第2話エルフとの邂逅
少年は街に戻っていた。特別大きくもなく小さくもない平凡な街。数年前から、ここが少年の拠点となっていた。魔の森は、街と街の間に存在する。数十キロにも及ぶ巨大な森。いくら拓けども、霧と共に伐採した木が元通りになる。しかも魔物や精霊も多く、滅多なことでは近づけないのだ。おのずと街の人々は森を解明する事を諦めた。
そこで道案内する人が現れた。護衛を兼ねた道案内という仕事はとても儲かるのだ。ただ、死のリスクも高かった。
そして少年は、近々街を出ようと考えていた。金も貯まっていた。少年は、誰かに必要とされたかった。しかし、どうも切っ掛けを掴むことができず、だらだらと惰性の毎日を過ごしてしまうのだ。
少年は一日だけ体を休め、魔の森に入る。この呪われた森は魔力が豊富なため、薬草や水でさえも高く取引されるのだ。少年にとっては夜や深い場所でない限り、森は庭のようなものだった。
少年はお弁当を持って、ピクニック気分で森を歩いている。木の実を採ったり、水を汲んで、帰ろうかと思い始めた。
空間が捻れていくのを感じたのだ。少年は気が付いたときには、随分と深くまで踏み込んでしまっていた。そんなとき、誰かの悲鳴が響く。
少年は走り出した。穏やかな森の雰囲気は、数メートル先で全く違うものとなっていた。魔の領域だ。少年が走るそこは、小動物の気配が一切なくなり、言葉にできぬ圧迫した空気が漂っている。プロの冒険者でも命を落とす危険な区域だ。
風の流れがなくなり、いたるところで目という目が、獲物の品定めをしている。無力な人が踏み込めば、魔物にとっては皿に盛られたディナーでしかない。
さて。誰が悲鳴をあげたものか。
少年が駆けつけて見れば、少女が熊の魔物に襲われていた。しろくまくんという熊の魔物の中でも飛び抜けた力をもった魔物だ。真っ白の体躯は、膨大な魔力による影響だ。そんなしろくまくんが二本足立ち上がり、まさに少女を襲おうとしていた。もはや壁と言える巨体さ。
「絶技! ふん!」
技名を唱える余裕もなく、熊の魔物に飛び込んでいた。
懐に入り込み、二撃、三撃と打ち込んだ。しかし熊の魔物は倒れない。少年もわかっているのだ。魔力の影響もあって、心臓を潰したところで即死に至らないのだ。
「おおお!」
少年は力まかせに熊の魔物を吹き飛ばした。
少年は熊の魔物の様子を見ることなく、慌てたように近くに転がっていた少女を抱えて走り出した。しかも、少年はなかなか少女を下ろそうとしない。そのまま十分以上も走り続けるのだ。
「あの、そろそろおろして。おろして」と走る少年の背中で少女が言う。
「くそっ! バカなのか君は! さっきから君の血の匂いで魔物がついてきてる! 降ろす余裕があると思ってんのか! 逃げるのが一番だ! それとも捨てられたいか!」
少年は魔術を、前に向けて数発放つ。少年が走り抜けた後で、遅れて魔物が落ちてくるのだ。
「魔法?」
「黙ってろ! 魔の領域から出たいんだ!」
少年が走り続け、ようやく少女をおろした。
「出血は止まってるけど、治療をとりあえずするから。ここなら魔物はでない」
少年は少女おろしたかと思うと、靴を無理矢理脱がせて治療を始めた。少女は戸惑ったかのように「あの、あの」というが、少年は慌てているのか「血の匂いで魔物に追いかけられたくないんだよ」と怒鳴るのだ。少年は少女にローブを投げつけて、魔法で治療をし始めるのだ。
「この魔法のローブは気配を消してくれる。黙って被っているんだ!」
数時間後。
「ふう。終わった。骨まで達していたよ」
辺りは暗くなってしまっており、完全に夜となっていた。少年はこのまま森で過ごすこととなってしまっていた。少年は火を起こし、鍋で湯を沸かしていた。
「有り難うございます」少女は、ようやく喋れるのだと感じた。
「ま。無事で良かった。怒鳴ってごめんね。僕も怖かったんだ。精霊を怒らせないで良かった。明日、街まで送るよ」
少年が優しく声をかけるが、少女はあろうことか、送り届けるという少年の提案を酷く拒んだ。
「駄目だよ。この森は変な空間で、こうしている今でも、位置と方向が変わり続けているんだ」
それでも少年の言うことを少女は聞こうとしなかった。言い合う二人だが、少女のお腹の音が二人の会話を遮った。少年は、また朝に説得しようかと考えを切り替えるのだ。取り敢えずお腹を満たさなければ、余裕をもった会話もできぬのである。
「この熟していない木の実は、デンプンの塊で、調理するとお芋を煮詰めた食感になる。それでこの毒消しの草。やくみでいい感じにっと。砂糖と塩で味を整えて、はい。ごちゃ混ぜスープ召し上がれ」
「美味しい! すごく美味しい!」
「それは良かった。水にしろ売り物だったからね」
甘く、一切不愉快を感じさせない味。温かく、喉を通り、胃に落ちるのと同時に体の芯から温まる錯覚に陥った。一口飲み込む度に満たされ、少女はそれにとりこにされるのだ。こんなにも美味しいなんて、と。
「何だってこの森に?」少年が尋ねれば、少女はちょうちょ追いかけて猪に追いかけられて霧に突っ込んで数メートルの崖から落ちて里に帰れなくなったのだと言う。
「この森の周辺は、それなりに発展した街しか無いけども? 里?」
少年は、少女を送ろうと思っていても、場所の検討がつかずにいた。
「君の家は、へくしゃい!」
少年は、くしゃみをした。
「風邪ですか?」
少女はそこで手を出して酷く驚いていた。想像以上に空気が冷たいのだ。
「この魔の森は、いたるところが個々の別世界なんだ。気温も、魔物も、動植物も環境が違う。因みにそのローブ、魔法が掛かってるんだ。気配を消してくれるだけでなく温度を一定に保つ魔法。金貨数枚に匹敵する高価な代物さ」
「そんな大切なものを私は着ていたなんて! これは私ではなく、貴方が着るべきです」そういって少女は脱ごうとフードを取った。
しかしその瞬間、フードを取った少女の顔を見て少年は目を見開いて固まった。息をのみ、ぼそりと言葉を発する。
「き、君は、エルフ?」
そう呟いたかと思えば、少年はかたわらにおいていたナイフを引っ付かんで一瞬で距離を大きく取った。鞘が入ったまま、ナイフを少女に向けて構える。
少女はあまりの少年の速さに訳がわからなかったが、状況を理解すると同時に慌てて自分の耳をおさえた。そこには、少女の金髪からぴょこりと飛び出した長耳があったのだ。
少年は、魔物から逃げるのに必死で、一切気が付いていなかったのだ。しかも貸し与えたローブのフードもあって見えていなかった。
対峙する少年は、意味がわかっていなかった。なぜこんなところにエルフがいるのか、と。ありえないありえない、考えろ考えろと自身に言い聞かす。しかし、考えれば考えるほどに嫌な答えに行き着く。
長らく閉ざされた未開の森。呪われた魔の森と言われる割には一部澄んで満ちた魔力。見慣れぬ服装の少女。里と発言している。奴隷としても身なりは普通だし、富んだ生活を送っているようにも見えない。考えれば考えるほどに繋がってしまう嫌な考え。
森がエルフの隠れ里。
「お前は一人か?」凄んだ、威圧のある声が少年から放たれていた。
睨まれる少女。
違う、貴方と私で二人ではないのか。少女はそう言いたかった。これでは、まるで私達が互いに敵であるようではないか。先程までおしゃべりしていたではないか。美味しいご飯も作ってくれて、怪我も治療してくれた。何故こうも人柄が変わるのか。きっと気のせいだ。少女は願いをこめて首を横に振った。
「そうか」
少年は近づいたかと思えば、十字をきった。魔法の予備動作。魔力が集まる。
エルフの少女は立ち上がる事もできず、「ひゃああ」と情けない声をあげて腰を抜かすのだ。
「は?」
何がしたいんだと言いたげな冷たい少年の声。少女はそこで、少年が周囲の結界を消したのだという事を理解した。先程の魔術は攻撃でも何でも無かったのだ。少年はそんな少女に構わず、鍋や食器を鞄につめるなど道具を片付けるのだ。
「僕らは出会っていない。そういうことだ。ここでの害獣は猪だ。火を絶やさなければ近付かない。僕は行く。何も見てないし何にもあっていな」
帰る準備をし始めていたが、少年は動きを止めた。片付け中の鍋を取り落とし、怯えたように辺りを見回し始めるのだ。
瞬間。鞄から全てを投げ出し、逃げるように走り出した。
「待って! 私を一人にしないで!」
熊の魔物でさえも倒す少年が恐れている。それを察して少女はたまらずに叫んでいた。
一気に大勢の人影が現れた。総勢七名。少女の知る人物、エルフたちだった。
どういう訳か、エルフどもは少年を追いかけ始めるのだ。矢もいくつも射っている。
少年は逃げ回っている。少年とエルフはすぐに見えなくなってしまった。
少年は逃げる。しかし、振り切れない。それを察して、闘うことにした。エルフを前に降参などするわけがない。それは少年にとっては死であるのだ。
「矢では止められる。足止めにもごお!」
少年が不意打ちぎみに飛び掛かり、二人のエルフを戦闘不能にした。反応した一人のエルフが切りかかるが、少年は果物ナイフで受け止める。
「てんけつ、あけつ」
少年は直ぐ様飛び退いた。
「ひゅお、おお、あがああ」エルフがうめいた。
「な? どうした? 言葉が」
「呪いの使い手だ! 近付かずに仕留めろ!」
広範囲の魔術をエルフの一人が放つが、少年はたちまちそれを無効化するのである。エルフにとっては未知の技だ。よりいっそうエルフ達は容赦なく襲いかかる。
少年に対し、武装した七人のエルフ。一方で少年は果物ナイフを振り回すだけ。それだけに少年の必死さがわかるのだった。だからと言って、エルフも見逃すつもりもないのである。まるで狩りをしているかのように一方的な光景。
だが不思議なことに、一人、また一人、とエルフは戦闘不能になっていくのだ。気が付けば、エルフと少年の立場は逆転していた
今しがた、少年が全員の手足をへし折った。それでもなお、もがくエルフ。
少年は、エルフのこういう部分が気持ち悪くて仕方がなかった。何故ここまでしてでも追いかけてくるのか。諦めれば良いものを。
一方でエルフ達は後悔した。一人に対して、執拗に追いかけた。そのざまがこれだ。眠れる獅子を起こしたのだ。ここまで来て殺さぬ訳がない。エルフたちはこう考えている。故に、逃げようともがいていたのだ。ついでに命乞いもしていたが、どうも声も出せずにいた。少年には、それもまた、魔術の詠唱をしているように映るのだ。
少年は、一人一人意識を刈り取って、そして少年はとどめもささずにその場を離れたのであった。
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