会話しりとり

 太陽が沈んだ夕闇の空を見上げなら、公園のベンチで意味もなく黄昏ていると、誰かが隣に座る気配を感じた。誰かと思ってそちらを見ると、制服から私服に着替えたさくらがそこにいた。

 さくらは、一応、私の幼なじみだ。

 両親同士が学生時代からの親友で、私が産まれる前から家族ぐるみの交流があったらしい。さくらのことも生まれた時から知っているし、付き合いは16年にもなる。

 今年からは毎日のように同じ学校に通っているし、こうして帰らずに道草をくってる時にさくらが現れたのも、初めてではない。

 無言で座って、笑顔を向けてくるのもそう。

 さくらが私の理解を超える行動をとるのもいつものことで、昔からよくわからない遊びに付き合わされたものだ。半分くらいは返り討ちにしていたけれど。

 さくらは公園内に視線を巡らせると、別のベンチに座る男女2人を見ながら、口を開いた。

「なぁ、会話しりとりやらないか?」

「会話しりとり?」

「読んで字のごとく、会話でしりとりをするってゲームだ」

「誰得なのかしら、それ」

「誰得って……軽い遊びなんだから、純粋に楽しもうぜ?」

「全然わかってないのね」

「え? ……あ」

「あなたの負けよ。もう3回もね」

「い、いや、今の説明的なものでまだ始めたわけじゃーー」

「じゃあ、いまから始めましょう?」

「……受けて立つ、ぞ」

「そういえば、濁点を付けたり外したりするのはどうなのかしら?」

「ら……くてんの変換はありにしよう」

「上手く返したつもり?」

「…………」

「リアクションだけで返して喋らないのは反則じゃないかしら?」

「ら……攻めはよくないと思うな」

「何を言ってるの。同じ語尾攻めはしりとりの常套手段でしょう?」

「うっ……わ、わかってるし」

「自分で発案しといて、下手過ぎない? 手応えがないわ」

「わ、私が好きな食べ物はーー」

「私ではなく、俺でしょ? あなたの一人称は」

「わ、我が好きな食べ物はーー」

「我、でもないでしょう? あなたの一人称は」

「わ、わかってるし」

「しっかりするのだわ?」

「わ、雲呑が俺は好きだ」

「だから?」

「ら、辣子鶏も好きだ」

「だから?」

「ら、ら、拉麺も好きだ。お前の好きな食べ物は?」

「私の好きな食べ物? 知ってると思うけど、青椒肉絲ーー」

「好きだ!」

「え……?」

「大好きだ!!」

「え、あのさ」

「さくら! 付き合ってくれ!」

「恋愛的な意味かしら?」

「ラブ的な意味だ」

「……大好き。私もあなたのことが大好きよ。ヒロミ」




「ーーみたいな会話してたら面白くない?」

 ベンチの2人から目を離し、とびっきり楽しそうな顔でさくらが笑いかけてくる。

「いや、人の名前勝手に使わないでもらえます?」

「すいません。ヒロミ先生」

 てへぺろ、と舌を出し、さくらが立ち上がる。

「行こ、先生?」

 私とさくらは幼なじみだ。

 10歳近く年が離れているし、私が赴任している高校に彼女が入学してきたこともあり、親戚の子供ような気分だが。

 向こうはそう思ってないような素振りも見えるが……


「……いや、ないかな」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

叙述トリック練習 レギオン @LEGION

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ