夢(*)

 朝。携帯電話のアラーム音が響いて、おんりゅうせいは目を覚ました。手を伸ばしてそれを止め、そのまま枕に突っ伏す。

 眠たい。

 傍らで規則正しい寝息が聞こえる。昨日の夜は例によって、つかはらゆうの部屋を訪れたのだった。彼は顔の半分を枕に埋め、もう半分をこちらに向けて熟睡しており、彼の足は恩田の足の上に乗っかっている。柔らかな布団と弛緩した身体の感触の中で異質な、かたいものが恩田の太ももに当たっている。

 ……いつものことだ。

 熟睡している塚原の身体が(あえて塚原が、とは言わない)触れてくるのは。このかたい感触も、健康な男子ならみんな当たり前のことである。


 朝決まった時間に起きることは恩田にとってほとんど苦痛ではないのだけれど、今日はどろりとした眠気が頭の隅に残っていて、すぐに起き上がる気にはなれなかった。

 触れている塚原の身体の感触を一から確かめてしまうのも。

 夜に見た夢のせいなのだろう。



 夢の中でも恩田は塚原の部屋でベッドに横になっていた。驚くべきことに、部屋の主が既に起きてクローゼットの前で着替えていたので、ああ夢だとすぐにわかった。視界も曖昧で、意識できるものだけが目の前に現れているようなのだ。


 塚原は制服ではなく、競技用のランニングシャツとパンツを着ていた。オリンピックやマラソン大会で、陸上選手がよく着るものだ。蛍光色の派手な色合いで、彼のしなやかな身体がほとんどあらわになっていた。首、鎖骨から肩、腕に至る輪郭や腰回りは細いけれど、太ももとふくらはぎには確かに筋肉がついている。全体的に、余計な脂肪は残らず削ぎ落とされている印象だ。その身体は一見頼りないようでも、長い距離を走り抜くためだけに必要な力がしっかりと備わっているのだろう。そんな彼の全身の輪郭が恩田の目には少し眩しく映った。きっとその肌は触れれば滑らかなのだろう。彼の腕や頬の感触ならよく知っている。


 恩田が起き上がった気配に気づいて、塚原はおはよう、と言った。それに答えたかどうか。もう夢の中の恩田の意識は、塚原の服装に向いていた。

「そのランニングパンツってさ、下着つけないって本当?」

 塚原に向かってそんなことが訊けたのは、頭の中でこれは夢だとわかっていたからだろう。そしてそれを聞いて塚原が顔を赤くして鮮やかに笑みを浮かべたのも、夢だったからに違いなかった。挑戦するような、こちらの思いを見透かして誘うような艶のある笑みは、恩田の感情に拍車をかけた。


 塚原は歩み寄ってベッドへ上がり、恩田の前に膝立ちしてみせた。

「……確かめてみる?」

「あ……」

恩田が答えるより前に、塚原は恩田の手を取り、腰の辺りに触れさせた。見上げると、塚原はゆっくりとまばたきをし、深い色の瞳で恩田の視線を受け止める。彼の唇が「うん」とか「いいよ」とかいう形に微かに動いて、恩田の心臓が高鳴った。


 ごくりと唾を飲み込んで、そっと中に手を差し入れると、何の抵抗もなく、熱い肌の感触があった。短い吐息が聞こえる。手を彼の身体の後ろに回し、滑らかな尻を撫でる。身体中の血液が熱くなって駆け巡った。心臓がまた跳ねる。

 ……やばい。

 興奮で呼吸が乱れ、目が熱くなってくる。そのまま撫でる手を前に持ってきたとき、彼の膝が不安定にぐらつき、塚原の腕が恩田の首に回った。触る前からそこがかたく勃ち上がっているのは明らかだった。


「つかはら、」

 吐息に近い声で恩田が呼ぶと、こちらを見た塚原はさっきとは一転して恥ずかしそうに、何かをこらえるような表情をしていた。そんな表情を現実には見たこともないくせに、今なら塚原が何を考えているのか恩田には手に取るようにわかるのだった。膝と腰を支え、彼の身体をベッドに横たえてやる。お互いに求め合ってしばらくキスを交わした。たぶん舌も舐めたかもしれない。ランニングパンツの紐を解いて下ろすと、塚原は自分からそれを脱ぎ、足を絡ませてきた。その身体を片手で抱き寄せて、恩田は彼の耳元にささやいた。

「……俺のも、さわって」

 そこから先は、恩田の欲望がすべて叶うはずだったけれど……

 さらに深い眠りの波が押し寄せてきて、その情景をかき消したのだ。



 ものすごい夢だったな。

 突っ伏したまま思い返して、自分で自分に驚く。塚原のランニングシャツやパンツ姿については、つい数日前テレビで見かけたマラソン大会が原因だと容易に理解できた。ただ夢の中の塚原と恩田自身の言動については……恩田は男が恋愛対象で、塚原は男である。彼自身の性質はどうであれ、恩田の脳は(あえて恩田とは言わない)彼を恋愛対象、または欲望の対象として考える事ができるということなのだろうか。苦笑して頭をかく。自覚している限り、恩田は塚原をそういう対象から外していたはずなのに。


 毎回こうやってくっついてれば、いつか黙っていられなくなるのかな。

 寝返りをうって今度は仰向けになった塚原を見ながら考える。いつも通りどこまでも平和な寝顔だ。夢で見た色気の欠片もない。単なる欲求不満。とはいえ今この瞬間、目の前の男をどうこうしようという気にはならなかった。夢と現実はとてつもなく高い塀で分け隔てられている。正常な意識も理性もめでたく目を覚ましたらしい。


 とりあえず最後までいかなくてよかった、と恩田は思った。例え夢の中だとしても最後までいっていたら、二度と塚原のベッドを借りることができなくなったに違いない。色々な意味で。

 少々の罪悪感を覚えながら、恩田は傍らの男を起こすために手を伸ばした。


(終)

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