第12話 迷い人と幼い人

 戦闘を終えて、俺に待っていたのは七海さんの笑顔と罰ゲームだった。と言うのも、俺が脳震盪を起こして約三十分。こうして目覚めた俺に、七海さんは静かにこう言った。


『私、お腹減っちゃったんだよね。ということで、五美とお買い物へレッツゴー!』


 俺は病人ですがという言葉など聞く気はなく、無理やり叩き出された俺は、渋々五美ちゃんと一緒に買い物へ向かった。

 その道すがら俺はこれまでそれほど話をしていなかった五美ちゃんと話をする機会ができたのだが、今時の小学生の話などわからないため、どう切り出せばいいのか分からなかった。

 あれか? ヨーデルヨーデル妖怪出るけんとか言えばいいのか? いや、むしろ歌ったほうがいいのか?

 困っている俺を察したのか、五美ちゃんが話しかけてくる。


「すみません。私の姉たちは容赦がないものですから。本当ならもう少し寝ていたほうがいいのでしょうけど……」

「ああ、いや、いいんだ。ジャン拳で負けたのは本当だし、罰ゲームがかかっていたのも本当だから。ははっ。それにしても、負けるところを女の子に見られるのはやっぱり不甲斐ないなぁ」

「そんなことないですよ。自慢ですけど、私の姉たちは強いので。私と違って、取り柄がわかりやすくていいですよね。そんな、力だけの姉にあれほど好戦していたのは春日原さんだけですよ」


 そ、そうなのだろうか。いや、好戦していたわけではなく、避けていただけなのだがそれでもやはりすごいのだろうか。

 何気に小学生に励まされて本気で嬉しい俺は、ウキウキと軽く弾みながら道を歩く。それを見て、五美ちゃんは嬉しそうに笑っている。なんだか、姉の二人よりも女の子っぽい気がするが、これをあの二人に言ったら殺されるので言わないようにしよう。うん。そうしよう。


「そういえば、どこのスーパーに行くんだ?」

「あ、はい。えっと、スーパーには卵を買いに行って、そのあとに八百屋さん。お肉屋さんを回って、魚屋さんへ行っておしまいです」

「……スーパーで済ませないの?」

「その、経済的余裕が無くてですね……私が行くとなぜか安くしてくれるので野菜やお肉は専門の方へ行くんです」


 ああ、なるほど。そりゃ、こんな可愛い小学生が買い物に来ればおばちゃんやおじさんは少しでも安くしたいと思うわな。

 ……いやいやいやいや! 今、目の前の小学生はなんて言った!?


「け、経済的余裕? その、五美ちゃんが家計簿を持っているのかな?」

「はい。問題が?」

「……えっと、七海さんとかにそういうのは任せるものじゃ……」

「私の姉たちは頭はいいですけど、お金の価値がてんでわかっていなくて……破産寸前まで行ったことがあるので、その時から私が持つようになりました」


 お、おう。確かにあの二人にお金の価値が分かりそうもない。きっと、月末までにはお金が足らなくなるだろう。今日も、七海さんの不得意科目を見つけてしまった俺は、しっかり者の五美ちゃんを見てすごく感心していた。

 俺が聞いた話だと、五美ちゃんには武術の才がなかったらしい。七海さんが武術を教えようとしたことがあったらしいが、その時に才能がないことが判明。それからは普通の女の子のように育てられてきたようで、それが実に作用したらしく、姉の不甲斐なさをゼロにするかのようにこのスーパー小学生が生まれたわけだ。

 そういうことなら、五美ちゃんを怒らせないようにしよう。きっと、怒らせればとんでもないことになるぞ。主に七海さん絡みで。


「それにしても、本当に五美ちゃんは真面目だなぁ。将来は何になりたいとかあるの?」

「はい。春日原さんのお嫁さんです」

「そっかー。俺のお嫁さんかー。……ん!?」

「ふふっ。冗談ですよ。そうですね。公務員になりたいですね。安定したお金の供給がすごくいいです」


 リアルすぎる! そして、この小学生にも七海さん譲りのSっけが! こりゃ、将来この姉妹は大物になるんじゃないか!?

 少しだけ冗談の過ぎたことを言われたせいで冷や汗が流れたが、さわやかすぎる笑顔でそんなものは干上がった。この姉妹の笑顔は総じて美しいと俺は思う。人の心を綺麗にさせる、そんな効能を持っているようで、それを無限のように見られる俺はもしかしたら幸せなんじゃないかと思うのだがどうだろう?

 まあ、そんな平穏が長く続くわけもなく、商店街へ着くなり俺は一番会いたくな人に会ってしまった。


「燿じゃないか。お前もどうにか生きているようだな」

「お、親父じゃないですか……。親父こそ、生きているようだな」

「ああ、これでも俺は熊を殺した男だからな。火事くらいで死んでたまるか」


 馬鹿なことを言っているのは俺の親父、春日原臥龍かすがはら がりゅう。何を間違って俺の祖父母は親父に龍を臥せさせるなどという危なっかしい名前をつけたのかは不明だが、俺の祖父母も結構頭がイっている人たちなのでどうせ強くなって欲しいとかそういう理由だろう。

 そんなことより、ただ立っているだけなのにその威圧感ですよ。さすが世界最強の一角って感じですかね。見てくれよ。これが俺の親父だぜ? 呆れるだろ?

 俺は呆れながら、親父に何をしているのかと問うと、


「買い物だ。千代と一緒に今、仮屋として住まわせてもらっているからな。気に入らないが相手に少しは恩返しもしないといけないだろう?」

「買い物に来るだけなのに空手着か? 私服が燃えたのはわかるけど、普通空手着はないだろ……」

「何を言うか。これが俺の私服だ」


 呆れてものも言えないよ。俺の親父は私服が空手着とかふざけるのにも程があるだろ。

 ちなみに、親父が言った千代とは俺の母親、春日原千代かすがはら ちよのことで、この街の銀行員である。裕福ではないが貧困でもない普通の家庭だが、親父がもう少しちゃんとしてくれれば文句はない。逆を言えば、親父だけが問題の種である。

 そんな親父を見て、俺は自分も買い物に来ているのだと思い出す。そして、待ちぼうけを受けている五美ちゃんの下に行くと、


「おい、燿。流石にそれはどうかと思うぞ?」

「ちょっと待て。親父よ、今何を考えた?」

「息子がどういう性癖をしていようが構わないが、犯罪者の親にはなりたくないと考えただけだ」

「安心しろよ、間違ってるよ! この子は同級生の妹さん! 俺は親父と同じで買い物に来てんだよ!」

「なんだ。それは良かった。まさかとは思ったが、間違いで良かったよ」

「親父は息子をなんだと思ってんだよ……」

「武術に才がなく、勉強にも才はない。料理ができるかと言えばそうではなく、家事もそこそこしかできない。女を見れば胸部にしか目が行かず、話すことはできない。男子といつもつるんで女の話をする変態だと思っているが?」

「当たってるから言い返せないんですけどね! もうちょっと言い返しやすくしてくれませんかね!?」

「……お前は天才だ?」

「露骨すぎんだろ!」


 ああダメ。この親父人の心を抉ることしかしやしない。まあ、仏頂面を見る限り、俺の親父は感情というものが余りよく出ない。笑っているのか、怒っているのか、泣いているのか、苦しんでいるのか。そう言った人として当たり前の感情も親父は捨てたらしい。どこぞの化け物だよホントに。

 と、そんなことをしていると、卵を買い終えたらしい五美ちゃんがこちらにやってくる。


「お話は終わりましたか?」

「あ、ああ。今終わったよ」

「そうですか。えっと、お父様ですよね。こんにちは」

「ああ、こんにちは。俺の息子が世話になっているな。まあ、邪魔になったら捨ててくれてかまんから、好きに扱ってやってくれ」

「ふふっ。わかっていますよ」


 ちょォォォォっと!? 今の会話おかしくない!? 俺の人権は? 俺の人生は!?

 この二人をこれ以上一緒にいさせちゃダメだと思い、俺は強引に親父に別れを告げる。すると、


「千代に会っていかないのか?」

「母さんは会わなくても大丈夫だろ?」

「かなり心配していたがな。まあ、俺の方から言っておく。帰ったら電話でもしてやれ」

「ああ。わかったよ」


 それじゃあ、と。簡単な別れを告げて、俺たちは別れた。

 その後、八百屋に行き、肉屋、魚屋と回って今日の分の食材は手に入れてきた。帰り道、スマホを見れば時刻は午前十一時半。着く頃には十二時を少しすぎる頃だと思っていると、五美ちゃんが笑いながら声をかけてくる。


「お父様、お優しい方でしたね」

「そうか? 仏頂面なだけだろ?」

「そんなことないですよ。心から春日原さんのことを心配していたじゃないですか」

「そういう……ものだったか?」

「はい」


 どうやら、五美ちゃんには親父の仏頂面からそういった感情を読み取れたらしい。俺はというと、何の変化もない顔だったとしか思えず、本意など全然分からなかった。

 これが他人と家族の違いなのか、それとも五美ちゃんの見極める力なのかはわからない。それでも、そういうのはいいなと思えてしまう自分がいて……。

 俺は自慢じゃないが、人が何を考えているのかがよくわかる時がある。戦闘中や日常生活のちょっとした時、時々集中した時にふと、相手の顔から何を考えているのかが分かる時が存在するのだ。だからなんだと言われてどうと言えないのだが、それでもやはり、これはすごいのかもしれないと思ってしまう。

 そんなすごいと思えてしまうことを、五美ちゃんは自然にこなしている。それは本当にすごいことで、俺は気がついたら五美ちゃんの頭を撫でていた。


「どうかしました?」

「え、あ、いや。……五美ちゃんはすごいんだなぁって思ってさ」

「そんなことないですよ。私は姉たちと比べたら全然普通です。ちょっとした力も、能力もないただの妹ですよ」

「いいじゃん。そういうの。不思議な力もなくて、特別なものなんて何一つないなんて、すごいことだと思うよ。だって、誰も持っていない普通を持っているってことだろ?」

「普通を、持ってる?」

「そうだよ。人はさ。生まれた時に才能ってやつを持っているんだってさ。何も持っていない人なんていないって何かの本で読んだことがあるんだけど。その本の通りなら、五美ちゃんは普通を生きる特権を持っているってことだろ?」

「ふふっ。それって才能ですか?」

「あれ? そういえば、普通って才能なのか? ああ、えぇっと。まあ、俺はそういうのがすごいって心から思えるよ」


 結局、何が言いたいのかわからないけど、俺は心の中で思ったことを言ってみた。すると、五美ちゃんは少しだけ大人っぽい笑みを見せて、


「春日原さん一つだけ、いいですか?」

「ん? なに?」

「名前で呼んでいいですか?」

「名前? 別にいいけど?」

「それじゃあ、燿さん。私、燿さんのお嫁さんになるのが夢になりました。私の普通の生活に燿さんを巻き込んじゃいますからね」


 ……それって、さっきの冗談と同じだよね?

 俺は首を傾げながら、もう一度尋ねると、


「二度目は言いませんっ」


 満面の笑みで、五美ちゃんはそう言った。

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