第20話 恋と愛
二日前、俺は七海さんの秘密を出汁にして悪さをしようとした問題児、万丈を相手に苦戦しながらも最後は勝利した。しかし、その代償は大きかった。まずは当然のように三ヶ月の停学処分。いや、退学処分になると思っていたのだが、どうやら七海さん、そしてなぜか理事長が口添えしてくれたらしく校長は俺を停学処分で済ましたらしい。
次に、守ろうとしていた秘密の漏洩。万丈が俺とのジャン拳の途中で守ろうとしていた秘密をバラしたことにより学校中ではその秘密が蔓延。その情報を知らない人はいなくなってしまった。七海さんはそのことには『いつかバレることだから仕方ない』と言っていたが、その表情はやはり悲しそうで、最後まで俺は七海さんを守ることはできないということになった。
最後に、俺の体だ。肋骨が二本持って行かれ、頭蓋骨にも少しのヒビ。大量の内出血と所々の擦り傷。どう見繕っても大怪我である。全治三ヶ月半と長いが完治すればジャン拳をしてもいいというお達しが出たので学校へは通えるだろう(別にジャン拳だけが学校の全てではないが)。
かくして、俺は家で謹慎じみたことをさせられているわけだが、何もひとりでいるわけではない。
「はい。お昼ご飯温まったよ?」
「ああ。ありがとうございます。……その、やっぱり、七海さんは学校に行ったほうが良かったんじゃないですか?」
「私がここにいちゃいけないの? それとも、私のこと、嫌い?」
「そ、そんなことありませんよ! むしろ……いや、何でもないです」
そう、七海さんが俺の看病をすると言って学校を休んでまで俺の傍についていてくれている。生徒会長の仕事は大丈夫なのか、と聞くと卒業の送辞を言うだけだからそれほどの仕事は残っていないと言って笑顔でいるが、送辞はよほどの大変な仕事では? と思うのはおかしいだろうか?
それにしても、俺はつくづく恵まれていると思うのだがどうだろう? いや、怪我をするくらいだからむしろプラマイゼロ?
腕も動かせないため七海さんにスプーンでお粥を口に運んでもらいながら食べていると、七海さんがこんなことを言い出した。
「口移しって、やっぱり男の子の夢なの?」
「ゴホッ、ゲホッ。な、何を急に言い出してるんですか! 危うく喉に詰まるところだったじゃないですか!」
「あはは。ごめんね。でも、金鵞くんに男の子が喜ぶことって何かな? って聞いたら、口移しだって言ったから」
「あいつの言うことを逐一信じちゃいけませんよ! あいつは確かにいいやつですけど、悪友ですから! 悪いやつですから!」
ったく。金鵞のやつ。めっちゃ嬉しい情報を教えてくれやがって。こっちまで盛り上がってきちゃうじゃないか。
少しの興奮で顔を赤らめていると、七海さんが俺にお粥を食べさせながら嬉しそうに見ているのに気がついた。何がそんなに嬉しいのだろうかと思って聞いてみると、
「君にお礼ができるのが嬉しいんだよ。ほら私、何回も君に助けられてるでしょ? だから、お礼がしたくって。でも、私には武術しかないから。こういうことでお礼することができて良かったなーって」
「そんなことないですよ。七海さんには他の人が持っていないものをたくさん持ってるじゃないですか」
「胸とか?」
「もちろんです……じゃなくて! 優しさとか、苦しさとか。それを全て包み込める器とか。容姿も、何もかもが完璧じゃないですか」
「でも、お金も両親もいないよ?」
「だって、全部持ってちゃバランスが取れないでしょ。人は、持てる量が決まってるんですよ。七海さんはたくさんのものを持ってるから、その分お金とか、その……両親とかがなくなっちゃったんですよ」
俺がそう言うと、七海さんは面白そうにクスクスと笑う。
「なっ、笑わないでくださいよ。これでも結構考えて話しているんですよ?」
「だって、結局私は完璧じゃないじゃん? って思ったら、おかしくって」
「あー。それもそうですね。訂正しますよ。七海さんは完璧じゃないです。不完全で、欠陥品ですね。俺たちと同じ、出来損ないですよ」
「そこまで言っちゃう? でも、そうだね。みんながみんなそうであるように。私だって、君だって、人間だもんね。不完全だし、欠陥品だよ。むしろ、それが完成だっていうように、未熟なんだよね」
そんな感慨深いものを言っていると、お粥が最後のひと匙になり、それを俺の口に運ぼうとして七海さんがスプーンをこちらに流す。すると、何かを思いついたかのように既のところで自分の方へ戻し、自分の口にお粥を入れたかと思うと、不意にキスをしてきた。
最初に七海さんが言ったように、口移し。温かいお粥が、柔らかい感触とともに俺の口の中に流れ込んでくる。突然のことで何をされたのかわからなかった。でも、だんだんはっきりしてくる意識が、俺の脳内を再び沸騰させていく。
「えへっ。口移し、しちゃった♪」
「あ、え、その……え?」
「わかってる? 私、君のこと、燿くんのこと、好きなんだよ? 私のことを一番に考えてくれる燿くんのことが、好きになったんだよ?」
衝撃のカミングアウト。追いつかない思考。理解できない動作。何もかもが、俺を困惑させる理由になった。どうやら理解していないことに気がついた七海さんがもう一度俺の口に口ずけをした。優しく、熱いそれは、俺の思考を活性化させる。
ああ、これがキスかー。しかも、俺は大好きな人とキスしてるんだなー。……ん!?
思考が活性化してきたおかげで自分がどういう状況に陥っているのかがわかった。俺は、七海さんとキスをしている。しかも、七海さんは俺のことが好きだと言ってくれた。もしかして、もしかしてこれは……。
――――告白しても勝てるんじゃね?
そんな甘い考えが俺の中に生まれると、俺はすぐに動いた。といっても、体は動かないので行動ではなく言葉で、だが。
「な、七海さん! 俺、俺も七海さんのことが好きですよ!」
「知ってるよ。知ってるから、言ったんじゃん」
「知ってる…………え? なんで!?」
「やっぱり覚えてないんだね。君、万丈くんとの戦いのあとで私に抱き抱えられて、その時に呟いてたよ? 七海さんのことが大好きだって」
「ま、マジで?」
「マジで♪」
真っ赤な顔で問いかける俺に、七海さんは笑顔で告げる。どうやら、意識が飛ぶ瞬間、俺は七海さんに告白をしていたらしい。どこぞのバトルモノのラノベだよ、と言いたかったが、それでもそうなってしまったのだから仕方ないと割り切って、俺はこほん、と咳払いをした。
「えっと、その……じゃあ、俺の気持ちを知っていて、それに答えてくれたと?」
「うん。そうだよ」
「お礼、とか。そう言ったものではなく、心からの言葉であると?」
「うん。そうだよ」
「ほ、本気ですか? 俺は、こんなに冴えないんですよ? 強くもないし、きっと七海さんより優しくないし。カッコよくないし、勉強もできないし。そんな、そんな俺のことを七海さんが好きになるなんて……」
「それでも、私は君が好きになったんだよ。たまに優しいところとか、たまに厳しいところとか。いざって時に見せるカッコよさが、昔憧れたヒーローそのものだよ」
「ヒーロー……俺はそんなカッコいいものじゃないんだけどなー」
七海さんの目がキラキラと輝いていて、それが俺を見る目だと思うと、少しだけ恥ずかしくて。俺は気が付けば嬉しさと恥ずかしさの中で苦笑いをしていた。
大好きな人に好きだと言われて、恋が実って、愛が生まれて。人は、その過程を総合して恋愛と呼ぶ。人は恋愛を求める。永遠に答えの出ない問いが大好きな人間という生物は、答えのない恋愛を求める。焦燥に駆られた獣のように、人は、貪るようにそれらを食らう。
俺も、きっと七海さんも考えていることは同じだったのだろう。感じていることも、同じであったに違いない。理想と夢が将来だというのなら、現状と愛が今の俺たちを形成する最大の要素だといえよう。
つまり、何が言いたいかというと。
――――見たか、これはリア充というやつだよ。
既に舞い上がっているためテンション増し増しでお送りいたします。提供は吽雀高校などなど……。
とりあえず、今夜は赤飯だな。あ、俺は食べさせてもらわないと。
「それはそうと。三ヶ月後はみんなは本当なら三年生になるんだよね」
「そ、そうですね」
突然の切り出しに、俺が少し戸惑っていると、七海さんがとてつもなく可愛らしい笑顔を見せたかと思うと、
「でも、君と私は二年に残留だよ?」
「……え?」
「だって、問題起こしたし。なによりけが人を出しちゃったしね。でも、安心して。私が二年に残留するって四天王のみんなに伝えたら、みんなも残ることになったから。それと金鵞くんは放火の疑いがかかってたから残留。他の生徒も、私が残留だって知って、最後のテストで赤点続出だって。来年の二年は二倍の教室が必要みたいだよ?」
「……えっと。その、三年はどうなったんですか?」
「三年生もわざと残る人が出てきてるみたい。これは送辞とか関係ないよねーってなって、私の仕事がなくなりそうなんだよねー」
なるほど。どうりでさっき、七海さんは送辞がいかにも大変ではないように言ったわけだ。つまりあれか? 俺のせいで全校がおかしくなったっていうのか? あちゃー、それはあれだな。大惨事だな。
聞くだけでも大変そうな事件に、俺は耳を塞ぎたくなったが、七海さんはそれを許してはくれない。
「来年もよろしくね。私の彼氏さん」
「……ああ、はい。どうにか生きていくます」
なぜ、大事なところで噛んだのか。まあ、きっと、色々あって動揺していたのだろう。仕方ないと、割り切るしか無いな。
そんなこんなで、二年の春を迎える俺たち。もう一度、二年をやり直すことを教えられ、クラスの人数が増えたことに嬉しさを持てばいいのかどうなのか。まあ、それでも、俺があの高校に通う理由ができてしまったのだから仕方ないだろう。
ベッドで寝ている俺の横で笑顔で付き添ってくれている七海さん。俺の彼女で、俺が好きになった女の子。可愛くて、強くて、優しくて、悲しみや辛さを誰よりも知っていて、完璧と呼べた人。そんな人の隣を歩けるように、俺はこう誓った。
――――強くなろう。七海さんを守れるように。もう二度と泣かせないように。
手始めに七海さんに手ほどきしてもらおうと思ったのだが、
「そういえば、こないだのジャン拳で六花がかったから、動けるようになったら金綱くんと一週間修行だよ?」
「……ああ、はい。分かってました」
どうやら、現実はそう簡単に生きやすくしてはくれないらしい。
七海さんの笑顔の裏で、俺は涙を流しながら渋々体の回復を待つ、三ヶ月がスタートした。
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