第2話 Cの作法とDの作法

Cの発言


他人の心の中だけは覗けませんよ。僕を含めて誰かの言葉や行動は心の一部が見えただけです。僕は君の心の奥をみる事は永遠に出来ませんし、君が僕の心の奥をみる事も永遠に出来ません。


君がどれほど誠実に心の内側を開いて見せてくれたとしても、きっとそれは心の入口のもっともっと手前でしょう。本当の喜びも哀しみも君の心の輪郭から外に出ることはありません。


幸福で無自覚な錯覚は僕が望んでいるものではないのです。


いっそ本当は心など存在していない事にしてしまったほうが、僕は君を正面から見ることが出来るのかもしれませんね。



Dの発言


俺は見せられたくも見せたくもないんだよね。言葉はいつでも不完全だしさ発信者と受信者の辞書は出版社も初版年代も型番もぜんっぜん違うからね。そもそも同じ内容を翻訳し合おうって事自体、ナンセンスな欲望だと思うんだけどな。


俺の気分で言えば自分の手を使って時々はシャベルで掘りたいなと思ったりもするよ。相手にはちょっと爪が汚れるくらいは手で掘ってくれたら、もうそれで充分に嬉しいんだけどな。



Cの発言


へえ。


君の場合はそうなんですね、僕とは逆の性質、なんでしょうか。だから君は興味深いんでしょうね。僕は時々、言葉で誰かをキッチリと塗り固めたいような、少しサディスティックな気分になります。お前の言葉を語彙を思考を総て上書きしてやる、という感覚です。判りますかね。掘るの自体は好きなんですよ、僕だって。



Dの発言


んん。何て言ったらいいのかな?


ほら「ボクのポケットの中みせてあげるよ」って言われたら、俺は少し残念な気持ちになっちゃうんだよね、多分。「それ俺が自分であんたのポケットに手を突っ込んで探そうとしてたのに!楽しみとらないでよ!」っていう気分つーかさ。


サディスティックな感覚?それは俺にはわかんないな。塗りたくも塗られたくもないんだもん。どっちかっていえば、試しに塗ってみて?っていうくらいの感じはまだわかるけどさ。


せっかくだから跡を残してみたいんだけど、どうぜ気まぐれに剥がしちゃうだろうしなあ。それとももしかしたら、更に上塗りして混ぜちゃうかもしんない。



Cの発言


ああなるほどね。その気分は僕にもありますよ、楽しみたがり病ですから。サディスティックな感覚は、時と場合によって表出します。でも大概は長続きしません。時々たまにほんのり、って程度です僕の場合は。


上塗りし合って、色がめちゃくちゃに変わるのは望むところですけどね。たとえば君と。



Dの発言


楽しみたがりなのは最初からわかってたってば。なんつーか、滲み出てたよ、あんたから。じゃあさ、せめて色を混ぜ合うってところから始めてみない?ねえ、どんな色が見えるんだろうね、楽しみじゃない?。


もしかしたらその色は、あんたの心の一部ではないかもしれないけれど、新しいあんたのカケラかもしれないじゃん?悪くないよね、この感じ。

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