第14話 異端児と問題児

 家を無くしてから初めての登校。絶対に知られてはいけないのは俺が七海さんの家に居候させてもらっているという事実。だが、その秘密を知られてしまう前に、変な誤解を招いてしまっているのだがどうしようか?

 事は朝の登校時にあった。いつも通り登校しようとしていた俺は、ある重大な事実に思い至った。

 登校する時間を一緒にしたら付き合ってるって感じじゃね?

 いや、付き合いたくないのかと言われれば付き合いたいが、完全敗北フラグなので俺に告白する勇気はない。と、そんなことよりもだ。要するに一緒に登校すると付き合っているという変な噂が広がり、それを確かめるためにストーカーめいたことをする輩が現れないかということなのだ。流石にストーカーとまでは行かないかもしれないが、この機会に七海さんの家を調べようとする奴らが出てくるかも知れない。そうなれば、七海さんの秘密にしておきたい秘密が露見されてしまう。

 七海さんは家の場所を特定されることを嫌がっている。四天王に対してもそうなのだろうから、相当嫌なのだ。普通なら俺なんかが知っていい情報ではないがとある事情で知ってしまったのだから仕方ないだろう。

 と、そんな話ではない。つまるところ、俺は時間を別々にして登校しましょうと七海さんに言うと、七海さんは笑顔で、


「え? どうして? 一緒に行こうよ。それとも、一緒に行くのはヤなの?」

「いえ、是非とも一緒に行きたいです。出来れば手も――」

「じゃあ、一緒に行けばいいじゃん? 何の問題があるの?」


 と言い返されてしまえば頭も抱えたくなるだろう。この人、前から思っていたがおっちょこちょいなのかな? 妹の六花ちゃんと同じで少しだけ抜けているところがあるのかな? それとも俺と一緒だからこうなのか? いや、最後のはないか。

 という風に軽く問題を見ている七海さんの隣に俺が立ち、一緒に登校して来たのだが、やはり間違いだった。校門を潜るなり大衆の視線が痛い痛い。痛すぎて目が開けられませんよ。

 いっそ泣いてしまおうかとも思ったが、流石にこの視線の中で泣いたらおかしい人(元々だが)なのでなんとか耐えていると、ふと遠くに金鵞が目に入った。

 いつもなら真っ先に俺のこの不幸に気がついて茶化しに来る金鵞が誰かと一緒にいるみたいでこちらに全く気がついていない。

 誰と話しているのかと思ったが、結局最後まで相手の目視は叶わなかった。


「七海さん。どうしてホームルームじゃなくて、試合場に?」

「え? 朝練するからだよ?」


 知っているだろうか。朝練とは朝、練習をするという意味だ。しかし、それは部活を朝、練習するのであって、朝から武術を練習するという意味ではない。

 まあ、七海さんのことだからそれすら分かっていないのだろうけど。いや、わかっている前提があって、それを無視して修行か? やっぱ、七海さんは鬼畜っすね。

 分厚い制服を脱いで、元々短いスカートをきつく締め、裸足になって戦闘準備をする七海さん。俺は学ランを脱ぎ捨てて、ため息をつきながら準備運動をする。

 七海さんに勝利した次の日、俺は怒涛の修行に滅入った。まず、俺の習うべき武術の某を叩き込まれ、その上で戦闘に導入できるレベルまで持っていくと宣言され、座右の銘『有言実行』の名の下、七海さんは俺を鍛え上げた。

 後から聞いたことだが、六花ちゃんが戦闘に投入できるレベルに達するまでにかかった日数は約一ヶ月。六花ちゃんよりも弱い俺が戦闘に投入できるレベルにまで達した時間、二十四時間。これだけでも俺が休日を使ってどんな鬼畜な修行をしてきたのかがわかるだろう。

 ええ、死んでいない自分が不思議で仕方ありませんよ。全く、俺の師匠はどうしてこうも鬼畜なんだっていうくらいには鬼畜でしたよ。

 昨日のことを思い出しつつ、俺は軽く身震いした。

 さて、朝練というだけあって形式上の試合は行われなかった。対戦方法はオールオッケー。白い枠を出る、敗北宣言をする以外を除けば何をしてもいいということで修行が始まった。

 まずは七海さんの先攻。最初からギアを最大で向かってくる七海さんに俺は昨日習ったように丁寧な躱し方をする。


「そうそう。フェイントが読めればあとは完璧だね。もう、君は五千代に入ったんじゃない?」

「何言ってるんですか。ランキング五千なんて入るのだけでも難しいですよ。なんせ、俺は最弱ですからね」

「それは誇ることじゃないと思うけど……」


 苦笑いを見せながら、七海さんは俺に容赦ない攻撃を放ってくる。俺は最低限の力でそれを避け、たまに手でズラすなどしてなんとかやり遂げる。

 だが、未だにフェイントというのを見極めることができない。相手の肩のモーションで大概はわかると七海さんに教えてもらったが、そんなのは上級者の意見であって、俺には何の意味も持たない。ゆえに、どうすればフェイントだとわかるのかが未だに理解できないのである。まあ、見極められなくてもなんとかなるのでいいのだが。

 昨日の修行で俺はあることに気がついた。それは、七海さんが俺に手加減をしていたということだ。なぜ、そんなことがわかったのかというと、七海さんは両手だけで攻撃をしてきてる。それのどこが手加減なのかと言えば、七海さんの武術は総合格闘技、つまり体全体を武器とする武術だ。

 ならば、両手では武器が半減する。力も半減するのは確実だ。よって、七海さんは俺に手加減をしていることになる。それがムカつくとか、気に食わないわけではない。ただ、本気の七海さんを相手にしたら、敵はどうなってしまうのだろうと思ってしまうのだ。

 つくづく、七海さんを怒らせないようにしようと思うが、怒らせるつもりはないので大丈夫だろう。


「おうおう。朝からやってるじゃねぇか。なあ、生徒会長さん?」


 試合場に一人の来客者。大柄の男で、顔は何やらニヤついている。そんな奴がこんな場所に何の用だと思うと、七海さんが一旦修行を中断してその男を見た。


「えっと、二年の万丈くん、だよね? 何の用かな?」

「おお。生徒会長さんはすべての生徒の名前を知っているって話だが、本当のようだな」

「ううん。でも、問題児の君を知らない人は多分、私の弟子くらいだよ」


 すみませんね。出来の悪い弟子で。というか、問題児の万丈? どっかで聞いたことがあるような……。ハッ、思い出したぞ。確か、三年に喧嘩売って、ボコボコにしたやつって、万丈ばんじょうって名前じゃなかったっけ? 確か、学校側から停学処分にされたはず……。もしかして停学が終わったのか?


「そっちの弟子さんもわかったようだな。そうだよ。停学処分が終わって、今日からまた大暴れってな。そんでよ。生徒会長さん。少し喧嘩しようぜ。あんたには、少しだけ因縁があるんでな」


 その因縁とは、きっと停学処分に関係があるのだろう。

 この学校には強い生徒が多いため、教師が手に負えない生徒も存在する。それを処理するのは生徒会長、つまり校内最強の責務であり、義務である。それゆえに、停学や退学に追い込まれたものは必ずと言っていいほど恨みを持つことになる。

 今回もそれだろうと思っていると、呆れたように七海さんが頷くと、構えを取った。これは、ジャン拳ではなく、本当に喧嘩なのだという合図であり、それゆえに万丈もそれに乗った。独特な構えを取り、両者がにらみ合っている。

 先に動いたのはやはり七海さん。一撃で沈めるかのように走り、手加減なしの蹴りを放とうとする。そんな七海さんに、万丈がニヤつきながら、こう言った。


「まさか、あんなところに住んでいるなんてな」


 一瞬、空気が凍ったかのように思われた。そして、次の瞬間、七海さんの攻撃は空気を切り、がら空きの胴体が防御態勢すら取ろうとせず万丈の前に晒される。

 さらにニヤつきが増した万丈が七海さんに向かって下から持ち上げるように右手が振られた。すると、七海さんの制服がビリビリと嫌な音を立てながら破れていく。それに七海さんが気がついた時には遅かった。上半身まで一直線に破られた服は、七海さんの白い肌と下着を見せながら無残にも宙を舞う。

 瞬間的に七海さんは体を庇うようにそのまま万丈の前で体を抱きしめて体を小さくする。万丈はさらに七海さんを攻撃するために手を伸ばしていた。このままでは行けない。そう思ったら俺の体は動いていた。万丈の手を掴み、攻撃を止めさせる。


「ああ?」


 万丈の怒気の込もった声。それに少しだけビクつきながら俺は「やめろ」と静かに告げた。

 すると、


「雑魚が俺に触るんじゃねぇよ!」


 ドスッと俺の顔面に大きな拳がめり込む。俺はそのまま吹き飛ばされ、床に背中を叩きつける。あと少しで意識が飛びそうになったが、なんとか立ち止まって、七海さんを守るためだけに立ち上がる。


「しつこい奴だな。まあ、いい。おい、生徒会長さん。俺ぁ、あんたの秘密を全て知ってるぜ? あんたが隠していた秘密全てな。これを暴露されたくなかったら、明日、全校生徒の前で俺と戦いな。そんでもって俺に負けるんだ。いいか? これは命令だぜ?」

「っざけんなよ。テメェが……七海さんに命令なんて、出来るわけないだろ?」

「……どうやら、自分の立場が未だに分かっていないようだな。校内最弱。お前は生徒会長さんの何なんだ? 一緒に住んでいるだけで、別に彼氏でも何でもないだろ? なんで、こんなやつを守ろうとする? そんなことより、秘密を出汁にいいように使えばいいじゃないか」


 ああ、俺、この人嫌いだわ。秘密を出汁にいいように使う? ふざけるな。俺は七海さんの笑顔が好きなんだ。嫌々させられている七海さんの顔なんて、見たくもない。

 俺はどう考えてもこいつとは意見が合うようには思えないな。


「そこまでだぜ~。もうすぐ、授業が始まるよ~。どれだけ問題児さんでもこれ以上の問題は深刻だろ~?」


 と、こんな空気の中で意気揚々と金鵞が入ってくる。そして、俺たちを助けるようにそう言うと、それもそうだという顔で万丈が少し考える。

 そして、七海さんを見下したかと思うと、


「明日が楽しみだぜ」


 それだけ言い残して、万丈は立ち去っていった。俺はと言うとフラフラと七海さんのところに行って、怪我はないか、大丈夫かという言葉よりも先に、俺の学ランをかける。

 そして、


「大丈夫――――あ、れ?」


 ですか、の言葉が出ず、俺は床に倒れてしまった。どうやら、万丈の攻撃が結構脳に浸透していたらしい。クラクラと回るように視界が歪み、気が付けば俺は気絶していた。

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