ビター・ショート・ショート

@karnel81

外国のお茶

離婚した妻からお土産が届いた。彼女は海外旅行が趣味だったからまたどこぞの国へと行っていたのだろう。その箱にはターバンを被った妙に陽気なおっさんが描かれている。そいつから吹き出しが伸びて何やら台詞を言っているらしいのだが、何と言っているのやら、何語かすらわからない。

 「またおかしなものを……」

 そう言いいながら箱を開けると、中には同じイラストの描かれた缶が入っていた。上蓋をひねって開けると嗅いだことのない異国の匂いが鼻腔を刺激した。見た感じ、どうやらお茶っ葉のようだ。

 「あんまり美味しそうじゃないな」

 せっかく送ってくれたものだから悪くは言いたくないのだが、こういう奇をてらったお土産が「当たり」だった試しがない。どうせ一回飲んでみて「何回も飲むもんじゃないな」という結論に落ち着くに決まっているのだ。余ったものが、再び私の口に入るっことはないだろう。せいぜい、庭の花壇の肥料として使われるくらいだ。わざわざ淹れるのもめんどくさいし、そもそも正しい淹れ方もわからない、味も全く想像がつかないし……

 その時、私の頭に電流が走った。このしょうもないお土産の、素晴らしい活用法を閃いたのだ。

 「味も匂いも想像できない、外国のお茶か……」

 そう呟いた私の顔は、きっと大鍋に入った秘薬をかき混ぜる魔女のようであったに違いない。このお茶は、毒薬を仕込むのにピッタリだろう。

 私には今、新しい妻がいる。そもそも前妻と別れたのはこの女との浮気が原因だった。離婚する前は、この女が素晴らしく魅力的に見えたのだが、もはや当時の情熱の炎は完全に鎮火していた。ぶくぶくと太って、その姿は日に日に豚に近づいて行っているし、口を開けば小言と金の話しかしない。はっきり言って、前妻の方が10倍はマシだった、ああ、彼女の笑顔のなんと眩しかったことか!

 しかし、もう一度離婚するという選択肢が私には取れなかった。世間体もあるが、ネックとなっているのはやはり慰謝料である。以前の離婚で財産分与をして慰謝料を払い、今回またそれを繰り返すとなるといよいよシリアス・プロブレムだ。この家も手放してしまうことになるだろう。

 そんなことができるものか……!この家は私の血の滲むような労働の成果なのだ!前妻に支えられながら、朝から晩まで年がら年中働いたからこそ、ここにあるのだ!それをあの醜い豚のために手放すなんて考えられるわけがない!あいつを殺して、前妻とやり直そう、もう一度、初めから。

 そこで、私はあの豚を自殺に見せかけて毒殺することに決めたのだ。そのための毒はもう用意してある。せめてもの情けで、楽に死ねると評判のやつだ。試したことはないので、本当かどうかは知らないが。これを紅茶などに混ぜたら、あの鋭い女のことだ、味がおかしいだとか匂いが変だとか気づかれるかもしれない。そこであのお土産の出番なのだ、もともとの味からして想像もできないようなものなら、薬を混ぜたことも気づかれることはあるまい。

 「よし、善は急げだ。今夜やってしまおう」

 そう言って例のお土産に目を向けると、缶に描かれた陽気なおっさんが、私に「幸運を祈る」と笑いかけているように見えた。

 その日の夜、私は二つのティーカップをリビングに用意した。その中に入った例のお茶が、怪しげな香りを醸し出している。そのうちの一つに、まるで砂糖のように例の薬を加えてやり、ティースプーンで丁寧にかき混ぜる。そして、薬の入っていない方を手にとって席に着き大声で叫んだ。

 「お茶が入ったぞ、一緒にどうだ!」

 返事はなかったが、遠くで扉の開く音が聞こえた。続いて、小さく床の軋む音が、少しづつこちらへ近づいてくる。そしてリビングの扉が開き、あの女がヌッと顔を出した。

 「今、忙しいところだったのに」

 そう言ってはいるが、その顔はわずかに綻んでいる。こいつは紅茶には目がないのだ。しかし、部屋に入るとすぐに匂いが紅茶のそれではないことに気がついたようだ、その顔はすぐにいつもの憎たらしい、仏頂面へと戻ってしまった。

 「なあに?この変な匂い、病気の紅茶みたいな匂いね」

 憎たらしい声だ、今すぐにこのお茶を顔面へと浴びせかけたい衝動に駆られたが、グッとこらえた。

 「友達から送られてきたんだ、ルクセンブルクからのお土産だって」

 前妻からのお土産だと正直に言えば、こいつは飲んでくれないだろう。ルクセンブルクというのも全くのデタラメで、ヨーロッパの小国の名前を出したら、いくらか興味が引けるだろうと考えてのことだ。しばらく沈黙が流れた、彼女はティーカップを怪訝そうに眺めている。……まさか薬を混ぜたことがバレてしまっただろうか?いやしかし、まさか匂いだけでバレるなんてことが……

 「まあいいわ、せっかくだし」

 彼女はそう言うとティーカップ取り、立ったままごくごくと飲み干した。お茶はわざと、ぬるめに淹れておいたのだ。 

 「変な味……ちょっと、なにすっとぼけた顔してんのよ」

 あまりにもあっさりと上手くいき、拍子抜けしている私の顔を見て彼女が言った。私はハッと我に返って平静を装った。

 万が一、薬の効き目がなかった時のために、一切何事も悟られるわけにはいかない。

 「いや、外国のお茶だからね、そりゃあ変わった味だよ」

 そんな適当なことを言って自分もお茶を口に含もうとした時、ティーカップの割れる音が鳴り響いた。テーブルの足下には無残に砕け散ったカップの破片が散乱している。彼女の方を見ると顔面を真っ青にして苦しそうに喉を押さえている。

 「おい、大丈夫か?」

 まだ安心はできない、私はさも「君のことが心配だ」とでも言いたげな様子で立ち上がり、彼女の方へと近づいていった。そのうち彼女は床に倒れ、ガリガリと首を掻き毟り始めた。

 「おい大丈夫か!今、救急車を呼ぶからな!!」

 私は満面の笑みで、床を転げる彼女を見下ろしながらそう叫んだ。……大げさなやつだ、この毒はそんなに苦しみながら死ぬものではないはずなのに。もはや、笑いを抑えることはしない、私の笑い声が部屋じゅうに響き渡った。今際の際に彼女も悟ったのだろう、凄まじい形相で私を睨みつけながら彼女は絶命した。

 部屋が急に静かになった。時計の秒針の音だけが私の耳に規則正しく入り込んでくる。私はようやくやり遂げたのだ。これでやっと自由になれる、本当の妻ともう一度やり直せるのだ。

 警察は私を疑うだろうか、いや、疑われても問題ない。これは自殺なのだ、偽装してみせよう!完璧に!

 晴れ晴れとした気分で私はテーブルに座りなおし、彼女の送ってくれたお茶を口に含んだ。そして、思わず吹き出しそうになった。これは、確かに妙な味である。

 「ひどい味だな、こりゃ」

 顔をしかめながら思わずそう呟いた。こっちにはおかしな薬なんて入っていないのに、この味である。

 「でもまあ、せっかく彼女が送ってくれたものだ」

 そう言って二口目を口に含む。……そうだ、彼女は離婚した後もこまめにお土産やら手紙やらを送ってきてくれる。彼女も、きっと私とやり直したいのだ。

 「土下座して謝ろう、あの浮気は、つい魔がさしたんだ」

 そう言ってカップの中身をグイッと飲み干した。……味も匂いも想像できない外国のお茶、不意にそのフレーズが頭をよぎった。毒を仕込むには、ピッタリである。なんだか息が苦しくなってきた、これは罪悪感のせいだろうか、それとも……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ビター・ショート・ショート @karnel81

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る