第25話 混沌の巫女キサエルの介入
そこにいたのは灰色の髪をした気の強そうな顔をしたメイド服の少女だった。
周囲に向かって彼女は礼儀正しく一礼をした。
「初めまして。わたしは混沌の星獣カオスギャラクシアン様の配下レギオンの一人ノース。神様にあいさつをしてくるようにと言いつかってきたのだけれど……」
「レギオン!?」
その言葉に次郎太は聞き覚えがあった。カオスギャラクシアンが送ると言っていたその配下の軍団の名前だ。確か鬼とか言っていたが、目の前の少女はどう見ても普通の人間のようにしか見えなかった。
次郎太の思いをよそに、ノースの真剣な真面目さを伺わせる瞳がみんなをぐるりと見る。
「で、どいつがその神様なのかしら」
「あたちが神でちゅ。この神にあいさつに来るとはいい心がけでちゅね。チミ達もこの娘のような敬虔な態度をよく見習っておくのでちゅよ」
沙耶と次郎太の方を見て機嫌よさそうに言うミザリオルの前で、冷気が漂っていく。ノースがその手に氷の槍を作り出していく。
「これがわたしのあいさつよ! ノースブリザード!」
槍を回転させ、そこから氷雪の嵐が繰り出される。
「わぷっ! な、なんでちゅかあ!?」
その吹雪による不意打ちをまともに受けて、ミザリオルはふらふらと足を後退させられながら瞬く間に厚い氷の中へと閉じ込められていった。
「偉そうに神なんて言ってもこんなものね。カオスギャラクシアン様の配下であるわたし達レギオンの敵ではないのよ」
ノースは満足したように槍を下ろし、それを氷の粒へと消し去った。
「君がレギオン」
次郎太はその少女の姿を改めてまじまじと見つめた。鬼と聞いて想像していた姿とは随分と違って見えた。頭に分かりやすい角もないようだし、やはりどう見ても普通の人間の少女にしか見えなかった。
その少女の目が不審そうに次郎太を見る。
「なにじろじろ見てんのよ」
「え、いや。鬼っぽくないなと思って」
「鬼っぽくない? わたしがレギオンにふさわしくないとでも言うつもり?」
ノースはつかつかと歩み寄ってくる。次郎太は慌てた。
「いや、そうじゃなくて」
「そうじゃないなら何なのよ。はっきり言いなさいよ!」
「あ……えーと……」
怒りの眼差しで詰め寄ってくる彼女を見て、次郎太は考えを改めた。やっぱりこの少女は鬼なのだと。
「気をつけて! まだ終わってない!」
次郎太がまごまごと戸惑っていると、神の術から解放されて動けるようになっていた沙耶が叫んだ。
ミザリオルを包んでいた氷が砕け散っていく。神たる少女はその中から平然とした姿で現れた。
「随分と生ぬるい氷もあったものでちゅね。氷の技とはこう使うのでちゅよ。フリージング!」
その足元から氷が広がっていき、床を伝ってノースの足元へと伸び、一瞬にしてそこを凍らせる。
「こんな床を凍らせる程度のものが何だって……なにこれ、動けない!」
ノースは何とか動こうともがくが、その体はびくともしなかった。
「神の氷は時間と空間をも凍らせる。獣の部下にあいさつなど期待するだけ無駄でちたね。チミにはもう懺悔の時間すら必要なし! 今すぐ神の裁きに打たれて死になしゃい。アークサンダーボルト!」
ミザリオルの周囲の空間から雷の光が立ち上り、天井付近からノースを狙ってほとばしる。
「そ、そんな! カオスギャラクシアン様ー!」
「次郎太! そいつから離れて!」
「くっそ」
次郎太は離れなかった。逆にノースをかばうようにその前に割って入った。重力を斬ったカオスブリンガーで雷をも斬れるかどうかは分からなかったが、剣を構える。
次郎太は衝撃が襲うのを覚悟していたが、その雷は彼へと届く前にその前面に広がった薄く透き通る桃色の障壁に阻まれて散っていった。そこから降り注ぐ淡い光が足元の氷をも融かして行く。
それを見てミザリオルはややうろたえた。
「な、なんでちゅか、これは?」
その質問にその場にいなかった少女の声が答えた。
「わたしのマテリアルシールドは全ての物質、攻撃を防ぎます。どうせならわたしを呼んで欲しかったですね、ノース」
「キサエル様!」
その声に次郎太は始めて彼女の存在に気が付いた。
いつの間にか次郎太達のすぐ側に車椅子の少女が姿を現していた。金色の豊かな髪、ピンク色のドレスを着て品のある顔立ちをしたその少女は、こんな戦いの場に出るよりもどこかの屋敷でのんびりとお茶の時間でも楽しみながら詩集でも読んでいる方が似合えるようにも思える。
「君がキサエル」
「そうです。こんにちは、次郎太君。あなたに会いに来ました」
優雅な令嬢を思わせる雰囲気をまとった少女は顔立ちに似合った上品な笑顔で話しかけてくる。
「僕に? いったいどこから?」
「空を飛んで宇宙からです」
「宇宙から?」
「はい。ついでに神様に挨拶を」
「神がついでとは何でちゅかあ!」
神の怒りとともに嵐が吹き荒れるが、キサエルの展開した桃色に透き通る障壁は破れない。次郎太は心配そうにそちらを見つめる。キサエルは安心させるような落ち着いた声と表情で言った。
「大丈夫ですよ。わたしのシールドは無敵ですから。たとえそれが天変地異と呼ばれる現象を相手にしたとしてもね。あれのことは気にせずに話をしましょう。カオスギャラクシアン様から話は聞いていますよね? わたしが来た目的のことも」
「それって、レギオンの一人を僕のところに送るっていう」
次郎太はノースの方をちらりと見て言った。
「そうです。そして、それを誰にするかを選ぶ役目をわたしが任されました」
キサエルは次郎太の視線を目で辿ってノースを見、再び彼に視線を戻して言った。
「ノースが欲しいですか?」
「え?」
その言葉に次郎太はキサエルの顔をまじまじと見つめた。彼女はただにこにこと微笑んで、次郎太の返事を待っている。
彼が何かを言うよりも早く、当のノース本人が抗議の声を上げた。
「な! わたしは嫌ですよ! なんでわたしがこんな奴のところになんて!」
「こんな奴って……」
「そうですね……」
それを聞いて次郎太は密かに傷付き、キサエルは考えるように目を伏せた。
「ノースはおいしいご飯を作ってくれますから、わたしとしても手放すと困ってしまいます。残念ですが、次郎太君にはノースのことはあきらめてもらわないといけません」
「いや、僕はまだ何も」
「ちょっと、次郎太。こいつら何なのよ」
沙耶はミザリオルが繰り出し続けている天変地異の衝撃とそれを防ぎ続けている桃色のシールドのことを気にしていたが、次郎太が何かを言いくるめられているように見えてそちらへ近寄っていった。
キサエルは近づいてきた沙耶の方を見て言った。
「次郎太君は取引をしたのです。わたし達の主、カオスギャラクシアン様と。そして、わたし達の仲間となったのです」
「どうして次郎太が……三大脅威なんかの……」
その言葉を聞いて、沙耶は心底驚いたように絶句してしまう。次郎太は慌てた。
「いや、僕は君達の仲間になるなんて一言も!」
「あれ? カオスギャラクシアン様が与えた力を振るい、レギオンの一人をともに付けるとはそういう意味ではないのですか?」
キサエルは心底不思議なことを聞いたといった感じに首を傾げた。
「それは……」
次郎太は考えた。確かに彼女の言う通りな気がする。だが、違う。
「僕はただ、沙耶姉の力になりたかっただけなんだ」
それが次郎太の本心だった。キサエルはその言葉を飲み込むようにうなづいた。
「そうですか。どうも話がうまく伝わっていないようですね。わたし達はお互いに考えを整理する時間が必要なようです。今は神様もいますしね。では、また後日改めて招待させていただいて話をすることとしましょう。ノース、椅子を押してください。帰りますよ」
「はい、キサエル様」
ノースがキサエルの車椅子を押し、去ろうとする。そこに沙耶が声を張り上げて呼び止めた。
「待ちなさい! 次郎太にこんな怪しい力なんて押し付けて! こんな物いらない! 今すぐ返すわ!」
「それは出来ません」
キサエルは振り返ってきっぱりと答えた。ノースの冷静な瞳も沙耶を見る。自分を見つめる二人の視線に沙耶は負けじと踏ん張った。
「なんでよ!?」
「わたしに任せられた権限は次郎太君のもとにレギオンの誰かを送る、それを誰にするかを選ぶというだけのものですから。カオスブリンガーを回収するとなると、それは越権行為となってしまいます」
「じゃあ、あんたからカオスギャラクシアンに頼んでよ! こんな物いらないって!」
「出来ません。そんなことを言ってもわたしに何の得もありませんし、それに何よりわたしにその気がないからです」
「こいつ!」
思わず拳を握って飛び出そうとした沙耶を、キサエルの強くなった眼差しが止めた。
「わたしにそうさせたいなら何かメリットを提示してください。わたしにそうさせたいと思わせるようなメリットをです」
「次郎太は……」
なおもあきらめず抵抗をみせようとする沙耶に、キサエルは表情を緩めて助言するように優しく言った。
「力はあって損はないと思いますよ。あれば何かと便利ですから」
「次郎太はお前達なんかの遊び道具じゃない!」
「わたしは遊んでいるつもりはありません。ですから、こうして神様のいる危険なところにも出向いてきたのです。カオスギャラクシアン様がお認めになった方に早く会ってみたいと興味が湧いたもので。ついでに神様にあいさつを」
「もう頭来た! 聞く気がないなら力づくで!」
「争うことはお互いのためにならないと思いますよ。神様が見ていますしね」
キサエルに促され、沙耶は振り返る。淡く桃色に光るシールドの向こうでは神が宙に浮かび、その障壁を破ろうと天変地異と呼ばれる現象を行使して荒れ狂い続けている。
視線を向けられたと気づき、ミザリオルは声を張り上げた。
「神を無視して帰れると思っているのでちゅかあ! チミたちは~!」
「あいさつならノースがしたと思いますが」
「フン、下っ端ごときが。来るなら獣自らが出向いてきて、あたちの前で膝をつくべきではないでちゅかねえ!」
「あいつ、カオスギャラクシアン様のことを!」
ノースがその手に氷の槍を作ろうとする。それをキサエルは止めた。
「いいんですよ、ノース。神様を怒らせたのはこちらの落ち度なのですから」
「でも……」
「悪いことをしたら悪かったと時には謝ることも必要です。神様、お詫びにわたしからのプレゼントを受け取ってくれませんか?」
キサエルの穏やかな瞳に見上げられ、ミザリオルは攻撃の手を止めた。
「この神にプレゼントを? フッ、いい心がけではないでちゅか。それでこそ下々の者にふさわしい態度というもの。いいでしょう。受けてあげましゅ。早く出してみなしゃい」
落ち着きを取り戻した神が、受け入れるように両手を広げた。
「ありがとうございます。では、これを」
キサエルが手をかざす。桃色だったシールドが震え、灰色へとその色を変えていく。
「ん? 何か色彩を使った芸でも見せようと言うのでちゅか?」
「防御から反射へ。わたしのマテリアルシールドは全ての攻撃を防ぐ無敵の盾。そして、この灰色のリフレクターは今までに受け止めていた相手の攻撃を全てエネルギーとして返します」
「あん? つまりどういう?」
「天変地異には天変地異に等しいお返しを。では、受け取ってください。マテリアルリフレクター!!」
灰色のシールドが輝きを増し、そこから発射されたエネルギー波がミザリオルを直撃する。それを受け取った彼女はとっさに手で押し止める。だが、抑えきれず手を震わせる。
「く、こ、これは……!」
「受け取っていただき感謝します。では、わたし達は失礼させていただきます」
「こ、こんなもので! おのれ! きさまらー!」
抑えきれなくなったエネルギーが爆発となって吹き上がり、ミザリオルの体を天井へと叩きつける。溢れるエネルギーがさらに広がりを見せ、天井に深い亀裂を走らせていく。そして、さらなる爆発を引き起こしていった。その爆風は神の少女を包み込み、天井一面に広がっていく。
次郎太はそれを呆気にとられて見ていた。今まで普通に話をしていた気の優しい少女にこのような暴力的な力があるとは全く思っていなかった。
「これが力……」
そんな緊張に手を震わせる彼に、キサエルは先程までと寸分変わらぬ優しげな顔で振り返って言った。
「では、次郎太君。わたし達は今のうちに逃げることにします。また後日落ち着いた頃に会いましょう」
「逃げる……って?」
それはついさきほどこれほどの力を見せつけた彼女とは酷く不釣り合いな言葉と思えた。
「怒った神様は怖いですからね。ノース、急いでください」
「はい、キサエル様」
ノースが車椅子を押し、キサエルは小さく別れのあいさつに手を振った。次郎太も釣られるように手を振り返す。そして、二人は去っていった。
次郎太はしばらく沈黙してたたずみ、そしてはっと我に返った。
「……って、僕たちも逃げよう!」
どうして今までその行動に気づかなかったのか。自分がここに来た目的はさらわれた沙耶を助け出すことだ。そのためにここへ来たのだった。沙耶と再会出来た今、こんな戦いなど行わず、彼女を連れてさっさと脱出していれば良かったのだ。
だが、沙耶はすでに戦いの覚悟を決めていた。
「逃げるなら次郎太一人で逃げて。あたしは逃げない。あいつを倒すために今までのあたしはあったんだから」
「沙耶姉……」
それは次郎太の知らない沙耶の真剣な覚悟だった。彼はもう何を言っても無駄だと悟った。
爆風が晴れていく。そこに敵の姿はある。
「あいつら~! よくも騙してくれまちたねえ! どこへ行きやがったあ!」
あれほどの攻撃を受けてもほとんど無傷。ミザリオルの怒りの視線が天井付近から地を眺め渡す。
「どこを見ているの! お前の相手はこのあたしよ!」
そんな彼女に沙耶は自分から名乗りをあげた。
「フッ、チミでちゅか。神の相手を自ら名乗り出るとは身の程知らずもいいところ! まあ、いいでしょう。それがお望みとならば、この神が叶えてあげましょう!」
神が降りてくる。降り立ったその地点から周囲へと強力な重力場が展開される。その重さに沙耶と次郎太は耐える。
神にとっては軽く触れた程度のその力。さらに強めようとその手が動こうとする。
その時、天井からバラバラと瓦礫が降ってきて、ミザリオルはその手を止めた。
「あん? なんでちゅか?」
訝しげに探るように天井を見上げる。次郎太と沙耶もそれを見る。
天井の亀裂が広がっていく。そして、その割れ目から巨大な爪が突きこまれ、さらに穴を広げようと力がかけられていく。開いていくその場所から巨大な竜の顔が覗き込んできた。
灰色の岩のようないかめしい鱗で覆われた恐ろしげな風貌。黄色の瞳、白い牙を持ったモンスター。
黒沙耶から本体へと精神を戻し、ベルゼエグゼスが今頃になって天井を破ってきたのだ。輝く瞳が物体を認めた証拠に熱く燃え上がる。
「やっと開いたわ。ゼツエイめ、頑丈な部屋を造りおって。む? 見ない奴もいるな。まあいい、まとめて消えろ! 恨むならこの場に居合わせた自らの不運を嘆くのだな!」
ベルゼエグゼスの思いとともに口に集中されていく破壊のエネルギー。そこには黒い沙耶が撃っていた紫電の光線のゆうに30倍の威力が宿っている。
それが放たれるより前に、ミザリオルはぶっきらぼうに片手を振り上げた。
「この神がわざわざこの船を壊さないように加減してやっているのに、何を勝手なことをしているんでちゅかあ! あいつはねえ!」
「な! なにい!?」
突如襲いかかる船から引き離そうとする見えない重力の感覚に、ベルゼエグゼスの目が驚きに見開かれる。船に突き込んでいた爪が強引に宇宙の外へと押し出され、さらに顔を押し出そうとする力も感じた。
「あたちを馬鹿にするのも大概にするんでちゅよねえ! 神の意を汲めぬ者はとっとと消えてしまいなしゃい! グラヴィティストライク!」
「う……うおおおお!」
ミザリオルの重力に突き上げられ、ベルゼエグゼスの巨体はあっという間に船を離れ、宇宙の彼方へと消えていった。
「あいつがこうもあっさり倒されるなんて」
その威力に沙耶は戦慄し改めて決意を込め直す。他人なんてどうでもいい。神を倒すのは自分自身なのだと。
「今まで加減していたの?」
一方、次郎太は神の真意を測りかねていた。ミザリオルははらりと髪をひとなでしてから平然とした顔で告げた。
「当然じゃないでちゅか。何を阿呆なことを抜かしているんでちゅか、チミは。人間が生身で宇宙遊泳が出来るとでも思っているんでちゅか? 人間など宇宙に出るとすぐに死んでしまう弱い生き物ではないでちゅか。だからこうしてわざわざこの場を残すように加減してやっているのでちゅよ。その慈悲が理解出来ないとはどこまで阿呆なんでちゅか、人間という生き物は」
「そうなのか」
この少女はもしかして心の優しい少女なのではないか、そう思い始めた次郎太の楽観的な考えは、だが、次の瞬間にすぐに吹き飛ばされていった。
ミザリオルの表情が激しい怒りに歪む。
「だが、そのような手加減ももはやしない! チミ達はあたちを怒らせすぎたんでちゅよ。もうこの船とともにまとめて消えてしまいなしゃい!」
「次郎太! 気をつけて!」
沙耶が叫ぶ。神が両手を振り上げる。
「グラヴィティデストラクション!!」
空間が揺らぎ重力の嵐が広がっていく。それは今までとは全く規模の違った攻撃。その力はあまりに巨大に過ぎた。
「ステラス!」
神がさらに追加の重力崩壊領域を構築しようとする。
沙耶はそれを止めようとし、
「くっ!」
苦しむ次郎太を見てその方向を変えた。
ただみんなを守ろうと、それだけを願って精一杯に光の翼を広げた。
「キルクルス!」
神の指先が動きを続ける。二番目の点を描き、さらに三番目の点へと向かって動かされていく。
「沙耶姉! くっそお!」
重力から自分達をかばい、苦しそうに顔を歪める沙耶を見て、次郎太はその手に剣を出現させた。
「ルーメン!」
ミザリオルの指先が三つ目の点を描く。神の指先はそこでは止まらない。さらに4つ目の点を描いていく。
「スタビレム!」
そして、重力の嵐の中でさらに四重の崩壊領域の威力が解き放たれて周囲へと向かって荒れ狂っていった。
「ふはは! 全て消えちまええい! 神の力は絶対なのでちゅよお!」
次郎太は重力を斬ろうと剣を向ける。だが、どのように優れた剣であろうと、迷いがあり気持ちが乗り切らないその刃では、圧倒的な流れを断ち切るにはあまりに非力にすぎた。
重力の崩壊領域が全てを呑み込み破壊していく。沙耶のみんなを守ろうと展開した光の翼から広がる領域も瞬く間にそこへと呑み込まれていく。
沙耶は心から願った。みんなを守りたいと。ただそれだけを。
その時、宇宙に一つの光が生まれた。
宇宙にとってはほんの小さなその光を、自らの純白のきらびやかな宇宙船に乗りこんだキサエルは車椅子を止めて展望室の窓から見ていた。
「あの光の輝きは……なかなか興味深いものを見せてくれそうですね」
「いいんですか、手を貸さなくて。彼、死んでしまいますよ」
車椅子の後ろからノースが心配そうに言う。キサエルの表情は変わらず穏やかだった。その口が告げる。
「死んでしまえばそれまでのことです。それで何か不都合なことがありますか?」
「それは……特にはありませんけど」
ノースは口ごもりつつも答える。彼女には分かっていた。キサエルは別に冷酷なつもりで発言したわけではない。ただ本当に命というものにたいした興味がないだけだということに。
「せっかく会いに行った人をすぐに無くしてしまうのも少し残念ではありますが、今は見守ることにしましょう」
「キサエル様……」
爆発が広がっていく。そしてそれに入れ替わるようにそこに光が広がっていった。
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