白兎 第4話
会長は下げた鞄から扇と札を取り出し、裏門に札を貼った
会長は一呼吸する。そして扇を開き右手で持つ・・・・・・左手には振り香炉の鎖を持つ。会長は場を清めるという反ぱいを始めた。静かに一歩一歩、舞ながら敷地の塀沿いを踏み歩き始めた
ザザッ、ドン「天蓬」
ザザッ、ドン「天内」
ザザッ、ドン「天衝」
ザザッ、ドン「天輔」
ザザッ、ドン「天禽」
ザザッ、ドン「天心」
ザザッ、ドン「天柱」
ザザッ、ドン「天任」
ザザッ、ドン「天英」
庭に会長の声が響く
「坊ちゃん・・・見事な反ぱいを踏むようになりましたな」御弟子さんが話す。修行僧の方も賛同する
15分過ぎたくらいだろうか、ようやく会長は敷地を一周し裏門に立つ・・・ここからは確認出来なかったが表の門も会長は封じた
会長は扇をとじ、鞄にしまう・・・・・・次に鈴を取り出し鳴らす
チリーン チリーン
それは反ぱいが終わったという印だった
「「「ノウマクサンマンダバサラダセンダンマカ・・・・・・」」」
屋敷内から住職達の声が見事に重なり合い響く・・・調伏の儀が始まった・・・それと同時に敷地内の空気が変わる・・・・・・
「鼬が騒ぎ始めたな・・・・・・草履だから足が痛い・・・」会長が煙管を吸いながら煙草盆を持ってこちらに歩いてくる「御前達の不動明王真言は見事だ・・・おや、Aさんが見える」
「会長・・・煙草って余裕綽々ですね」率直な感想「あっ本当だ・・・二階のあの部屋にたくや君達が居るんですね」
「余裕綽々なわけじゃない・・・私の仕事は結界を張ること・・・仕事終わりの一服だ」会長は祭壇に香炉を置き、藁で出来た座布に座る
「それじゃ掘ればいいんですね」俺は鋤を持つ
「まだだ」会長は煙を吐く「鼬にこちらを気付かれたら面倒だからな・・・御前達に十分に引き付けてから掘る・・・そんなに慌てるな。調伏の儀が早く終われば掘るだけ、コ毒封じが早く終われば鼬を捕まえるだけの事。力を抜け」
俺は屋敷を見る・・・・・・先程から何か騒がしい・・・会長の言うとおり鼬が騒いでいるのは見なくても感じることが出来た
しばらくすると住職達が唱える言葉が変わる
「始める」会長が祭壇の前に座り直す「最後の確認です。掘った土は全て箱に入れる。縄の中・・・結界内に入ったら出てはいけない、宜しいか」
ここにいる全員静かに頷く
「では私が術を唱えましたら縄に触れずに結界の中へ」
修行僧の方々が箱を持つ。俺は修行僧の方々の分の鋤を持つ・・・・・・準備が整った
会長は手を不思議な形で組む・・・・・・印を結ぶ
「嚇嚇陽陽 日は東方に出ず この儀 地に眠りし荒ぶる御霊の亡骸を暴き 鎮め封ず 急急如律令」
結界内に入る
突然空気が静かになる
修行僧の方が箱を下ろし蓋を開ける
俺は修行僧の方に鋤を渡して印を付けられた場所を掘り始める
ザクッ ザクッ ザクッ ザクッ ザクッ ザクッ ザクッ ザクッ ザクッ ザクッ ザクッ ザクッ
「言い忘れましたが・・・」会長は再び煙管を吸う「喋っても大丈夫ですよ」
「やっと掘り始めたな」Aさんが窓の外を見た
ドタドタドタ
「お姉ちゃん、この音何?怖い・・・」ちひろちゃんが震える
住職達が調伏の儀を始めると屋敷中を何かが走り始めた・・・音は天井だけでなく床や壁など四方から聞こえる
ドタドタドタ
「大丈夫、大丈夫だからね」Y先輩はちひろちゃんの頭を撫でる
ドタドタドタ
「ママ・・・どこ」たくや君は泣きそうな顔をする
ドタドタドタ
「チビ・・・凄いな・・・音は聞こえるけど近づこうとしない・・・」Aさんは外を見る
ドタドタドタ
「ダメ!!」突然Y先輩が叫ぶ
ドタドタドタ
Aさんが振り向くとたくや君がドアノブに手をかけるところだった・・・Y先輩はちひろちゃんを看ていた・・・一瞬の事だった・・・Aさんがすぐに止めにかかる
ドタドタドタ
「うーたんだ!!お姉ちゃん!!うーたん!!」たくや君はドアの前でしゃがむ
「よかった・・・」Y先輩はほっとする。たくや君の前を見たが何もいない
「たーくん、何もいないよ」ちひろちゃんもたくや君に近づく
「あれ?その兎、チビの後ろをいつもくっついてた奴か?」Aさんは思い出す・・・Aさんには見えていた
「A、いるのね?」Aさんは頷く・・・Y先輩は自分の鞄からあの日の夜の札を取り出し、ちひろちゃんに同じ方法をさせる
「えっ・・・どうして」ちひろちゃんは驚く・・・どうやら見えたらしい
「チビ・・・強力な助っ人有難うな」Aさんは大切な人達と再会し喜ぶ白兎を見た
何かが家中を走り回る音が止んだ事にY先輩とAさんはまだ気付いていなかった
雨が降り始めた
ザクッ ザクッ ザクッ ザクッ ザクッ ザクッ ザクッ ザクッ ザクッ ザクッ ザクッ ザクッ
「会長・・・本当にここなんですか?」何十分掘ったのか解らないが未だに骨は現れない・・・蚯蚓や芋虫ばかり出るだけだ
「私を信じなさい」会長は煙を吐く
「間違いありません。坊ちゃんの見立て通りです。邪気が滲み出ています」
・・・御弟子さん、すごいですね・・・俺は何も感じません・・・
「会長、煙草吸うだけなら一緒に掘ってくださいよ」俺は掘る手を止め会長を見る・・・・・・鋤で掘るのは重労働だった・・・
「夏の事件の賃金だと思って働きなさい。手を休めない」会長は煙草盆が雨で濡れないように祭壇の下に入れる「それに体力が無いから皆の足手まといになる・・・」
俺ははーい、と返事し再び掘り始めた
ザクッ ザクッ ザクッ ザクッ ザクッ ザクッ ザクッ ザクッ ザクッ ザクッ ザクッ ガコッ
「・・・白い石じゃないな・・・」掘る音が変わったので俺は確認した。間違いない・・・・・・骨だ。やっと見つけた
カランカラン
綱の鈴が一人でに鳴る
雨が酷くなった
「見つかった」突然会長は煙管を置き印を結ぶ「ノウマクサンマンダ・・・・・・」
「掘り続ければいいんですよね?」突然会長が何かを唱え始めたので手を止めた
「手を休めないでください」御弟子さんが慌てて掘る「坊ちゃんの見つかったは骨が、ではなく鼬に見つかった、です・・・急がないと」
・・・血の気が引く・・・
その時だった
「坊!!出るぞ!!」住職の怒号が響く
ガシャーン
ガラスが割れる音とFさんの悲鳴が響く
俺は急いで掘りながら横目で見た
雨の中、この家の主が立っていた
・・・違う・・・鼬が立っていた・・・
会長は呪文を止め、静かに立ち上がり振り向く。会長は鼬と対峙した
二人の間には冷たい秋雨が降っている
***
「鼬でございますな」会長は静かに主・・・いや鼬と対峙した
鼬はゆっくりと会長に体を向ける
鼬は鈍く輝く眼孔で会長を見る・・・・・・不気味に唸り口元からはだらしなく涎を流す
「我が思いを言の葉に乗せ言霊とし汝に言う 我が名は術師△△と申す者なり」会長は静かに鼬に話しかけた・・・自分を××と名乗らず△△と名乗る
「あの△△って何です?」俺は掘る手を休めずに聞く
「△△とは坊ちゃんのもう一つの名前です」御弟子さんが掘りながら話す。急いで掘っているので息も上がり気味だ「術師にとって名前、生年月日等を相手に知られるとは自分の弱点を握られると同意・・・故にもう一つの名を持つのです」
「荒ぶる御霊よ、我は汝を救いに来た者なり。汝も疲れたであろう」会長は鞄に手を入れ一歩前に出る
鼬は唸り声を止める
「荒ぶる御霊よ、我は汝と争うつもりは微塵もない。汝を助けたい」会長は扇を取り出し一歩前に出る
鼬は口角を上げ威嚇する
「荒ぶる御霊よ、怒りよ納めよ。我が言霊に耳を傾けろ」会長はバッと扇を開き一歩前に出る
鼬は怒りの形相をする。自分の体を暴く人間に対する、会長に対する怒りだ
「聞く耳は持たんか」会長は鼬に向かって走り出す「手荒な真似は嫌なんだが」
鼬は会長を襲う
勝てる筈がない・・・俺は思った。体格差がありすぎる。鼬の体・・・主は鼬に取り憑かれやせ細っていても会長より格段に大きい・・・そして会長は華奢すぎる
一瞬だった
会長は扇で鼬を目くらましをする。鼬が怯んだ隙をすかさず足払いし地に叩きつけた。そして鼬の左腕を後ろに回し押さえつける
「鼬よ、怒りを納めよ。我は汝を救いた・・・うっ」鼬が首を回し、会長を睨んだ・・・その時、会長の様子が変わる
「いかん!!」御弟子さんが叫ぶ「君達、坊ちゃんの手助けをしなさい!!」
修行僧の方々が返事をして結界を出る
「結界から出てもいいんですか?会長は・・・」
「坊ちゃんが出るなと言ったのは鼬にこちらを悟られないためです。結界で邪気を隠しても出る事によって突然邪気が現れれば鼬も気付きます。故に出る事を禁じた・・・しかしバレた今は関係ありません・・・今は一刻も早くコ毒封じを終わらせる事だけお考え下さい」
俺は静かに頷く事しか出来なかった
ドサッ
会長が鼬に突き飛ばされた・・・人の力であんなに飛ばされるわけがない・・・会長は受け身を取り、立ち上がる
修行僧の方が鼬を押さえる為に掴む。が、場数が少ないためか腰が引け逆に鼬に捕まれ襲われる
「ギャン!!」突然鼬が背中を反らし悲鳴を上げる。その隙に修行僧が逃げた
「・・・ハァ・・・鼬よ・・・・・・ハァ・・・相手が違うぞ・・・ハァ・・・」会長は扇を脇に挟み、印を結んでいた
鼬が再び体を会長に向けた
「ハァ・・・・・・厄介だね・・・・・・」会長は息絶え絶えに呟く。そして鞄から御神水が入った瓶を取り出し口に含む
鼬が敵意剥き出しで会長に襲い掛かる
会長は鼬を受け流し背後に周り御神水を吹きかけ足で蹴り飛ばす
「あと少し・・・あと少しで・・・糞っ!!」俺は焦る。早く終わらせようとしても雨と汗で鋤を握る手が滑る
「焦るな!!先程と同じように掘れ!!・・・ハァ・・・」会長が俺に向かって鼬をあしらいながら叫ぶ「一度深呼吸をしろ!!意外に落ち着くぞ・・・」
俺は深呼吸した。ただ掘るだけ、先程のように
会長が再び鼬の隙をついて地面に押さえ込む
「鼬よ、もうこれ以上汝を傷つけ・・・がはっ」
まただ・・・鼬が睨みつけると会長が咽せた・・・おかしい・・・会長の様子が変だ・・・
(・・・チビ・・・何が起きてるんだ・・・)
二階からAさんは庭を見る・・・嫌な感じがした
「なかなか終わらないね」Y先輩は子供達を見る
白兎のお陰で子供達の不安は消え、楽しく笑っている
「足音は消えたけど・・・さっきの凄い音何だったのかな?住職も何か叫んでたし」
「あれじゃないか・・・食器とかが割れるポルターガイストってやつ」Aさんは今起きている事は解っていたがY先輩に隠した・・・Y先輩が庭を見たらバレる事だがY先輩は見ようとはしなかった・・・住職や会長を信じているからか、もしくは怖いからだろう
「無事に終わるといいね、A」Y先輩は笑う
「本当にな」Aさんは笑顔で答えた
Aさんは再び外を見る
(・・・おいおい・・・嘘だろ・・・)
「うーたんがいなくなった・・・・・・どこにいったの・・・・・・」部屋に悲しい声が響く
会長が再び鼬に飛ばされた・・・・・・何とか受け身をとるが咽せている・・・
「この!!」修行僧が鋤で鼬を叩こうと大きく構える
「駄目だ!!」会長は叫び修行僧を止める
修行僧は会長の声で力を緩めたが鼬に当たる
「ぐうぅぅぅぅうぅぅ」鼬が今まで以上に怒り、唸り声を上げた・・・自分が人間に叩き殺されたためか・・・
「ひぃぃ!!」修行僧は鼬の形相を見て腰を抜かす
鼬が修行僧に襲い掛かる
会長は鼬と修行僧の割ってはいる
ドンっと会長が後ろに飛んだ。今回は受け身をとらなかった
鼬も後ずさりをして苦しみだす・・・会長が何かしたのか鼬は涎が流れでる
「ハァ・・・・・・一応体は主なのですから・・・あまり乱暴なことは駄目ですよ・・・」会長は静かに立ち上がり修行僧に言う「・・・それに体の限界を考えずに・・・手を出しますので・・・力で捕まえるのでなく・・・相手の力で捕らえるのです・・・・・・」
会長はよろめきながら息を絶え絶えにして鼬に近付く
鼬が威嚇しながら立ち上がる
「よくやった!!坊!!」突然住職が鼬を後ろから捕らえた・・・住職は法衣を脱いでいた「遅くなってすまん・・・よくぞ気穴を突いた」
鼬は住職の左腕に噛みついていた・・・噛みちぎろうと首を振った。しかし住職の左腕は布で巻かれており平然としている・・・右手は鼬の腹で印を結んでいる
「・・・・・・これで最後!!」俺は最後の一山の土を箱に入れた
御弟子さんが素早く箱に蓋をし封印の札を貼る
「師匠!!只今をもって終了致しました!!」御弟子さんの声が雨音ともに響く
「よくやった!!」住職は未だに鼬を捕らえていた・・・鼬が弱々しくなっている感じだ「あとは鼬だけじゃな」
「早く・・・人形を・・・」会長は弱々しく呟く・・・会長は鼬の前に雨の中を立つ
「坊・・・大丈・・・」
「早く!!人形を!!」会長が怒鳴る
住職は御弟子さんに動物を模した藁人形を御弟子さんに持ってこさせ会長に渡す
会長は鞄から札を出し鼬に当てる・・・そして空いてる手で印を刻む
雨の中・・・しばしの静寂
鼬・・・いや主が崩れ倒れた
会長は札を藁人形に入れる
「・・・今をもって調伏の儀は終了じゃ」住職は主を抱え家に運ぶ「坊、あとはコ毒を封じた箱に人形を入れるだけじゃ・・・一度封印を・・・・・・大丈夫か?」
会長は静かに佇む。顔は伏せている・・・様子がおかしい
「・・・おや・・・・・・うーたん・・・お別れはす・・・うっ」突然会長は膝をつく
「会長?」
「げふっ・・・げふっ・・・」会長は何かを吐く・・・・・・血だ
「どうした!!坊!!」住職が叫ぶ
俺は頭巾を脱ぎ捨て会長に近寄る・・・会長の左目がどんよりと赤くなり始めた
住職は主を家の中に寝かせると急いで会長に近付く
「・・・・・・うーたん・・・行くべき所に・・・・・・帰りなさい・・・私は大丈夫・・・だから・・・」会長は笑うと目を見開き倒れた
「・・・何が起きておる?」住職は会長の顔を覗く「術が破られたか・・・・・・違う・・・・・・」
会長は何かに叩かれたように何度も体を揺らす・・・会長は意識がない
「・・・・・・まさか・・・・・・」住職から血の気が引く「誰か昨日の月を見た者は居らぬか!!」
修行僧が手を挙げた
「昨日の月は何じゃった?」
「昨日は満月でございましたが」
「色は何じゃ・・・朱の色か?」
修行僧は頷く
「何故黙っとった・・・坊・・・」住職は静かに呟く
「あの会長は・・・」俺は不安になった。まさか俺を護るために傷を負ったのか・・・
「・・・坊は殺される鼬を見たんじゃ・・・」住職は会長の服を捲る・・・そこには何かに叩かれた様な痣が無数にあった「朱の満月の前後は・・・・・・坊の厄日・・・・・・呪いが起こり易い・・・・・・」
そう言えば以前会長は左目が呪いであり戒めであると言った
「・・・坊は優しすぎた・・・・・・坊は呪いを左目に自らかけた・・・・・・17年前・・・・・・五歳の時だ・・・・・・朱に輝く満月の夜に・・・・・・坊の呪いは・・・・・・」住職は躊躇う
会長は血を再び吐いた
「・・・痛みを受ける事・・・・・・何故気付かなかったんじゃ儂は・・・」
会長が秋雨に濡れる・・・まるで人間の罪を洗い流すように
***
あの日の出来事が嘘だったように平凡な日常が続いた・・・そして俺は不動明王寺に足を運んでいた。今日は恒例の酒宴の日だった
「酒宴が無かったら帰ればいいか・・・」俺はあの日の出来事を思い返した
儀が終わり会長が倒れた・・・今回が初めてというわけではないようだ。住職によれば寝かしておけば二三日 で良くなる、との事。すぐに鼬の入った箱と共に会長は不動明王寺に修行僧の方々と御弟子さん達に運ばれた。住職はF邸や家族を清める為に、俺は祭壇の片付けの為に残った・・・・・・Y先輩とAさんも手伝うために残ってくれた
「奥方、無償のつもりがガラス窓を割って申し訳ない」住職は割れたガラスを片付けながら笑う
「でも無事に終わって良かったですね、住職」Y先輩は笑いながら答える
俺達は嘘をついた・・・Y先輩には本当の事を言わなかった。会長は鼬を監視するために御弟子さん等と一緒に帰った・・・そう伝えた。Aさんは俺達を不審に思わなかった・・・いや気付いていた。目がそう語っていた・・・だが親友を不安にさせる事を嫌い黙っていた
知らない事が良い場合もある
F邸の用事が終わると俺達は不動明王寺に向かう・・・車内には一抹の不安が混じった沈黙が漂う・・・バレないか・・・ただそれだけの不安
「師匠、鼬は籠部屋で眠っております。・・・それと坊ちゃんは御母堂からの急用で帰りました」俺達が不動明王寺の本堂に足を運ぶと御弟子さんがそう言った
「そうか、そうか」住職は笑う「嬢ちゃん、すまんがかかあを手伝ってくれんか?娘も手伝っているとは思うが・・・頼まれるか?」
Y先輩は明るく返事をして母屋に向かう
「 Aちゃんは嬢ちゃんを手伝わなくていいんか?」
「幾つか聞きたい・・・」突如真剣な顔をするAさん「チビ・・・××は無事なのか?」
「今は籠部屋・・・裏の小屋で眠っておる・・・鼬と共にな」住職は笑っていない「気付いていたのか?」
「ああ・・・見たからな。Yには何も言っていないし見せてもいない」Aさんは淡々と喋る「Yに気付かれないか」
「親友思いじゃのう・・・籠部屋には修行僧が見張っている・・・鼬の監視という名目でな」
「何時気が付く?」
「鼬の思いが強いからな・・・早くて二三日ぐらいかのう・・・籠部屋は霊験あらたかな場所じゃ、時期に必ず目覚める、安心せい」
・・・こんな状況で申し訳ないがあの部屋、籠部屋って言うんだ・・・霊験あらたかな場所で毎週ドンチャン騒ぎしてたんだ・・・
Aさんは深呼吸し、顔を叩く「Yには黙ってろよ・・・私は演技には自信がある・・・それじゃ手伝ってくる」
住職は心から笑いAに手を振った
「・・・ほんに坊はいい友達を持ったな・・・」
あれから5日が経った・・・が会長はサークル小屋に一度も顔を出さなかった・・・まさかまだ意識が無いのか
「先輩・・・どうしたのかな」Y先輩が心配そうに呟く
俺はただ曖昧に誤魔化し冷や汗を流す事しか出来なかった
不動明王寺に着くと本堂から異様な音と修行僧の悲鳴が聞こえた・・・が本能的に無視し籠部屋に向かう
途中、住職の娘さんと出逢った
「今晩は、あの・・・××さんは?」
「籠部屋で眠っています」
「えっ!!まだ意識が」
「いえ昨日目覚めました。ほら」娘さんは空になった鍋を見せる・・・粥が入っていたようだ「今は食事をして眠りについたところです」
「あの・・・会ってもいいですか?」
「父ももう大丈夫だと言ってましたから良いと思いますよ・・・ただ起こさないであげてくださいね」娘さんはそう言うと足早に去っていった
俺は安心した・・・と同時に今更ある疑問・・・あの豪快でデカい住職に小柄の可愛い娘がいること
「遺伝子の奇跡だ」俺は一人頷く
静かに籠部屋に入る。娘さんが言ったとおり会長は寝ていた・・・左目は布で隠され白い装束を着ていた。寝息が微かに聞こえる
「・・・・・・むにゃむにゃ・・・・・・」会長が寝言を喋る。初めて寝言でむにゃむにゃ言う人を見た
「寝顔は本当に女の子だな・・・」あの鼬との手を合わせた人物とは同一とは思えない・・・無性に和む
あの住職の娘さんもこの寝顔を見たのかな・・・ふと鼬との前夜の酒宴でAさんが言った言葉を思い出す・・・
「ふにゃ・・・・・・うにゃ・・・・・・誰だ」会長が突然起きる「何だ・・・君か、どうしたんだね」
「あの今日は酒宴の・・・」
「・・・今日は金曜か・・・曜日の感覚が狂っているな」
無理もない住職の予定より遅く意識が戻ったのだから
「昨日起きたって住職の娘さんが教えてくれました・・・今日どうします?調子が悪いなら」
「やらないといけないだろう・・・御前から昨日聞いたがYに感づかれる」会長は布団を片付け着替える・・・が私服ないのか和装だ「Yが来たら私は新しい仕事が入ったことにしろ、いいな」
俺は頷く
「それにしても娘さん可愛いですね・・・もしかして許嫁だったり」
「誰から聞いた」会長は座り一服しようとする手を止めた
「えっ・・・・・・本当に」
「冗談で言ったのか・・・」会長は煙管に葉を詰め火をつける「断ったがな・・・・・・住職に令嬢を泣かしたやらで面倒事を押しつけられた・・・」
暫くするとY先輩とAさんが来た
「・・・・・・どうしてAさんが来る?」
「タダで飲み食いができるから」Aさんは親指を立て威張る・・・本当に演技が上手い
「先輩、最近どうしたんですか?」
「色々忙しくてな・・・母の知り合いの子がどうやら憑かれたらしく足を運んでな・・・季節外れの肝試しとかでだ・・・」
Y先輩はふーんと納得する
「坊さん、まだ来ないのか?」Aさんは聞く・・・いつもなら住職は先に来ていた
「君達・・・本堂には行っていないのか」煙を吐く「住職は修行僧の方に手合わせしている・・・鼬での一件で修行僧を一から鍛え直す事にしたらしい・・・無償がF邸はガラス代、こっちは修行僧が犠牲になった・・・本当に申し訳ない」
あの音は修行僧が住職に投げ飛ばされる音なのか
静かに酒宴が始まる、途中Y先輩が席を立ち籠部屋を出る
「さて・・・何時まで殺気立っているのかな」会長はAさんを見る
「あれっ?演技は自信があるんだけどな」Aさんは笑うと会長を見下すように睨む
「気配が隠せていない」
和やかに呑んでいた酒宴が修羅場になる・・・逃げたい・・・逃げたい・・・逃げたい
「あの時何が起きた」
住職は呪いだと言っていた・・・痛みを受け入れる呪い
「先生と暮らしているだけあり勘がいいな・・・まあ霊障みたいなものだ」
「何時気が付いた」
「昨日だ」
「もう大丈夫なのか」
「ああ・・・今は気を養っている」
「お前達には迷惑を掛けた・・・今回の件、感謝している」会長は土下座した
「Yにも頭を下げろと言いたいし殴りたいが・・・勘弁してやる」
会長は頭を上げた
「でも会長って強いんですね」俺は鼬との戦いぶりを思い出す
「私は弱いぞ」会長は袖を捲る。色白の華奢な腕が見える「Aさんにも負けるぞ、力では・・・あの時は御前等のお陰で鼬が弱まっていた」
「一度会長は印を結んだだけで鼬が苦しみましたよね?何をしたんです?」
「・・・人が真面目に掘っているから応援したのに脇見ばかりか」会長は俺を睨む「秘密だ」
「白兎はどうした、ガキンチョが居なくなったと泣き叫んで困った」Aさんは聞く
「昨日・・・やっと行くべき場所に戻ったの。目が覚めたら横にいたから驚いた・・・お前たちに礼を言いたいから残っていたようだ」会長は溜め息をつく「最近の若い奴らにうーたんの爪の垢を飲ませたい」
・・・・・・いや、あんたも若い奴らの一部ですよ・・・・・・
しばらくするとY先輩が戻ってきた。手には白い箱を持っていた・・・何かを買ってきたらしい、どうりで遅いわけだ
「はい、先輩。ケーキです」Y先輩は箱を開ける「怖いんですよね?」
「Y・・・嫌がらせかい?有り難く頂く」
「ところで先輩って誕生日何時ですか?」Y先輩が聞く・・・知らないのか。御弟子さんが名前と生年月日は弱点と同意と言っていたのを思い出す
「秘密」
「9月ですよね」Y先輩は会長の左耳を見た・・・そこには小さい青い石のピアスがあった「これサファイヤですよね。9月の誕生石です」
「いつも髪で隠れているのによく気付いたな・・・そうだ」
Y先輩は当たった!と喜び笑顔になる
「すまん遅くなった」住職が汗を流しながら入ってきた「全く修行僧ども・・・心が弱い!!おっ甘味物じゃ!!疲れたときは甘い物に限る・・・一ついいか?」
Y先輩がいいですよ、と笑いながら差し出す
「住職、鼬はどうしたんですか?」Y先輩は微笑みながら聞く
「すまんが東宮に行ってくる」会長が突然席を立つ
「鼬ならあの翌日に焚きあげ供養をしたぞ」ケーキを食いながら住職は話す
会長が籠部屋を出ようとしたが止まる・・・Y先輩に裾を握られており離さない・・・何故・・・
「どうして毎日のように修行僧の方々がこの小屋を見張ってたんですか?どうしてあの子が毎日のように・・・食事かな?何かを持って小屋に入っていくんです?」微笑みながらY先輩は話し、会長を笑顔で見た「ねぇ・・・先輩・・・」
全員が氷つく
気付かれていたのか・・・というか毎日のように不動明王寺に来ていたのか
「令嬢が見た人影はやはり君か・・・」会長は笑いながらY先輩に言う「すまんが東宮に・・・離してくれないかな」
「どうして仲間外れなんですか?ねぇA・・・住職・・・C君・・・教えてくれるかな」微笑みながら話す・・・怖い
「冗談抜きで・・・女が怖い・・・」
俺と住職は静かに頷く・・・Aさんはそれを見て睨む
会長はY先輩の手を振り払い籠部屋を出る・・・いや逃げた
「綺麗な月夜だ」
会長は夜空に輝く欠けた月を見上げる・・・微かだが月の模様が兎に見える・・・
それは白兎が笑っているように見えた
終
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