4 交戦

 彼女は、エースと呼ばれた男の死体を一瞥したものの、特に感想を抱くこともなかった。第三世代の連中へと向き直る。自分たちよりも格上の仲間を一蹴されたのがよほど衝撃的だったのか、彼らは武器の構えさえも崩してしまっていた。

(なっていないな)

 嘆息さえ漏らす。

 これが戦闘訓練を受けていない連中の有様なのか。

 戦闘中ならば、常に一定の緊張を保っていなければならない。気を抜くなど言語道断。ましてや、たかが仲間がひとり殺されたくらいで動揺していては、戦うことすらままならない。

 彼女は、一向に動き出す気配の見えない連中に軽い失望を覚えながら、ゆらりとレイピアを構えた。

 レイピア。刺突に特化した武器だ。強固な甲冑の隙間に突き刺すための武器であり、そのため刀身は極めて細く薄く、必要最低限の強度しか保証されていない。この白夜もその例に漏れないものの、普通のレイピアとは比べ物にならない強度と切れ味を誇った。

 白夜。フウェイヴェリルが技術の粋を結集して造り上げた、《夜》の名を冠する武器のひと振り。透き通るような白銀の刀身と、夜の闇を思わせるような漆黒の護拳(ナックルガード)、月を模した装飾の輝く柄頭からなるレイピア。刀身は八〇センチに及び、それが彼女の腕となった。獲物を射貫くためだけに伸ばされる銀の腕。

「もう、いい」

 告げると、彼女は地面を蹴るように翔んだ。足のバネを存分に使った跳躍。低空を滑るように飛翔し、ようやく動き出そうとした第三世代のひとりへと殺到する。銀眼の右側に展開していた男だ。当初五メートル程度はあったはずの距離は、ソラの飛躍によって瞬く間にゼロになる。男の双眸が驚愕に見開かれた。人間らしい顔つきだった。ソラは笑った。第三世代ならば、そうだろう。ソラの腕が閃く。銀光が走った。レイピアの切っ先が男の右目に突き刺さる。

「え?」

 間の抜けた声が、ソラの耳元で聞こえた。

 ソラは、レイピアをそのまま眼孔の奥へ突き入れる。切っ先はやがて脳へと達し、頭蓋を割って貫通する。絶叫が彼女の鼓膜を叩いた。断末魔の叫び。見苦しくも儚い最後の叫び。やがて途絶え、肉体から力が失せる。

 彼女は、男の頭蓋を貫いたままのレイピアを無造作に掲げた。男の巨体を軽々と持ち上げる。重量はあったものの、ソラの膂力ならば容易いものだった。そして、白夜の強度はそれに耐えうる。

 そのままレイピアを振るい、男の死体を投げ飛ばした。ただの肉塊は、地面に跳ねることもなかった。殺気と咆哮。

「うおおおおっ!」

「よくもやってくれたなっ!」

 銀眼の左側に布陣していた第三世代のふたりが、同時に飛びかかってきた。鋭角的な殺意。怒りが彼らを突き動かしたのだとしても、その意志は賞賛に値する。純粋な意志だ。彼女の求めていた戦場の空気に近い。だが。

 ソラは、少しだけ笑った。本気になるのがあまりに遅いのだ。だから仲間を失い、自分の命さえも落としてしまう。手からこぼれ落ちた命は、二度と拾い直すことなどできないというのに。

 背後を振り返り、こちらへと接近してくるふたりを認識する。得物はふたりとも長剣だった。刃渡り九〇センチ程度のロングソード。異形の獣の頭部を模した柄頭の形状からして、軍の正式採用モデルらしい。どうやって入手したのか。横流しでもしているものがいるのか、彼らの脱走を手引きした人物が関係しているのかもしれない。

 フウェイヴェリルにおいて軍組織というものが形骸化して久しいが、未だに新たな武装の研究や開発に国費が投じられているという話は、彼女の耳にも届いていた。

 もはや戦力にもならない兵士たちのために武器を生産し続けるなど、愚の骨頂も甚だしいといえるのだが、《委員会》の決めることだ。彼女は口を挟むべきではなかった。委員に名を連ねるサヤに上申してもいいのだが、彼女も忙しいひとだった。《黒》の総帥であり、都市開発計画の責任者でもある。たかが軍の武器開発のことで彼女の頭を悩ませたくはなかった。

 それに軍の開発した武器がソラたちに使えないというわけでもない。場合によっては軍から取り上げてしまうのもいい。軍も文句は言えまい。

 戦争は変わったのだ。

 それらの登場によって、戦場の光景は一変した。

 AFSデバイス。

 戦場を舞い、地獄を踊る殺戮装置。

 フウェイヴェリルだけではない。サイズルーンも、エンシエルも、その装置を大量に開発し、戦場に投入した。そして、戦場には、ただの人間に過ぎない兵士たちにとって死よりも恐ろしい光景が広がるようになった。

 数年前のことだ。

 いまや、鍛え上げられた兵士を揃えるよりも、AFSデバイスの大量生産こそが勝利への近道だといわれるようになっていた。

 ソラも、そのひとりだ。AFSデバイス。単にデバイスともいう。つまりは装置だ。破壊と殺戮を実行するためだけの装置。人間ではない。

「なぜ、起動しない?」

 ソラは、迫り来る男たちに質問を投げかけながら、空いている左手を背後に回した。外套の内側。剣帯に固定した鞘から短剣を抜くと、即座に左の男へと投擲した。狙うは額。銀光が行き着く先を見届けることもなく、彼女自身は右の男へと飛ぶ。男は長剣を振りかぶっていた。全身から溢れる怒気と殺意は、彼の一撃を強力なものにするに違いない。それが対象に直撃すれば、の話だが。

「ぐあっ」

 悲鳴は、投剣が左の男の額に突き刺さったことの証明。

 ソラは、確認の一瞥をくれることもなかった。眼前の男が空気を吸い込む。裂帛の気合が聞こえた気がした。しかし、それは錯覚だ。現実には、男が口を開き、声を上げるよりも早く、彼女の腕が彼の喉を貫いていた。白銀の切っ先は鋭く、美しい。

 つぶやく。

「所詮、塵は塵か」

 男は、一瞬、自分の身に起こったことがわからなかったのかもしれない。振り被ったロングソードを必死に振り下ろそうとしていた。だが、それは叶わない。

「っ……!」

 苦悶の表情を浮かべた男が口から吐き出したのは、無論裂帛の気合などではなく、ただの血反吐だった。ソラは敵の首からレイピアを引き抜き、続け様に額を貫いた。そして飛び退く。と、男が血を吐きながら倒れていくのを見届ける格好になった。力をも失った手からこぼれ落ちた長剣が、地面にぶつかって音を立てた。

 彼女は、男の死体を見下ろしながら、自分の中のなにかが急速に醒めていくのを認めた。あまりに期待はずれだった。戦場の臭いを嗅ぎとったと思ったらこれだ。少しばかりやるせなさすら感じる。廃棄物処理される予定だった失敗作に、くだらぬ幻想を抱きすぎたのか。

 左を見やる。

 頭部に投剣の一撃を受けた男が倒れていた。ぴくりとも動かない。絶命。一撃必殺。あの一瞬の判断による投擲が直撃したのだ。抜群の精度だといえたが、別段誇るようなものでもない。むしろ、相手の不甲斐なさに憤りを感じる。あの程度の反撃を予測できないでどうする。これでは点数も付けられない。

(……悪い癖だ)

 ソラは、胸中で頭を振ると、第二世代の男の死体へと視線を移した。肉塊から得られるものなどないかもしれないが、一応調べておく必要があった。彼らの脱走を手助けした存在の手掛かりが見つからないとも限らない。

 刹那――。

「!」

 大気を劈(つんざ)く音が聞こえ、彼女の視界が歪んだ。いや、実際に歪んだわけではない。遠方から飛来したなにかが彼女のサングラスを掠め、吹き飛ばしていった。

 矢だ。

 痛みはなかったといってもいい。振り向くタイミングが良かったのだろう。もしわずかでもずれていたら、頭に突き刺さっていたかもしれない。

(いや、それはないか……)

 ソラは、視界が明るくなったことに目を細めながら、敵の不用意を彼らのために哀れんだ。いまの狙撃は、点数をあげてもいいくらいに素晴らしい精度だった。殺気が篭もっていないという点でも評価できる。失敗作にしては上出来だった。いや、彼女の生徒にもこの精度の狙撃を行えるものなどいないかもしれない。残念なことだが。

 しかし惜しむらくは、一矢では彼女を殺すことはできないということだ。

 たとえ直撃していたとしても、ソラは死んでいなかった。確信がある。

 ソラは、足元に転がったサングラスを拾うと、砂埃を払った。サングラスの縁に何かが当たったような傷跡が残っている。装着出来ないわけではないが、不格好には違いない。彼女は、サングラスを大事に外套の内ポケットに収めた。サヤから贈られた高級品なのだ。捨てることなどできない。

 矢が飛来してきた方向に視線を向ける。射手を殺そう。丁重に殺してあげよう。ゾクゾクした。今度こそ、期待できる気がした。少なくとも、いまさっき処分した連中よりは殺し甲斐のある相手に違いない。

 が、彼女の思惑は外れた。

「ふむ」

 いや、外れたというよりも思惑以上の事態になったというべきか。

 ふと気づくと、無数の生体反応が公園の内外を埋め尽くしていた。ざっと百以上の失敗作が、彼女を包囲していたのだ。そして、喜ぶべきことに、彼女の捉えた生体反応のうち半数近くが、AFSを起動していた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る