銭湯(1)
その後、塚原は松谷と連れ立って寮に帰り、いつものように夕食と風呂をすませ、それぞれ自分の部屋へ戻った。そのあいだ、松谷は部室で話したことに一切触れず、二人は他愛ない雑談をぽつぽつと続けた。彼のそっけない態度も話し方も普段と変わりなく、受け答えしながら塚原は内心訝しんだ。
「じゃーな」
「うん」
廊下で別れるときの挨拶でさえいつも通りだ。振り返ることなく自分の部屋へ歩いていく松谷の後ろ姿を見送って、塚原はため息をついた。自分の部屋へ戻り荷物を放ってベッドへ倒れ込む。いつものことだけれど、酷使した脚がじわりと重くなる。
――淋しくない?
――誰でもいいから抱きしめてほしいとか思わない?
松谷の言葉がよみがえる。途端に苦くなる自分の表情が塚原にはわかった。頭ではその言葉に反発したけれど、心は、身体はそうはいかなかった。彼に強く抱きしめられて、優しく頭を撫でられて……それは確かに、渇ききった塚原の心と身体に雨を降らせたのである。思ってもみないことであった。だから、動揺してされるがまま固まってしまった。不覚だ。一生の不覚。
寝返りをうって自分の身体を抱きしめる。どこかいつも飢餓感のようなものに駆られていた身体が少し落ち着いていた。
……俺は誰かに抱きしめてもらいたかったのか。
半ば投げやりに塚原は思った。そんな浅ましい気持ちが自分の中にあるとは思わなかった。しかも抱きしめられた相手があの松谷なんて。
松谷。
どうして彼があんなことを言い出したのか。「好きではないけれど付き合ってもいいと思った」と言ったけれど、その意味が塚原にはよくわからなかった。
「その気がなくても別にいいんじゃない」とは、好きでもない相手と付き合えるということなのか。さらに「キスでもセックスでも、たぶんいけるだろ」とも言った。
好きではないけれど、そういうことをしても構わないということか。そういう気持ちが理解できないことはないけれど、塚原の想像するものと松谷が言ったことは大きな違いがあると思う。
そりゃ、かわいくて細くてでも胸はでかくて、性格も良くて料理なんかもできる女の子が目の前に現れたら、一も二もなく付き合いたいと思うだろう。その子を本気で好きかなんて考えることもなく。
塚原自身がそういう女の子だったなら話はわかるけれど、そうではない。
失恋した塚原への慰めや同情だとしても付き合う必要はないし、「キスでもセックスでもたぶんいける」とわざわざ言うのも理解できない。
普段から何を考えているのかよくわからない松谷なのに。
しばらくそんなことを考えているうちに、さざ波のように眠気が寄せて来た。
身体のなんと正直なことか。とりあえず寝よう。塚原は目を閉じた。
次の日も、朝から松谷と食堂で顔を合わせたけれど、例の話は何も言わなかった。一緒に甲斐がいることもあったろう。それから放課後、部室でも。昨日と同じく夕食と風呂をすませるあいだも触れない。けれど廊下で別れ際、
「付き合うかっていう話、まあゆっくり考えてよ」
とさりげなく言われた。塚原は慌てて彼を引き止めた。
「考えるも何も、あり得ないからその話」
松谷が片眉を上げて目で問う。
「……いらないよ、そんなの」
昨日彼に抱きしめられたときの感覚を思い出すと胸がざわめく。声は小さく、顔はうつむいてしまった。
「……そうやってずっと、恩田に片思いしながら淋しい気持ち抱え込むわけ」
松谷の手が動いて、塚原の頬を撫でる。顔を上げると、彼の静かな瞳がこちらを見つめていた。彼は言いにくそうに一度目を伏せ、それでも口を開いた。
「ぶっちゃけるけど、俺はそういうお前見てたくないんだよ。別に俺のこと好きになれって言ってるんじゃない。してほしいことがあるなら、何でもやってやるって言ってんの。恋人なら今より距離近くなるだろ」
いらだっているような顔だった。塚原は反射的に問うた。
「……なんでお前がそこまですんの」
「その気がなくても、付き合ってもいいと思うくらいにはお前のこと好きだから」
淡々とした口調だった。松谷は廊下の向こうを見つめていた。塚原は一瞬の後、遅ればせながら頬が熱くなった。
「……かわいくて細くてでも胸はでかくて、性格も良くて料理もできる女子、みたいなもん?」
昨日自分で考えたことを、塚原は努めて軽い調子で口にしてみた。赤くなった顔ではきっと無駄だとわかっていても、内心の動揺を悟られたくなかった。松谷は「はあ?」といかにも理解できないというように顔をしかめた。
「そんな女がいたらそっちと付き合ってる」
「バレンタインの子は違ったの」
「ノーコメント」
松谷が歩き出す。
「まあ、気長に考えて返事して」
肩越しにそう言って、塚原が何か言う前にひらりと手を振って去っていく。うん、ともいやだ、とも言えず、塚原は黙って彼を見送った。
何とも言えない複雑な思いが絡み合って、どういう気持ちを持てばいいのかわからない。
だいたい、付き合う気がないかって訊かれたときからして変だよ、俺。
松谷にそう言われてもちろん驚いたけれど、結局自分はその内容を理解し受け入れて頭の中に整理整頓できてしまっている。少し前まで男から恋愛対象として見られることを「キモい」と言っていた自分が、である。今更のことではあるけれど、この寮で生活しているうちにすっかり塚原自身も寮生の性質に影響を受けてしまったらしい。
その始まりはやっぱり恩田との出会いだったのだろう。
今となっちゃ、俺があいつを好きになっちゃったしな。
恩田だけだ、と松谷に言ったのは本当のことだ。男同士の恋愛について、今となっては嫌悪感もない。それでも、塚原が望むのは最初からたった一人の男だけだった。松谷は好きだ。甲斐も好きだ。けれど、まったく別の次元で恩田のことが好きなのだった。そこには恩田という男がいるだけで、比較対象なんて存在しない。そして塚原の日々の生活で感じる五感すべてが彼へ向かっていくのである。
それを考えるなら、松谷の提案なんてすぐに切り捨てればよかったのだ。
けれど。
――そうやってずっと、恩田に片思いしながら淋しい気持ち抱え込むわけ。
松谷の言いたいことが理解できた。だからそれ以上は答えられなかったのだ。その上彼に抱きしめられようが頬を撫でられようが、恥ずかしさはあっても拒否しようという感情はわかなかった。「キスでもセックスでも」とはさすがに言えないけれど、今より多少距離が近くなっても、それなりに心は安定していくのだろうと予想がつく。恩田を思って疲れ弱った心を松谷は癒そうという。好きでもない相手と付き合うことで傷心を癒してもらう、なんてことを自分に許す気にはなれないけれど。
わかっているだけに、どうすればいいのかわからない。
事情も心情も複雑だった。
そういうわけで考え事を続ける日々のうちに、だんだん脳は限界に近づいてきていたらしい。
ふと、塚原が自分の部屋で目を覚ましたとき、彼はカーペットに寝転がっていて、時計は夜の十一時を回っていた。重い頭をこぶしで軽くこづく。それで意識ははっきりした。ゆっくりと眠る前の記憶がよみがえってくる。
……ああ。
今日、塚原は部活を終えて自分の部屋に戻るなり鞄をカーペットへ放って自分もその横へ寝転んだのだ。ベッドへ倒れ込みたいところだったけれど、あいにくそこには乾いた洗濯物が散らばっていたから(学校から帰ってからクローゼットにしまうつもりで朝、そこへ投げた)。いつもより身体がだるく感じられ、何もしたくなかった。風呂も、夕食も、ウインドブレーカーを脱ぐことでさえ億劫だった。足の指で靴下を引っ張って脱ぎ、後は自分の腕を枕に眠ってしまった。
ほんの数分のつもりが、この時間である。
夕食も、風呂にも入っていない。小さく舌打ちした。どちらも時間は決まっており、とっくに終了している。その前に着替えすらしていない。
しばらく考えた末、とりあえず塚原は部屋着に着替え、タオルを持って風呂場へと向かった。夕飯は仕方ない。せめて汗は流したかった。消灯前の時間なので廊下はまだ明るいけれど、歩いている寮生はいない。都合が良かった。どうせ湯はもう抜いてあるだろうけれど、こっそり入れば身体を洗うくらいできる。そう思ったところ、
「……鍵かかってる」
入口で立ち尽くしてしまった。すりガラスのドアには鍵がかかっていた。今まで決まった時間以外に風呂場に行ったことはなく、まさか鍵までかかってるなんて思ってもみなかった。
どうする。
どうしようもない。もう、タオル濡らして身体拭くしかないか……。
とぼとぼと来た道を戻り、ラウンジを横目に廊下を歩いていたところ、そこのソファの端、小さな机についている寮長の先輩を見つけた。眼鏡をかけた背の高い生徒だ。ノートに何か書きつけている。ここへ入ったときに最初に顔を合わせ、寮内のことを教えてもらった先輩なので、一年生はみんな等しく彼の顔を覚えていた。
「あの、」
塚原は寮長の名前を呼んだ。彼は手を止め、塚原を振り向いた。
「どうした。一年か?」
「一○○の塚原です。あの、風呂場ってもう入れないんですか」
傍まで近づき、声を低くして尋ねる。ラウンジにはまだ五、六人がソファに座って書き物……勉強をしているようだった。寮長は塚原の手にしたタオルと着替えを目にとめた。
「ああ、時間以外は閉めてるはずだけど。なに、風呂入ってなかったの」
「すいません、寝過ごしちゃって」
塚原が頭を下げてそう言うと寮長はうーん、と腕組みをした。
「あそこと食堂の鍵は俺も預かってないからなあ」彼は寮母さんの名前を口にした。「あの人が朝晩開け閉めしてるから」
「……そうですか」
仕方がない。時間内に入らなかった自分が悪い。ありがとうございます、ともう一度頭を下げて戻ろうとしたところ、声が上がった。勉強をしている生徒のうちの一人が、寮長を呼んだのだ。
「はい」
「風呂入りそこねたって?」
彼は傍のソファに座ったまま、背もたれに首を預けひっくり返った顔で訊いてくる。寮長が敬語を使うということは、三年の先輩らしかった。寮長は二年生が就く役職なのだ。
「はい、寝過ごしちゃって」恐縮して塚原は言う。
「銭湯行ってくれば? 商店街通った向こうにあるやつ、確か二時までやってたよ」
「ほんとですか」
塚原の顔が明るくなる。「ああ、そういえば」と寮長も思い当たったらしい。すぐに手元のノートにその店名と、簡単な手書きの地図まで書いて渡してくれた。
「ありがとうございます」
寮長と三年の先輩の二人へ頭を下げた。
「あったかくして行けよ」
「外出禁止の時間だから、他のやつには見つからないようにな。帰ったら必ずここに寄れよ」
二人の言葉にはい、と勢い込んでうなずき、塚原はすぐに準備をして寮を出た。
駅や商店街の方へ行くバスはもうなく、塚原は二十分ほど歩き銭湯に着いた。
手早く髪と身体を洗って入浴を済ませ、銭湯を出たのが十一時四十分。一際冷たい北風が吹いていて、温まった身体はすぐに冷えてしまった。パーカーのフードをかぶって、その上に羽織っていたコートのボタンをきっちりとめる。
しばらく存在を忘れていた携帯電話をポケットから取り出すと、松谷からのメールが入っていた。『寝た?』と、それだけである。受信時間は夜八時すぎ。部屋から出てこない彼を気にして送ってきたのだろう。今更返信するのも間が抜けているので、放っておくことにする。明日の朝話せばいいことだ。
携帯電話を見たまま歩き、営業時間もとうに過ぎてがらんとした商店街のアーケードをくぐったところで、人の声を耳が拾った。顔を上げて振り向く。なにやら嗅ぎ慣れない匂いが鼻につく。
――誰? 俺、呼ばれた?
そこには数人の若い男たちがいた。塚原といくつも変わらない学生のようにも見えたけれど、制服ではない。知らない顔だった。誰も一様に薄笑いを浮かべている。獲物を見つけた、というような歪んだ笑いだった。変な匂いが漂ってくる。彼らの赤い顔を見てわかった。酒の匂いだ。彼らは酒臭かった。
「よう」
「こんな時間に歩いてんの? 余裕こいてんなあ。どこ行くんだよ」
嫌な予感が全身に走って、塚原は地を蹴った。けれどそ目の前にもう一人男が立ちふさがる。脚を止めたその瞬間、ひゅん、と音がして後ろから頭を殴られた。こぶしではない、何か硬くて棒のようなものだ。鋭く強い衝撃。貫くような痛みが走り、視界に火花が散った。頭を押さえたところで足を払われる。受け身を取りそこなって無防備な身体を地面に打ちつけてしまった。着替えやタオル、財布を入れていた手提げを奪われ、店と店のあいだ、細い路地へ転がされる。
なんだ……こいつら。
ずきずきと痛み熱を持つ後頭部を押さえ、上体を起こした塚原の腹を、今度は男の足が勢いよく蹴り上げた。
「ぐっ!」
肺から空気が一気に抜け、鋭く重い痛みに内蔵が悲鳴を上げた。思わず身体を縮める。嘔吐感がこみ上げ、胃液が上がって喉を焼いた。頭の痛みを忘れるほどの苦しさだ。目尻に生理的な涙がにじむ。
立ち上がれないままの塚原を、間を置かず複数の足が襲った。背中を蹴られ、腕や頭を容赦なく踏みつけられる。
「が!」
口の中が切れて血の味が広がり、耳に鋭い痛みが走った。このままでは肋骨を折られるかもしれない、と思い至って冷たい恐怖が背筋を這い上がった。
なんだ、これは。
誰かに襲われる覚えは一つもない。酔った通りすがりの暴行魔とかなのか。冷や汗と、殴られた後頭部から出た血が混ざって首筋を伝っていくのがわかる。
うずくまって腹を守るようにする。彼らが何人いたか、ついさっきまでの記憶を引っ張り出すのもおぼつかなかった。ただ二人以上はいた。塚原がどんなに俊敏に動けても、簡単に逃げられる状況ではなかった。それに。
最初の一発。棒のような武器を持ってるやつがいる。
あれがあの一回で終わるはずはない。必ずもう一回来る。次は腹か、股間か、膝か、もう一度頭か。
まずい。それまでに逃げないと……!
頭ではどうにかそこまで考える事ができても、身体は痛みに耐えるだけで精一杯だった。スニーカーの先が鋭く背中を打ち、ざらついたアスファルトに顔を押しつけられ、額や頬が痛い。蹴られるより、踏まれる方が恐怖だった。
「ねえ、ほんとにどこ行こうとしてたんだよ」
低い声が左右のコンクリートの壁に反響した。踏みつける蹴るを繰り返していた複数の足が離れていく。深夜であるこの時間に、商店街の街灯を背にしているせいで顔がわからない。塚原は答えなかった。口が思うように開かない。喉がひりついて声が出ない。打ちつけられた身体が動かなかった。
「お前のせいで俺たちが停学になったの、どう責任取ってくれんの」
同じ声がさらに続ける。
「お前さあ、誰にも言わないっつったよな。お前がビービー大泣きしてきったねえ鼻水とションベンたらしてそう言うから、俺たちも信じてやったのにさあ。ひどくね?」
なに。
不意に怪訝の色が、塚原の脳裏を貫いた。しかし次に低い声の男が言いながら近づいてくる。他の男たちは場所を譲るように塚原から一歩下がる。
からからから、とアスファルトに硬いものがこすれるような音が聞こえて、ぞっとした。おぞましいほどの恐怖が全身に浴びせられる。
――こいつが持ってるんだ。あの武器を。
逃れようとして身体を動かすけれど、顔を上げた途端、パーカーの襟を掴まれ引き上げられた。
「これからどうすんの。どう償ってくれんの、たかはら」
塚原は目を剥いた。
――人違いじゃん!
鼻が触れそうなほどの至近距離でそう言った男と塚原が目が合って、その瞬間、塚原は相手の顔に驚愕と動揺の色が走ったのを確認した。
「…おま、」
今だ。息を吸い込む。
「俺はたかはらじゃねえぇーー!」
これ以上ないほど、力の限りの声量で塚原は叫んだ。男の手が離れたのを機に、両手で彼を突き飛ばす。痛みのせいで普段の半分も力が入らない。けれど尻餅をついたその彼も、他の男たちも今となっては驚き、動転していた。
「人の顔くらいよく見ろ!」
彼らは急に怯える表情になっていた。自分たちが、その恨みの対象である人間ではなく、何の関係もない第三者を痛めつけていたことを今知ったのである。もちろん、良心が傷んで怯えているのではないだろう。
今のうちに!
希望が見えればなんとか身体が動いた。塚原は痛みにきしむ身体のあちこちをなだめながら立ち上がり、地を蹴って走り出した。彼らの一人が驚きで取り落としていたらしい手提げを目の前から拾い上げ、駆ける。
逃げろ! 逃げろ! 逃げろ! 逃げろ!
塚原は必死で脚を回転させた。
アーケードを走り抜け、車の行き交いもまばらになった大通りを、信号も確かめず全力疾走で横切る。
幸いにも、追いかけてくる足音はなかった。彼らも逃げることにしたのかもしれない。それでも、脚を緩めることはできなかった。いつ彼らの気が変わって、追いかけてくるかわからない。塚原の口をふさいだ方がいいと思ったなら、今度は確実にあの棒で殴り殺される!
冷たい空気を吸って吐くうちに喉が引きつれて痛くなってくる。呼吸に雑音が混ざってくる。地面を踏むたびに身体中に痛みが走り抜けた。痛い。とんでもなく痛い。けれど今や脚は勝手に疾走していた。
寮までの距離そのものは、長距離陸上部に所属する塚原にとっては準備運動のようなものだ。しばらくして高校の校舎と、その後ろに寮の建物が見えてきたときには、視界に涙がにじんでいた。
コートのポケットにねじ込んでいた携帯電話が、大音量で電話の着信を告げる。よく落とさなかったものだ。無視するには音が大き過ぎ、塚原は脚を緩めず通話ボタンを押した。
『塚原だな? 今どこだ。ちゃんと着いたか』
寮長だった。塚原の帰りが遅いのを心配したのだろう。安堵の思いがどっとわいてきて、塚原は涙がこぼれるのを止められなかった。
「…っ、あと、ご、ごびょうで、かえります」
『おい、どうした』
寮の門をくぐり、扉を叩く。すぐにそれは開かれ、寮長と、その後ろにはあの銭湯へ行くことを提案した三年生がいた。身体の力が抜け、塚原は二人に倒れ込んでしまった。
「おい、大丈夫か! 塚原!」
「しっかりしろ、一年!」
立てない。二人の先輩に抱えられて、塚原はラウンジのソファへ横たえられた。寮長が救急箱を取りに行き、三年生は自動販売機で水を買って、塚原に飲ませる。手提げに入れていたタオルを濡らし、血がにじむ傷口をぬぐってくれた。
よかった。生きてる。
心の底から安堵した。その途端、身体がぶるぶる震え出した。驚く。壊れたおもちゃのように意思とはまったく無関係に激しく身体が震え、止められない。
「……なんてこった」
そんな様子の塚原を、三年生は眉を下げていっそう辛そうに見た。事情を訊くのは寮長が戻ってからと考えているのだろう。一通り擦り傷を拭い終わると、タオルを洗って後頭部へ当ててくれた。震えはしばらくしてようやくおさまった。
その後寮長が戻り、傷の応急手当を済ませた。とりあえず意識はあるので病院には明日行くこととして、同室がいない塚原のため、二人の先輩は彼を一○○号室まで運んだ。その夜は寮長が付き添ってくれることとなった。その頃には塚原はほとんど意識を手放していた。
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