第4話 話題と陰謀

 会長の予告通り俺たちは遅刻した。一時間目の授業の途中で息を切らしながら突入した俺は、現在古典の教師にこってり怒られている。


「俺の授業に遅刻とは、そんなに怒られたいのか?」

「い、いや、そういうわけではなくてですね……」

「よし、いつもなら問答無用で廊下に立たせるが、何やらワケアリのようだ。理由を言ってみろ」

「はぁ……今朝、会長が俺の家に来て――」

「死刑確定だ。廊下とは言わず、そこの窓から飛び降りろ」


 なんでだよ! まだ最後まで言ってないだろ!?

 俺に死刑を勧告したのは古典の担当であり俺のクラスの担任である三十四歳彼女なしの狐塚究こずか きゅう先生。こないだ母親に結婚はまだかと迫られ、そんな女はいないと言ったら呆れられた経験を持つ悲しい教師だ。

 それもあってか、生徒が女子とイチャイチャしていると堂々と舌打ちをする人で、それが原因で男女関係の何かで遅刻してくると死刑を宣告するダメな大人だ。


「さあ、早く死ね!」

「もう死ねって言ってる!? あんた、本当に教師か!」

「黙れ! その前に一人の男だ!! てか、なんでお前らがモテて俺がモテないんだよ! おかしいだろ!? 高収入とは言わないが、安定した給料を貰ってるんだぞ!? なんで、女子高生は振り向かない!? こんな優良物件ないだろ!!」


 知らねぇよ! てか、本気で泣くなよ! ほら、クラス中の視線が「やーい、泣かせたー。先生に言っちゃうぞー?」みたいな感じで俺に突き刺さってくるから! 地味に痛いから! てか、先生が泣いたのに先生に言ったら逆効果!

 俺は嗚咽を吐きながら本気で泣いている教師に、何をすればいいのか分からずタジタジになる。すると、金鵞が手を上げ、ニヤニヤしながらこう言った。


「センセーに気がある人、知ってますよ~?」

「なっ! だ、誰だ!?」

「食堂の西川にしかわさん」

「還暦じゃねぇか!! 誰があんな婆さんに気に入られて喜ぶんだよ! お前馬鹿じゃねぇのか!?」


 ちなみに、食堂の西川さんというのは、吽雀高校の食堂のおばちゃんとして親しまれ、その腕もみんなのお腹を膨らませるために振るわれている。還暦だがどこか親しみやすいおばちゃんである。

 そんな西川さんに気を持たれているらしい狐塚先生は絶望的な将来に顔を覆ってしまった。

 金鵞よ。なぜ今、止めを刺した?

 おかげで狐塚の説教はなくなったが、同時に授業もなくなった。狐塚先生は立ち上がったかと思うと心が折れたと言ってヨロヨロと歩きながらどこかに消えてしまった。

 ありゃりゃ……あれは重症だぞ? きっと、帰ってくるのは一週間後かな?

 その後はみんな自習という名の自由時間を手に入れ、好き勝手に話し始める。俺も自分の席に荷物を置くと、金鵞の元に行って話しかける。


「おい、金鵞」

「ん~、なんだ~?」


 呼びかけられてこちらを向いた金鵞に俺は笑って頭を引っ叩いた。

 引っ叩かれた金鵞は少しの間頭を押さえると、疑問に満ちた目でこちらを見る。


「お前、俺の情報を横流ししたな?」

「な、何のことだ~?」

「知らばっくれるなよ? お前が副会長に俺を売ったことは知ってるんだぜ?」


 あちゃ~、と金鵞は自分の頭を軽く叩く。どうやら思い当たることがあるらしい。そりゃそうだろう。副会長への横流しされた情報は会長に巡り、俺に帰ってきたのだ。知っていて当たり前だ。

 金鵞はニコッと笑うと、


「許してちょ~」

「馬鹿にしてんのか?」

「え? そんな~。馬鹿を馬鹿にするなんて俺にはできないよ~」

「やっぱ、馬鹿にしてるだろ!?」

「あ、バレた~?」


 俺はそんな金鵞のいつもと変わらない調子に怒りを通りこして、呆れてきた。いつもおちゃらけている金鵞は大抵のことならなんでも許せるだけの器量の持ち主だ。そんな性格だから俺とも悪友として、また、親友として今日を迎えているのだろう。

 これまでに喧嘩をしたことはある。大概は金鵞が勝ってしまっているが。金鵞は俺の悪友だ。そして、一番の理解者でもある。そんなコイツが、まさか俺を売るとは……。

 もうね! 悲しいですよ! ええ、悲しいですとも!


「そんな怒ったような顔するなよ~。俺は会長がお前さんに興味があるって聞いたから情報提供してやっただけだぜ~?」

「それが今、どういう状況を生み出したかわかってる!? お前、俺が今朝、会長の訪問に加えて会長に言われたことを考えてみろよ!」

「師弟関係とか?」

「的中しすぎて逆にびっくりだわ! どうしてわかったんだよっ!?」

「あの会長のことだから、そんなところかと思っただけだよ~」


 金鵞のこういう抜け目ないところ、俺はすごいと思う。だが、それを今、発動しないで欲しかった。

 確かに……確かに、金鵞に言葉を投げかけた俺が悪いよ。でもな? この状況が出来上がるなんて、怒りに身を任せている俺に予想できると思うか?


 師弟関係とは、前に言ったかもしれないが成功例が希のシステムだ。だが、数少ない成功例の中で最も多い例は、彼氏彼女の師弟関係。つまり、バカップルの師弟関係というものだ。なぜ、これが成功例になるか。それはお互いが好きであるがゆえに、互いに強くなろうとする心持ちから発生する切磋琢磨。それに好きだから一緒にいたいという妙な考えが重なって成功を呼び寄せるという。


 そして今、ここは授業中だったはずの教室。周りが話をしているとは言え、叫んでいる俺の声がクラス中に聞こえるのは必然。つまり、今までの会話と、先ほどの男女(つまり、俺と会長)の師弟関係の会話はダダ漏れということになる。

 それが何を呼ぶか。みんな、もうお分かりだろう。そう、恋の始まりだと勘違いする奴ら。そして、恋敵だと俺を睨みつける奴らが生まれるのだ。つまり、今此処で地獄が始まった。


「「「「「か……か……か……」」」」」


「み、みんな、落ち着け。頼むから叫ぶなよ?」


「「「「「会長と師弟関係ぃぃぃぃぃ!?!?!?」」」」」


「叫ぶなって言ったのに……」


 俺の願いも虚しく、教室中に、いた学校中にその言葉が響き渡った。そのせいで隣の教室ではザワザワとこちらの教室まで聞こえる大きさの声が出始め、俺はとうとう死闘を繰り広げなければならなくなってしまった。


「ねえねえ! 会長とはどういう関係なの!?」


 恋バナに興味津々の女子高生の大群が現れた。

 どうする?

 1、戦う

 2、道具

 3、仲間に誘う

 4、逃げる←


「あ、あの。みんな落ち着け。別に俺と会長はそういう関係じゃ――」

「きゃー! どこまで行ったの!? ねえねえ! もったいぶらずに教えてよ!」


 知らねぇよ! 何がどこまで行ったって!? もったいぶるって何を!? お願いだから話を聞いてくれませんかね!? それと、ほのかに揺れるおっぱいを見せてくれてありがとうございます!


 逃げられないという表示が嘲笑っているようで、それに怒りを感じたが、それよりも女子高生の興味がものすごくて苦笑いを繰り広げる。


「おい、テメェ! わ、わわわ、我らの大女神様とどういう関係だって?」


 ガラと頭の悪いお兄さん方が現れた。

 どうする?

 1、戦う

 2、道具

 3、仲間に誘う

 4、逃げる←←←


「少し落ち着こう。な? 落ち着いて話せば分かり合えるはずだ!」

「るっせえ! お前……お前は!! 俺たちの大女神様の一体どういう弱みを握ったんだ? なあ、教えてくれよ? 頼むよ。お願いだ……」


 そこまで必死に懇願されると逆に困るんですけどね! てか、大女神様ってなんだよ! 一回一回呼び名が変わってる気がするのは気のせいですか!?

 終いには土下座までして頼み込む男達に、俺はしばしの困惑を覚えていると、俺の隣でずっと黙りを続けていた金鵞がすっと立ち上がる。そして、


「お前さんたちの疑問を全て解決しよ~。さあ、なんでも聞いてくれ~」

「お、おいっ。金鵞!?」

「じゃあ、どういう出会いで二人は師弟関係に!?」


 何を血迷ったのか、金鵞が笑いながら質問を集める。いや、あれは血迷ったのではない、この状況を楽しんでいるのだ。俺が困っているのを見て、あの野郎は楽しんでいやがるのだ!

 早速の質問に、金鵞は待っていましたと言わんばかりに力説する。


「そうだな~。二人の出会いは昨日の午後の試合の時だ~。あの時、一目で二人は恋に落ち、そのあとの死闘で絆は確固たるものになったのさ~」

「きゃー! じ、じゃあ、二人の師弟関係っていうのは……」

「二人の固い固い絆でできているのさ~」

「きゃーっ!」


 いや。いやいやいや。何を盛り上がってるんですか!? 違うからね!? 確かに、会長のおっぱいは素晴らしいと思ったよ! 死闘って言うのも間違っちゃいないけどさ! でも、恋に落ちるとかそんなのありえないから! いや、俺は好きですけどね!?

 本当と嘘を交えて話す金鵞に土下座涙まみれの姿の男から新たな質問が飛ぶ。


「わ、我らが大女神はどんな弱みをこの男に握られているんだ!」

「またまた~。お前さんらだってわかってるんだろ~? この二人は、心から通じ合ってるのさ~。敢えて言うなら、全ての弱みを握っているってことだろうな~」

「そ、そんな……勝てないじゃないか、そんなの!」

「勝てない。そうだろうな~。彗星のごとく現れた固い絆をもつ二人に、勝てる奴なんていないさ~」

「このど畜生が!! 羨ましすぎるだろうが、こんちくしょう!!」


 待て。待ってくれ。俺をおいて話を進めないでくれ。これ以上、話を大きくしないでくれ。

 俺は盛り上がるみんなの話題を、どうにか抑えたいと思うが言葉を発するよりも早く、ほかの奴が金鵞の嘘偽りをポンポンと掲示され、信じ始めている。

 どうする。どうするどうする!? このままだと、明日からの……今からの学校生活がベリーハードモードになるぞ!?

 盛り上がる教室に、冷ます風が吹き抜ける。ドンと大きな音を上げて開いたドアのところに立つ人物は副会長、神原紗智。その顔には青筋がくっきりと浮かび上がっており、誰が見てもお怒りであるとわかる。

 なぜ、副会長がこんな教室に、など考える必要さえないだろう。このクラスがうるさいからだ。


「今は、授業中なのですが? 教師は一体どこですか?」

「帰ったぜ~?」

「どうして?」

「どうしても何も……ここにいる春日原燿のせいでさ~」


 は?


「そうですか。では、春日原燿。一緒に来てください」


 え?


「だってさ~。頑張ってこいよ~」


 どうして……こうなった?


「待ってくれよ! 俺は何も悪くないだろ!? 全て金鵞が……まさかっ」


 金鵞を見ると、金鵞の表情は笑っている。最初からこういう段取りだったのだ。会長が今朝家に来た時から決まっていた計画だったのだ。

 俺の情報を横流ししたのに敢えて理由をつけるとすれば、きっと面白い事が起こるということを副会長にそそのかされたのだろう。だから、金鵞は俺の情報を横流しし、今この瞬間、盛り上がることを予想していた副会長が俺たちのクラスに来た。

 そういう、ことかよ!

 全てはこの状況を作り出すための布石だったのか!!


「テメェ、金鵞!! お前、面白そうだからって俺を売りやがったな!?」

「大丈夫大丈夫。なんとかなるって~」

「何が大丈夫だ! もう瀕死だこんちくしょう! 副会長さんも落ち着いてくださいよ! 俺は連れてかれるほどの大したやつじゃないんですって!」

「安心してください。大した方なら連れて行かれることはありませんから」

「悲惨だ! 今の言葉の裏には地獄しか見えないよ!!」


 強烈な腕力をもつ副会長に首根っこを掴まれ、引きずられるように連れて行かれる俺の最後の言葉を金鵞は笑って送り出した。

 俺は一体、どうなってしまうのでしょうか?

 そんな疑問が、ふと俺の脳裏を横切った。

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