魔法剣士が見た赤髪メイドの夢
M.M.M
第1話
「すまないが皮袋を売ってくれないか?それと水も」
カルネ村を訪れた男は馬から下りて村人に話しかけた。水を入れた皮袋に穴が開いてしまったのだ。そろそろ新しいのを買おうかと思っていたが先延ばしにしていたツケが回ってきた。馬から下りて視線を合わせる礼儀正しさに村人は少しだけ良い印象を持ったようだ。しかし、その目にはまだよそ者への警戒心が消えず、男の腰にある剣をちらちらと見ている。周囲の村人も同様だ。
何かあったな。男は直感した。素性も知れない余所者を歓迎しないのは当たり前のことだが、この村はほかよりずっとその気配が強い。野盗などに襲われた所はこういう空気の重さがある。
「まずいか?自分のが駄目になっちまったんだ」
男は自分の皮袋を見せて笑顔を作ってみる。(第一印象は大事だが、こういう才能はないんだよな)。交渉の得意な商人ならこういう時に効果的な言葉や仕草を出せるのだろうが、剣士である彼にはそういった能力はない。
「金ならある。さすがに銀貨を出せとは言わないでくれよ?」
男はそう言って金の入ってる袋をジャラリと鳴らす。これは普通の旅人なら決してしない危険な行為だ。そこらの村人が裕福そうな旅人を襲うことは珍しくない。貧乏貴族でさえ自分の領土に入ってきた人間をこっそり殺して死体を埋めてしまう例がある。男がそれをするのは強さに自信がある事と本当に困っているからだ。
「ヨシュブ、お前のところに皮袋あっただろ!一つ売ってやれ!」
「ああ!」
遠くの村人が応じた。どうやら最低限の厚意はあるらしく、男は安堵した。
男は持っていた干し芋を齧る。水を確保したらすぐに村を出るつもりだったが、馬の蹄鉄が外れかかっていることに村人が気付いたのだ。そこで一人が修理を申し出た。もちろん料金はとられる。かなり割高だった。
「不運続きだな」
男はぼやく。こういう縁起の悪い時は移動しない方が良いというのが彼の信条なのだが、この村はどうにも居心地が悪い。万が一、村人達が強盗に化けても男は切り抜ける自信があったが、村人の方が一泊を許してくれる雰囲気ではない。どうしたものか。男は干し芋のカビてる部分以外を食べ、残りを後ろへ放り投げた。
「イタッ!」
男は後ろから聞こえた女性の声に驚いて振り向く。誰もいない。しかし空耳のはずがない。しかも投げた干し芋の欠片が目の前にコロコロと転がっている。上空で何かに当たったということだ。何に?男は腰の剣に手をかけ、空だけでなく全方位に注意を払う。手の平から汗がにじむ。誰かが近くにいるのに気付かない。これでは剣士失格だ。男は考える。相手は不可視化と飛行の魔法を使っているのだろう。なぜこんな村に魔術師がいるかは不明だが、そう考えるしかない。そして自分を観察していた。声から推測するとかなり若い。しかし、それで不可視化と飛行が使えるのなら余程の才能がある。
「どうかしたっすか?」
背後からかかった同じ声に男は動けなかった。声に敵意や殺意はない。しかし、完全警戒していて後ろを取られた自分に男は激怒し、また、相手に恐怖した。相手が殺す気なら声ではなく刃物が首にかかっていただろう。突然の完全敗北に打ちのめされ、男は幻想の死を体験していた。
「あれれ、もしもーし?」
男の目の前に回ってきたのは若い女。しかも目がくらむような美人だった。大地の神が作った褐色の肌、小麦の神が作った黄金色の瞳、官能の神が作った鼻梁と唇。奇跡のパーツが揃い、さらに燃えるような赤い髪が三つ編みになって美貌を際立たせている。美の極限を見たような感覚に男は思わず目を閉じ、頭を振った。魅了の魔法を疑ったのだ。唇を噛んで覚醒を試みる。血の味。
「うわ、血出てる。なにしてるんすか?」
魔法は覚めなかった。
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