白兎 第3話

「でけー家に広い庭ですよね」俺は素直な感想を述べた



今俺はF邸にいる。Fさんの主人の一族はこの辺りの地主らしい・・・一体敷地は何坪あるのか


俺達・・・会長、住職、修行僧の方、Aさんは明日の儀の段取りに来た。Yさんは住職の奥さんの手伝いでいない・・・


「少し黙っていてくれないか?」会長は紐が付いた変わった鉄球の振り子を揺らしながら一歩一歩小幅で慎重に庭を歩く・・・会長は目を閉じている


「・・・すいません」


会長はコ術の元凶が埋められている場所を探している。西洋でいうダウジングだと俺に説明してくれた




人を殺すコ術・・・・・・正直言うと俺は半信半疑だった。確かに俺は夏・・・この世ではない者を見た。だが、今回はまだ自分が体験していないためか隣の国で起きている事のような他人事・・・信じられなかった



だが今は違う・・・・・・F邸に入ろうとした時本能的に冷たい殺意を感じた


「坊・・・・・・頭を下げ続けた理由はこれかのう・・・・・・よくもまあ・・・」


「だからあの子達を巻き込みたくなかった・・・・・・一所懸命に護りますが」


会長と住職は家の門に入るのを躊躇している・・・・・・修行僧は平然と入っていくのが逆に不安になる









「踏むな!!」会長の怒号で我に帰った



俺はビックリし後退りをする・・・会長の振り子は凄く揺れている


「・・・見つけた・・・」会長は太陽と時計を見る「・・・やはり鬼門の方位か・・・・・・印を」


俺は持っている鞄から細い竹を渡す。竹の一方が割れており札が挟まっている。会長は印を受け取り振り子を見ながら慎重に印を挿す・・・・・・五本の印でそこは囲まれた


「ここに埋められているんですね・・・」俺は生唾を飲む。普通の人ならそんな事で解るか、と言われそうだが・・・俺は信じた


「君は悪事と知り行う者と悪事と知らずに行う者・・・どちらが悪だと思う?」会長は突然聞く


「えっ・・・そりゃ知っててやる人でしょ。悪いって解ってるんだから」


「仏教では悪事と知らずに行う者が悪・・・知らずの罪・・・知らないとは怖いものだ」


会長はそういうと修行僧と合流した。修行僧の方は敷地の看取りを作っている。先程印を挿した場所に×を付ける


「C、修行僧の方に明日の段取りを聞くように」会長は屋敷に入っていった










「C様、明日はここを鋤で掘ります」修行僧と俺は元凶の前にいた


「あの・・・スキってなんですか?」


「スキとは鋤焼きの鋤でございます・・・カヌーのパドルに似た昔の農工具、木製のスコップで掘ると思って下さい」


「えっ木で掘るんですか」


「土がコ毒の毒気に犯されております。五行では土は金を生む。故に土の毒が金を犯しますゆえ、土を食う木でなければいけないのです」


「はあ・・・」解ったような解らないような。






車が止まる音がした。今F邸にはFさんしかいない。ここの主が帰ってきたのだろう






「C様、儀の段取りですが」修行僧が俺に見取り図を見せながら説明する「まず××様(会長)が四方に結界を張り、門を封じます。場を清め他の霊が入れなくし、元凶が逃げなくするためです。


それが終わりましたら住職達が屋敷内で調伏の儀を始めます。しばらくし、こちらもコ毒封じの儀を開始します。


コ毒封じには××様と我々の先輩が一人付き計五人で行います


まずは掘り、清めた箱に亡骸を入れ、調伏の儀で抑え込んだ魂と共に箱に封じれば儀は終了となります


Y様とA様は結界を施した一室で御子息等を見てもらいます」


俺は本番で足を引っ張らないように少しでも解らない事は聞いた








「何を殺し、何故埋めた!!!!」


突然だった、会長の物凄い罵声が響く。何が起こったか解らなかった。


「・・・××様を止めないと」修行僧が慌てて屋敷に向かうので俺もついて行く











【数分前】住職から聞いた話


会長は屋敷に入りFさんと話す住職に合った


「見つけたか、坊?」


「はい、御前」会長は何かを聞きたそうな顔をするFさをを見る「屋敷内を走り回る元凶を見付けました。明日庭を掘り起こしてよろしいでしょうか」


「主人がいいと言えば」

「奥方、御主人は心当たりがないとは真か?」


「ええ、何もいいません、知らないとしか。御祓いも莫迦莫迦しい、詐欺じゃないのかと」Fさんはしっかりと答える「無償でしていただけるといったら、好きにしろと」

「何だ、お前達は」そこに屋敷の主が帰宅した


会長と住職は挨拶し、Fさんは紹介する


主は三十代後半だがげっそりと痩せ、眼光が異様で見かけは五十代後半といってもおかしくない容貌だった


「こんな餓鬼にも頼るとは。何が怖いんだ、全く鼠ごとき」家を走り回るのは鼠だと思っている


住職は御子息も病がちで奥方も心労が溜まっているのでしょう、病は気からと言いますしと説明する。


「・・・貴方が・・・・・・怖いのよ・・・」住職はFさんが震えながらか細く言うのを聞いた


「ふん、お前達の目的はなんだ?」主はFさんを睨む「全く鼠なんか殺鼠剤食わせればいいだけだろ・・・ったく、こっちは仕事で疲れているのに。畜生如きで・・・」



「畜生如き・・・だと」会長は静かに語る「確かに人に害する鼠かもしれない・・・しかし生きんが為・・・物を壊すとは違う・・・命を奪うは人を殺すと同等・・・罪悪を感じないのか・・・人間はどこまで傲慢になった・・・どこまで堕ちた・・・・・・」


主が会長に何か文句でもあるのか、と語った。その時だ


住職が会長を止めようとしたその時だ




「何を殺し、何故埋めた!!!!」会長は主に詰め寄った







俺や修行僧が屋敷に入ると会長は主の胸座を掴んでいる。Aさんもどうした?と現れた


「私はお前が死のうが関係がない。お前が鼠を平然と殺すように私もお前を平然と見殺せる・・・だが子供には関係がない・・・私も其処まで堕ちていない・・・・・・そして助けて欲しいと輪廻を踏み外そうとしている者がいる・・・・・・白い兎だ・・・たくや君が可愛がった白い兎・・・・・・白兎が死んだ原因だ・・・・・・」


会長の気迫に負けたのか主は座り込む


「貴方、私は彼に一言もウサマルの事を話していないわ・・・だから頼んだの・・・ウサマルは病死じゃ・・・」




「俺は・・・最初から見てた訳じゃない・・・」住職が会長の言動を詫び、御主人聞かせてくださいと言う


「親父が殺したんだ


二月の雪が振っている日

俺が帰ると親父は何度何度もあれをゴルフクラブで叩いていた


鼬かテンだと思う・・・何処からか入ってきて、兎の檻を壊し喰おうと庭に逃げ出した。それを見た親父はとっさに硝子の灰皿を投げたらしい・・・・・・偶々それが当たり気を失った




よくも孫が可愛がっている兎を・・・・・・畜生め、畜生め、と親父は叩いていて殺し・・・・・・畜生め、庭の肥やしにしてやる・・・そういって埋めたんだ




兎は喉を噛み切られ死んでいた




丁度Fと子供らは出かけていた・・・だから隠した・・・Fに言わなかったのは親父と供養するしないで揉められても困ると思って・・・




たくやには死なんてまだ解らない・・・・・・兎はどこと悲しがると親父は・・・どうして畜生せいで孫が悲しまないけないんだと・・・」


「埋めた場所に鬱憤をぶちまけた・・・・・・そう言うことじゃったか」住職は主を起こす「明日、鼬を供養するために庭を掘り起こしたい・・・よろしいか?」


主は静かに頷いた











二月の雪が降った日



白雪を染める赤く染める二匹








鼬と白兎




俺はそんな情景が頭に浮かべた




***


「主等、もう来とったか!!」住職は本堂にいた御弟子さんとの再会を喜んだ。御弟子さん達は皆威厳がある


俺達はF邸から不動明王寺に帰ってきた


「あっお帰りなさい」Y先輩がお膳を持って本堂に入ってきた「奥さんが人が多いので本堂で晩御飯を出すとのことです」


「嬢ちゃん、すまんな。かかあに代わって感謝じゃ」住職は頭を下げる「紹介しよう。坊の後輩のYちゃんとC君、Yちゃんの友人のAちゃんじゃ」


俺達が頭を下げると御弟子さん達も簡単に自己紹介を始める


「すいません、晩御飯の準備があるので失礼しますね」Y先輩が席を立つと手伝う、とAさんは言い一緒に母屋に向かう


「師匠も御健在で何よりです・・・ところで坊ちゃんは?」


「坊は今、離れで着替えておる。それにしても主等よく来てくれたな」


「いえいえ、坊ちゃんや師匠のお願いならば・・・それに坊ちゃんの目がまだ無事と聞き安心しました」


「私も同じ思いです。しかし無事と解った次がコ毒・・・・・・いや坊ちゃんも凄いものを見つけたものですな」


「正確にはコ術に似たものじゃ・・・さっそく本題に入るが」住職は修行僧が作った見取り図を出す「昼間に依頼人の家へ行ってきたが・・・坊の見立てではこの×に埋められている」


「鬼門の方位で御座いますか・・・して何が埋められているのです」


「鼬じゃ。3ヶ月前に死んだ爺さんが撲殺したそうじゃ・・・・・・埋めた時期は二月」


「撲殺とは・・・・・・怨みが強いでしょうな」


「儂や坊が敷地に入るのを戸惑うほどじゃ・・・・・・爺さんを殺した今は息子に憑いている」


「あの聞きたいことがあったのですが」俺はあの家で見たことを聞く「主の首に巻きついた影は・・・」


「見えたんか。あれは鼬じゃ・・・巻き付いているんじゃなく首に噛み付いているんだがな。・・・奥方は夜な夜な生肉を漁る主人を見たとも言っておった・・・」


「会長も見えたんですよね?どうして解っているのに主に何を殺したって聞いたのですか?」あの時の会長を思い出す・・・怖かった




「罪の意識を与える言霊・・・・・・一種の呪いだと思えばいい・・・」住職は寂しい顔で話す




御弟子さん達は腕を組み考えこむ・・・そんなにあれはヤバいのか・・・




「今回の儀は難しいものになる・・・無償じゃ割に合わん・・・断るなら今だぞ」



・・・・・・わー俺、滅茶苦茶断りたい・・・・・・



御弟子さん達は互いの顔を見合わせ笑い出す


「私たちの師匠は貴方ですよ、コ毒如きで逃げ出しますか」


「私も最近は肝試しに行った餓鬼共の御祓いばかりで腕がなまりそうで。いやコ毒とは楽しみですな」


「坊ちゃんの成長ぶりも気になりますし、師匠と共に儀を行えるとは滅多にない事ですからな。お誘いを受けたこと、誠に光栄です」


御弟子さん達は断るどころか是非参加させて欲しい、と住職に頭を下げる



頼もしいな・・・会長と住職ってそんなに凄いんだと改めて実感・・・




「儂は良い弟子を持った・・・」住職は立ち上がる「再会と明日の儀の成功を祈って・・・酒宴じゃ!!」


御弟子さん達も住職の提案に賛同する


「えっ住職、今日は身を清めているのに酒なんて」俺は当たり前の事を言う


「清めた酒を呑むから大丈夫じゃ」



・・・・・・なんて理屈だ・・・・・・



Y先輩とAさんが料理を運んできた・・・見慣れない可憐な少女が酒瓶を持って後ろを歩く。そして少女は俺の前にやって来た


「何時も父が御世話になっております。父はご迷惑をかけていませんか?」少女は礼儀正しく頭を下げ去っていく


「おーC君は初めてだったか、ありゃ儂の娘じゃ」住職は親バカになった「可愛いじゃろ、綺麗じゃろ・・・・・・手を出したら呪うぞ・・・」


・・・・・・お約束だな・・・・・・でも末代まで祟られそうなドスの聞いた呪うぞは止めて・・・・・・殺すぞのほうがまだましだ・・・



そして酒宴が始まる。先程の少女は御弟子さんの相手をしている


身を清めている今、酒を呑んでいるが料理には肉や魚は入っていない・・・が物足りなさを感じさせない美味しい料理だ







「先輩が来ない・・・」Y先輩は空席のお膳を見つめる


「ぐふふ、おチビってあの少女が好きだったり。そりゃ気まずい、来ないわけだ、ぐふふ」Aさんは顔を真っ赤にしている・・・相当酔ってる・・・っていうか地獄絵図になるような事を言うな


「きっと気分を落ち着かせているんですよ・・・Fさんの家で激怒しましたから・・・会長の怒った姿、初めて見ました・・・」・・・住職はあの時の言葉は呪いと言った・・・会長は鼬の苦しみを伝えたかったのか・・・


「うふふ、Y・・・チビ、格好良かったよ・・・怖かったよ・・・ありゃSだね~、うひひ」Aさんが突然酒を置く「でもさ・・・爺と鼬・・・どっちが悪いんだ・・・」





俺は考えた。孫の大切な兎を殺され復讐した人・・・・・・寒い時期餌が少ないために忍びこんだ家の兎を襲った鼬・・・・・・俺はどちらが悪いなんて決められなかった










「料理が冷めるといけないから先輩呼んでくる」Y先輩は離れに向かう


「ぐふふ~、私は外の空気を吸いにいくか・・・君も来る?来る?素敵なものが見れるかもな・・・ぐふふ」どうやらY先輩を尾行する気だ




「君酔い過ぎじゃないのか?」突然会長が現れて言う・・・確かに今のAさんは駄目な酔っ払いだ


会長は離れとは逆、本堂裏の小屋の方角から現れた。左目を隠し、女物の着物を着た格好。ただ手には煙管と煙草盆を持っている


「煙草が切れてな」会長は御弟子さん達と顔を合わせ挨拶をする「兄様方、顔を出すのが遅くなり申し訳ありません。ご無沙汰しております」


御弟子さん達は綺麗になったな、いやタイ、いやトルコといつぞやで聞いた台詞を言う・・・弟子は師匠に似るか・・・男に綺麗になったは間違ってないか・・・・・・


会長は挨拶が終わるとあることに気付く


「Yはどこに行ったんだい?」会長は煙管を吸う


「会長を呼びに離れに」俺が説明すると呼び戻してくる、と本堂から出て行く




「えへへ・・・マジであの少女・・・チビが好きだね・・・頬を染めてチビを見たぞ・・・初々しいね、Y・・・もたもたしてると取られちゃうぞ、きゃはは」


何がきゃはは、だ・・・Y先輩に変なこと言うなよ





しばらくすると会長とY先輩が戻ってきた。会長はすぐに自分の席に座り静かに料理を口にする



「ぐふふ、Y~もう少しゆっくり戻ってこないと。あんな事やこんな事をして良かっ・・・ありゃ?そのブレスレット・・・夏に切れたって・・・」






「直してくれた・・・」Y先輩は腕にはめた念珠を見ながら微笑んだ







酒宴が終わると会長はまだ札を作らないといけないから、と言ってすぐに離れに戻る















「渡し忘れたのにな・・・直しただけであれほど喜ぶとは・・・・・・」会長は煙を吐く「変わった娘だ・・・・・・」







首を傾げる白兎







「独り言だよ・・・うーたん」会長は白兎に近づくと屈み、頭を撫でる「明日、無事に終わったら帰るんだよ」








秋の虫が鳴く








「今夜は満月か・・・・・・月見でもするかい」





会長は障子を開ける












ボトッ





白兎は畳に落ちた煙管に近づき、会長を見る














「・・・・・・厄介だな・・・・・・」





左目を押さえる会長を見つめる白兎














白兎は不気味な朱色に輝く低空の満月を見た




***



「朝の務めが始まる、起きなさい」会長の優しい声で起きた


時計を見るとまだ朝の4時・・・起きるのが辛かった


眠い目をこすり、朝の務めに参加するために着替えて本堂に向かう。本堂には今回の儀に参加する全員が居た



「おはようございます」俺が一番遅く起きたらしい。ただ正座しながら口を開け夢の世界に飛び立っているAさんと比べたらましだろう


Y先輩は朝食の準備をしていたのかエプロンを付け参加している


地獄が始まった・・・お経の見事な和音・・・七重奏が俺の睡魔を呼び起こす。何度意識が飛んだことか・・・Aさんは健やかな寝顔だ・・・羨ましいな


務めが終わると朝食になった。朝食も本堂で取る・・・住職や御弟子さん達は昨日とうって変わり静かだ。まさか二日酔いなわけないだろうな・・・


朝食はとても質素な物だった・・・粥と漬け物、味噌汁だけ


朝食が終わると俺は修行僧の方と共に本堂の掃除を始める・・・あいかわらずAさんは寝ていたが無視する・・・Y先輩は朝食の後始末


「C、掃除が終わったら沐浴して身を清めなさい。今日の服はあの小屋に用意しておくから」会長が穏やかな笑顔で言いに来る「Aさんには君が着替え終わってから入るように伝えなさい・・・それまで休ませてやろう」




沐浴・・・風呂に入った


「無事に終わるかな~」あの主の首に噛みついている影を思い出す・・・動物は狩りを行うとき獲物の首を狙う・・・窒息させのだ。時折、死ね寸前に離して逃がし、また襲うことがある・・・子供に狩りを教える為に弱らしたり、自分で獲物をなぶり殺して遊ぶためだ


「覚悟決めるか・・・いざとなれば御弟子さんや会長が助けてくれる・・・」俺は自分に言い聞かすようにして風呂を出た




「これに着替えるのか」俺は用意された白い装束に着替える・・・まるで黒子のような格好・・・いや白子か。顔を隠す頭巾まである「なんだこれ・・・頭巾に変な顔が描かれてる・・・」




俺が着替えて本堂に向かいAさんを呼びにいく・・・が居なかった。Aさんを探しに母屋へ向かう。母屋にはY先輩も居らず住職が一人お茶を飲んでいた


「おー似合ってるの」俺の格好を見て住職は言う。俺はAさんについて尋ねる「Aちゃんなら嬢ちゃんと一緒に沐浴じゃ。・・・・・・人の道を踏み外しちゃいかんよ・・・」




いや・・・そんな怖い事したくない・・・小さい悪魔こと会長に呪われる・・・・・・小さい鬼ことAさんにボコボコに殴られる・・・・・・精神的なSと肉体的なSによって俺は廃人にされてしまう



俺は母屋を後にする。あっ頭巾の変な顔を住職に聞くのを忘れた・・・まっいいか・・・




俺は会長に報告するために離れに向かう。


「会長入りますね」俺は座りながら入る・・・離れは茶室でもあるためだ


会長は煙管を吸っていた。まだ沐浴はしていない。昨日の格好だ


突然俺の手に何かが触れる・・・温かい


「うーたんが君にありがとうだとさ」煙を会長は吐く


「会長・・・右目じゃ見えないんじゃ・・・」


「感じるだけだ・・・どこに居るかくらい目を瞑っても解る」会長は俺を見る「緊張してるのか・・・一服煎れようか」


会長は部屋の中央の半畳の畳をめくり、床板をどける。会長は茶道具を出し湯を沸かす


「会長・・・この頭巾の変な顔は何です」俺は聞く


会長は御茶をたてながら横目で頭巾を見る「不動明王の顔だな・・・・・・御前が厄除けに描いたんだ。・・・明王の睨みは悪しきを退ける・・・・・・御前の前で変な顔と言うなよ。それでも力作なんだ・・・・・・御前が落ち込む」




・・・あぶねえ・・・聞く相手間違えるところだった・・・




会長は御茶を出してくれたが俺は戸惑った。茶道の作法なんて知らない・・・


「普通に飲めばいい・・・誰も怒らない」




俺が飲もうとしたらY先輩が離れの扉を開ける。どうやら沐浴は会長を残すのみになったらしい。会長は火を落とし静かに離れを出る




「苦・・・」俺は初めて抹茶を飲んだ











「チビ・・・まじもんだ・・・」


「先輩・・・」


「会長・・・いつも雰囲気じゃありませんね」


俺達はすることも無く、本堂で世間話をしていた。そこに沐浴が終わった会長が来た。黒い着物・・・和物でもなく法衣でもない・・・韓国の民族衣装に近い独特な格好だ。長い髪は札のような紙で結ばれている。まだ左目を隠している




「・・・何だ?顔に何かついているのか」会長は顔を触るが俺達の気持ちを解ったのか答える「これは私の正装だ」


会長は俺達の前に座り、幾つか封筒を出す・・・・・・以前貰った御守り・・・黄色のポチ袋もあった


「今のうちに渡しておく。Y、Aさん・・・これが結界用の札、剥がれたり穢れ始めたら貼りなさい・・・・・・使う時はAさん、君なら解るだろう・・・・・・」


Aさんは解ったと頷く・・・・・・どうしてAさんに話すのだろう


「こちらは不動明王の札・・・・・・結界が破られた場合、有り得ないと思うが念の為だ、各人が持ちなさい・・・・・・あと御守りだ」


次に会長は俺を見る


「君は私や兄様、修行僧の方が護る、渡す札は御守りと思え・・・御前が丹誠込めた札・・・変な札じゃないからな」会長は俺の頭巾を見ながら笑う



会長はまだ時間があるから休めと立ち上がる。俺は渡された札や御守りを見る・・・会長は笑っているが本当に難しい儀なのだろう




「会長は怖いものってありますか?」俺は会長の背中に言う


会長は一瞬考える「ケーキが怖い」


俺とAさんはハア?と声を出す


「先輩、饅頭は怖くないんですか?」Y先輩は笑う


「アンコは苦手だ、怖くはないが勘弁だ」会長は去りながら笑う











「何だ、この黄色の袋」Aさんは呟く「チビの雰囲気がする・・・・・・」












9時頃になると本堂が慌ただしくなった。修行僧の方々が本堂に赤く塗られた箱や木製のスコップ・・・鋤、藁で作られた動物を模した人形、小さい祭壇などを運んできた。修行僧の方は俺と同じ格好だが頭巾はしてはいない



「最後の清めだ」会長が現れ説明する「Aさん、寝ちゃ駄目だよ」


Aさんは、ういーす、と返事する


住職や御弟子さん達が法衣を着て現れた・・・異様な集団だ


清めが終わると儀に使う物を車に詰め込む。俺は修行僧の方を手伝う



「儀は正午より始める。忘れ物が無いよう用心せい」住職は声高々に宣言する・・・そして着替えるために母屋に御弟子さん達と向かう・・・・・・どうやら法衣だと動き辛いようだ












俺達はF邸に向かう・・・雲行きが怪しくなっていた




目的地に着くとFさんと主が出迎えた。主の様子から俺達を信じたようだ


住職や御弟子さん達は一室を借り法衣に着替える


会長は子供部屋に結界を張ったらしい。会長は袈裟のような布製の鞄を前に下げていた。Y先輩とAさんにたくや君とちひろちゃんを任す。


俺と修行僧の方は一階のリビングに調伏の儀のための祭壇を置く・・・・・・祭壇の中央には藁人形が鎮座された。どうやら鼬を藁人形に入れ抑え込むようだ



ドタドタドタ




天井を何かが走る




「・・・すぐに楽にしてやるからな」会長が優しく呟いた




次に鼬が埋められた場所の準備に取りかかる・・・途中で俺と同じ格好をした御弟子さんが一人来た。どうやらコ毒封じ担当らしい。小さい祭壇を置く。そして昨日印をつけた場所にさらに大きく杭を打ち、縄を張り囲む・・・・・・縄には札や鈴が付いている






準備が整い、全員が位置着く






会長はリビングや埋められた場所が望める裏門の前に座り煙管を吸っている・・・・・・会長の前には振り香炉と煙草盆が置かれている






まだ11時56分






長い4分が過ぎる







11時59分



会長は煙管の灰を落とし、煙草盆の炭を香炉に入れる・・・左目の布を外す













チリーン チリーン




住職が正午の合図の鈴を鳴らす






会長は立ち上がる







「只今より調伏の儀、及びコ毒封じの儀を始めます」






会長の澄んだ声が響く











現実がドミノ崩しのように静かに壊れ始める








現れる絵柄は吉か凶か・・・・・・まだ誰にも解らない・・・・・・




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