第2話 妙な理不尽と適当な理不尽
なんとか生きて帰れるという安心感に感動すら覚えてしまう俺は、今朝の会長の言葉を未だに忘れられずにいた。
「私を本気にさせたこと覚えておいてね。いつか、この屈辱は返すからね」
この言葉のいつか、とはいつなのだろうか。それがどういったお返しなのか。今から怖くて身震いが収まりません! それより、今朝の一件を金鵞に話すと、金鵞は面白かしく大笑いしながら、
「あの校内最強に間接的とは言え、勝っちまうなんてな~。燿さ~。自分がなにしたかわかってるか~? お前さん、今後が大変だぜ~?」
と末恐ろしいことを言ってくれた。意味は分からなかった。でも、その理由は直ぐに思い知ることとなる。授業を終え、部活にも入っていない俺は、そのまま下校することが日課だ。だからいつもどおりに帰ろうと靴を履いて校門に向かっていると、俺を取り囲むように怖い顔をした生徒たちが立つ。
……なんだろう。俺を中心に何か始まるのか? いや待て、俺を中心?
俺はぐるりと周りを見る。俺を逃がさないためか、それともただそうしているだけか、俺の周りは俺が潜り抜けられるようなスペースは存在しない。見れば、俺の周りにいる生徒たちは全員が俺を見ていた。
その中で、一人が俺の前に立つ。名前は知らない。ただ、強そうだということはわかった。なぜなら、服の上からでもわかる分厚い胸板がズンッと俺の前に存在したからだ。
何事だ!? 俺を狙っているのはわかった。ただ、どうして狙われているのかわからない。その理由を話すように、目の前の男がゆっくりと話し出す。
「貴様か?」
「な、何がでしょう?」
「貴様が我らの天使を汚したのか?」
……ごめん。話についていけないや。えっと? 俺が誰の天使を汚したって?
もちろん、この男子生徒を俺は知らない。そして、こいつらが言う天使とやらも俺は知らない。つまり、こいつらは勘違いしているのだ。そう思って、俺は人違いではないかと聞くと、
「ならば問おう。貴様、名前は?」
「は? 春日原燿だけど……」
「死刑確定だ」
「なんでだよ!?」
ダメだ。本気でこいつらの言っていることがわからない。てか、今この男なんて言った? 死刑? おいおい。やめてくれよ。シャレになってないぜ、HAHAHAHA。
俺はすぐさま回れ右をして走り出す。もちろん背後にも人はいた。俺はそいつらにタックルをして押し通ろうとしたのだが……。
「くっ……なんで、アメフト部がいるんだよ! てか、マジのタックルを軽くあしらわないでくれない!?」
「黙れ。俺たちの神様を貶したお前が悪いんだよ」
「だから! お前たちの言う、神様って誰だよ! この学校には天使とか神様とかいないよな!? 俺の勘違いか? この学校には魔法使いとか勇者とかいるのか!?」
「ふざけるのも大概にしろ。わかっているんだろ? 俺たちの女神さまを貶した悪魔めがっ!」
いやいやいや。意味分かんねぇよ! 誰だよ、その女神さまって!
俺はどうにかしてこいつらの言っていることを理解しようとするが、身に覚えのないことに記憶が甦るわけもない。
かと言って、こいつらが勘違いで俺を囲んでいるわけでもなさそうだ。思い出せ。俺は何か大切な何かを忘れているに違いない。
俺はこいつらが言っていた天使やら神様やら女神様やらに相当する事件を考える。この高校で神様と呼ばれる存在。誰だ。誰なんだ……っ!
「本当に身に覚えがないのか? 臥雲七海様に敗北を与えたのではないのか?」
……ああ、そういうことですか。
俺はすべての事が繋がったことに最悪のビジョンを思い浮かべた。
確かに、生徒会長はこの屈辱はいつか返すと言っていた。つまり、そのいつかとは今なのだろう。そして、これは集団リンチというやつに違いない。
いやはや、ファンというのは恐ろしいね。崇めている人にちょっかい出すとこうなるのか。ハハッ、わかれば笑えてくる。実に簡単なことだった。
「クソッタレぇぇぇぇええええ!!!!」
なんだよそれ! こんなのいじめじゃねぇか! 俺は自慢じゃないが校内最弱だぞ!? 生徒会長でもあるまいし、こんな人数相手にできるわけないだろ!
俺はすぐさま逃げようとするが、すぐに逃げられないことを思い出す。クッソッ! これがあの人のやり方か! そういうことなんだな!?
泣きそうになっている俺に助け舟を出してくれたのは、ほかでもない悪友の金鵞であった。金鵞は教師を呼び出してくれていて、その隣を一緒に走っている。
ああ金鵞。すまなかった。今朝は悪者扱いしちまって本当に悪かったよ。でも、俺たちはずっ友だよな!
感動の再開。そのあと行われたのは、ジャン拳だった。……は?
「では、これから多人数総合格闘技戦を開始する。代表ジャンケンを行うため、みんな手を挙げるように」
そう言って、始まったのは公式試合の言葉。ジャンケンという掛け声に合わせて、みんなが腕を振る。そして、出された三つの形。勝者と敗者が決まる中、俺は金鵞を睨んだ。
「どういうことだよ!」
「いや~。俺さ、今度のテストまで日数がほとんどなかったことを思い出したんだわ~。で、この多人数総合格闘技戦をして、一気に終わらせようと思ってな~」
「待て待て! お前は俺を助けに来てくれたんじゃないのか!?」
「へ? いや~。そんな気はサラサラなかったけど~?」
このひとでなし! 少しでもお前に謝った俺の感謝の気持ちを返せ!
俺は人情なき友人の一言に絶望し、公式試合が始まる合図を聞く。
「それでは、始め!」
雄叫びを上げながら始まった闘い。こちらは二人。敵は二十人。どう考えたって勝てる相手の数ではない。
しかし、金鵞を見ると、次々と敵を倒していく。金鵞はああ見えて中国拳法を得意とする格闘家だ。順位こそ三千位とそこそこだが、技のキレは一級品。実はあいつが三千位なのはやる気と戦う気がないからで、ちゃんと戦えば五百位くらいの実力はあるらしい。
対する俺は本物の雑魚で、ただ敵の攻撃を避けるだけ。制服というのは結構動きづらいもので、避けるのにもかなりの労力を有するが、それでもみすみす相手の攻撃を受けてやることはないと必死になって避け続ける。
それを見て、敵は渋り始めた。俺は弱いはずなのに、どうして攻撃が通じないのか。それが不思議で、攻撃を当てようと相手の攻撃はだんだん大振りになってくる。
武術家なら、こういう大振りはもってこいなのだろうが、生憎俺は武術家ではない。ただ、ほかよりも避けるのが上手なだけの、ただの高校生だ。こう大振りされても相手に攻撃をしようとは思えない。
そんなこともあって、勝負は長丁場になることが予想された。それを回避するにはどちらかが負けるしかないのだが、俺は相手に勝ちようがない。敢えて敗北宣言をするという手もあるが、それをすれば話的にややこしくなるだけ。あとは、相手の攻撃を受けて敗北するしかないのだが……それは却下だ。だって痛いじゃん?
「クソッ! なんで当たらねぇんだ! コイツは校内最弱だろ!?」
もちろんそうですが何か? とは口が裂けても言えない。疲れて口が回らないというのもあるが、言っている時間があるのなら避けるのに集中したいからだ。
俺の体が疲れてきて、相手の攻撃が俺の避けるスピードに追いつきつつある。このままでは俺のスタミナが切れ、相手の攻撃に無様にも屠られるだろう。ずっと言ってきたが、それだけは回避したい。痛いのは嫌だし、そもそもここは生徒が一番行き来する場所。つまり、敗北するシーンを多数に見られてしまう。負けるのに恥ずかしさは存在しない。ただし、負けるところをこんな公共の場で見られたくない! 引き分け、それを狙うしかないのだが一体どうすれば引き分けになる?
考える。この状況を最も良くする方法を。攻撃を避けながら相手を倒す方法を。どうのようにして、この戦いをいい方向に持っていくかを。
そこで思い出す。この試合は一体どういう試合だった? 先程から俺が闘っているのは同じ男子生徒だ。だが、この試合は最初は多人数総合格闘技戦だ。ならば、他の奴らはどうした?
俺が他の生徒を探していると、地面に無残にも寝転がり気絶している男子生徒の山を見つける。その山を作ったのはニヤリと笑っている悪友、金鵞。そう、俺は別に一人で多人数総合格闘技戦をしていたわけではない。ちゃんと、仲間と呼べる存在が存在した。それを今、思い出した。
どうやら、俺が必死に相手の攻撃を避けている間に、ほかの奴らをご自慢の中国拳法でひねり潰したらしい。そのちゃっかりさが、あの悪友の自慢できる数少ないところだ。
形勢は、男子生徒の思っていたこととは真逆になった。それも、金鵞というジョーカーのおかげで。
「さぁて~? 俺の進級の加点になってくれよ~」
そう言って、金鵞が男子生徒の肩を掴む。びくりと体を震わせた男子生徒は振り返るよりも早く意識が彼方へと飛んでいった。目の前で一撃で沈まされた男子生徒を見て、俺はふはぁっと深い息を吐いた。どうやら戦いが終わったようだ。
と思ったのも束の間、金鵞が俺に向かって拳を振るってきた。とっさの攻撃に俺は仰け反ってそれを避ける。そして、金鵞を凝視した。
「おま! 何してんだよ!」
「いやいや~? だって、闘いはまだ終わってないだろ~?」
は? 何言って……はっ! この闘い、もしかして俺と金鵞はパートナーではなくて、三竦みの闘いになっていたのか? だから、俺が金鵞に攻撃をされたのか?
教師を見ると、俺の意図を汲み取って深く頷いた。どうやらその通りらしい。試合は、金鵞という最大のラスボスを残して、未だ続いていた。
と、とんでもないラスボスだな。俺、死ぬかも知れない……。
「な、なあ。俺たち友達だろ?」
「だから~?」
「こういうのは、引き分けに――」
「絶対に嫌だね~」
そう言って、金鵞の素早い突きが俺の頬を掠る。先ほどの男子生徒の攻撃が可愛く見えるくらいに金鵞の攻撃は早くて重い。きっと、当たれば意識など二日は目覚めないだろう。
こ、こんなのめちゃくちゃだ……。
心なしか先程から冷や汗が止まらない。金鵞は爽やかな笑顔を見せながら、ニコニコと凶悪な突きを繰り返す。
「おわっ!? あっぶなっ!? 今、本気で殺しに来やがったな!?」
「ほれほれ~。どんどん行くよ~」
金鵞の攻撃が俺の傍を通るたびに流れる風切り音がその攻撃の鋭さを色濃く示す。きっと、金鵞にはそんな気はないだろうが、傍から見れば殺す気にしか見えない。金鵞の攻撃に目が追いつかなくなりそうになって、俺はとうとう切り札を切った。
「負けだ! 俺の負け!!」
シュンッと俺の目の前で金鵞の攻撃が止まった。攻撃が止まったのを見て、俺はズルズルと腰から地面に尻を付ける。
危なかった。後一瞬でも言うのが遅かったら、俺はきっと死んでいた。最後の突きは確実に急所を狙っていたぞ?
尻餅を付いた俺に金鵞が世間話をしながら手を差し伸べる。
「いや~。よかったよかった。あと一瞬でも燿が敗北宣言をするのが遅かったら、殺しちまうとこだったわ~。あはは~」
「あはは~っじゃねぇ!! マジで殺す気だったのかよ! てっきり手が滑ったのかと思ってたのによ!」
「そんなわけないだろ~? 俺は正確性がモットーなんだからさ~」
聞いたこともねぇよ、お前のそんなモットーは。てか、正確性とか言う前に真面目に授業受けろっての。
俺は一瞬前に俺を殺そうとした相手の手を掴んで立ち上がる。幸いにも部活の時間帯だったため、観客はほとんどいない。まあ、金鵞に負けたところで恥ずかしさなど毛頭ないのだが。
こうして、俺は最悪な日を終える。きっと、また明日も同じような事が起こるのだろうと思いながら、重い足取りで家まで帰る。
この時、校内最強の臥雲七海は俺の予想を裏切らず、ご丁寧に理由付けまでして着々とよからぬ計画を立てていた。それを俺が知るのは、もう少し後の話だ。
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