第7話鮎川芳樹の終わり

鮎川芳樹(27)仮名とする。

謎の病気から二年の月日がたとうとしていた。

『死んでいく奴らの顔みたいからいいよ』と社長川村健に言ったこと、今になって後悔していた。

きっと死者の魂が芳樹を痛め付けてる。バカにしてしまったから…。

社内用内線の1番を押した。

『はい、社長室』

川村が電話をとった。

「鮎川です実は話があって」

すかさず川村は

『辞めんのか?』

芳樹は辞めてほしいのかと突っ込みたくなったが強い口調で

「違います死なせてください。これが罪の償いです」

川村は何を言ってるかわからなかった。

『よっちゃん、社長室おいでよ聞くからさ』


社長室はビルの40階。

かつて死んでいった人たちも乗ったエレベータに乗り込み社長室に向かった。

いつもは50階直通であるこのエレベータは操作して他の階にも止まるようになっている。

社長室は広い廊下の向こう。白い壁紙に高そうな絵画が飾られている。

フラフラしながらも芳樹は社長室の前までたどり着いた。

その間ずっと脳内からの攻撃に耐えていた。

重量感のあるドアをノックして

「鮎川です」と呟いた。

すぐに川村は出てきてソファを指差し

「まぁよっちゃん!座りなよ」

と言った。いつもと変わらず気さくに。

芳樹は黒いふかふかの来客用のソファーに座った。

目の前には川村が座っている。

「で?どうして死にたいわけよっちゃん」

足を大きく広げそこに肘を置くように前のめりに芳樹を見る。

芳樹は目を合わせないで下を向いていた。

「理由ないのに死ぬなんて昔のよっちゃんみたいじゃないのー?」

時計の針が動く音が聞こえる。

川村の息遣いや鼓動の音までも聞こえてしまうような静けさ。

「俺。呪われてるんですよ。今まで見殺しにしてきたあの人たちに」

川村は体をのけぞらせて笑った。

芳樹は正直むっとした。

どうして笑うのか人を目の前で送り出す。

そして手続きを行う。

事務的な作業。

理由なき死なんてないそう思っていた。

でも。

でも本当は死ぬべきでない人も中にはいた。

『お前もこっちに来い』

って聞こえてくる。

きっと呼ばれている。

「呼んでるから」

妄想じゃない幻聴じゃないきっと芳樹は正常な体だと思っていた。

でも。

「お前医者から言われなかったか?病気のこと」

「あの医者は俺に、俺の体に盗聴器を埋め込んだんだ」

半ば興奮した口調で芳樹は言った。

「統合失調症って知ってるか?」

「知りません」

川村は資料を開き読み出した。

「こないだの診断で中脳辺緑系におけるドーパミンの過剰により幻覚、妄想の陽性症状に関与しているんだと」

「わかりませんあの医者はヤブです俺は死ななくてはいけない。呼ばれているだから-」

川村は資料を閉じ

「昔お前と一緒な奴と出会ったよ。でももうよっちゃんは駄目なんだな・・・・」



「では、鮎川芳樹さん誓約書を読み上げますのでわかりましたら太枠内もれなくお書き下さい


一、自殺志願者(以下、私)はいかなる理由があっても内部の構造を漏らしません。

一、私の遺留品は全て受け付けにて預け、身元引受人に引き渡す事を了承します。

一、私は貴社の新生命保険に加入し、得た金を国に回す事を了承します。

・・・・・・本当にいいんだな?」

芳樹はボールペンを握り躊躇なく書いた。

「俺引き取り人居ないから焼きですね」

ふふっと笑みを浮かべ川村を見た。

「あぁ。熱いぞ・・・苦しいぞ・・それでもいいのか?」

「かまいませんもう昔の俺は居ない盗まれたから・・あ、あと・・」

川村はさらに身を乗り出し

「どうした?」

芳樹は「新生命保険って国に行ってないですよね」

川村は口を閉ざし「さあ焼き場に行きましょーかね」

と席をたった。

また長い廊下を通り、贅沢な絵画を見てエレベータに乗り一階に戻った。



「もう、自分でいけますよ。何年此処で働いてたと思ってるんですか」

そう芳樹は言って天を仰ぐ。

「よっちゃん。いいんだな?」

黙って芳樹は頷いた。

そして重い扉に手をかけた。

怖くない。

何も感じない。

ギィィっと扉が閉まる直前見えた川村の顔は子供のように顔をクシャクシャにして声を出さないように泣いていた。


「川村さんさよなら」

聞こえたかわからないが変わりに表から声が聞こえた。

「よっちゃん!!!・・・・押すよ・・・」

スイッチを押してしまえば少しの辛さだけ。

安らぎが待ってる。


舞い上がる炎。

燃えていく髪の毛。

熱風。



芳樹は気を失った。

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