道化と魔術師 第2話

「お初にお目にかかります・・・今回御祓いを行います△△と申します」会長はMさんに手を引いてもらいながら籠部屋に足を運び親子に挨拶する「若輩に見え心配をおかけますが信頼して頂きたい」


「あ・・・はい、御願いします」母親は一瞬会長を見て戸惑ったが挨拶を聞くと見た目が若いがしっかりした人と感じた


会長は白目を向いて眠っている子供を見る


「お兄ちゃん・・・これ・・・」Mさんが聞く


「令嬢・・・あまり見ない方がいい・・・絡み憑いただけのようだ・・・」会長は笑う「お母さん、ご安心ください」


会長が見たものは奇怪な生き物だった・・・黒く長い馬陸(ヤスデ)が無数に群がり巨大な蠢く一匹の虫となした姿・・・どこが安心できるのか解らない・・・見えていたらの話だが


「令嬢・・・本堂まで連れて行ってくれ」ゆっくりと立ち上がりMさんに連れられ籠部屋を出る


籠部屋の前には式神が待っていた。式神はゆっくり会長の後ろを歩く


「ひっ!!」乾いた悲鳴が聞こえた


その悲鳴は本堂に向かう途中に会った一人の修行僧の声だった・・・トラウマのように震えていた


「ああ、貴方が見張っている時に式神達が見舞いに来たのですね」会長は笑って修行僧に頭を下げる「怖がらないで下さい。優しい子達なので」


「いえ、私も××様の式とはつゆ知らず・・・私でもはっきり見えるのですね」修行僧は近付く


「見えるのは式神の力がそれだけ強いのよ・・・それに私も哭天翔と夜に出会ったら驚くから気にしないの。暗闇に赤い眼だけ光るのはね・・・さすがに」Mさんは笑う


「こく・・・」修行僧は戸惑い気味だ


「時間もまだありますし紹介しましょうか」会長は白銀のように白い犬の頭を撫でる「この子が珀天翔です」


珀天翔は修行僧を見て頭を下げる・・・白い毛に眼が青いのが印象的だ


「こちらが哭天翔・・・優しい心を持った珀天翔の妻です」


哭天翔もまた頭を下げる・・・漆黒の毛に赤い眼が印象的だ


「つ、妻ですか?」


「ええ、夫婦です・・・ですので名前が対になっています。哭天翔の哭は黒の音から取り、珀天翔の珀は白という字が含まれています。天翔は自由に広大な空を走り回って欲しいと付けたので」


「顔付きが凛々しく大きい犬ですね・・・霊獣ですか?」修行僧は恐る恐る哭天翔に触れる・・・甘えるよな顔つきになる


「いえ、元は野良犬の魂で昔は小さかったのですが」会長は手で大きさを表す・・・今より半分の大きさだ「霊験あらたかな場所のお陰か、不動明王の加護かは知りませんが今の姿になり霊獣に近いまでに高級の御霊の式神になったのです」


「お兄ちゃんの力が強いせいもあるわよ」Mさんが会長の話に付け足す


「元野良犬が何故・・・」修行僧は怖い存在ではないと解ったのか自然に珀天翔を撫でる


「珀天翔と哭天翔の子供を救ったことが始まりで・・・子供を救った恩を返しますと憑かれまして、式として名前を付け誓約したのです」会長が哭天翔を見る「哭天翔が先日の非礼お詫び申し上げる、と言ってますね」


「話せるのですか?」興味津々で修行僧が聞く


「お兄ちゃんは話せるよ、私は少し言いたい事が感じるくらいかな」


「さて紹介はこのくらいにして・・・すいませんがお手伝いして頂けませんか?」会長が修行僧に言うと解りましたと返事が返ってきた


本堂に着くと会長は修行僧に大きな和蝋燭を何十本も置くように指示する。修行僧は一体何をするのかと会長に聞くが秘密です、と答えた・・・修行僧は何をするのかと気になりながらも白い子皿に和蝋燭を立て言われたとおりに配置する


一方会長はR神社の刻印が刻まれた大葛籠の前に座る・・・R神社の刻印は曼珠沙華(彼岸花)と黒い蛇で出来た模様だった


会長は懐から黒い石の小刀を取り出し封印の札を切る・・・そして蓋を開け二つの品を出す


一つは藤で編まれた壷の形をした蓋付きの籠


もう一つが縦二十センチ、横五十センチ、高さ三十センチの長方形の黒い箱だった・・・それには蓋が無く、ただの木の塊にしか見れない


「お兄ちゃん・・・その箱・・・」Mさんは不思議そうに覗き込む


「開け方を覚えるなよ」会長はそう言うと箱の表面をスライドさせる



カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタ


物凄い速さで会長は箱の表面をスライドさせる・・・縦・・・横・・・斜め・・・側面・・・底・・・開け方を覚えろと言うのが不可能だった


ガタッ


音が変わる・・・会長は箱を床に置き真っ二つに割るように箱の両端を引っ張る




箱からは鈍く怪しく輝く刃物が出てきた・・・正確には折れた日本刀の刀身だった


会長は右手に布を厳重に巻いて刀を持った・・・刀の長さは四十センチぐらいだろうか・・・波紋も直線で手入れをしていないと思われるのに錆一つ無い・・・尚且つ神々しい気配を放っていた



「先生・・・使わして頂きます」会長は刀を見て呟く


「先生ってR神社の神主さんですよね・・・ところでR神社は何を祀っていたの?」


「R神社は神を祀っているわけじゃない・・・この刀を鎮護する為の神社だ」


「・・・鎮護・・・この折れた刀が?」


会長はMさんの質問には答えずに刀と籠を持って立つ


「籠部屋に戻るぞ」会長は静かにMさんに連れられていく



戻る時に式神はついて来なかった・・・何かに怯えているようだった


「珀天翔、哭天翔、待っていなさい」会長がそういうと御意と返事を返した


籠部屋に戻ると母親が驚く・・・いきなり祓うという人間が折れた日本刀を布で巻き付けた手で持っているのだから仕方がないことだった


「御安心を、これで切るなんてことはしませんので」会長はそう言いながら黒い霞の前に座る


Mさんと母親は黙って見ることしかできなかった

会長は籠の蓋を開け霞の近くに置く・・・刀を霞に近づける。今まで動かなかった霞が蠢き始める・・・まるで刀に触れられるのを恐れているようだ


「何も傷つけようとは致しません。籠にお入り頂ければ道を開きますので」会長は霞に優しく宥めるように言う


霞は会長の言うとおりにするかのように籠にするすると入っていく・・・全てが入り終わると会長はすかさず蓋をした


「さて、御祓いは終わりましたがまだ毒を浴びた状態ですのでここで休まさせて下さい」会長は籠を紐で縛りながら母親に向かって笑う


母親は何が何だか分からない様子だ・・・真言も祝詞も御祈祷もない御祓い。ただ子供の近くで刀を軽く振り籠に蓋をするだけ・・・母親は心配した


が杞憂に終わる・・・今まで白目を向いて気を失っていた子供は安らかに目を閉じ眠っていたからだ


「あ、有難う御座います!!」母親は深く頭を下げ会長に感謝した


「さて・・・これからが本番か・・・」会長は立ち上がり部屋の隅にある水瓶を傾ける「なんとか術が使えるだけは貴船の水は残っているな」


会長は貴船の御神水が残っているかを確認すると籠と刀を持ってMさんに連れられて本堂に戻る


本堂には修行僧の方が置いた無数の和蝋燭があった


「××様、蝋燭は準備出来ました」


「有難う御座います」会長は祭壇に籠と刀を置きながら言う


次に会長は懐から大量の札を取り出し本堂のありとあらゆる戸に外から札を貼るように修行僧に指示する。そしてMさんには貴船の御神水を持ってくるように指示した


二人が本堂から居なくなる・・・会長は誰も本堂に居ないことを確認すると大葛籠から鉄製の深い盆と鏡を取り出し祭壇の下に隠した


「珀天翔、哭天翔」


『『御側に候』』


「誓約の下に汝等に命令す。黄昏を以て幽世を開く。珀天翔は本堂内にて幽世の者が顕世に出ないように見張れ。哭天翔は外にて幽世の気が人々に当たらぬよう見張れ」


『『御意』』


会長は式神に命令を下すと祭壇の前に座る・・・


暫くするとMさんが貴船の御神水を運んできた・・・そして祭壇の近くに置く


「令嬢・・・黄昏まで何時だ?」


「あと三十分」Mさんが腕時計を見て答える


「すまないが蝋燭に火を着けてくれ」


Mさんは頷き和蝋燭に火を灯す。途中で修行僧の方々が戻って来たので会長はMさんと同様の指示を下す


「今の内に説明しますが術を開始しましたら本堂から離れて奥様共々一カ所に集まって下さい・・・何かを感じたり聞こえても反応しないように・・・哭天翔を見張らせますので術の最中は哭天翔に従うように御願いします」


「あの・・・後学の為に見学したいのですが?」修行僧の独りが蝋燭に火を灯すながら会長に聞く


「死ぬ覚悟がありましたらどうぞ」会長は真顔で返答する「死ぬ覚悟があっても今から行う術はあなた方には使えませんが」


修行僧は黙った・・・会長の話し方が冗談でないと感じたからだ


「お兄ちゃん、全部灯したよ」Mさんは当たりを見回す・・・灯していない蝋燭はないか確認した


「では皆様・・・本堂から出て下さい。ついでに大葛籠も外に運んでください。あと修行僧の方、出た戸に札を貼るのを忘れずに」


そして本堂には会長と珀天翔だけが残った


会長は隠していた盆を祭壇に置き貴船の御神水をなみなみと注ぐ・・・次に鏡を盆の中に入れ沈める


本堂は無数に灯された和蝋燭だけの灯りに包まれた・・・まるであの世にあると言われる人々の寿命を灯す蝋燭の火のような幻想的な情景だ


「間もなく黄昏・・・」会長は刀を布で巻いた右手で逆手に持った「神斬りの刀か・・・」




折れた日本刀・・・それは室町時代にR神社の神主、先生の先祖がとある刀鍛冶に造らせた神殺しをするために鍛えられた刀


実際には先祖は七日七晩蛇神と戦うも目を切った際に刀が折れ、蛇神は幽世に逃げ出した・・・その際、目を斬った折れた刀は神の血を浴び幽世の者が恐れる刀となる・・・故に神斬りの刀


そして神斬りの刀で神殺しを行われないようにするため鎮護したのがR神社・・・しかしR神社も最後の神主であるTが亡くなった事により潰えた・・・現在は遺言通り会長が神斬りの刀を管理している




「始めるか・・・珀天翔、しっかり幽世のものが出て来ないか見張りなさい」


『御意』


会長は静かに禁術を始める・・・自分の師が最後に教えた禁術・・・幽世の道を開く術・・・




会長は呪を唱え始める




「・・・・・・オーン!!」


会長は神斬りの刀を盆の中の鏡に突き立てた










本堂から何やら奇妙な呪が聞こえてきた・・・それは真言でも経でも祝詞でもない異質な音


「始まったようですね」奥さんが呟く


「何なのでしょうか・・・聞いたこともない呪で御座います」修行僧の方が考える


「聞いたことがある」Mさんは一人記憶を探る・・・この呪を自分の父は使ったことがない・・・では誰が・・・


哭天翔は静かに本堂を見ていた・・・その時だ。会長が神斬りの刀を鏡に突き立てたと同時に唸り出す



本堂から何かが漏れ出た



「あれ・・・花の良い香りが・・・それに心地良い風だ」修行僧の一人が何かを感じた


「本当に感じますね」奥さんも眼を閉じ五感で感じる


「駄目!!」Mさんが突如叫ぶ・・・Mさんは屈み青ざめた顔で震えていた「何が良いの・・・禍々しいくらい清らかな気が・・・」


「M、どうしたの」奥さんがMさんに近づく


「お兄ちゃんがしているのは・・・幽世を開く術・・・思い出した・・・」Mさんは震える声を出す「一度R神社の神主さんがここでしたんだ」


「幽世は死者の国ですよね、仏教でいうあの世」修行僧は話す


「ただの死者の国じゃない・・・神々がいる世界・・・荒ぶる神や妖・・・あの世と似ているけど違う・・・不老不死がある世界よ・・・普通じゃない・・・普通の人間なら幽世を見ただけで狂気に飲まれたり、死ぬ・・・私とお兄ちゃんの見えてる世界が違う・・・離れなきゃ・・・離れなきゃ」




黄昏・・・それは顕世と幽世が繋がる時刻




向こうから歩いてくる者は人なのか・・・もしくは魑魅魍魎なのか




それは誰にも分からない



***


神斬りの刀を鏡に突き立てると水面が徐々に闇に染まる・・・永久の闇の入口・・・幽世の門が少しずつ開き始めたのだ


祭壇に置かれた馬陸が入った籠が騒ぎ始める・・・自分のいるべき世界の匂いを嗅いだためか


本堂内には異様な空気が幽世から流れ込む・・・珀天翔が静かに構える


「・・・鼻につく匂い・・・頭がクラクラするな・・・」会長はゆっくりと刀を手から離す・・・刀は盆に垂直に立っていた「早く虫・・・神を帰さなければ」




この術が禁じられている理由は幾つかある・・・幽世にはかつて不老不死の秘術があると言われ、多くの人が願望を叶えん為に幽世の門が開かれた


また悪しき術師が荒ぶる神々を使役しようと幽世の門を開けようとした


しかし開けた人々で無事にいた者は数少ない・・・顕世と幽世は因果律が違う為だ・・・ある者は幽世を見た為に目が潰れ、ある者は門を開けた瞬間に幽世のものに喰われ、ある者は幽世を見ないように眼を閉じたが幽世の気に当てられ狂った


幽世の気・・・神域の気・・・それはあまりにも清浄すぎるのだ。生き物には酸素が必要だが、酸素が濃すぎれば毒になるように

時折無事に幽世へ行き着く者がいる・・・一説では浦島太郎・・・その末路は変わり続ける顕世に戻ったが老いぬ自分を呪い過去に戻らん為に禁を犯し死んだ


・・・幽世・・・それは人間が望んではいけない世界


だが人々は幽世を望んだ・・・終いには門を開ける人間を生贄にするようになる・・・人が鬼に成り下がる・・・いや鬼よりもなお悪い邪に人は堕ちた


それ故に禁じられた


「さあ・・・あるべき世界にお帰りください・・・」会長は籠の封を解き馬陸・・・神を出す


神はもぞもぞと這い出て神斬りの刀に触れないよう盆の水に入っていく




何故R神社の神主や会長が幽世の門を開けれるのか・・・それには幾つかの理由がある


一つが神斬りの刀・・・この世ならざる者を斬る刀によって幽世を切り開き門とする。また入口に刀がある事によって幽世の者は恐れて出て来ない


一つが目・・・顕世が見えない会長の師匠T、顕世が歪んで見える会長の左目・・・因果律が逆転しているため目が潰れることはない


ただ一つ・・・どうする事も出来ないものがある


「・・・行ったか・・・幽世を閉める・・・これ以上気に当てられたら・・・珀天翔・・・正念場と思え」会長は呼吸が荒い


『御意・・・主上、お気を確かに』


幽世の気・・・こればかりは耐えるしかない。自分は誰なのか、何故此処にいるのか、油断すると身が堕ちることを考えてしまう


幽世の門に突き立てた刀を再び握りしめ、ゆっくりと抜く・・・水面が騒ぎ始める


虫が水面に現れた・・・刀が抜かれる瞬間・・・それが幽世の者が待っていた隙・・・蛆、蚯蚓、蜥蜴、蠅、蝶様々な生き物が水面に映る


「・・・出しませぬぞ・・・」

会長は刀で水面をかき混ぜる・・・虫が刀を恐れ一度退く・・・がまた浮き上がる


「・・・キリがない・・・抜く・・・」会長は右手で刀を抜き、左手で懐から出した札を和蝋燭の火で燃やす「・・・不動明王・・・我等を御護りください・・・」


刀が水面から出る・・・


ギョェー


一羽の黒い鳥が水面から飛び出る


「珀天翔!!」会長は叫ぶ


珀天翔は天を翔るように飛び上がり鳥を口で捕まえる


神斬りの刀から雫が落ち水面に波紋が広がる・・・幽世の門が閉じた瞬間だった


『主上・・・如何なさりますか』珀天翔は口に挟んだ暴れる鳥を会長に見せる


「・・・神ではないな・・・妖か・・・喰えるか?」会長は一瞥する


『御意』珀天翔は口に力を入れ鳥を潰し、喰う






「・・・私は普通の人生を歩めないのか・・・」会長は眠るように左目を閉じ涙を流す「先生・・・私は人・・・ですよね・・・」






『術が終わりました』哭天翔はMさんに告げる


「終わったの・・・」Mさんは当たりを見回す・・・幽世の気は感じられず11月の肌寒い風が吹く「哭天翔・・・お兄ちゃんは」


『無事です・・・疲れが出て眠っておられる』


「花の香りがしない・・・」修行僧は鼻で嗅ぐ


「M・・・××君は大丈夫なの?」奥さんはMさんに問いかける


「寝ているみたい」


「そう・・・Mと修行僧の方々は××君と術の後始末を御願いします。私は主人に無事に終わったと連絡しますので」奥さんはそう言うと母屋に行く


「後片付けですか・・・」修行僧が呟く「本堂に入っても大丈夫なのでしょうか・・・」


「哭天翔・・・大丈夫なの?」Mさんは聞く


『大丈夫です・・・しかし術の道具を見られることを主上が嫌っております故』


「なら・・・後片付けができないよね・・・蝋燭の火はどうしよう」


『では、火は珀天翔に消させます。主上が気付かれましたらお呼びします』哭天翔はそう言うと遠吠えをする・・・


「あの・・・お嬢様?」


「片付けは後からしましょう」Mさんは笑う「お兄ちゃんが起きたらご飯を食べれるように・・・先に晩御飯の準備をね」




太陽は沈み空は漆黒に染まり始めた













「あれ・・・いつの間に寝てたのかな・・・」Y先輩はベッドの上にいた


時刻は7時・・・四時間程だろうか、Y先輩は寝ていた


Y先輩は背伸びをする・・・会長と別れた後に買った夕飯の入ったスーパーの袋が目に入り慌てて冷蔵庫に入れる


「よかった・・・夏だったら駄目になってた・・・」Y先輩は安堵の溜め息を吐く「メイク落としてないまま寝ちゃった・・・」


Y先輩は唇に触れるが口紅は指に付かなかった


「メイク・・・落としてある・・・」


Y先輩にはメイクを落とした記憶がなかった


Y先輩は会長と一緒に試写会へ行けた事が嬉しかった。今まで見たことが無い一面も見れた・・・その為、緊張し過ぎて疲れたのだと納得した


突如携帯が鳴る・・・会長からだった


「無事に帰ったかい」携帯から疲れて眠そうな会長の声が聞こえた


「はい・・・眠そうな声ですね」Y先輩は先程まで眠気が残っていたが会長からの電話で覚醒した


「厄介な依頼が入ってね・・・疲れて今起きたところだ」会長はY先輩に心配をかけない為か明るく言う


「目・・・大丈夫ですか」


「大丈夫だ」


「電話だから見えないって嘘・・・ついてません?」


「疑り深いな・・・本当に大丈夫だ。今日はすまなかった」


「謝らないでください、気にしてませんので・・・先輩から電話って珍しいですよね」


「実は御願いがあってな」


「御願いですか?」


「明日、サークル小屋にある私の机の二番目の引き出しに入っている封筒を三年の○○に渡して欲しい」


「何です、封筒って」


「会長の引き継ぎに関係する書類等だ」


「えっ・・・」


「前期も終わり四年は引退・・・まあ顔は出すがな」


「そんな大切な事、自分で」


「明日から京都に行くからな」


「京都ですか・・・どうして」


「神水が無くなって貴船神社に分けて貰うためにな・・・」


「先輩の後ろからMちゃんの声がするんですが・・・京都だ京都だって」


「付いて来るみたいだ・・・学校が文化祭の振替で休みだとか」


「・・・気を付けて・・・」


「何が欲しい?」


「えっ?」


「今日のお詫びだ・・・何が欲しい」


「何でも良いです・・・先輩がくれるなら」


「一番困る返事だな・・・文句は言うなよ」


「文句なんて言いませんよ」


「では失礼する」


「あっ・・・先輩」


「何だ?」


「今日は有難う御座いました」


「こちらこそ」会長は笑うと電話を切った




Y先輩は会長の意外な一面をまた見れた事に嬉しかった。会長がお土産で何を買って来てくれるのか楽しみだった・・・一方でサークルの会長の椅子を降りること、Mさんの存在が心に不安を覚える


「先輩と会えるの・・・減るのかな」




パキッ




「痛・・・何を踏んだのかな」Y先輩は足を退ける「これって・・・先輩が造ってくれた念珠の石?」




Y先輩は腕に填めた念珠を見つめる・・・石一つ分の空間が空いていた




「・・・どうしよう・・・折角先輩が直してくれたのに・・・」














私は平凡な毎日を望んでいない


私は平凡な人生を望んでいない


私は平凡な自分を望んでいない



私は普通が嫌いだ


私は勉学を頑張り常に頂点を望む


だけど私は頂点に立てない


私は運動を頑張り常に頂点を望む


だけど私は頂点に立てない



私は普通が嫌いだ


私は普通の母が嫌いだ


私は普通の父が嫌いだ


私は普通の友人が嫌いだ


私は特別が好きだ


私は神に祈る


私は特別の存在の神に祈る


私は特別である事を祈る


だが神に祈りは届かない


私は特別になれなかった


私はどれだけ頑張っても特別になれない



私は常に特別の存在を恐れた


私は常に平凡な自分の存在を恐れた



人とすれ違う


この人がもし特別な存在だったら


私は妬んだ


人とすれ違う


この人がもし普通の存在だったら


私は蔑んだ



だけど私は普通


違う


そうだ私は特別


違う


周りの人間は私を否定する


違う


私は周りの人間を否定する



私は特別だ


私は特別なんだ


私は特別な存在なんだ



だが神は無情に私を否定する



私は普通だ


私は普通なんだ


私は普通の存在なんだ



私は神を呪う



そして私は出逢う



私は特別な本を知った



悪魔の聖書



私は神を呪った


悪魔も神を呪った


そうだ・・・神が祈りを聞いてくれないなら悪魔に祈るだけ




悪魔は特別な存在




Ateh・・・ Malkuth・・・ Ve Geburah・・・ Ve Gednlah・・・ Le Olahm・・・ Amen




私は特別な存在




Ateh・・・ Malkuth・・・ Ve Geburah・・・ Ve Gednlah・・・ Le Olahm・・・ Amen




私は悪魔によって特別な存在になる




汝・・・ 王国・・・ 峻厳と・・・ 荘厳と・・・ 永遠に・・・ かくあれかし・・・




そして私は出逢う




「My lord・・・私に名前を」


私の夢に黒い靄の男が現れる


「My lord・・・私は貴方に使えよう」


私の夢で黒い靄の男が笑う


「My lord・・・貴方は私に選ばれた特別な存在」


私の夢で黒い靄の男が手を差し出す


「My lord・・・さあ私に名前を」


私の夢で黒い靄の男が私を特別な存在と認めてくれた


「・・・バアル・・・」


「My lord・・・私の名前はバアルです」


黒い靄の男が膝をつき頭を下げる




私が特別な存在に選ばれた


私は特別な存在になった





「My lord・・・貴方は特別な存在です」


そうだ・・・私は特別だ


「My lord・・・貴方は妬まれ狙われる存在です」


・・・狙われる・・・


「My lord・・・ご安心ください」


・・・安心?狙われるのに・・・


「My lord・・・狙われる前に狙うのです」


・・・狙う・・・


「My lord・・・見つかる前に狙うのです」


・・・見つかる前に・・・


「My lord・・・私を殺す者もいます」


・・・悪魔を殺す者・・・


「My lord・・・私が死ねば貴方は普通の存在」


・・・普通の存在・・・


「My lord・・・普通の存在がお望みか」


・・・嫌だ嫌だ嫌だ・・・


「My lord・・・ではどうします?」



見つかる前に狙う・・・


見つかる前に狙う・・・


見つかる前に狙う・・・



「My lord・・・その通り」

黒い靄の男が満面の笑みを浮かべる


「My lord・・・その時は私に殺せと御命令を」




私は特別になりたい


だから悪魔の囁きに頷いた




***



「お兄ちゃんは好きな人っていないの?」助手席に座るMさんが車を運転する会長に聞く


会長は左目を布で隠し丸眼鏡を掛けながら古いローバーのミニで高速を走っていた


「いきなり何を聞くんだ」会長は追い越しをするためにギアを変え一気に加速する「次のサービスエリアで休憩するぞ」


「話を変えないでよ・・・次のサービスエリアの名物はと」


「どっちが話を変えているんだ?」会長は笑う




会長とMさんは京都に向かっていた。目的は貴船神社だけだったがMさんの希望で観光もすることになった




「お兄ちゃんもホットドック食べる」Mさんがサービスエリアの店に並びながら聞く


「私は良い」会長は煙草を吸いながら返事する「向こうのベンチで待っている」


会長はベンチに座りながら昨日の事を思い出す・・・無事に禁術が成功したこと・・・子供が無事に目覚め霊障もなかった事・・・


「先生・・・童から少しは大人になりましたよ」会長は青空を見上げた




「お兄ちゃん・・・よく片目だけで運転出来るよね」Mさんは何時の間にか横に座りホットドックを食べる「て言うか術が成功したのに何で隠しているの」


「幽世の匂いが付いたからな・・・封をしないと魑魅魍魎が幽世の匂いに集まって運転どころじゃない」


「ふーん、ねえねえ、あの車、私が免許を取ったら頂戴」


「マニュアルでパワステ、パワーウィンドウじゃないぞ」


「だって可愛いもん」


会長は苦笑いしながら考えとく、と答えた


「で好きな人は?」Mさんの質問を会長は聞き流した


休憩が終わると貴船神社に向かう


貴船神社では神主に挨拶をした後に神水を分けて貰う・・・会長の目的は完了した



「お兄ちゃんは京都でどこが好き?」Mさんは京都のガイドを見ながら聞く


「紅葉の嵐山・・・奥山に 紅葉踏み分け 鳴く鹿の 声を聞くときぞ 秋は悲しき ってね」会長は京都市内を走りながら言う


「・・・何それ・・・」


「私が好きな百人一首だ」会長は笑う・・・見かけは童顔女男だが言うことが年寄り臭い


「なんか年寄りっぽい・・・そんなんじゃモテんぞ」

「モテなくて結構・・・御前の口調で話さないでくれ」会長は笑いながら駐車場に入った


Mさんの願いでとある脂取り紙の店に行く・・・他にも民芸品店、土産屋、茶屋などに足を運ぶ


「令嬢・・・ちょっと待ってくれるか」会長はある店で立ち止まった


「何かあったの・・・って簪?」Mさんは簪を見つめる会長を見た「まさか悪霊除けの時に着けるの?」


「私のではない」会長はコツンとMさんの頭を軽く叩く「・・・黒髪に映えるな」


会長はそう呟くと紅葉の飾りが付いた簪を一本買った


「他に行く所はあるか?」会長は喫煙所を見つけ煙草を吸った「この後瓜割りまで行くからな」


「もう大丈夫だよ」両手に下げた大量の荷物を見る「あの車に全部乗るかな」


「買いすぎだ」会長は微笑みながら煙を吐く


瓜割りまでは下道で向かう・・・結構時間がかかり着いたのは夕方だった


「空気が美味しい・・・それに清浄な気を感じる」Mさんは背伸びをしながら深呼吸する


「清浄な気を感じるのは当たり前だ。ここは修験者の霊場だぞ」


「どうしてここに来たの?瓜割りの水はまだあったのに」


「気を養いにな」会長は遠くを見る「ここはいつ来ても変わらないな・・・先生と来た時と同じだな」


会長はしばらく散策すると左目の布を外し、川の水で顔を洗い始めた・・・そしてまた布を巻き直す


「さて帰るか」会長は微笑んだ




帰る為に高速に乗った・・・行きとは違い会長はあまりスピードを出さなかった


「静かだと思ったら寝ているのか」会長は真っ直ぐ前を見ながら呟く


「ねえ・・・誰とも付き合わない気なの」


「何だ、起きていたのか」


「ただの寝言・・・好きな人いないの?」


「全く器用な寝言だ・・・眠くなってきたな・・・独り言を話すか」会長は一度鼻で笑う




「昔昔、ある森に悪い蛇がいました。蛇は何年かに一度、近くの村の娘を食べていました。あるお侍さんが蛇を退治しようと魔法の剣を手に入れ、娘を食べようとしていた蛇に戦いを挑みます


蛇とお侍さんは7日間戦いましたが決着がつかず蛇は逃げ出しました・・・ただお侍さんは蛇の目を切ることだけは出来ました


助けられた娘はお侍さんと結婚し、玉のような可愛い女の子が産まれました


お侍さんは女の子を大層可愛がりましたが生後7日で亡くなってしまいました


お侍さんは悲しみましたがすぐに男の子が産まれました、が目が潰れていました


その後、お侍さんの家系は長女は生後7日で死に、長男は目が潰れていました


そして、その話を聞いた童は自分と同じ子供が産まれるのを恐れ・・・大切な者が自分のせいで危ない目に遭うのではと恐れ一生一人でいることを決めたとさ・・・」




「・・・ご免なさい・・・」Mさんは声を震わす


「寝言で謝るなんて変わった令嬢だ」会長は笑いMさんの頭を撫でる「独り言なんか気にするな」


「・・・でもそんなの間違っているよ・・・悲しいだけだよ・・・」


「私の為に涙を流してくれるだけで嬉しいよ、M・・・すまない、東宮に行きたくなった・・・次のサービスエリアで休憩するぞ」会長は笑いながらスピードを上げる


「・・・東宮って普通言わない・・・トイレでいいじゃん」Mさんは会長が何処まで本気なのか解らなくなった「第一・・・よく考えると魔法の剣って・・・何なのその昔話・・・」














「○○先輩いますか?」サークル小屋にY先輩が現れた


「Y先輩、○○先輩は今いませんよ・・・って大丈夫ですか?顔色悪いですよ」俺は驚いた・・・血の気がない顔だ「まさか昨日・・・会長が約束を忘れて、来なくて一晩中泣いたとかですか」


「先輩は時間や約束をしっかり守る人だよ」Y先輩は笑うがどこか力弱い


「どうでした映画?会長が見なさそうな映画ですよね」


「先輩泣いてた」


「泣く・・・信じられない」会長は鼬の痛みを受けて苦痛を味わったが泣かなかった・・・俺は会長が涙を流すなんて信じられなかった


「先輩にそんな事いうと怒るよ・・・私は鬼かって」


「ところで○○先輩に何のようです」


「先輩からお願いされて」Y先輩は会長の机の引き出しを開けた「あった・・・これを○○先輩に渡してくれって」


「そう言えば会長・・・鼬の準備とかから二週間程ここに顔を出していませんよね」


「先輩、今日は京都に行ってる」


「いいな、京都か」会長と京都・・・イメージぴったりだ「一人で?住職と?」


「Mちゃんと」


「・・・Mさんと・・・」俺はMさんが会長に好意を持っていることを知っているし、住職が娘を会長の許嫁にしようとした事を知っている・・・話題を変えよう「その封筒なんですか?」


「会長の引き継ぎに関係する資料だって」


「・・・会長が会長じゃなくなる・・・」よく考えればずっと会長が会長なわけがない・・・


・・・会長を今後何て呼ぼう・・・元会長・・・なんか犯罪を犯した会社のお偉いさんに聞こえる・・・会長でいいか・・・


「いた!!Y、探したよ」Y先輩の友人のX先輩がドアを開けた「具合悪いんやから早よ帰り」


「X・・・だから大丈夫だって」


「何が大丈夫や、ふらふらと歩いて何度か倒れそうになったやんか」X先輩は心配そうな目で見る


「倒れそうになるって」

「昨日少しうたた寝したから風邪をひいたみたい」Y先輩が自分の額に手を当てる「熱はないから大丈夫」


「熱は無いからって・・・顔色悪いやん・・・Cからも何か言ってや」


「・・・周りを心配や悲しませるなって会長なら言うと思いますよ」


「・・・眠るのが怖いの・・・」


「えっ・・・」Y先輩から意外な言葉が出て俺は戸惑った


「何や、それ」


「記憶にないけど・・・眠るのが怖い・・・」


「体調悪くて魘されているんとちゃうか?やっぱり早よ帰って休み」


「でも会長からの頼まれ事が」


「それなら俺がやりますよ」俺はY先輩から封筒を受け取る「○○先輩、今日来るかどうか分からないし、俺暇だから」


「・・・解った・・・お願いするね」Y先輩はまた力なく微笑んだ


Y先輩はサークル小屋をでると少しよろめきながら帰って行った


「Y・・・ホンマに大丈夫なんか?」













私は夢を見る


どのような夢と聞かれたら解らない


ただ嫌な夢


夜中に魘されて目が覚める


「・・・何なの・・・」


呼吸が荒く・・・体が怠い


頭痛がする・・・


凄く汗をかいていた


「・・・気持ち悪い・・・シャワーを浴びようかな・・・」

ベッドから降り、浴室へと歩くが雲の上にいる感じだ


「・・・明日病院に行こうかな・・・」


悪い病気だったらどうしよう・・・



シャャャャャ



シャワーから気持ちいいお湯が流れる


「先輩・・・無事に帰ったのかな」


『先輩とは誰だ』


どこかで聞いたことがある低い男の声・・・恐怖を感じない


「先輩は××」


『××とは何者だ』


「解らない」


『お前が腕に填めている物は誰が造った』


「××」


『××は陰陽師か、坊主か』


「解らない」




いつの間にか声は消えた・・・私はいつの間にシャワーを浴びてたのかな








『この女じゃない・・・あの時の気配は誰だ・・・それとも厄介な数珠の気か・・・まあいい・・・まあいい・・・じっくりと狂い壊せばいいだけ・・・ただの享楽・・・だが数珠だけは厄介だ・・・』


黒い靄の男がY先輩の部屋で笑いながら踊る



『・・・あと何日で狂い壊れる・・・最高の享楽だ・・・甘美な享楽だ・・・』













「誰か居るか」会長がサークル小屋のドアを開けた


今は昼休み・・・俺や三年生数人しかいなかった


「二週間ぶりですね・・・ここで逢うのは」俺は弁当を食べる箸を置く・・・会長はやけにサークル小屋の中を鼻を押さえながら見回す「京都に行ってたみたい・・・ってどうしました?」


「Yはいないのか?」会長は俺を見ずに聞く


「いませんよ・・・もしかすると休みかも」


「Yが休み?」


「Y先輩昨日来ましたが顔色悪くて・・・うたた寝して風邪をひいたみたいです・・・そうだ会長、○○先輩に引き継ぎの資料渡しましたよ」


「ああ・・・有難う」会長は上の空で返事をし、持ってきた袋から箱を出す「土産だ・・・生八つ橋・・・」


「何か臭いますか」


会長は鼻が利く・・・下水の臭いや香水を嗅ぐと嫌な顔をする・・・俺達が感じない微かな臭いでも


「掃除はしっかりしてますよ」


「違う・・・」会長は眼鏡を外す・・・今は布で左目を隠していない「死者の臭いがする」


会長は俺の耳元で話す・・・他の人に聞かれたくないようだ


「えっ死者の臭い・・・誰か憑いて・・・」俺も小声で話す


「違う・・・憑いてはいないし・・・気配はしない・・・微かな死者の残り香を感じる」




会長は再び眼鏡を掛ける



「何もなければ良いのだが・・・」




会長は平穏な普通の日常が続くことを願った




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