第15話 秘密と亀裂

 気がついたとき、俺は学校の保健室で寝ていた。養護教諭に話を聞くと、倒れた俺を金鵞がおぶって連れてきたらしい。養護教諭に何があったんだと聞かれたが、階段で転んだ気がしますと言ってはぐらかした。その後、俺は時計を確認し、今が何時なのかを調べた。

 現在時刻正午。つまり、昼時だ。今なら、七海さんは食堂にいるはず。俺はすぐにベッドから飛び出して、七海さんがいると思われる食堂に向かった。

 相当のダメージがあったのだろう。走ると頭がクラクラするが、そんなことはどうでもいいと言い聞かせて七海さんの下に走る。だが、食堂に七海さんの姿はなかった。

 前に拉致された席に副会長の神原さんがいたので話を聞くと、


「はい? 今日は七海は休みですけど。……そういえば朝はいたとか言っている人がいましたけど、ホームルームには来ていませんよ。珍しいこともあるものですね。七海は一度だって休んだことがなかったのに」


 と、不思議そうに言う神原さん。俺はサーっと血の気が引いていくのを感じながらすぐに駆け出す。それを神原さんが腕を掴んで止め、睨みつけるように聞いてくる


「何かあったんですか?」

「あ、その……何もありませんよ!」


 俺はそう言って、強引に手を離すと振り返らずに走り出していた。行く場所は決まっている。七海さんの家だ。きっと、七海さんはあそこに居るはずなんだ。

 半ば願うように七海さんの家に向かって走っていると、校門前である人影が見えた。人数は一人、しかも俺がよく知っている人物だった。


「金鵞……」

「よ~。まだ下校には早んじゃないか~?」

「すまん。下痢と頭痛と目眩と腹痛で早退するって先生に言っておいて――」

「さてさて~。一体どこに帰るんだろうな~。家は燃えちまって、行く宛はなかったはずだけどな~」

「……おい。なんでお前がそれを――」


 俺が問うと、金鵞は笑った。憎たらしい笑顔ではなく、爽やかな笑顔で。見下すようにではないそれを見て、俺は少しだけ金鵞の考えがわかった。

 なるほど。つまり、そういうことなんだな?


「金鵞、お前が今回の主犯か?」

「どの主犯だ~?」

「俺の家を燃やして、俺を七海さんと一緒に帰らせて。今日、万丈を七海さんと会わせた。そして、万丈に七海さんの秘密を教えたのもお前だろ?」

「どうしてそこまで言えるのさ~。まあ、当たってるけどな~。主犯は俺だけど、やったのは万丈さ~。つまり、俺は関係ないってことだな~」


 関係ない? こいつ、本気でそう言っているのか?

 俺は金鵞を睨むように見ながら、握りこぶしを作って叫んだ。


「ふざけるな! お前のせいで、七海さんがどれだけ苦しんだと――」

「よく考えろよ~。生徒会長が居て、喜んでいるのはお前さんだけだぜ~? 生徒会長さんは力で手に入れた地位で全てを自分色に変える。染まらない者は排除する。どこの世紀末だって感じだよな~」


 あっ、と俺は声が出なくなってしまった。その通りだと思ってしまったのだ。確かに、七海さんは力で全てを支配しているのかもしれない。でも、それは遊んでいるだけで。でも、それを嫌がっている人もいるわけで……。

 だんだんと誰が正しいのかがわからなくなってくる。金鵞はそんな俺を見て、笑いかける。


「俺も、生徒会長さんが間違っているとは思わないさ~。でもな~。実際に間違っていると思っている輩がたくさん存在するんだ~。俺は、無駄な抗争を一度で終わらせるために万丈をけし掛けたんだ~。わかるか~? 俺は、お前さんの敵じゃないってことさ~」

「そうだとしても……お前が七海さんを泣かせるようなことをしたのに変わりはないだろ?」

「ああ、だから~。行く前に、お前さんに殴られ来たんだ~。俺は俺がしたことを間違っているとは思わない。でも、今回の抗争と同じく反対する勢力があるように、俺の考えの反対勢力はお前さんだったのさ~。それでも、俺はお前さんの親友で居たいんだ~。そのために、俺は殴られに来たんだよ~」

「……馬鹿だろ、お前。黙ってれば、わからなかったかもしれないのに。俺が馬鹿なの知ってるだろ? お前なら、隠し通すことだって――」

「親友の間に、隠し事は無しだぜ~?」


 お前がそれを言うか。だが、金鵞の思惑はわかった。どうしてコイツがこんなことをしたのかも。コイツはきっと、コイツなりに学校を愛しているんだ。どれだけ授業をサボろうと、試合をサボろうと、コイツなりに思うところがあったのだ。だから、今回のようなことをしたのだ。

 だから、許さねばならない。わかっている。許すさ。許す。許すけど……。

 俺の固く握られた拳は、一向に開こうとしない。親友は自分を殴れと言っている。殴れば怒りも収まるか。いや、無理だろうな。この怒りは、金鵞に向けてのものじゃない。この怒りは、俺に向けてのものなのだから。


「金鵞、俺はお前を殴らない。なんでも、お前の思い通りになると思うなよ?」

「それも、俺の考えさ~」

「ふんっ。やっぱ、お前は悪友だな。良い事なんて何一つないじゃないか」

「なら、やめるか~?」

「馬鹿言え。友ってのはな、切り離せないんだよ。例え、大きな亀裂があったとしてもな」


 言って、俺は金鵞の横を走り抜ける。金鵞は振り返らない。やれやれと首を振って、俺とは反対の方に歩いていく。

 やがて、俺は前だけを見て走る。全速力で、七海さんの下へ。






 一人の悪友と別れて一分もしない頃、金鵞は想定外の人物と出会うことになった。


「やはり、あなたが絡んでいましたか」

「おやおや~? 副会長さんじゃないですか~」


 副会長、神原紗智。中国拳法を得意とする校内第二位の強者。ヘラヘラと笑っているが、その実金鵞は焦っていた。

 ここで出会うと思っていなかったよりも先ほどの話を聞かれた風な言葉に焦りを感じる金鵞に、神原は言う。


「今朝、あなたに言いましたよね? 七海に手を出すな、と」

「手は出しちゃいないさ~。俺は、この学校の反乱分子を――」

「少しは向き合って話したらどうですか、元校内第二位さん?」


 ギクッと、金鵞が体を震わせた。元第二位。そう呼ばれるのは初めてだった。しかし、金鵞が知られたくない事実の一つでもあった。

 高校一年になったばかりの金鵞がこの学校の名物とも呼べる入学ジャン拳で対戦相手になった二年生を圧倒したという事実は数少ない人しか知らない。もちろん、そこに悪友の名前は存在しない。それゆえに、隠し通せると思っていた。だが、それは甘かったらしい。

 入学ジャン拳の対戦相手はその時校内第二位の正真正銘の強者だ。それを圧倒したということは、金鵞は強いと言う噂が広まるに違いない。だが、それは自由を愛し、不真面目を好んでいる金鵞には手痛い仕打ちに過ぎない。

 よって、第二位になった瞬間に倒したばかりの相手に対戦を申し込み、敗北宣言をして負けた。よって、第二位になった時間は一分と無かった。

 それでも、金鵞が第二位という地位にあるのは確か。それを現第二位に知られたということは――。


「あちゃ~。情報屋かな~? 必死に隠していたのにな~」

「不真面目に生きるのは疲れませんか? 少しは応援とかもされたくはないのですか?」

「いいや~? 俺は強いからな~。応援や声援は邪魔以外の何物でもないな~」

「そうですか。じゃあ、ジャン拳をしましょう。審判なし、一本勝負。どうですか?」

「あんまり楽しくないけど。まあ、いいよ~」


 そして、ジャンケンをして、初手は神原が勝ち取った。瞬間的に始まった勝負。構えを取る時間さえ金鵞は与えられず、金鵞に向けて神原の高速の突きが行われる。常人なら捉えられない突き、当然、完全に気を抜いている金鵞は避けられないと思っていた。だが、神原は次の瞬間に驚きの声を上げた。

 金鵞は攻撃を避けられなかった。しかし、攻撃は金鵞には届かなかった。金鵞は神原から放たれた突きを片手で掴み、流れるように手首へ。そのまま捻って、体ごと一回転させた。

 鈍い音を立てて、神原が地面に落ちる。すぐに立ち上がり攻撃をしようとするが、金鵞はそれを許さなかった。目潰しをするように立ち上がろうとする神原の目元に指を突きつける。そして、


「一本だ~」


 楽しそうに言う金鵞に、神原はゴクリと生唾を飲んだ。もしも、これ以上の戦いになっていたら、どうなっていたのかを考えたのだろう。それを考えて、神原は冷や汗が止まらなかった。

 圧倒的な力量を見せた金鵞は、立ち上がらせるように手を差し伸べると、神原はそれを押しやって自力で立ち上がる。そして、


「それだけの力があって、どうして……」


 怒りをぶつけるように言うと、金鵞は困ったような顔をして、こう言った。


「俺は、不真面目で自由主義だからな~。力なんて、あってないようなものさ~。ただ、あいつァは違う。春日原燿は、自分の力量を分かっているようで全くわかっていない。あいつァは、生徒会長を超えるよ。超えて尚、自分を弱いと言い続けるやつさ」


 いつものおちゃらけたような言い方ではなく、真面目な言い方をする金鵞。それは、二年になって初めて春日原燿という最弱に出会った時に感じた興奮を抑えられないからだろう。

 春日原燿は、決して弱くない。今まで、自分に合ったスタイルに出会えなかっただけで、スタイルを見つければどんどん強くなる。少なくとも金鵞はそう考えている。

 現に、生徒会長の修行を経た春日原燿は何かが違った。纏うオーラが、全くと言っていいほど違ったのだ。それを見て、戦闘狂の金鵞が興奮を抑えられるわけがないだろう。むしろ、今すぐ戦ってしまいたいと思うほど、気を高ぶらせている。

 だが、それはまだ先の話だ。


「そんなことよりさ~。俺と賭けをしないか~?」

「賭け? 何を賭けるんですか?」

「明日、万丈と生徒会長さんの面白い試合があるだ~。それの勝者さ~。俺は、春日原燿に賭ける」

「対戦カードに入っていない人に賭けるんですか? まあ、いいでしょう。私は七海に賭けますよ。あの子が負けるはずがありませんから」

「じゃあ、お互い賭けるものは一つ。俺が負けたら副会長さんと本気の勝負をしよ~。俺が勝ったら、副会長さんの秘密を言っちゃうよ~」

「いいでしょう。私の目に狂いはありませんから」


 そう言って、裏で賭け事が行われることになった。それを知らない者たちは、着実に、明日に向かって走っていた。

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