第3話 駆け落ち

恵子は小さな頃より苦労をしたことがない。

母はアメリカ人で、陽気で明るい。

何事も「ノープロブレム」が口癖。

考えるより行動あるのみ。

「若いうちは、何事も経験よ!怖がっていないで飛び込んでみる事を勧めるわ。私も、貴方のパパと恋に落ちたのが18歳。貴方を産んだのが20歳よ。後悔なんてしてないもの。」

いつも豪快に笑って、周りは冷や冷やしているのを意に関しない。

そんな母クリスティのことが大好きだった。

白百合学園では、理事長の娘として期待と憧れを一身に受け窮屈だった。

家庭教師の宅間信吾がそんな彼女に自由を与えてくれた。

聞くもの、見るものがとても輝いて見えた。

窮屈さに痺れをきたしていた恵子は、ある日行動を起こす。

高校を卒業したその日、宅間の許へ飛び出したのだ。

貯金はかなりの金額を持っていた。

祖父がくれた孫へのお小遣いをずっと貯めていたのだ。


信吾と恵子は手に手をとって、絵に描いたような駆け落ちをした。

しかし、幸せは長くはもたなかった。

恵子が子供を身ごもり、母親の顔になると信吾の態度が変わった。

駆け落ちした時に親を捨てる覚悟を決めた。

男に捨てられたからと言って、家には戻れない。

名門の家名に泥を塗った形の自分を許してもらえない。

恵子は一人で子供を育てる決心をしたのだ。


宅間恵子として生きていく。

百合崎恵子は死んだ。

子供の名は、8月生まれの「葉月」

「生まれてきてくれたのにパパに会わせる事もできなくて、ごめんね。」

子供が生まれた時に、気丈な恵子も泣いた。

子供を育てるのは大変だ。

身をもって知る親の苦労。

ましてや、母子家庭。

子供にも苦労をかける。

この時、恵子は20歳。

幸い、恵子はハーフの顔とスタイル。

生まれもっての品が備わって、夜のお仕事ならかなりの金額を稼げた。

夜働けるのは、女の特権。

昼間が自由で、効率が良い。


夜の仕事をしていると、自分の育った環境がいかに恵まれていたのかが分かる。

そして、男と女の駆け引きも。

純粋培養された、良家の子息・子女がそれぞれ親の思惑も兼ねて政略結婚するのも、いまなら分かる気がする。

貧乏人には届かない世界があるのだ。

その枠から外れてしまった感を痛切に感じている。

娘の葉月には幸せになって欲しいと思う。

だから、恵子は葉月を小さなうちから厳しく育てた。

物の考え方・物腰・マナー等。

かつて逃げ出した自分を反面教師に。

そして、自分が駆け落ちして実家を勘当になったことを話して聞かせた。

何かあった時は、実家を頼るように・・と。

月日は刻々と過ぎていく。

世間の水は容赦なく恵子を押し流していった。

気丈な恵子も、いつしか男に弱い女に変わる。

すがり付きたい。

一人ではなく、頼れる男に出会いたい。

高卒で社会に飛び出すには、人生経験が浅かった。

転がり落ちるには十分な時間が経った。


葉月14歳。恵子34歳。

葉月は目端が涼やかで、利発そうな子供に育っていた。

母親思いで、誰の目から見ても綺麗な子。

学校では、常に学年一。

大人しく、内に真の強さを持っていた。

彼女の旅立ちの時が来た!









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