世界を変革する者たちよ

@yukibaragi

第1話 世界の終わり

世界の終わりがあるとしたらこういう情景のことを言うんだろうなとアンナ=ウルリカのうちの"一体"は眼前に広がる情景を見下ろしてそう考えていた。


一秒ごとに隕石やそれが何であるのかすらよくわからないものが地上へと降り注ぎ、同時にその軌道は変えられ、時にどこかへとただ消えていく。全長数十メートルを超えるかというわけのわからないデカさを持った"何か"が徘徊し、地べたを這いつくばる即死能力部隊はお互いの能力を最大限活かせる強敵を求め駆け巡る。


伝達網でしきりと前線での有り様が伝わってくるが、よくもまあどの勢力もそんな隠し玉を持っていたと驚嘆させられる。呪文を一切受けつけることのない破壊不能のパワー系能力者に、次元の果てから得体のしれない者が湧いてくる。地面から突如湧きでた、内臓がむき出しになったような謎のモンスターは周囲に存在する一般兵を根こそぎ持って行ってしまう。残念だという感覚さえ麻痺したウルリカの脳裏に残るのは「ここまではまだまだ、予想内」という達観した落ち着きのみであった。


「あれはなんだ?」という周囲の叫び声をきいてそちらにウルリカが目をやると、もはや大きさという言葉では表現しきれない、恐らくは複数次元にまたがっていることで屈折した形でみえている"何か"が腕のようなもので攻撃をふるっている。絶対にあんなものはどうあっても破壊不可能だろう、とそうウルリカの一体は考えている。


周りでも多くの能力が発動しているようでウルリカが毎秒何千といった単位で消し飛んで──"二倍になって"舞い戻ってくる。鉄壁の守りにして最弱の軍隊と言われて久しいがそれでも次元を超えて飛ばされればそれもかなわず、戦略的な劣位を乗り越えるものではなかった。すべてが金属で構成されている機械文明、異次元から湧き出てくる異界の軍団ここまでただ生き延びることができたのが奇跡だとさえ彼女は考えていた。


一番危なかったのは敵軍に"ツキを変える能力者"がいた時で、惑星のありとあらゆる場所でツキの変動が確認されすべてが悪い方向へと流れ落ちた時はもはや状況を認識することさえかなわずただただ悲鳴を上げるほかなかった。あらゆる災難がすべての陣営のもとに降り注ぎ死者は五万とも十万ともいったが惑星ごと消滅してもかまわないというほどの覚悟で放たれたその能力はまた別の能力者が打ち消し死者はヴィリヤ=ウィルヘルミナの能力によってすべて復元された。


地面が割れ、凄い速度でお互いの陣営が離れていくのはまた何者かの能力なのだろうか。人類軍はとうに戦線を離れ、別の言い方をすれば今回の戦争での戦略的勝利を諦め、孤島に引きこもって切り札である"絶対和平"の能力を発動させている。ツキがどれほどコントロールされようが絶対和平の能力は"あらゆる敵意からの絶対防御"を可能とする──超越的な論理能力、ただし"敵意"を持たない相手には弱い特性を補うために人類軍はその持てる限りの総力を能力者の防衛に当てていた。


「ウルリカ、戦況はどうかしら」とその能力者・ヴェロニカは問う。

「まあ、一言で言えば地獄。今のところこっちの陣営と能力を突破するような能力者はいないみたいだけど──あと20分もすればどの陣営にとっても攻撃不可能な距離にまで地面が移動するとの報告があがっている。なんとかそれまで持ちこたえれば、もう能力の発動は今みたいにはいかない、次に勝機を持ち越せる」

「必ず何かは起こるわ。何度もいっているけれど、無事に終えられるとは思っていません。この世界に"想定内なんて言葉はありえない"、常に予想外のことが起こりえる──特に、すべての力が解放されている今この瞬間は。その時は──頼みましたよ」

「そうだろうね。だが──」


と言葉を続ける間もなく、両者の間に次元の裂け目が生まれる。


生まれた次元の裂け目、その中から出てくるのはぱっと見たところ人間そのものだが、服装はまるで炎をまとったかのように赤く、どこかといわず全体的に揺らめいている。何より印象的なのはその張り付いたような笑み。即座に事態に気が付き、反応できるかぎりのウルリカが行動を開始する、その数3000に近いが、どれだけの数を動員しようが謎の人間の手がヴェロニカに届くほうが早かった。


ヴェロニカは絶対的な論理能力者であるが本人にそれほどの身体能力は備わっていない。あっと言葉を発する間もなくその次元の隙間に吸い込まれ、まるで何事もなかったかのように炎のような人間ごと消えてしまう。


「くそっ、このタイミングでランダム・ウォーカーか!? おい追えるか?」とウルリカが情報収集専門の能力者へ向けて叫ぶ一瞬の間にも"絶対和平"の能力が崩れたことによってどの敵陣営の攻撃とも受け取れぬ数々の攻撃が押し寄せる。先ほどから戦場をにぎやかしている隕石爆撃ひとつとっても人類軍にはふせぐ手段がほとんどなく、一撃ごとにそこまで大きくはない孤島が大きく揺さぶられ何人死んだのかすら数えきれない。海中で数を増やしていたウルリカ、その数およそ3000万体が飛び出してくるが直接的な進行それ自体はかなり抑えられるにしても地殻変動じみた地震、津波といったものにはひどく無力であった。地はえぐれ空は陰る。


「無理です! 死だけならいくらでも乗り越えられますが次元の狭間に連れて行かれてはもはや手出し不可能! この余裕のない状況で感傷にひたっている場合ですか?!」と一寸も休まずにその能力を発動させながらウィルヘミナが叫ぶ。

「ふざけやがって……この大一番でこれか…………」と崩れ落ちそうになる精神を立て直し、彼女を奮い立たせるのはまだ終わっていないという純然たる現実であった。


切り札は失われたがまだウルリカとウィルへミナが生み出す脅威の相互作用は生きている。次元断絶だけは乗り越えられないがそれ以外のほとんどすべてに対抗できる究極の二人だ。それもどちらかが欠けたら機能しない。それ以上に、ベロニカの能力の特性上あの炎の人間が敵意を持って彼女を誘拐した可能性はゼロだ。


そうであればこそ、たとえ異世界へと彼女が連れて行かれていようともその奪還は不可能ではない。不可能ではないことが絶対に起こりえるのがこの世界だった。そしてウルリカはその特性を最大限利用できる特異能力者の一人である。彼女に諦めるという選択肢は存在しなかった、たとえ何百年の時が経て、何万回の死の果てでも。


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