第6話 食事と変態

 どうしてこうなった?

 初めに、そんな質問をしておこう。安心しろ。そこから何かを求めろとは言わないから。これは、言うなれば質問ではあるがそれは第三者へのものではなく、自問自答であるから。


 現在時刻、正午。昼時であり、普通ならば金鵞と食堂で自分で作った弁当か、学食のおばちゃん西川さんが作ったA定食を食しているはずの時間帯。しかし、今日はそうではなかった。いや、A定食は食べているが、食べる相手がいつもと違うのだ。

 左には副会長。右には生徒会長。前には庶務の千佳さん。そして、少し離れたところで、ニヤニヤと笑いながらこちらを覗いている金鵞。

 俺は肩身の狭い思いをしながら、美味しいはずのA定食の味がどうにも分からずにいた。

 さて、もう一度問おう。どうしてこうなった?

 確か、二時間ほど前に俺は生徒会長に強制的に千佳さんと戦わされて、今日はそれでおしまいだと思っていた。だが、つい先ほど、金鵞を連れて食堂に着いた俺らを捕まえたのは、またしても生徒会長だった。

 今朝は会長のせいで弁当が作れなかったため、A定食を頼もうとした俺を見つけたのだろう。A定食一つと言った瞬間、ガヤガヤとうるさい食堂でもはっきりと分かる声で俺の名前を叫んだのだ。これは自慢じゃないが、俺は校内最弱であるが故に意外と俺のことを知らない人はいない。そして、それは校内最強の『一姫当千』の二つ名を持つ生徒会長も同じで、そんな人が俺の名前を呼んだらどうなるか、もうお分かりだろう。

 そう、ガヤガヤとうるさかった食堂が一瞬にして静まり返り、視線は俺と生徒会長に釘付けになった。

 わぁお。恥ずっ!? と思ったのも束の間、あれよあれよという間に俺は会長と副会長に挟まれる形で席に着いてしまった。


「えっと、会長?」

「七海だよ?」

「……会長――」

「七海、だよ?」


 なにこれ、すごい怖いんですけど。

 どうやら呼び方が気に食わないらしい会長は、目の笑っていない笑顔で俺にそう言い聞かせる。しかし、ここで、この視線が密集しているこの場所でそんな呼び方をすればどうなるのか、俺でも分かる。そう、馬鹿な俺でもわかってしまうのだから会長はもっと分かっているはずだ。はず……だよね?

 もう一度、俺は会長に呼びかける。


「会ちょ――」

「な・な・み、だよ?」


 あー。うん。全然わかってないや、この人!!


 俺は涙を噛み締めながら、笑顔の会長を見る。待っている。俺が名前を呼ぶ瞬間を。願っている。この場が騒がしくなることを。

 どうする! どうするんだ、春日原燿! この究極の選択を、俺はどうやって乗り切ればいい!?

 助けを求めるように、俺は副会長の方を見る。すると、副会長は視線など慣れているようで、美味しそうに食後のデザートの杏仁豆腐を食べて笑顔でいる。副会長の助けがないことを知った俺は、今度は願うように千佳さんの方を向く。すると、千佳さんは俺の視線に気がついたらしく、満面の笑みを見せると、


「っ……!」


 勢いよくグーっと親指を立てて何かの合図をした。

 この子、状況を全く理解していないよ!?


 絶望的になった俺の未来を救ったのは、またしても金鵞だった。困り果てている俺に、スマホにメッセージが届く。見ると、金鵞からだった。

 内容は、『安心しろ~。お前がどう転ぼうが俺は絶対に笑ってやるから( ´艸`)ムププ』というメッセージだった。

 うん。どこが助けのメッセージなんだろう。あれ、おかしいな。悲しいのに涙が……あっ、それは普通だった。

 三百六十度どこを見ても敵だらけ。ご注文は世紀末でしたっけ? そんなわけのわからないことを考えてから、俺は精神統一のため息を吸った。

 今から、女の子の名前を言うぞ。だが、これは彼氏とか彼女とかの甘い関係から来るものじゃない。あくまで友達。知人という位置にいるからだ。よし。言うぞ。言うんだからな。言っちゃうんだからねっ!


「な、七海……?」

「あはっ♪ なんだか、付き合ってるみたいだね♪」

「ブフッ!?」


 吹いた。A定食の明○のおいしい牛乳を盛大に吹いた。こないだ物理で習った斜方投射の軌道と全く同じように○治のおいしい牛乳がアーチを描く。

 それを見て、金鵞は爆笑。副会長は逃げるたのか気がついたら消えていた。会長は驚きの表情を見せている。そして、俺の前にいた千佳さんはその軌道の先にいて……。


「キャッ!」

「ゲホッ、ゴホッ! ご、ごめん!」


 見事、俺の吹き出した明○のおいしい牛乳は千佳さんの頭にかかり、上半身をほどよく濡らした。ふわふわと柔らかそうだった髪の毛はおいしい牛乳の重さで沈み、綺麗で端整な顔には白い雫が流れていく。冬用の制服は紺色のような色なので白いおいしい牛乳はすごく目立つし、なによりエロい。

 胸にかかった牛乳はまるで千佳さんが絞ったような……はっ! 俺はなんてものを見ているんだ! 写真! カメラは!? す、スマホで代用しよう!!

 俺が慌ててスマホを出すと、ペシンッと頭を叩く人が一人。


「スマホで写真を撮る前に、ハンカチを出しなさい。持っていないのなら、布巾を持ってくる。千佳が風邪を引いてしまうだろう?」


 そう言って、俺の横に現れたのは副会長よりも控えめな胸を持ち、メガネが似合いそうな長い黒髪を一本にまとめている美少女。校内ランキング第三位、南風霧葉みなみかぜ きりは。本を読むときのみメガネを付け、その姿がお姉さまっぽいともっぱらの評判のお姉さま系美少女。ちなみに、彼女にしたいランキング第二位の人気だ。

 そんな人が、食堂に来ることは珍しい。なぜなら、この人は目立つことを嫌い、大人数の前では姿を現すことはめったにないからだ。


「何をしている。早く行くんだ。私が代わりに写真を撮っておこう。それと、あとでこのメアドにその写真を送ってくれ。私の宝物にしよう」

「え、あっ。はい! じゃあ、写真を撮っておいてください!」


 俺は今の発言に少しの疑問を感じたが、それ以前にこのままでは行けないという思考の方が強く、俺は布巾を取りに行った。

 しばらくして、千佳さんはシャワーを浴びに行くと言って席を外した。別れ際、土下座をして謝る俺に、千佳さんは私もよくやるのでお相子あいこですと言って笑って許してくれた。

 はあ。よかった。でも、千佳さんもよくやるのかぁ……。

 あのドジっ子なら、やるだろうなー。と思いつつ。入れ替わりで席に着いた南風さんに俺はお礼を言った。


「ありがとうございました」

「ん? 何がかな?」

「いや、テンパっちゃって。布巾とかハンカチとか考えられなかったので。気がつかせてくれて、、ありがとうございました」

「ああ。そんなことかい。いいんだ。私も、いいものを見せてもらったからね。やっぱり、美少女が牛乳まみれになるのは、なんかこう……素晴らしくエロいな」

「それは同感です」

「君とはいい同志になれそうだ。私のことは知っていると思うが、君は?」

「俺は、春日原燿です。えっと――」

「私のことは霧葉と呼んでくれ。同じ二年だろう? それにしても、君が議題に出されていた少年だったとは。ふむ。興味深いな」


 そう言って、魔性のような引き込まれそうになる視線を浴びながら、俺は今度こそ看破できない疑問が俺の思考を止めた。

 議題に、出ていた少年?

 この場で、霧葉さんに少年と呼ばれる対象は俺以外にはいない。ゆえに、その少年とは俺のことである確率が大きく、尚且つ、議題とは生徒会での議論の題名を指すことになる。さらに言えば、それを出せるのは生徒会メンバーであり、俺のことを知っていたのは多くても二人。つまり、その議題というのには会長が関わっている可能性が多いにある。

 俺が食いつくようにその議題のことを聞くと、霧葉さんは笑顔で教えてくれた。


「ああ。議題内容は春日原燿と校内ランキング第五位、彼女にしたいランキング第三位の有名人である千佳を勝負させ、千佳が負ければ春日原燿を生徒会特別枠に取り入れるというものでね。もちろん、生徒会特別枠など存在しないのでそこから作ることになったのだけどね。それがまた面白くてね――」


 ……全然笑えねぇよ、どうしよこれ!

 話を百パーセント理解できたわけではない。しかし、大部分は理解できた。要するに、会長が俺を近くに置いておくために檻を用意したということだろう。しかも、その条件が千佳さんを倒すことだったなんて……。よかったぁ! 千佳さんを間違って倒さなくてよかったっ!

 間違っても勝てないとわかってはいても、少なくとも負けようとは思っていなかった俺には今の言葉が首の皮一枚繋がったのと同じ状況だった。

 会長の方を見ると、嬉しそうに百個限定の西川さんのプリンを食べて体をくねらせている。この人は、こう見えてドSだということを知らなくてはならない。目的のために、他人を蹴れる人だと理解しなくてはいけない。

 そして、俺はこの人に狙われているということをそろそろ自覚しなくてはいけないのだろう。


「え、えっと。今日俺、千佳さんと戦ったんですけど……」

「おお。そうだったのかい。で、勝敗は?」

「引き分けで収まりました」

「それは良かった。間違って、私の千佳を倒すようなことがあれば、せっかくできた同志を早々に血祭りに上げなければならないところだった。いや、本当に良かったよ」


 本っ当に良かったよ! このまま第三位とのジャン拳とか、死ぬよ! 公言されたとおり死んじゃうよ! てかこの人、相当の変態じゃないのか!?

 今更に、俺は霧葉さんが百合なのかもしれないという疑惑を持ち始める。そして、それを感じ取った霧葉さんは「ああ」と何かを思い出したように立ち上がり、


「先ほど、私のことは知っているから自己紹介はしないと言ったが、ひとつだけ紹介させてもらうよ。私は百合だ。レズビアンとも言えるし、ガールズラブとも言える。まあ、つまり。私は女の子が大好きなんだよ。男子の間で人気があるようだが、それには応えられなくて致し方ないな」


 そんな、重大でもない発表を食堂の、しかもご飯時にするこの人は、きっと……いや、確実に変態だ。

 さすがの俺も、これには固まった。目の前の不敵に笑う霧葉さんを見ながら、俺は完全に硬直した。俺だけでなく、ほとんどすべての生徒――主に男子――が砂になりサラサラと風に流されていった。

 そんな中で、動けていたのは頭を抱えて呆れの息を吐く副会長と面白可笑しそうに大爆笑している金鵞。それとプリンを美味しそうに食べている会長だけだった。

 みんなが硬直して約十分が経過した頃、二人の男性教師が現れ、有無を言わさず霧葉さんを連行していったのは言うまでもないだろう。

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