。例え禁術と知っていても荒ぶる神を使役したい、神域を覗きたいという欲が出る・・・私はそれを防がねばなりません」
「坊は禁術ができるのか?」
「私にはまだ出来ません・・・先生が行うのを見て術は理解しましたが、あの幽世の気、幽世の情景が恐ろしく禁術をする気にもなりません」
「そうか・・・」御前は御茶を一気に飲み干し湯呑みを床に置く「爺様から坊への遺言じゃ」
「私への遺言ですか」私はすでに神斬りの刀を監理せよ、という遺言を頂いていた・・・まだあると言うのか
「爺様から坊が遺言を伝える資格があるかどうかを判定した後に話すように言われていたんじゃ
一つが他の流派に教えを乞わないこと
二つが禁術を他人に知られないように努めること
三つが禁術を未だ行っていないこと」御前は指を折ながら話す
「・・・あの遺言とは・・・」
「童や・・・禁術が出来たら29代目の継承者を名乗って良いぞ・・・以上」
「それが遺言ですか」俺は戸惑いながら遺言を聞いた
「爺様は知っての通り家族はいない・・・自ら祟りを終わらせようとしたからな。だが、あの刀と禁術は護らねばならない・・・本当は当主を与えたいが、と言っていたが」
「先生は酷な事を致します」私は御茶を眺める「私は未だこの眼を受け入れていないのに」
「だからじゃ」御前は目を瞑る
「えっ・・・」
「お前が普通の人間だから遺言を遺したんじゃ・・・己の欲だけで術を学ぼうとせず、禁術が如何に周りに影響を与えるかを理解し、そして恐怖を抱く・・・」
「私は普通の人間など・・・」
「では坊・・・何故術を学んだ・・・初めは幽世の者に対処する為だったが・・・今は何の為に術を学ぶ?」
私が術を学んだ理由・・・それは・・・
「はははははっ、バアルか。レメゲトン、ゴエティアによれば序列一番の偉大なる王・・・バアル・・・旧約聖書の列王記に登場する神・・・」会長は目を手で押さえながら笑う
「チビ・・・何笑っているんだよ・・・」Aさんは会長を見た「Yを助けてくれよ・・・」
「・・・神・・・悪魔?」俺は会長の言葉が解らない・・・神であり・・・悪魔なのか・・・「どうして笑っているんですか・・・会長・・・」
「お前の笑い方・・・虫唾が走る・・・女が死ぬからと気が狂った訳ではない・・・何を考えている」
「虫唾が走るのはこちらだ・・・茶番は終わりにする」会長は印を結ぶ、呪を唱える「・・・縛!!」
次の瞬間、男が弓のように体が反り一度浮く・・・まるで電気ショックを受けたようだ
「縛らせて貰った」会長は次に人形の紙を取り出し男の胸に置く・・・片方の手で印を、もう片方で紙を押さえ再び呪を唱える「これでお前を移動させても気付かれない」
「・・・何をする気だ・・・」男が初めて怯えた声を出す「こんなの享楽じゃない・・・逃げれない・・・女も犯せない・・・」
「二人ともすまないが不動明王寺の籠部屋に運ぶ」会長は俺達に指示する
「あのここでは駄目なんですか・・・」俺はY先輩に近づくのが怖かった
「逃げられたら厄介だ・・・これは根本を絶たないといけない」会長は静かに呟く
「・・・餓鬼・・・お前・・・何者だ・・・」今、Y先輩は目を瞑り眠っているように見えたが口が動く
「お前の悪魔だ」会長は左目を見開く「後悔させてやろう・・・この娘に憑いたのがお前の地獄の始まりだ・・・」
「・・・何を知っている・・・何を見ている・・・何をする・・・」
「お前達から死者の臭いがする・・・そして俺はこの世ならざる者が見える・・・そしてお前達を消す・・・」
「・・・何者だ・・・お前・・・」男は先程までの威勢が微塵も感じられない
「いい加減に黙れ・・・下衆」会長はY先輩の顔に手を当てる「もうしばらく耐えてくれ・・・もう心は犯されないからな」
会長は呪を唱えると男は喋らなくなった
「お前が名乗ったから私も名乗ろう・・・せめてもの礼儀だ
第29代 陰陽道巽流 継承 陰宮 楓・・・お前達の悪魔になる者の名・・・ただの大学生だ・・・」
Y先輩から涙がこぼれ落ちた
私が術を学ぶ理由・・・忌々しい力で人や御霊を救えるなら、護れるなら・・・ただそれだけ
***
「仕方がない・・・私が背負う」会長はY先輩を運ぶよう俺に指示したが、俺は今のY先輩が怖くて拒んだ「C、運転を頼む」
「会長、俺運転出来ません。マニュアルなんて教習所以来・・・」俺は投げられた車の鍵を受け取る
「体が覚えている・・・A、すまないがYの身なりを整えてくれ・・・触れても大丈夫だ」
今のY先輩は本当に静かだった・・・穏やかな寝顔をしている
「解った」AさんはY先輩の身なりを整え、見えていた下着を隠す「チビ・・・あの白い犬・・・」
「やはり見えたのか・・・聞かないでくれ・・・」会長は優しくY先輩の頭を撫でる「・・・私は普通の人間ではない・・・」
「聞かないでって言うから聞かないけど、普通だろ・・・チビは」Aさんは会長を見る「だからYを助けようとしている・・・何をしているのか、あれが何かは解らないけど、お前が助けようという気持ちは解った」
「・・・Aさん、しばらくYは不動明王寺で看る・・・着替えなどを用意してくれ」会長は悲しげに微笑む「A・・・有難う」
Aさんは着替えを準備する・・・俺は会長に言われ先に車に戻り、エンジンを暖め車の後部座席を全て倒していた
「Y・・・行くよ」会長は自分より背の高いY先輩を背負う「・・・こんなに軽いのか・・・・・・すまない・・・全て私のせいだ・・・お前をこんな目に・・・・・・すまない・・・」
会長は車の後部にY先輩を寝かし、自分は隣に座る・・・俺は運転席に座り、運転方法を必死に思い出す
「チビ・・・準備出来た」Aさんが大きな鞄を持って助手席に乗り込む「三日分詰めてきた」
「C・・・急がなくていい。Yは大丈夫だ。車を出せ」
「解りました」俺は車を出す・・・がエンジンが唸るだけ
「ギアが入っていない」会長は笑い、運転方法を口で言う
車を出す際に二回、信号に捕まり三回エンストする・・・が思い出してきた。会長が言った通り体は覚えていた
会長は俺の運転が大丈夫だと解ると電話をかける
「坊・・・嬢ちゃんは大丈夫か?」
「魔に入られ心を犯されました・・・今そちらに向かっております」
「魔か・・・どう対処した」
「心がこれ以上犯されぬよう楔を打ち、Yには申し訳ないが中に封じました」
「ばれた気配はないか」
「抜かりなく。式神に調べさせ確認済みです。また符でYと魔を写したので気付かれる心配はありません」
「これからはどうするんじゃ」
「背後にいる術師を探します・・・そこでYから魔を剥がすお手伝いを御願いしたい・・・」
「解った・・・娘も手伝わせる」
「感謝します」会長は電話を切る
「あの会長・・・本当に不動明王寺でいいんですか?」俺は自分の中の疑問を確かめたかった
「どうした?」
「悪魔なんですよね・・・ここからならH教会があります」悪魔ならキリスト教だ・・・会長とは宗教が明らかに違う
「H教会はプロテスタントだ。悪魔や幽霊といった教義は基本無い・・・行っても病気行きだ」
「なら少し遠いけどS教会は」
「あそこは確かにカトリック、悪魔払いの教義や聖品の祓魔師が存在するが時間がかかる」
「時間って」
「まず実際に悪魔憑きかを判定するのに医者に診断・・・その後に悪魔憑きと診断されればヴァチカンの教皇猊下に悪魔払いを執り行う申請をする・・・そして許可が下り司教の命が降りた者が悪魔払いをする・・・どちらにせよ、これは悪魔だが悪魔ではない」
「悪魔だが・・・悪魔ではない・・・あの意味が」俺はバックミラーから会長を覗く
「詩篇に一切反応しなかった・・・念のために確認しようと唱えたがな」会長はY先輩を見守っていた
「チビ、詩篇てあの英語か」Aさんは後ろを見る
「旧約聖書、詩篇第23章ダビデの詩篇・・・これは一切反応しなかった」
「あの悪魔ってアーメンを言うのですか?」俺はまだ解らない事を聞く
「勘違いされるがアーメンとは神の言葉や聖なる言葉じゃない・・・その通り、そのようになれ、と言う賛同の言葉・・・。それにこれが言ったのはカバラ・・・西洋の魔術だ」
「魔術・・・じゃあ」
「背後にあれの主がいる・・・そしてY以外にも憑かれている人が居る」
「その主、人間が悪魔を呼び出し・・・」
「理由は解らないが悪魔を呼び出し、人を襲った・・・だが偽者だ・・・」
・・・偽物・・・悪魔を呼び出しY先輩を襲ったのに・・・
「チビ・・・悪魔って本当にいるのか」
「キリスト教の悪魔は元は神の使いや神だ」
「「えっ・・・」」俺とAさんの声が重なる
「旧約聖書レビ記にはサタンは神の使いとある・・・これが言ったバアルという名は唯一神以外の神・・・つまり唯一神の敵である悪魔・・・日本の八百万の神もその意味で悪魔だ」
「でもなんで」Aさんは身を乗り出す
「・・・君は納豆が好きかい?」会長はAさんを見る
「好きだよ・・・安いし栄養もあるし」
「西洋の方は豆を食うが納豆を食べる我らを奇異な眼で見る・・・これに似ている。隣の文化では神に人を生贄として捧げる。しかし自分たちは牛を生贄として捧げている・・・人を生贄にするあれは邪教だ、と畏怖し拒み悪魔と呼ぶ・・・自分達も生贄を与えているのに。まあ、教えから他の神を認めないのもあるが・・・」
会長は再び静かにY先輩を眺め頭を撫でる
「私が悪魔だが悪魔ではないと言った理由・・・これはそういった悪魔ではない」会長は俯く「この悪魔は人の弱さにつけ込み心を惑わす・・・これは魔が差すの魔だ・・・」
それから会長は黙ったままY先輩の頭を撫でた・・・俯いていたので表情は解らないが時折すまない、と何度も呟いていた
「籠部屋に運ぶんじゃ」不動明王寺に着くと住職達が出迎え、修行僧の方にY先輩を運ばす
「御前、着替えて参ります」会長は離れに向かう
「お父さん・・・あれ・・・」MさんはY先輩を一度見て言う・・・Mさんは赤い法衣を纏っている
「久方ぶりにあんなでかいのを見たのお・・・一体何人、いや何十人居るんじゃ・・・」住職は顎を触る「あれが死して尚堕ちた人の果ての塊・・・魔じゃ・・・あれは人を惑わし狂わせ己の糧にする・・・」
「あれが人・・・」Mさんは時折Y先輩から溢れる大量の人の顔を見た・・・苦痛に歪む顔・・・恍惚に酔いしれる顔・・・さまざな顔を見た「これからどうするの」
「今嬢ちゃんの中に魔が封じられておる・・・それを籠部屋で解く・・・逃がさないため・・・籠部屋の外壁は籠目に編まれた竹細工。あれには呪が込められておるし籠目自体が呪・・・出る事も入る事も出来ないからのお」
「解いたあとは」
「坊に聞け」御前はMさんの肩を叩く「儂等はあくまで手伝いじゃ」
「Yは大丈夫なのか?」Aさんが住職達に近寄る
「無事と言いたいが」住職は濁した口調になる
「あの黒い靄はYを殺すような事を言ってたぞ」Aさんは問いただすように話す
「魔に心を犯され・・・狂い・・・最後は自ら死を選ぶ・・・」住職は溜め息をつく「が嬢ちゃんは魔に屈していない」
「大丈夫なんだな」
「解らん・・・」
「解らないって何だよ!!」Aさんは住職の胸ぐらを掴む
「心が犯されてるんじゃ・・・その傷は儂等には解らん・・・嬢ちゃんを信じてやれ」住職はAさんの頭に手をやる
修行僧の方がY先輩を籠部屋に寝かしました、と報告に来た。
「チビがしばらくYを不動明王寺で看ると言ってた。これはYの着替え・・・どこに置けばいい」Aさんは鞄を見せる
「そうか、なら一度清めるのお」住職は修行僧に鞄を渡す「女子の物じゃ、莫迦な真似したら破門じゃぞ」
修行僧はそんな事はしませんよと応え、本堂へ清めに向かう。俺達は籠部屋に行き会長が来るのを待つ・・・籠部屋には火鉢の炭がパチパチと燃える音だけが響いていた
「待たせた」会長は黒い正装を纏い、長い髪は札で結ばれていた「入れ」
俺は誰か来るのかと思ったが会長だけだった・・・誰に入れと言ったのか俺には解らない
「してどうする?」住職は頭を動かし会長に聞く
「魔は己を西洋の上位悪魔の名だと語りました」会長は火鉢の隣に座り煙草盆を手繰り寄せる「また魔術師の呪文を唱えています」
俺は呑気に煙草を、と言いかけたがAさんに止められる・・・意外にも吸わせてやれ、とAさんは呟いた
「西洋の術師がこれを使役・・・解らんのう・・・しかも悪魔の名前をつけるとは」住職は眉をひそめる
「ですので私は魔術師を偽物と判断しました」会長は煙管を火鉢に近づけ
「儂も同感じゃな・・・逆に邪な思いから魔に魅入られたのだろう・・・言葉巧みに人を惑わすからな。して主を如何に探す?術で返せば偽物が死ぬぞ」
「哭天翔に探らせます」会長は煙を吐く
「妥当じゃな・・・ところで坊・・・何を考えている」住職は突如口調を変えた「気持ちは解るが堕ちるなよ」
会長は住職の問いに答えなかった・・・煙草の煙の為か目を細めY先輩の顔を見る
「・・・後悔させてやる・・・」会長はそう口を動かした
「始めます」会長がぽんっと灰を落とす
俺達は邪魔にならないように部屋の隅に座っていた。部屋の中央にはY先輩が寝ており枕元に住職と会長、足元にMさんが座る・・・真上から見れば正三角形で座っていた
「哭天翔、珀天翔」会長は呼ぶ
Aさんは驚くが俺は何が起きているのか解らなかった
『『御側に候』』今回は体全体を現す
「哭天翔・・・不味いと思うが魔を残らず喰え。珀天翔は隅の二人を護れ」
『『御意』』
哭天翔はY先輩の横で構え、珀天翔は俺達の前に背を見せ座る
「令嬢・・・準備は良いか?」会長は印を結ぶ
「はい、構いません」Mさんは力強く頷く・・・手には長い巻物を広げてあった
会長が呪を唱え始めた・・・封を解かれ始める
それと同時にY先輩の体が小刻みに震え始める
会長は印を変えた・・・住職達はまだ手を出さない
パン、と会長は印を解き手を打つ
「ア゛アアアアアアアアア」突如Y先輩が目を見開き呻き声を上げる
「「「ノウマクサンマンダ バザラ ダン センダ マカロシャダ・・・」」」間髪入れずに三人は唱えた
Y先輩が震えながら弓のように体を反らし始める
徐々にY先輩の体の表面に黒い靄・・・違う、無数の人間の顔が現れ蠢き始める
無数の顔が鬼火のように一つ一つに別れ苦痛の表情で漂う
会長が唱えながら懐から札を出し火鉢の火で燃やす・・・そして印を結び変える
顔が互いに引きつけられ大きな蠢く顔の塊へと変わる
いつの間にかY先輩は体を反らすことも震えることもなくなっていた
会長が目で哭天翔に合図を送る・・・喰えと
哭天翔はひらりと跳び、魔に喰らいつく・・・そして顔の塊が消えていく
「とりあえず、嬢ちゃんのは終わりじゃな」住職が唱えるのを止め膝を叩く「あとは穢れを落とすだけか・・・」
「Y、大丈夫か」AさんがY先輩に近付き揺さぶる
「こらこら、そう急かすな。今は眠っているんじゃ、起こしちゃいかん」住職はAさんを止めた「先程言ったが心の傷・・・これが残っておる・・・嬢ちゃんが心配なら明王様に祈れ・・・儂等でもこればかりはどうすることもできんからな」
Y先輩は微笑みながら涙を流し眠っていた
(哭天翔・・・居場所は解ったか)
会長は心の中で問いかける
『はい』
(すぐにその者の元に飛べ・・・そして首を噛め)
『・・・それは主上の言葉とは思えませぬ』
(命に背くか)
『・・・主上・・・御心づかれませ・・・』
(・・・はぁ・・・ふりで良い・・・首を噛むふりをな・・・)
『・・・御意』
会長は煙管に煙草を詰め火をつける
「式神に心配されるとはな・・・」会長は煙を吐く「・・・先生・・・私はまだ童ですね・・・」
会長は籠部屋の扉を静かに開けた
籠部屋から飛び出した漆黒の獣は夜に溶けこむ・・・
黒き天を翔る獣が向かう先には魔術師がいる
続
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