「午後はゆっくりしてられない」
午後、秋のほど良い空気の温さが穣治を一時の微睡みへと導かせた。それは人化と言う突然変異によって人間となったメリノと羊子も例外ではない。
「すぅ……」
「……くぅ」
居間にはソファーで寄り添う様に眠るメリノと羊子の姿が、床で横になって眠る穣治の姿があった。少女達の小さい寝息と大の大人の寝返りで出る布団同士の掠リ合う音だけが部屋に響く。
居間の壁に掛けてあった時計の長い針がカチッっと音を立て十二の数字を、短い針が時計の三の数字を指す。その瞬間、穣治のポケットから音楽が鳴り響く。
デーンデンデン デーデデーデンデンデデデン
穣治は飛び上がり半開きの目のまま、両手をズボンのポケットに突っ込んだ。そして右ポケットから出てきた携帯の画面を見る。するとそこにはこの家を貸してくれた友人の名前があった。穣治は画面をタップし電話に出る。
「モスィモスィ…」
「おいジョージ! お前さ、目の前に女の子が居たら信じるか!?」
友人の大きな声にソファーで眠っていたメリノが目を覚ます。
「声でけぇよ…人は寝てんのよ? ってか、女の子ぐらい星の数だけいるだろ…?」
「でも君と言う月は一人しかいない……ってそうじゃなくてさ、目の前に全裸の女の子がだな─」
「遂に酔っ払った女の子をお持ち帰りしたのかー…まあ、お前はいい奴だったよ。じゃあ─」
とにかく電話を早く切って寝たい穣治は友人の言葉を聞き流し、通話画面を切ろうとするが友人がそれをさせてくれない。
「俺達親友だろ! なっ? なっ?」
「その言葉ってホント心無いよな」
「それはそうと置いといてだな、俺がクリオネ飼ってるのは知ってるだろ?」
穣治は眠気と闘いながら答える。
「ん……あぁ、飼ってたな」
「それが人化したんだよ!」
友人の《人化》と言う言葉に目を見開いた。眠気が完全に吹っ飛んだ。
「人化だと!? お、お前もか!?」
穣治の反応に友人も大声を出す。
「お前もって事は……お前の羊もか!?」
「ナンテコッタイ」
「パンナコッタイ」
二人は後日改めて話合う事にして、水曜日に会う約束をした。穣治が電話を切るとメリノが首をひねりながら問いかけてきた。
「誰とお電話していたんですか?」
穣治はそれ程真面目な話では無いと思い軽い感じで答える。
「俺の旧友だよ。この家を貸してくれてる奴だよ」
「そうなんですか。盗み聞きしたつもりは無いのですが、人化って聞いたのですが……」
メリノはソワソワしながら聞いてくる。別に隠す訳でもないし、友人とは会うことになるので穣治は話した。
「あぁ、ソイツの飼ってる奴も人化たんだってさ。だから明々後日に会う約束したんで、水曜日になれば会えるよ」
そう答えるとメリノの顔に笑顔が灯った。
「やったぁ!」
メリノが喜ぶ姿をみると不思議と穣治の心は癒された。
「よかったな、友達が出来るぞ」
「うん!」
メリノが喜んでいるのを見ながら穣治は眉間に皺を寄せた。
「友達……か」
俯く穣治をメリノは心配そうに見上げる。
「どうか…したんですか?」
穣治は首を振ると笑顔を見せる。
「大丈夫だ、問題ない」
メリノとしばらく下らない話をなているといつの間にかに四時を過ぎていた。そして、四時半を過ぎた頃に羊子が目を覚ました。
穣治はテレビをつけ、適当にチャンネルを回す。時間としてはまだ某国民的アニメも始まる時間ではないし、某大喜利番組も始まる時間ではない。良く分からない政治の話や犯罪、事故の情報ばかり流すニュースしかやってない。どこも同じような事しかしてない、と思いながら回し続ける。その時穣治はふとチャンネルを回すのを止めた。
テレビに映っていたのは世間では可愛いと言うだろう女の子達が最近のファッションの流行の話をしていた。テレビの中の女の子は「今年の流行は〜」と言いながら淡いピンク色のスカートを持ちながらカメラに向ける。ファッションに興味のない穣治は「訳わかんねぇ」と呟き回そうとすると突然背中に突進攻撃を喰らう。勿論仕掛けてきたのは羊子だ。
「ってえ! 何だよ羊子!」
「チャンネル、回すな。見てる」
羊子がテレビに齧り付くように見ているのを見て穣治はふと思う。「羊子やメリノは一人の女の子になったんだ」、そう思うと口が自然と動いていた。
「明日、天気が良かったら服買いに行くか?」
そう言うとメリノと羊子の目は輝き出した。
「嘘、良くない。約束…絶対!」
羊子は穣治の手を取ると自分の小指と穣治の小指を絡ませる。
「指切りゲンマン、嘘ついたら針千本飲まされるだけで赦されると思うなよ?」
羊子は穣治に念を押すように言う。
「こ、怖いです」
穣治は苦笑いをしながら約束を交わす。その後ろで小さな声でモゴモゴしながらメリノが呟く。
「えと…あの…わ、私も…」
それに気付いた穣治は小指を差し出した。
「ゲンマンしとくか?」
そう言うとメリノは頬を赤らめながら自分の小指を絡ませる。
「はい!」
「指切りゲンマン、嘘ついたら針…いえ、アナタのお命を頂戴しますフフフ……」
「随分ストレートな表現ですこと…」
自分よりも幼い容姿の女の子二人に脅迫された穣治は心の中で思う。「忘れないようにどっかにメモっとこ…」と。
その後、穣治はメリノと羊子にテレビを占拠され某国民的アニメが始まる時間までファッションについてのどうでもいいニュースを見せられ続けたのだった。
穣治達の夕飯は随分質素だった。焼き魚とサラダと白米のみ。強いて言うならばメリノと羊子には穣治の作ったプリンがデザートにあった。別に冷蔵庫に何も無くて、メリノ達が人間になって初めての夕飯がコレだけなのが余りにも可哀想に思ったという訳ではない。そう、何となく作ったのだ。そう言う事にして下さい。
穣治が夕飯の片付けをしていると、羊子と共にテレビを見ていたはずのメリノが隣りにいた。
「どうしたメリノ?」
「私も…お手伝いします!」
お願いします、と頭を下げるメリノを見て穣治は微笑んだ。
「気にすんなよ。動物だった時から俺達は家族だろ?」
そう言って濡れた両手をタオルで拭いてから、メリノの髪を優しく撫で「な?」ともう一度笑う。
「で、でも……お世話になってばかりだし……わ、私だって何かしてあげたいんですう!」
そう大声を出すメリノの目には涙が溜まっていた。
「ま、待て!? 何故泣く!?」
目に涙を浮かべるメリノを見て慌てる穣治を冷ややかな眼差しを送る羊子。
「ぅ……うぅ…」
「な、泣くなよ!」
「ナーカシターナーカシター」
「羊子サンナニィミテルンディス!?」
三人はその場を全く動かない。まるで蛇(ヘビ)・蛙(カエル)・蛞蝓(ナメクジ)の三竦みや!
その後、穣治はやっとの事でメリノを泣きやますと皿洗いのお手伝いをさせたのだった。本来だったら十分も掛からない作業を終えるのに五十分も掛かってしまった。
しかし、そんな事を口が裂けても言えない。言ったら最後、メリノのあの涙目と羊子の冷ややかな眼差しを受ける事になるのだから。
そして、メリノ達の人間になって初めての夜が訪れるのだった。
夜に何があったのかはまた、別のお話──。
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