第7話 修行と戦争

 俺を本気で育てると公言……とは行かないものの、座右の銘だという『有言実行』の言葉の下、会長は今日の放課後から俺へのいじめという名の修行を開始するとメールをしてきた。


 今時、メールというのも珍しいが、会長はいわゆるガラケーという今となっては古い方の機種を持っていて、インターネットを諸事情により使えないとのことだから、俺のメアドを教えて――無理やり伝えさせられた――、俺と会長は晴れてメル友になった。

 またしても女子のメアドは増えて舞い上がっている俺に入った地獄への招待状。『今日の放課後は修行だからね♪』という短い文が書かれていた。スクロールしても一向に下に降りないところから、俺の望んでいる『嘘だよ♪』はなさそうだ。あわよくば『好きだよ♪』と書いていて欲しいものだが、夢には見るが実現しないとわかっているので落ち込んだりしないという精神で俺はスマホをすっとカバンに入れた。

 さて、この誘いに乗るか否か……フッ、考えるまでもないな。乗りたくないが、強制的に乗らされるのだろう?


 短い付き合いだが、会長の強引さには目を見張るものがある。それに加えてあの行動力。さぞ、生徒会役員は苦労が絶えないことだろう。そして、そこに今度から俺が入るのだと考えると、今から涙が止まりません。

 明らかに落ち込んでいるのに、前から金鵞がニヤニヤと面白そうだという顔をして俺の傍までやってくる。


「燿~。今度は一体どういう面白いことが起こるんだ~?」

「そうだな、お前が八つ裂きになるっていうのはどうだ?」

「いいジョークだな~。でも惜しいな~。俺は強いから、八つ裂きにはできないぞ~?」

「言ってろ。ったく、お前のせいで会長に振り回されてんだぞ? 少しは罪悪感ってものを持てって感じだよ」

「? 燿さ~。ホントは嬉しんだろ~?」

「はぁ? 何を根拠にそう言って――」

「だって、会長の胸を間近で見られるんだぜ~?」


 ぴたっと、俺の動きが止まった。キョトンとしている金鵞が放った言葉に、俺は全身を凍らせ、脳の隅々に回る言葉を再度、詠唱する。


「会長のおっぱいが、間近で……?」

「おう~。お前さんの大好きな胸を。しかも、あの大きい胸をほか他でもない燿が間近で見られるんだぜ~? お前さんのことだから嬉しいとばっかり思っていたよ~」


 おっぱいが……間近で見られる? 会長の、Gカップの胸が間近で? そんな……わ、わかってるんだぞ? どうせ、邪魔が入るんだろ? ガチムチのおっさんとかが出てくるんだろ?

 俺は、それでも会長の近くに行けるのなら……と考えて少しの甘い思惑を浮かべる。がしかし、そこまでだ。思惑を浮かべるだけでそうしようとは思わない。

 なぜなら、会長は魅力的だが、おっぱいも大きいが、可愛いし人懐っこいが……何を隠そうドS鬼畜体質なのだ。俺なんかが会長の指導についていけるはずがない。

 しかしながら、放課後まで残り十分を切った。そろそろ腹を決めなければならないのだが、どうにも決まらない。それどころか、このままの流れで帰りそうで――むしろ、そうしたいが――会長の怒りを浴びそうで怖い。

 住所を知られている時点で逃げることは不可能。ならば、キツイ修行でも訓練でも、会長と一緒にいられる時間を取るべきか、それとも逃げ延びられるという微かな願いに賭けるか……。


 どっちつかずはまずいので、早々に決めたかったのだが、その必要はなくなった。なぜか? 筋肉だるまが俺の頭を鷲掴みにしてどこかへ連れて行こうとしているからですが?


「イデデデデデ!! 割れる! 頭、割れる!!」

「はっはっはっはっ。割るわけがないだろ? 俺様はそこまでの握力は出してないよ」


 笑顔でそう言いながら、俺の頭を鷲掴みにしているのは校内ランキング第四位、『豪腕の熊』と呼ばれる萬羽金綱ばんば こんごう。角刈りとご自慢のガチムチな筋肉、爽やかすぎる笑顔が眩しい高二の脳筋バカ。俺の親父と同じような伝説――熊殺し――はないが、大きな体に制服の上からでも分かる分厚い筋肉から熊と呼ばれることが多いが、本人は嫌っていないようだ。

 なぜ、コイツがここにいるとは聞かない。第四位ということは生徒会役員。つまり、コイツは俺が逃げないようにと会長が送った刺客。俺の敵だが、正直戦いたくないです……。

 だが、文句の一つも言わずに連れて行かれるわけには行かない。なんとか反撃しようとしたが、俺のささやかな抵抗は眩しすぎる笑顔の下では無力だった。


「まあまあ。そう暴れるなって。俺様と一緒に修行しようじゃないか」

「やっぱそうなるのかよ! 嫌だよ!? なんで男子と……野郎と組んず解れつ、仲良く絡み合わなきゃいけないんだよ!!」

「やめろよ……照れるだろ?」

「否定してくれよ!!」


 第四位様の意外なところ(?)を見せられてライフが残り少なくなってきた。俺は精神に三十の攻撃を受けた。的な地味な攻撃だが、第四位様の笑顔は俺を恐怖させ続けるには効果的だった。

 その後、なぜか金鵞も俺のあとについてきており、三人で総合体育館に来た。第四位様が俺を離したかと思うと目の前には第四位様を加えて五人が勢ぞろいしていた。


 第五位、彼女ランキング第三位の超美少女の蘭堂千佳。

 第四位、『豪腕の熊』と呼ばれるガチムチの萬羽金綱。

 第三位、自称百合で超変態かつ美少女好きの南風霧葉。

 第二位、謎多き武闘家、胸にも将来性有りの神原紗智。

 第一位、『一姫当千』と呼ばれる校内最強の臥雲七海。


 この五人が俺の目の前で整列していた。今から、何が始まるのかはわからない。ただ、良くないということだけは分かる。

 俺が固まっていると会長が笑顔でこう言った。


「私たち五人が君を育てる――」

「はいアウト!! それどっかの漫画で見たことあるから! 俺は史上最強の弟子にはならないから!」

「えー。せっかく私たち五人で育てようと思ったのに」

「そもそも、師弟システムに師匠が五人設定できるというのはなかったですよね?」

「そんなの……生徒会の力で改善すれば万事解決だよ!」

「職権乱用も甚だしいな、おい! はあ……俺は会長の弟子になるとは認めましたけど、ほかの人の弟子にはなりませんよ?」

「え? 認めてくれたの?」


 それすら知らずに俺を既に弟子扱いしてたのね! この人のペースが掴めないんですけど!

 俺はこれからの気苦労が絶えないのは必須だなと思いつつ、背後で笑っている金鵞に肘打ちを入れた。しかし、金鵞は痛がるフリをして未だに笑っている。

 それにしても普段、しかも何もないこんな時に生徒会メンバー全員を見るのは初めてだ。


 生徒会メンバーとは、その名の通り生徒会の役員である。この高校では強さや賢さこそが比較の対象であり、ジャン拳システムを取り入れていることから校内ランキングの上位者、つまり一位からここにいる五位までが生徒会役員に選ばれる。一位は生徒会長。二位は副会長。三位は書記。四位は会計。五位は庶務と決められており、生徒会選挙という制度はここ十年ほど行われていないらしい。そして、同時にこの高校には十位以上は自由登校が認められていることから、生徒会メンバーもほとんど高校に来ないはずなので、こうやって全員を見る機会は特別な式典や集会があるときのみだ。


 間近で見るとやはり自分たちとは何かが違って見える。人間性、強さ、心に持っているもの。全てにおいて覚悟の差がは違う気がする。そんな人たちを前に、最弱の俺がいるとどうなるか。


 はい、息が詰まりそうですが、何か?


「春日原燿くん。君がここに連れてこられた理由はわかってるよね?」

「え、ええ、まあ。修行、ですよね?」

「うんうん。わかってなさそうだから今ちゃんと伝えるね。君には、今から三千位以上の生徒と強制的に戦ってもらうよ。もちろん、負けることは許さない。負けたら、百キロの重りを背負って帰ってもらうから覚悟してね♪」


 ……ど畜生がぁぁぁぁああああ!!!! なんだよそのめちゃくちゃな言い分は!! 三千位以上の生徒? 強制的? 負けたら百キロの重り? ああクソっ! だから金鵞が来たのか!

 俺は背後でニヤッと笑う金鵞を見て、その真意を知った。こいつ、俺が必死な顔で戦うところをいつものように笑いながら見て、意気揚々と俺を倒して嵐のように去っていくつもりだ……。

 金鵞の思惑もわかったところで、俺は会長に質問する。


「俺、攻撃とか無理ですけど……」

「大丈夫だよ。みんなには三十分の戦闘をしてもらって、誰かひとりでも君を倒すことができたら、私の座を譲るって言ったから。それで、さっきからみんなしてやる気に満ちてるんだよねー」

「……え? 俺が負けたら生徒会長の座が奪われるんですか?」

「うん。それはすっごく困るからやめてほしいけど。私の見立てが悪かったってことで、私は代償を支払わないといけないよね。だから、私は私の一番の持ち物を賭けたの。君は? 君は、この戦いに何を賭けるの?」


 会長の真面目な言葉。ほかの役員たちの視線も同時に俺に注がれる。

 俺が、この戦いに賭けるもの? そんなもの……。

 目の前にいる会長が、俺の視線に気がついて首を傾げた。その反動で会長の大きいおっぱいがプルンッと神の調べのように絶妙な動きを見せる。なるほど、俺の求めるものは……。


 フッと、俺は笑った。それを見て、生徒会役員が息を飲んだ。俺の答えに耳を傾けている。その中で、俺はとんでもないことを言ってやった。


「俺が賭けるものなんて何もありませんよ。そもそも、俺には何もない。何もないのに賭けられません。まあ、強いて言えば、会長が会長でいるという素晴らしい状況を賭けましょう。安心してください。会長が会長でなくなることはありません。だって、そんなのは臥雲七海じゃない。そうでしょう?」

「君の答えは、それでいいの? もっと、君が欲しいものを賭けても良かったんだよ?」


 違う。違うんですよ会長。俺はもう、十分素晴らしいものを見られた。会長の、その神から与えられた美しいおっぱいを見られただけで、俺はもう十分だ。それ以上、俺がこの闘いに勝とうと思う理由は必要ない。会長は……会長のおっぱいは臥雲七海のおっぱいだからいいんじゃないか。臥雲七海が生徒会長でなくなったら、集会の時どこを見て時間を潰せばいい? つまらない校長の話を聞き流すために何をすればいい? ダメなんだ。臥雲七海でなくちゃ、臥雲七海のおっぱいじゃなくちゃいけないんだ。希望と夢と大宇宙が詰まっているそのおっぱいじゃなくちゃ!!


 俺は一歩、また一歩と足を戦場へと進める。勝ち目はない。ただし、それは勝率論での話だ。安心しろ、弱者には弱者の戦い方があるように、最弱には最弱の戦い方がある。三十分。そんな長い間だけど、すべての攻撃を避け続ければ申し分ないだろう?

 やがて、ニヤニヤと俺を倒そうと人が集まってくる。その数、実に千人以上。その混戦の中、俺は一発の攻撃も受けてはいけないという縛りを付け、戦場のど真ん中で最弱流の戦い方を提唱する。

 会長の代表ジャンケンが執り行われ、全員が手を挙げる。


「「「「「「「「「「ジャン――――」」」」」」」」」」


「「「「「「「「「「ケン――――」」」」」」」」」」







「「「「「「「「「「ポンッッッッッ」」」」」」」」」」








 勝者が決まり、やがては混戦になると予想される戦争とも呼べる試合が会長の合図を待つだけとなった今、俺は一回深呼吸をする。

 負けられない。負けてはいけない。負ければ、今後一切俺はあのおっぱいを拝むことができなくなってしまうかもしれない。集会だけの楽しみが、校長の話の暇つぶしが、全てが無と帰す。そんなのは許せない。否、許してはいけない。

 ならばどうするか。避け続ける。避けて避けて、避けまくる。千人がどうした。会長のおっぱいを拝むためならば、俺は二億人の攻撃も避け続けてやるよ!!


 会長の手が挙がり、静かに振り下ろされる。それを合図に千人の野郎どもが一斉に俺の元に走ってくる。

 吸った息を吐き、俺はキッと目を細めた。さあ、始めようか。会長の、会長による、会長のおっぱいのための大戦争を!!

 戦いの火蓋は、切って落とされた。

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