第13話 覚醒の兆しと成長の兆し

 七海さんの家に着いて昼飯を食べ終わって、一時間後。七海さんが立ち上がったかと思うと、こんなことを言い出した。


「さあ、修行を始めるよ!」

「……まだするんですか?」

「もちろんだよ! 修行は楽しいからね!」


 おかしい。修行は辛く厳しいもののはずなのに、七海さんは明らかに楽しんでいらっしゃる。流石は校内最強の十七歳と言ったところか。

 え? 十七歳なはずがない? どうして? 七海さんは俺と同級生ですよ? 同い歳ですよ?

 そう、臥雲七海は吽雀高校二年。今年で俺と同じ十八歳になるはずの同級生だ。ちなみに、生徒会長つまり、一位の座は一年の時から持っていて、元第一位様は今年の三月で卒業となる。よって、実質の敵と呼べる人はいなくなるわけだが、そんなことはどうでもいいだろう。

 そんな一位様は食後の運動だと言わんばかりに俺を空き地に引っ張り出そうとする。だが、俺もこう何回も戦闘をするほどの馬鹿ではない。それに相手が七海さんともなると怪我は必須だ。そんな修行にノコノコと出て行くほど馬鹿ではない。何とかして逃げようとするが、


「ほらほら。男の子がカッコ悪いでしょ?」

「そんなことどうでもいいんですよ! 俺をかっこいいと思っている女子なんていないからどうでもいいんですよ! 七海さんと戦ったらこっちが死んじゃうでしょ!」

「だから、一生懸命避けてよ」

「殺す気満々じゃねぇか! そんな人と戦いたくないですよ!」

「往生際が悪いなぁ。じゃあ、三十分間戦って、私が燿くんを倒せなかったら六花のパンツあげるから」

「いらな……くもないけど! 命の方が大事ですよ!」

「お姉! 私の下着を対価にしないでください! 枚数が少ないんですよ!」


 問題はそこじゃないよ、六花ちゃん! 男にパンツを持っていかれることの重大さよりも枚数の方が大事なのか!?

 俺はつくづくこの姉妹の価値観についていけそうにない。やがて、俺は渋々勝ったら六花ちゃんの下着をもらえるという名目の下、七海さんとジャン拳をすることになった。

 六花ちゃんは最後まで反抗していたが、五美ちゃんが新しい下着を買えるお金ができたと言ったら快く差し出してきた。どうやら、自分の下着の価値を分かっていないようだ。お兄さん少しだけやる気が出てきたぞ。

 そんなこんなで、空き地に移動。端の方で六花ちゃんと五美ちゃんが応援団として観戦している。空き地の中心で、俺に七海さんがルール説明をしていた。


「今回は朝と同じで三十分の制限時間内に燿くんを倒せなかたら私の負け。逆に倒せれば私の勝ち。ラインがないから、手を付く。敗北宣言をする。気絶させる。の三つが敗北条件だよ。まあ、燿くんの勝利条件は逃げるだけなんだろうけど」

「ええ、そうですね。わかってます」

「じゃあ、始めるよ。今回は私が対戦相手兼審判だからね」


 そう言って、互いにジャンケンを行う。勝ったのは七海さん。よって、初手は七海さんからとなった。それから俺と七海さんは三歩下がって、互いの間合いから出る。そして、


「行くよっ!」


 戦闘が始まった。初手である七海さんの攻撃は単発の突き。風きり音が手から出るのは恐怖を誘発させるが、俺は丁寧にそれを避ける。続けざまに単発の突きが放たれる。

 七海さんの軽いフットワークがこの速さを生み出しているのがわかるが、それをどうにかする技術は俺にはない。見極められても技術が無ければ意味はないのだ。つまり、俺はこのまま避け続けるしかない。


「燿くんには技術が全くないね。でも、避けることができるのはすごいメリットだよ」


 攻撃をしながらそんなことを言えるだけの余裕を見せる七海さん。


「でも、それにも限界がある。例えば、連続の攻撃とか――」


 言って、左ジャブと右ストレートを連続で行った。風きり音が先程より大きく聞こえるのは安全エリアを逸脱した近さで凪られたからだ。

 確かに、単発の攻撃なら避けてから次の攻撃までの時間で態勢を整えられる。しかし、連続した攻撃はそのロスとも呼べる時間が少ない。つまり、完全に態勢を整えられない。

 そこを狙われると弱い、と。そこを突かれたのだ。


「そして、燿くんの最もと呼べる弱点はフェイントを見極められないこと」


 言って、単発のジャブが迫ってくる。しかし、直ぐに引き戻されアッパーカットが放たれる。どうやら、最初のジャブはフェイントで本命はこちららしい。そして、それに見事引っかかった俺は完全にアッパーカットの軌道に誘導されていた。

 常人なら避けられない。だが、俺は少なくとも常人ではない……らしい。七海さんの揺れる胸が目に入った瞬間、俺の体が活性化される。無理に体を捻ってそのフェイントをなんとか紙一重で避けたのだ。

 しかし、無理やりな行動に体がを上げる。息は上がり、心臓がばくばくとうるさい。体力的問題というよりは無駄な動きに体力を使用していると言ったほうがいいのだろうか。とにかく、疲れていて、まともに動こうと思うなら少しの休憩が必要だ。

 だが、それを七海さんが待ってくれるはずがない。連続攻撃にフェイントを織り交ぜた攻撃が俺を狙ってくる。


「燿くんはすべての攻撃を体の動きだけで避けようとしているから疲れちゃうんだよ。避ける以外にも攻撃が当たらないようにするにはどうすればいいと思う?」

「そ、そう、ですねっ。相手が、攻撃を、やめて、くれればいいんじゃない、ですかっ!」

「あはっ。斬新な答えだね。でも、不正解。答えは今朝の燿くんがやったことだよ」


 今朝? 今朝といえば、六花ちゃんとの一戦があったな。その時、確か六花ちゃんの素早い攻撃に圧倒されて押しやられてたっけ。ん? 今朝の俺にカッコ悪い以外の印象があったか?

 必死に考える。それも七海さんの怒涛の攻撃を受けながら。受けながら? いや、避けながら。時には受け流しながら……受け流す?

 そうか、と俺は七海さんの攻撃に集中する。これが七海さんの言っていることなら、きっとこうすればいいのだろう。

 左ジャブと右ストレートのテンプレ攻撃がまさに決まろうとしたとき、俺は左ジャブは体で避け、右手で右ストレートの軌道をずらしてみせた。

 それを見て、七海さんが微かに笑った、ように見えた。


「そう。そうだよ。燿くんは避けるのが得意。それはつまり、相手の息に合わせて動くことが出来るってこと。それなら、相手の攻撃の軌道を僅かな力でずらすことだってできるはず。そして、燿くんのその才能の延長線上にある武術は、関節技やカウンター技が得意な合気道や古武術だよ」

「そんなの、今言われても、困るんですけどねっ!」


 俺は習得したばかりのずらしやこれまで行ってきた体の動きによる避け方で七海さんのさらに早くなった攻撃を避け続ける。

 避けるのに必死で七海さんが何を言っているのかよく聞こえないが、何かを理解し、そして何かをしようとしているのはわかる。だが、それが果たして俺にとってプラスなのかマイナスなのかは判断ができない。考えることさえも今の状況になれば無意味になり、命取りになるからだ。

 それにしても、六花ちゃんよりも速い攻撃だ。六花ちゃんが光なら、七海さんは光を超えて残像が出てきているほど。人の体が果たしてそのスピードに耐えられるのかという疑問があるが、鍛え方が違う七海さんにとってはお茶の子さいさいなのだろう。

 さてっと。一旦落ち着いて考えよう。攻撃が速い。避けるのに苦労する。俺が死ぬ。簡単な式だな。このまま行けば俺の意識が飛ぶ未来は絶対にやってくる。時間的にもまだまだ余裕が有るはずだ。俺の息はとっくに上がっており、七海さんはやっと息を上げだした。つまり、体力的問題が大きく出てきた。


「さあ、どうにかしないと死んじゃうよ?」

「手加減を知れ! ホントに死ぬわ!!」


 マジで死ぬ! この速さの拳が当たったら死んじまう!

 流石に七海さんが俺を殺そうとは思っていないはず。よって、俺にこの状況をどうにかできるとお考えだ。あ、手加減はしてくれないことは前提だぞ? 

 それにしてもどうする。本当にスピードを緩めてくれないんだけど。むしろ、息が上がっているはずなのに攻撃速度が早まるってもはやチートじゃない? この攻撃の嵐をどうやって抑えろと? そもそも、俺は校内最弱なんだぞ。こんな校内最強の人の攻撃についていけるだけでもすごいことだろ? もうおしまいにしようよ、マジで!

 流石に息が上がり体も重くなってきた。そのせいか、俺は肝心な場面で足を滑らせた。迫り来る連続攻撃の軌道に俺の顔が無残にも出てしまう。

 それを見て、早すぎるために止めることもできない七海さんは、


「避けて!!」


 と言われましても、態勢がめちゃくちゃなもんで、避けるに避けられませんよ。ああ、俺の人生はここでおしまいかぁ。短かったなぁ。もっとおっぱいを見ていたかったなぁ。

 そう思うほどに、俺のおっぱいへの執着は大きくなる。そして、気がついた。闘いに集中していたせいで見落としていたものに。

 俺は、なんていう醜態を晒しているんだ! 目の前に、こんなにも素晴らしいおっぱいがあるというのに、何がもっとおっぱいを見ていたかった、だ! 見たければ、生きて見ればいいじゃないか!!

 しかし、状況は絶望的。迫り来る攻撃は当たれば即死。良くても後遺症が残るレベル。こんな攻撃を前に、俺の体は滑って転びかけている。これをどうにかするには本当に運に賭けるゲームをしなくてはいけなくなる。

 だが、甘んじてそのゲームに乗ってやろう。なぜなら、目の前のおっぱいを見ていたいからだ。もっと、七海さんのおっぱいを見ていたいのだ。どう足掻いても無理な状況だろうが、どう頑張っても絶望が待っている未来だろうが、そんなものは関係ない。

 やれるかやれないかじゃない。やらなくちゃいけないのだ。これは賭けであって敗北宣言ではない。

 俺は迫り来る攻撃をずらすためにまずは己の体を捻って微かにずらす。それから左手で若干上に逸らし、右手を突き出して完全に攻撃をいなす。二度目の攻撃までに態勢を整え、二度目の攻撃は避けるのと同時に七海さんの手首を掴みとり、戻される力を利用して俺も七海さんの背後へと移動、そのまま掴み取った手首を軸に肘、肩と関節をきれいに絞めて七海さんの背後で、俺は七海さんの攻撃を手首を持ったまま完全に止めさせた。


「っ……痛いっ」


 関節を絞められた七海さんの右半身は俺が七海さんの右手をこのまま下に降ろせば肩の骨から砕けるだろう。これで、勝負は決まった。俺の、初の勝利で幕は閉じることになる。

 だが、これはあくまで模擬戦。そこまでやる必要はない。俺はすぐに手を離すと、痛みのせいか七海さんが肩を押さえながら少し笑って俺の方を見た。


「あ、あはは……負けちゃった」


 敗北宣言をした七海さんの肩の具合を六花ちゃんに見てもらうと異常はないとのこと。でも、危うく関節を外されるどころか、骨を折られるところだったと六花ちゃんに睨みつけられたときは正直身震いがした。

 まあ、ともかく。師匠である七海さんが俺に教えたかったのは、俺がおこなったことに相違ないだろう。つまり、ここからもっと厳しい修行が始まるわけですね、わかります。

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