9 力量

第一世代オリジンズとて恐れるな!」

「たかが一人!」

「力を合わせればどうにでも――」

 最後の女の叫び声が掻き消えたのは、空中で反転したソラが無造作に投げつけた短剣を喉元に食らったからだ。突き刺さった短剣を抜こうとしたのか、喉元を掻き毟るような仕草をしながら崩れ落ちる。背後の男が驚愕に目を見開くのが覗いた。が、次の目標はそれではない。

 眼前。

 装飾も華々しいスピアを翳した槍使いと、そのデバイス。画一的な第三世代にしては珍しく、特徴を持った槍使いだった。彼だけが飛び抜けた能力を持っていても不思議ではない。規格から外れた不良品なのだ。だが、所詮は第三世代イミテーション。飛び抜けた実力でさえたかが知れている。

 男が吼えた。手にした長剣を振り翳すのと同時に、槍使いにスピアを振り回させてくる。が、彼女を威嚇することすらかなわなかった。

 レイピアの切っ先でスピアを打ち払い、間合いを詰める。男が長剣を叩きつけようとしてきたが、ソラの無意識が迎え撃った。尾が、男の腹を貫いている。そして、男の背後で、尾の先端に灯る炎が0爆発的に膨れ上がった。デバイスの全身が炎と包まれる。悲鳴は聞こえなかった。

 不意に槍使いの姿が掻き消えた。当然だろう。デバイスが死ねば、AFSも存在を保てなくなる。AFSはデバイスの魂から発生し、デバイスの生命力を動力として稼働する兵器だ。

 左右から、三体の闘士が突っ込んでくる。得物を持たない、近接格闘に特化した第三世代AFS。一体は左から、右と右後方に残る二体の姿がある。

 闘士。他の第三世代同様、似たような形状の兜によって頭部を覆っている。簡素な鎧を纏う屈強な肉体は、戦士としての理想像に近い。その大きな拳や足から繰り出される一撃は岩をも砕く。その上、敏捷だった。近接戦闘――中でも格闘戦に特化したAFSだ。侮れないが、注意する必要もない。

 ソラは構えもせず、左の闘士にレイピアの切っ先を向けた。自然、残る二体に背を向けることになる。背後で殺気が膨れ上がった。しかし、ソラには躊躇いがなかった。むしろ後方の二体など、端から眼中になかったのだ。多くの敵意が動いているのがわかっている。数多の第三世代が、ソラを覆滅せんと動き出している。第二世代はどこか。有象無象の雑魚よりはそちらのほうが気にかかった。

 ソラの牽制に、闘士は、機敏な反応を見せた。急停止し、別の進路を選択する。右か、左か。ソラは、その一瞬を逃さなかった。

 瞬時に背後を振り返る。二体の闘士が、同時に飛びかかってきていた。眼前に巨躯が躍る、彼女は、右のAFSを白夜の一閃で切り払うと、左側から飛来した闘士の拳には、左手で対応した。切り裂いたAFSが血飛沫を上げながら地に落ちる傍らで、岩をも砕く一撃を掌で受け止める。直撃の瞬間、小さな痛みを訴える電気信号が生じたものの、皮膚が裂け、骨が砕かれるようなことはなかった。

 ソラは、闘士の拳を掴むと、そのまま足を捻って半回転した。視界が巡り、先の闘士こちらに再接近してくるのが見えた。その闘士に向かって、掴んだ闘士を無造作に投げつける。

 闘士は抵抗を試みたのかもしれないが、彼女には関係がなかった。闘士の巨躯も、体重も、ソラの膂力の前では意味がない。闘士の巨躯は宙を舞い、こちらに突っ込んでくる闘士に激突し、さらにその後方から追従してきていたらしいAFSたちを巻き込んでいく。

(二十二……か)

 ソラは、一時的に行動不能に陥ったAFSの数を確認しながら、右手のレイピアを縦横に振り回した。地に落ちたAFSを適当に切り刻み、戦闘力を奪う。AFSへの痛撃は、デバイスへの痛撃そのものだ。

 刹那、彼女は左後方を振り返った。強烈な殺気を感じたのだ。

 視界上方から飛来してきたのは、雷光の帯のようだった。視認とほぼ同時に着弾する。しかし、彼女の生身に直撃することはなかった。咄嗟に翻した翼で雷光を受け止めることに成功していた。着弾の瞬間、激しい音が耳朶を震わせた。焼けるような痛みが、痛覚を刺激する。

 だが、ソラは眉ひとつ動かさない。

(第二世代)

 どう足掻いても、第三世代には真似のできない芸当だった。その上、乱戦の中のわずかな間隙を見逃さずに撃ちこんできた。この雑魚ばかりの集団においては、特筆に値するかもしれない。

 翼を開き、視界を確保する。翼は自由に動いたし、痛みももはや感じない。戦闘行動に支障も出ない。

 前方に大盾を構えた重装の騎士が佇み、槍使いと大斧を携えた戦士がその脇を固めていた。さらに騎士の後方には弓使いたちの姿があり、彼らなりに陣形を整えたことがわかる。こちらが防御を固めた瞬間に布陣したに違いない。雷光の射手による指揮だろうか。

 その布陣の中に、雷の射手は見当たらない。並んでいるのは、どれもこれも似たような姿の第三世代イミテーション

「射てぇっ!」

 デバイスの号令が響く。弓使いたちが、異形の大弓に番えた十数の矢を一斉に解き放つ。無数の矢が騎士たちの頭上を越え、ソラへと殺到してくる。その矢の雨の下を、大盾の騎士たちが突き進んでくる。

 ソラは、せっかくの第二世代との戦いに水を差されたような気分になった。

「つまらん」

 地を蹴り、翔ぶ。地面すれすれの低空飛行は、翼を使ってさえいない。矢の雨を潜り抜けた瞬間、着地と再度の跳躍。大盾の騎士を飛び越え、振り向き様、叩きつけるようにレイピアを振るう。無防備な騎士の背を斬り裂き、断末魔の悲鳴を聞くより早く反転、弓使いへと飛びかかる。

 弓使いというだけあって、それらは近接戦闘が不得手だった。並の人間とは比べるべくもないが。

 騎士や戦士たち同様、頭部全体を覆う兜を身に付けている。微妙に異なる形状は、どこか鋭角的だ。その違いに意味などあるはずもない。遠距離戦闘用だけあって極めて軽装であり、十数の矢を射る大弓と、常に矢を精製し続けるという矢筒が最大の特徴といえる。

 弓使いたちは、こちらを目視するなり咄嗟に退避行動に移ろうとした。当然の判断。弓使いは遠距離から目標を狙撃するのが役目だ。

 だが、遅い。

 ソラは、翼で大気を叩くと一気に加速した。弓使いたちへと迫撃し、レイピアを無数に閃かせる。白銀の光跡が虚空に刻まれるたび、弓使いたちの体は切り裂かれ、絶命していく。

 八体の弓使いを瞬く間に血祭りに上げたソラだったが、あまりの手応えのなさに失笑さえできなかった。崩れ落ちるのはAFSだけではない。そのAFSのデバイスたちも、この公園のどこかで死んだはずだ。

 自律型武装魂魄Autonomous Forced Spirit――AFSとは、AFSデバイスとして開発された人間の魂が、形を成して実体を持ったものだ。魂とは生命力の根源であるという。魂が破壊されるということは、人体が動力源を失うのと同義であり、生命活動が停止するのは当然の道理だった。

(それにしても……)

 ソラは、背後から飛びかかってきた闘士をレイピアの一閃で斬り捨てると、視界を埋め尽くす甲冑の群れを一瞥した。騎士、槍使い、闘士、戦士――AFSばかりが目に飛び込んでくる。武器を構えたデバイスたちは、その影にでも隠れているのかもしれない。だとすれば、こちらの隙を伺っているのだろうが。

(AFSに頼りすぎだ)

 彼女は、怒涛の如く押し寄せるAFSの群れを見遣りながら、デバイスとしての基本的な戦い方さえ物に出来ていないのか、と呆れる思いがした。

 AFSだけに戦闘を委ねるのは大きな間違いだ。AFSは確かに強力なのだが、AFSを起動した以上、デバイスも相応の力を得たはずなのだ。

 AFSを効果的に使うのならば、デバイス自身が能動的に戦闘に参加するべきだろう。AFSの力を頼るのなら支援に徹すればいいし、AFSを陽動に使うのもいい。

 無論、場合によってはAFSのみに戦闘を任せるというのも考えられなくはない。彼女も、AFSに雑魚の一掃を任せることがある。しかしそれは圧倒的な力量差が確認できる場合のみであり、現在のような状況下で行うべきではない。

 彼らは第三世代と第二世代の混合部隊、しかも不良品の烙印を押された失敗作の集団。烏合の衆に他ならない。

 それに比べて、こちらは第一世代のAFSデバイスであり、《黒》の殺戮機関として正規運用される兵器だ。

 力量差は一目瞭然。

 数だけが頼りの有象無象のAFSでは、ソラを圧倒することなど夢ですらない。取るに足らない妄想だろう。

「児戯だな」

 彼女は、吐き捨てるなり、猛然と突っ込んできた槍使いの一群と対峙した。六体。大盾の騎士とともに布陣していた連中だろう。

 ソラは、自身の体が槍の間合いに入る瞬間、先頭の槍使いの懐へと一足飛びに飛び込んでいた。相手は反応すらできない。足刀気味の蹴りを顔面に叩き込み、面具を割る。鉄板の仕込んだ靴が顔面にめり込んだのは、相手がこちらに突っ込んできていたからというのもあるだろう。

 そのまま後方へと倒れ込む槍使いの左右から後続のAFSが現れ、俊敏にこちらに対応する構えを見せた。が、槍の切っ先がソラを捉えるよりも、彼女のレイピアが右のAFSの首を斬り飛ばし、左の槍使いを尾の一撃で吹き飛ばすほうが速かった。

 さらに彼女の攻撃は続く。最初に倒れたAFSの頭部を踏み抜いて破壊し、絶命させるとともに残る三体を次々と斬り捨てていく。

 六体中五体を瞬く間に沈黙させた彼女は、再びの殺気にその場から飛び離れた。雷撃が、寸前まで彼女の立っていた場所を撃ち抜く。まばゆい爆光が地面に大きな穴を開けた。先よりも高い威力だ。

(さすがは第二世代といったところか?)

 着地するなり周囲上空から降り注いできた矢の雨は、翼を全面に展開することで防御する。避ける暇がなかったのだ。滝の如く降り注ぐ大量の矢は、一つ一つこそ大した威力もないのだが、これだけの量の矢を一斉に受け止めるとなると、さすがに多少のダメージは覚悟しなければならない。

 まるで無数の蟻に噛まれたかのような痛みが翼に生まれ、ソラの意識を苛もうとした。が、それもすぐに消えて失せる。彼女の無意識が、翼に刻まれる無数の痛みを些細な雑音と認識し、処理したのだろう。

 第三世代AFSの甲冑以上の強度を誇る翼の中で、静かに息を吐く。もはや痛みは意識の外だ。矢の雨が止めば、いつでも反撃に移ることができる。

(いや……)

 ソラは、翼の防壁の向こう側に強い気配を認めて、考えを改めた。防壁を解いた瞬間、第二波が来るに違いない。だが、それを受け入れざるを得ないのも事実だった。

 防壁を展開し、その場に釘付けにされたのはソラ自身の判断によるものなのだ。

 矢の雨が、止む。ソラは、白夜を握り直すと、全面に展開していた翼を広げた。漆黒の闇が失せるとともに、ひとりの女が飛びかかってきていた。見るからに第二世代のAFSデバイスとわかる、銀色の眼の女。長い黒髪を振り乱し、こちらに飛来してくる。手にした斧槍ハルベルトと呼ばれる長柄の武器を振りかぶり、ただ一直線に迫ってきていた。

 ソラは、レイピアで応戦する構えを見せる。女の鋭角的な殺意は、彼女の好みに合った、

「おおおっ!」

 咆哮は、全身の力を解き放つ引き金となりうる。

 ソラは、振り下ろされた斧槍の刃をレイピアの刀身で受け止めた。重い一撃。外見からは考えられないほどの膂力は、AFSを起動している以上想定してしかるべきものであり、彼女が平然と受け止めることができたのも、AFSによる強化を考慮していたからにほかならない。

 白夜の切っ先を翻し、ハルベルトを受け流す。女の斧槍が空を切り、地を抉った。飛び散る粉塵。女の目は、ただこちらを捕捉している。一連の流れに驚くことも怯むこともない。白銀に輝く瞳には、純然たる殺意のみが宿っていた。

 ソラは、目を細めた。女のその眼を見たことがあるような気がした。錯覚ではない。きっと、知っている。似たような眼をよく知っているのだ。脳裏を過ぎったのは、純粋さと残忍さを併せ持つ少女の姿。最凶のAFSデバイスと呼ばれ、あるがままにあることさえ許されざる少女の名。

 ヨミ。

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