第5話 常人と狂人

 副会長に連れてこられたのは闘技場と呼ばれる、百位代の専用戦闘エリアだった。ちなみに、俺や千位以下たちはどう足掻いても入ることが許されない秘境とも呼ばれる場所だ。

 それからわかるように、俺はここでは場違いだ――普段から学校に居ても場違いだが――。ゆえに、さっさとここから退散したかったのだが、副会長が俺の首根っこを離してくれないのでそれも叶わない。


 い、一体、何をされるんだ!? も、もしかして、副会長と戦うのか!?


 副会長は滅多に戦わないことで有名だが、一度だけ、学年対抗総合ジャン拳大会での戦いを見たことがある。その時の副会長は、まさに『鉄壁』。おっぱいはふっくらと膨らんでいるが、対抗戦の時に副会長に傷を付けられた者はただの一人もいなかった。そこから呼ばれるようになった二つ名は『鉄壁』。本人は認可はしていないし、呼ぶなというが全校生徒がそういうのだから止めるのは困難だろう。


 そんな悪魔みたいな副会長と戦うなんて……俺はきっと死ぬのだろう。今のうちに遺書を書かねば。

 しかし、当然のようにそんなことは起こらなかった。


「さて、七海にここまで連れてきてと言われていたのだけれど。一体どうするのでしょうか」

「へ? せ、生徒会長が関わっているんですか?」

「ええ。残念ながら、あなたに興味を持った七海は本気です。本気で、あなたを開花させるつもりですよ?」


 か、開花? はて、俺にはつぼみが付いていたっけか? いや、それは女子の方で……要するに、俺は生徒会長に呼ばれたわけですね、わかります。

 俺はその場で正座させられ、副会長の監視を受けながらも静かに待ち続けた。戦闘エリアと言っても、今は授業中。普通は誰もいないはずだ。十位以上がここで戦闘訓練をしているのはありえないので、本当に今は誰もいない。それには助かったが、それ以上に嫌な予感がしてならない。


 臥雲七海。生徒会長にして校内最強で『一姫当千』という二つ名を持ち、文武両道を掲げるこの高校に相応しい頭脳を持ち合わせ、容姿端麗、いつも笑顔でいるのもプラスされて、まさに神様のような人。しかし、その正体はハプニングを呼び込み、トラブルを誘発させ、笑顔で危険の中に飛び込んでいく狂人である。


 そんな会長の素顔を知っているから、俺は不安で不安で仕方ない。

 不安なのは今朝の一件が主に関係しているのだが……。


「遅れてごめんね~。千佳ちゃんがなかなか了承してくれなくてさ」


 そう言って、しばらくの待ち時間の後、生徒会長が姿を表した。その横にはふわふわと柔らかそうな金髪に、たゆんたゆんなおっぱいをお持ちになっている美少女。名前は、蘭堂千佳らんどう ちか。校内ランキング第五位、通称四天王と呼ばれる一人で、庶務と何とも普通なポストに座っている美少女だ。大切なことだからもう一度言うぞ、美少女だ。

 それに加えて天然だという噂も有り、男子の中では理想の彼女ランキング第三位に君臨している。ちなみに、俺の一個下で、高校一年生だ。

 そんな有名人を前に、俺はピキッと姿勢正しく正座していた。あっ、正座はやめないんだ……。


「そ、そのぅ……私、授業中だったんですけどぅ……」

「うんうん。あとで勉強教えてあげるから今はこの人の試験に手伝って?」

「で、でもぅ……わ、私、そのぅ……」

「うんうん。あとで聞いてあげるかも知れないから今はこの人の試験に手伝って?」

「あ、そのぅ……分かりましたぅ」

「うんうん。分かってくれればいいんだよ。さあ、始めようか」


 あー、うん。なんとなく、今の会話で千佳さんがどういう立ち位置にいるのかなんとなくわかった気がする。

 ズバリっ、パシリっぽいな! この生徒会長、天然だと言われる千佳さんをいいように使っていらっしゃる!

 はあ、と一回のため息を経て、俺は会長に話しかけた。


「えっと、なんとなく理由は察しましたけど、どういう理由で俺をここへ?」

「え? だって、騒いでたんでしょ?」

「あー。俺は騒いでないですよ?」

「そんなことどうでもいいんだよ。騒いだ原因は君だし、私の内緒にしておきたかったこともバラしちゃうし、うん。とりあえず、千佳ちゃんと戦おうね!」

「うん。どうしたらそこまで話が進行するのか全然わかんないや!」


 もう、会長の目には俺と千佳さんを戦わせるビジョンしかないらしく、その目はキラキラと輝いている。千佳さんを見ると、オドオドしているが、どうしてか了承したようだ。

 俺の意見はというと、軽く無視されて強制的に誰もいない戦場に放り出される。


「教師の代わりに、私が審判をするよ。大丈夫、審判の免許は持ってるから」

「意外なところですごいですよね、会長は……」

「あははっ。だって、審判の免許ないと自由に勝負できないじゃん?」


 あー、なるほど。つまり会長の頭には戦いしかない脳筋ということですね。


 俺は早々に面倒になってきた状況に、呆れを覚えつつ。逃げられないので仕方ないと割り切って負けを宣言しようとする。がしかし……。


「では、これから総合戦闘訓練を行います。ルールはオールオッケー。ただし、『特別ルールとして』勝利条件は『相手の気絶』か『場外への押し出し』のみとします。それと、千佳ちゃんには縛りとして、場外への押し出しは敗北と見なします」

「か、会長ぅ。そ、それは私に負けろと言うんですかぅ?」

「そうじゃないよ。千佳ちゃんは、彼が気絶するまで、ボロボロにしろってこと」


 ……え? 俺はボロボロにされちゃうの? ねえ、俺はボコボコじゃなくて、ボロボロにされちゃうの?


 ダラダラと、嫌な汗が背中を流れ、生唾を飲みすぎたせいで喉が枯れてきた。千佳さんは言っていることがわかったらしく、戦闘準備に入ったのか目は虚ろになっていく。笑顔で佇む審判の会長。場外でこちらを観戦している副会長。さて、そろそろ死刑が決行されるそうですが、みなさんどうお過ごしでしょうか。俺ですか? 言ったとおり死ぬそうです。


「では、ジャンケンを」

「ジャン――」

「ケン――」


「「ぽん」」


 勝敗は俺の負け、相手が先攻となった。それから注意をもう一度聞かされ、俺と千佳さんは一定距離まで離される。

 すっと、息を吸って、俺は置かれた状況を思い出す。逃げられない戦場と死。周りにはおっぱいの大きい美少女たち。死に場所としては文句ない。文句はないが――。


「負けられない」


 そう、負けられない。負けてしまったら、死ぬのだから。死ぬこととはつまり、これ以降、全くおっぱいを拝めないということだからっ!!


「始めっ!」


 タンッと音を上げて、地面を蹴った千佳さんが俺目掛けて突撃してくる。そして、鋭い一撃が俺の頬をかすった。

 一瞬の判断で避けたが、俺がその一撃に愕然とした。

 一撃が、見えない?

 早すぎたのか、それとも死角からの攻撃だったのか、今の一撃は軌道が見えなかった。ゆえに、今の避けはまぐれの産物であり、同時に次は避けられないという暗示でもある。

 続けて、衝撃が俺の頬に走る。気がついたときには、もう遅い。立て続けに腹、足と攻撃をされ、俺は倒れてしまう。

 千佳さんは倒れた俺に跨り、虚ろな目で俺に止めを刺すために腕を振り上げた。そして、それを振り下ろして全てが終わったかのように思えたその瞬間、俺には見えた。二つの双丘が大きく揺れたのが。


 俺の中で何かが弾けるように突き進んでいく。それはきっとアドレナリン。活性化物質が体中に回り、全ては揺れるおっぱいを目に収めるためだけに循環する。

 だが、そのおかげで、見えなかった千佳さんの攻撃がはっきりと見えるようになった。すべてがスローモーションで見ることができる現状。千佳さんの攻撃は振り下ろし、素早いが避けられないことはない。いや、避けなければならない。なぜなら、そこに双丘が存在するから。その揺れをすべて見る義務が、俺には存在するから。

 全身の筋肉がメキメキと呻き、千佳さんの体を持ち上げていく。そのせいでバランスを崩した千佳さんは一旦、体勢を整えるために距離を取る。

 俺は見事、双丘の揺れを拝めた。ジャンプし、着地するときの、あの揺れを。俺はこの目で拝んでみせた。


「な、何なんですかぅ。こ、この人強いじゃないですかぅ!」

「うんうん。文句言ってないでさっさと倒そうね」

「む、無理ですぅ! さっきのが避けられるなんて、本当に弱いんですかぅ!?」


 驚きを隠せない様子の千佳さん。だが、残念ながら俺は千佳さんが思っているほど強くない。むしろ、最弱だ。そして、それに勝てないと言うのは千佳さんの勘違いだ。


 しかし、千佳さんの言葉を受けて、会長は嬉しそうに笑っている。どうやら、見たかったものが見れたらしい。それが何なのか、俺には分からないが、少なくとも副会長と会長にはわかったみたいだった。

 それからも、勝負を続けたが締まらない勝敗に、お互いの体力を限界まで使い果たした俺たちは審判命令で引き分けということに落ち着いた。

 それに落ち着くまで、俺は実に百二十回ほどのたゆんたゆんなおっぱいの揺れをこの目で拝んだ。時に涙しそうになったが、それは内緒だ。


「お疲れ様。今度は引き分けだったね」

「え、ええ。まあ、そ、そうっすね。引き分け、なんて、初めてですよ……」

「よかったね。君が強いってわかったでしょ?」

「わ、分かるもなにも、避けていただけじゃないっすか。これくらい、誰でもできますよ……」


 息が安定してくるまでしばらくかかったが、安定しても会長の表情が困った顔から変化することはなかった。どうやら、俺に本当は自分は強いのだと自覚させたいらしい。だが、俺は弱いのでそれを許容できない。無理に強いと思ってしまうと、いざという時に見誤る気がして、俺は会長の言葉を了承できなかった。

 会長はふぅんと短いため息をすると、すぐ隣で仰向けになって双丘を上下させながら汗だくになっている千佳さんを指さした。


「君は、校内ランキング第五位に引き分けたんだよ? それなのに、強くないの?」

「勝たなきゃ、強いなんてわからないっすよ」

「でも君は……君の実力は!」

「会長。俺は弱いんです。でなきゃ、最弱なんて呼ばれないし、最下位になんてなりませんよ」


 苦笑気味に、自嘲気味に俺は微笑みかけた。すると、会長は悲しそうな表情を見せたかと思うと振り返って、


「千佳ちゃん」

「は、はいぅ」

「ジュース、買ってきて」

「で、でも、体力がぅ」

「買ってきて」

「は、はいぅ!」


 ヨロヨロと立ち上がると、千佳さんはヘロヘロになりながら走っていった。この会長、どこまで鬼畜なんだ……。

 そんなことを考えながら見送っていると、会長は怒ったように目を細めていたかと思うと、俺にその視線をぶつける。魅入られるように視線が当たり、俺はゴクリと生唾を飲み込む。


「もういい。君が自覚できるまで、私が君を本気で育てる。そして、君に私のライバルになってもらう」

「……師弟システムですか? ほ、本気なんですか?」

「言ったでしょ? 本気で育てるって。私の座右の銘は『有言実行』だよ」


 えっと、それはどこまで有言実行するおつもりなのでしょうか? しかも今、ライバルがどうのって言っていた気がするのですが……。

 俺はここに来て、本物の面倒が顔を見せたのを感じた。やがて、パシられていた千佳さんが死にそうな顔でジュースを持って帰ってくると、俺はそれ以上に死にそうな顔に、会長は満面の笑みで、副会長は少しだけ呆れているような態度でいた。

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