幽寂閑雅な日々
蓮根画伯
「幽寂閑雅な出会い」
時は静かに移ろっていく。静かに太陽は昇り、静かに沈んでいく。気付かぬうちに事は起こり過ぎていく。
そんな毎日、それが俺の日常なんだ──
──っと思っていた時期が俺にもありました。
俺─牧江 穣治(ぼくえ じょうじ) 二十三歳 通称ジョージはソファーの上で窓から外を眺めていた。都会と言うには質素だし、田舎というには程遠い曖昧な空には羊雲が浮かんでいる。その雲はジョージにとっては不愉快だった。
ジョージの家系は代々から牧場を営んでおり、勿論ジョージも牧場を継ぐはずだったが、それから逃げ出したのだ。
実家の牧場から家出してまだ二週間。それなのにもう何年も暮らしている気がしてしまう。
ジョージはパジャマを脱ぎ捨てると、押入れに閉まっていたボロっちい濃い緑色の作業服を身に付ける。そして白いタオルを頭に巻いた。
「…うし」
ジョージは小さく声をかけると、ベランダの窓を開けた。するとそこには二頭の白いモコモコした毛を持つ動物がジョージを出迎えた。
「メェェ〜」
「メエェ〜」
勿論声の主は羊だ。
この羊達はジョージが家出をした時に牧場を脱走したのだ。それを見つけたジョージは家に戻るに戻れず仕方なく連れてきたのだ。
ジョージが今暮らしている家は友人の親戚の家で、その友人曰く「親戚が世界一周旅行で多分帰って来ない」らしい。
ジョージが空を眺めてると二頭のうちの小さい羊がお腹を空かせて苛立ったのか彼をどついた。
「あー、わかったわかった朝ご飯なーったく…だから羊子ってばどつくな!」
ジョージは寝癖で爆発している頭をバリバリ掻きむしりながら干し草を取りに行った。
朝の秋の空気は肌寒くジョージは思わず身体を震わせた。「そう言えば今日は日曜日だ、はやくベッドに戻りたい…」とふと思いジョージはかなり小柄の干し草の束を両手で押しながら羊達の元へ向かった。
ジョージは戻って来るや否や目を点にして立ち尽くした。
「……は?」
ジョージの前に居るのは二頭の羊では無く、人間の姿をした二人の女の子だった。一人は豊かな胸に大人びた雰囲気を放つ綺麗な緑眼に白髪の少女。もう一人は小柄で少し幼い体型をし、髪の色は少し灰色がかっている少女。
「おはようございます、ジョージさん」
と、大人びた少女が微笑みながら言う。それに続いて小柄な少女が会釈する。
「……そうか…俺は疲れてるんだな…」
ジョージは一人で頷いた。現状など何一つ理解はしていないが、取り敢えず頷いておいた。だが、素っ裸の少女達を放置するのも気が引けたので、ジョージは少女達を家に上げ、お古の作業服を羽織らせた。
リビングの地ベタに座る二人をジョージは静かに見つめる。
さて、困りました。一体どちら様でしょうか? 取り敢えず名前を聞いてみましょう。
「え、えと……君たち…名前は?」
すると大人びた少女がまず口を開いた。
「君たちって…私メリノですよ?」
忘れたんですか? と続ける。
ジョージの思考は一旦停止する。その数秒後に再起動し始める。
「って事は……そっちは…羊子?」
ジョージは小柄な少女を指さしながら聞くと静かに頷いた。部屋に沈黙が流れた。それに対しジョージの脳内は─
(ウソダドンドコドーン!! ナズェミデルンディス!! オレハツカレテボドボドダ!!)
……騒がしかった。
ジョージは取り敢えず寝る事にした。そうだ、俺の身体はボロボロなんだ。きっとそうだ。こんな漫画みたいな展開あるわけ無い。
「あの……ジョージさん?」
メリノと名乗る少女は布団にくるまるジョージの肩を優しく叩いた。
「……」
「私はいいので、羊子にご飯、上げてもらってもいいですか?」
「ちょっと待ってくれ」
ジョージは布団を投げ捨てると、台所へと向かった。野菜室を見ると半分に切ったキャベツがあった。
その時ふと思う。
(あれ? コイツらには何食わせればいいんだ? 元が本当に羊だとしたら干し草でいいのか? いや、でも見た目は完全に人だし普通に……)
キャベツを手にしたままジョージの思考が加速する。
(人だとしても消化器官とかも同じとは…いやでも、いやしかし………)
思考の果て辿りついた答えは至ってシンプルかつ的確だった。ジョージはポケットからスマホを取り出した。皆さんお分かり頂けただろうか? そう、あの先生です。
「OK Googoole!」
─調べた結果、少女達は「人化」と言う突然変異で人の姿になってしまったようだ。人化の発生は極希で原因も分かってはいない。そして、恐ろしいのが人間と同じ器官へと進化し、知能の人間と同じになると言うのだ。ただ、元の動物の面影は必ず残るらしいのだ。
「つまり、普通に人と同じ食べ物でいいのか」
そう言うとジョージはキャベツの簡単なサラダを作り、皿盛り付けられたサラダとハシをメリノと羊子の二人の前に出した。
「…ほら」
羊子は軽く会釈をすると素手で食べ始める。それを見てメリノは注意する。
「ダメよ羊子。ちゃんとハシ使わないと」
そう言ってメリノは羊子にハシを握らせ、片手で丁寧に教える。
「メリノ、私握った事無い」
「ここをね、こうしてこうするのよ」
「成程……把握した」
それを見てジョージはメリノに問いかけた。
「えっと、メリノさん?」
「メリノの大丈夫です。えっと、何ですかジョージさん?」
「ハシの持ち方ってどこで……」
「いつもジョージさんがハシを持ってるの見てましたから、それで何となくですよ」
「へ、へぇ……」
確かに思い返せばメリノは良くベランダの窓から家の中や俺を見ていたかも知れない。そう思っていると、メリノの手が動いていない事に気が付いた。
「メリノは食べないのか?」
そう言うと、メリノは小さく笑いながら答えた。
「私って、ケガ……してるじゃないですか? だから少し不自由で…」
そう言いながらメリノは怪我をした右手を持ち上げながら小さく笑った。そうだ、彼女は牧場を脱走した際にケガをしてしまったのだ。それを思い出しジョージはメリノの為に置いたハシを取り、サラダを掴んだ。
「食べさせてやるから口開けろ」
「え、でも……」
「いいから、はよはよ」
「え、で…でも…」
メリノはサラダを食べさせようとするジョージを頑なに拒む。
「何で拒むんだよ!」
ジョージが少し声を荒らげるとメリノは頬を赤く染めながら言う。
「は……恥ずかしくて……す、スミマセン」
「……あー、何かスマン」
結局ジョージに食べさせて貰うメリノであったのだった。
「どうだー? うまいかー?」
「あっはい! 美味しいです!」
「ジー ……メリノ、食べさせて貰ってる……」
「ナニィミテルンディス!!」
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