第2話

ケージ君が潰れた日から、誰もケージ君の事を知らない事になっていた。ケージ君のお母さんまでケージ君の事を知らないと言った。あの首から下の躰は何処かに始末されたのだろうか。彼はそういう色々を都合よく自分の思う通りに出来るらしい事を、僕は程なく理解し慣れていった。


 それ以来時々、彼は僕の目の前に現れた。そして僕が誰かの名前を呼ぶまで消えようとしなかった。僕はこれまで何度か、自分の名前を呼ぼうとしたけど、出来なかった。


 何度もそうしようと思ったのに駄目だった。


 彼が現われる度に、僕の身の回りで誰かの頭が無くなった。ただ彼の言うように、頭をなくした人達は翌日には無かったことにされるのだった。最初から居なかったかのような存在感の消失。


 彼は気まぐれに現れた。場所も時間も意に介さず好き勝手に振る舞った。ある日は校長先生の頭の上に立っていた。ある日は街を歩く女の人の首に噛みついていた。彼は本当に存在しているのだろうか。僕は時々自分の精神の正常を疑ったが、確かめようの無い事に気がついて直ぐに諦めた。


 僕は彼の力を時々自分の意思で欲するようになっていた。何か失敗したり思い出したくない心の傷を負ってしまった時、関係した誰かの名前を彼に告げれば、存在を簡単に消し去ることが出来るのだから。僕は段々と彼を便利に感じるようになっていった。


 中学3年の時に好きになった男子が居た。密かに想いを募らせていたのだけど、僕が嫌いな不良の恋人になって居る事を知った。それでも想いを伝えたくて僕は告白する事を決意する。聡明だと思っていたそのその男子は僕の告白を聴いてけたたましい声で一頻り大笑いした後で、耳を覆いたくなるような罵倒を僕に浴びせた。最後に僕の顔に唾を吐きかけて死ねばと言った。


 僕の心は不思議と穏やかで、静かな湖面のように鋭利な冷たさと厳格さを保っていた。彼が現れるのをしばらく待つだけで良かった。無かった事にしてしまえば、僕の心も人格も誰にも犯されなかった事になるんだから。僕は僕にしか使えない、素晴らしいリセットボタンを手に入れているんだから。僕はこれから先もずっと、辛い事や悲しい事を総て消し去りながら楽しい事や嬉しい事だけを自分の人生に残しながら、最高の人生を送っていけるんだから。


続く■■

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