短篇 幽霊の忘れ形見
東雲 裕二
第1話
雪の降る寒い冬、二月の時期。
ある寺に観光で訪れた際の話です。
その寺というのは室町時代に建立された歴史ある寺。
そして怪談のような伝説が現代まで伝わる由緒ある寺でした。
伝説とは今から凡そ二百五十年前、江戸時代。
寺に夜な夜な白い着物を着た女の幽霊が現れたそうです。
年は二十代程、色は青白く痩せ細った女。
ある日住職は女を今夜こそは供養しようと声を掛けましたが女は悪鬼の如く目付きで住職を睨みつけました。
「女、何故鬼のように成り下がってまでこの世に留まるのだ」
住職の問いに女は一切答える事はありません。ただ、睨むのみ。
「私が仏の教えを説き、極楽浄土へと導こうか」
やはり女は答えません。今度は住職を睨まずに振り返って立ち去ろうとしました。
住職は「この女、仏を恐れているのか? さては悪鬼に成り果てたために地獄に落ちる事を恐れているのか」と考えました。
女は静かに消え去ろうとした時です
住職は消える間際の女に近寄りを着物の袖をしっかりと掴みました。
が、ひゅっと一陣の風が吹くと共に女は完全に消えたそうです。
「鬼女め、逃げたか」
幽霊を成仏させる事が出来なかった住職は袖を掴んだはずが手を見ました。
手には着物の端切れと女の長い髪の毛が手にあったそうです。
以後、この着物の端切れと髪の毛は「幽霊の忘れ形見」として寺で保管されるようになったのです。
「幽霊の忘れ形見」は普通に考えれば偽物、紛い物と思われるでしょう。
ただ私には……それが本物だと思えてならないのです。
寺の庭を歩きながら見ていた時の事でした。
ひゅうと一陣の風が吹くと共に粉雪が舞い上がりました。
「賊が……何が仏だ……」
微かでしたが、若い女の声が聞こえました。
えっ、と辺りを見回しましたが……寒い時期の寺巡りなので私と寺の関係者のみ。
全て男。女の声を出すような者は誰一人とおりません。
私は声の正体や言葉の意味が理解できずに立ち尽くすだけ。
只の気のせいかと思いましたが、薄気味悪さを感じたので庭を出ようとしました。
「くちおしや・・・・・・」
再びか細い若い女の声が私の後ろから聞こえました。囁くように、そして怨み辛みを吐き出すかのように。
今でもその寺では女の幽霊を供養するための読経が伽藍に響き渡っています。
ですが、今でも夜な夜な女の幽霊を見たと言う噂は絶えることがありません。
終
短篇 幽霊の忘れ形見 東雲 裕二 @shinonomeyuji
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