第8話 あの日、あの時

男性


僕には、ずっと想っている人がいる。

でも、それはそれは長い間、ずっと片想いのままだ。

きっとこれからも。

片想いでもかまわないと思っている。

ただ、彼女の助けになれれば、それだけで十分だ。

その彼女は、今は・・・

抜け殻のようになってしまった。

彼女に、好きな人がいることは知っている。

だって、彼女の好きな人は、僕の親友だから。

そう。

僕は、親友の彼女を好きになってしまったのだ。

あいつと一緒にいて、楽しそうにしている彼女が好きだった。

彼女と親友からすると、僕は共通の友達というものだ。

そして、その親友は、もうこの世にいない。

事故で死んでしまった。

そして、彼女も、死んだようになってしまった。

あの笑顔に、もう会えないのだろうか。

僕には、彼女にあの笑顔をあたえられない。

あの笑顔は、あいつにしかあたえることが出来ない。

もう一度、あの笑顔を取り戻してもらいたくて、何度か連絡をとってみたけど、反応がない。

様子を見に直接会いに行ったりもしたが、そもそも彼女から表情が消えてしまった。

僕には、どうすることもできないのだろうか。

あいつの死んだ現場。

毎日のようにここへ来て手を合わせる。

もう一度、彼女に笑ってほしかった。

あの笑顔を、もう一度見たい。

そう願いを込めて。

あいつが死んで、どのくらいたっただろうか。

事故現場に今日は人影が見えた。

そこには、小さくうずくまった彼女がいた。

彼女は、ただただ泣いている。

僕は、その背中を遠くから見ることしか出来なかった。

どのくらい見つめていただろうか。

少し肌寒い風がふく。

それもそのはず。

上の方にいたはずの太陽が沈みかかって、眩しい夕陽へと代わっていた。

そういえば、僕は昔からそうだ。

この気持ちを自分のなかで処理し、ただただ彼女を見守っている。

昔も今も、きっとこれからも。

何で、ここにおまえがいないんだ。

なんで、彼女を泣かしているんだ。

ただただ見守る事しか出来ない自分にも苛立った。

夕陽が沈みかけて街灯の灯りが彼女を照らす直前。

なぜだろう。

彼女の名前が僕の口からでてきた。

聞こえないであろう小さな声だった。

しかし、その時彼女が振り返り、僕の方を見た。

驚いた表情で僕を見ている。

でも、背中で沈みかかっている夕陽のせいで僕の顔はわからないはず。

彼女が振り返り、驚いた表情をした後、彼女は笑った。

あの笑顔で笑った。

そうか、あいつここにいたんだ。

彼女の涙を終わらせる為に。

そうだよな。

おまえって、そういう奴だよな。

眩しく光る夕陽は僕の後ろにあったが、彼女の笑顔の方が眩しかった。

僕は、まっすぐその笑顔を見守っている。

きっとこれからも見守る事しか出来ないけど、また彼女があの笑顔を毎日出来るように見守っていこう。

これからもずっと。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る