第2話

「お前は誰だ?」

自分の首をとろうと思えばとれた美女に男は聞いた。剣にかけた手はすでに空しいが、下ろすわけにもいかない。

「人に名前を尋ねるときは、まず?」

女は笑って言った。男はやっとその女の美貌から服装に目を向けた。メイド服。しかもかなり繊細に作りこまれ、生地も超一級品だ。場違いにも程がある格好である。片手に持っている武器とも宗教用具ともいえない奇妙なものを除けば、どこかの大貴族の屋敷で働く下女といった感じだろうか。いや、これだけの美貌なら主人の愛人になれるだろう。彼女が望めば血統にうるさい貴族でも養子だなんだと体裁を整えて正妻にするかもしれない。

「俺はローズブドゥだ」

「変な名前っすね。私はルプスレギナ」

お前も変だろう。ローズブドゥはそう言いたかったが、相手の目的がわからないため軽口は聞けない。

「さっきの声はお前か?」

「そうっすよ。物を投げるときはちゃんと周りを見ないと。あー、痛かった」

先ほどまで平気そうだったのに急におでこを押さえるルプスレギナ。

「不可視化か?」

ローズブドゥは確認する。

「ん?何のことっすか?それよりお兄さんは旅人っすか?それとも野盗の斥候?実は身分を隠して旅する王子?実は実は異世界から来た男とか?」

ルプスレギナは相手の質問など無視して喋りまくる。こういうタイプはペースにはまったら負けだとローズブドゥは知っている。

「旅の者だ。蹄鉄が直ったら出て行く」

「ほほう、蹄鉄が壊れたっすか。んで、壊れた振りをして実はこの村を偵察してると?」

「まあ、村の連中はそれを疑ってるだろうな」

男は村人からそう疑われていることに気付いている。自分が村人でもそうするからだ。

「村人から信用を得て、油断しきったところで門を壊して仲間達を入れるなんてよくある話だ」

「それで金目のものを全部頂いて、女も誘拐するんすね。いやー、ルプーちゃん陵辱されちゃうっすかー。そのあとは娼館に売り飛ばされちゃうんすねー。お給料はいかほど?」

ルプスレギナは自分の体を抱きしめてイヤイヤと体を振る。普通の男なら口説く前に押し倒したくなる光景だ。こんな女が娼館にいたら街の女は全員嫁の貰い手がいなくなるだろううとローズブドゥは思った。

「育ちが良いな」

「ん?」

「娼館って呼び方はそこらの奴はしない。普通は女衒屋か淫売宿って言うんだよ。おっと、汚い言葉を使って悪いな」

ローズブドゥは詫びた。会話の内容に比べて言葉遣いや振る舞いに品があり、演技なのだろうと判断する。素性は全くわからないが、本当にどこかの屋敷に仕えているのかもしれない。

「すぐ出て行くよ」

「えー、村を蹂躙しないんすかー?」

ルプスレギナは残念そうな顔をした。どこまでが演技か本当に読めないなとローズブドゥは思った。ちらりと馬小屋のほうを見る。

「それより、この村は何かあったのか?答えなくてもいいが。村人の警戒心がやけに高い。最近、どこかに襲われたのか?」

「まあ、そんなことがあったような、なかったような」

「どっちだよ。まあ、警戒するのはいいことだ。お前も気をつけろ。魔術ができるのはわかるが、どんな強い奴も一発の不意打ちでただの死体だ」

ローズブドゥはある戦士の格言を引用した。

「私は大丈夫っすよ」

ルプスレギナは笑って言う。その時、馬小屋の方から嘶きがした。ローズブドゥが不穏な顔でそちらを向き、ルプスレギナもつられた。

「……いや、音や気配はしないんで単に馬が不機嫌なだけじゃないっすか?」

ルプスレギナはそう言ってローズブドゥの方へ向き直る。そこにローズブドゥはいなかった。

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