第23話 カオスの与えた剣
ブラックホールに呑み込まれた次郎太は次元の波に流されてどことも知れない真っ暗な闇の中に漂っていた。
見渡す限り何も見えない、何も聞こえない、感じることすらあやふやな掴みどころのない虚無の領域。
ともすれば意識すら飲み込まれかねない程の永劫なる闇の中をただ沙耶のことを思ってあがく。
「くそっ、どこなんだここは」
沙耶に会わなければいけないのに。助けなければいけないのに。自分は未だに何も思うような行動が取れていない。
いったい今どれほどの時が経っているのだろう。時間も空間もどんどんあやふやになってくる。自分という存在が消えそうに感じていく。
「!?」
そこに不意に何かの気配が近づいてくるのを次郎太は感じた。その感覚をよりどころとするように手繰り寄せ、彼はそこへ向かっていく。
大きく全身を震わせるような存在を感じる。それは突如として展開された。
何も無かった黒い空間がだしぬけに大きく縦へと裂けた。舞台の幕が開くかのように闇が開かれ、そこに青い大きな空間が広がっていく。それが完全に広げられた時、次郎太は広大な別の宇宙を前にしていた。
青の色調が強いその宇宙は次郎太が日頃地球から見上げていた見慣れた星空とは明らかに違って見える。遠い、遥かなる別の宇宙なのだろうか。
青の中で輝いている点は無数の星々だろうか、ガスのように雲のように捉えどころのない空間はやはり宇宙のように見える。
だが、それは宇宙では無いのだ。次郎太は肌で感じていた。目の前にいるそれが明らかに巨大な意思を宿しているのを。
『我が意思と繋がったか。新たなる人の子よ』
その声は次郎太の頭の中に直接響いてきた。重さも苦しさも無い、ただ自然に生物が発した音と感じる。
次郎太には理解することが出来た。何故か分からないが感覚がそう認識したとでもいうべきだろうか、それは今目の前にいる青い宇宙が話しているのだ。
宇宙は呼吸をしている。次郎太はそう感じた。
『余は混沌の星獣カオスギャラクシアン。人の子よ、我が声が聞こえるのならば答えるがいい』
それは不愉快でも快感でもない、ただ、自然に掛けられた声。次郎太は迷うこともなく答えた。
「ああ、聞こえるとも。カオスギャラクシアン」
『そうか。フフ……』
青い宇宙が低く振動していく。それは笑ったようだった。
『我が意思と繋がる者が現れたのは随分と久しぶりのことだ。それだけでも喜ぶべきことと言えよう。だが、お前の力はあいつと比べると酷く弱いようだ。もし、お前が望むのならば余はお前に力を与えてやってもよい。どうだ?』
「僕に力を?」
いろいろ気になることはあったが、次郎太が一番気に留めたことは力のことだった。
『もちろん断るのならばそれでもよい。お前がいなくとも余は困ることはない』
「僕は沙耶姉を助けたい。もし力を貸してくれるというのなら、なんでもいい。貸してくれ!」
相手が何者で何を考えているかは分からない。余りに巨大で捉えどころのない存在なのだ。だが、助けてくれるなら助けてほしい。宇宙は答える。
『いいだろう。ただし、一つ条件を飲んでもらうぞ』
「条件?」
『お前の下に余のレギオンの一人を送る。誰を送るかその選択は余の信頼する同志であるキサエルに任せることにする。お前はただそれを受け入れるのだ』
「なんのために?」
『お前は余の関係者となるのだ。手助けが必要となるだろう』
「監視というわけか。レギオンとは何なのですか?」
『余の配下の軍団だ。宇宙の人間どもには鬼の軍勢と呼ばれているようだ』
「お……鬼い?」
次郎太は今までの知識の中から、恐ろしい鬼の姿を思い浮かべた。
『どうだ? 余の提案を受け入れられるか?』
次郎太は少し考えた。だが、答えなど最初から決まっていた。今の自分には沙耶を助けるための力が必要なのだ。鬼だろうが何だろうが来るなら来いという気分になっていた。
「分かった。僕に力をくれ!」
『いい返事だ。ならば心を静かにとぎ澄ませ、余の力を受け入れるがいい』
次郎太は目を閉じてその力を受け入れる。右手に何かが宿るのを感じた。目を開き、その手に力をこめる。
意識に呼応して次郎太の右手に青と黒が混じった炎が吹き上がり、そこに巨大な剣が形作られた。
「これは!」
その剣を軽く振ってみた。巨大でありながらまるで重さを感じさせない。まるで自分自身の手の一部のように。そして、そこからは大きな力が溢れてきていた。
『余の剣カオスブリンガーをお前に授けた。それを使って経験を積み、強くなれ。そして、お前もいずれはキサエルとともに余に尽くすのだ。期待しているぞ』
青い宇宙の意思が去っていく。そして、周囲は再び静かな暗闇に包まれた。
「悪いな、カオスギャラクシアン。僕はお前のために戦うつもりはない。僕はただ沙耶姉の力になりたいだけなんだ」
鬼がどのような存在であろうと、沙耶のためになら戦える。
「今はただ沙耶姉のためにこの力を振るおう」
力を得た次郎太は元の世界を目指して飛んだ。
宇宙船での激闘は続く。沙耶とミザリオル、いつしかその戦いは互角の様相を呈して来ていた。
「うあああああああ!!」
決死の覚悟で叫ぶ沙耶の光の拳がミザリオルの重力の乗せられた拳とぶつかり、せめぎあう。吹き飛ばされる周囲の床、壁。沙耶は力をゆるめない。
ミザリオルは意外な物でも見るようだった。
「馬鹿な、こんな小娘があたちに歯向かえるはずがないんでちゅよおお!!」
手の一点に逆向きの重力を集中させ、一気に沙耶を弾き飛ばす。沙耶の体は壁を突き破り、穴の向こうへ消えていく。
「くらえ! 死ね!」
両手にさらなる重力を巻き起こし、ミザリオルは沙耶の消えた穴へ向かって問答無用の二発の重激波を投げ放つ。
だが、沙耶はすぐに戻ってくる。翼を広げて突っ込んできた拳をミザリオルは片手で受け止めた。
激しい力のぶつかりあう中を彼女は憎々しげな瞳で、目の前で飛ぶ天使のような羽を広げた少女を睨みつけた。
「何をいい気になって神に突っかかってきているんでちゅかあ!? このゴミ虫はねえええ!!」
「あたしには……わけがあるから。絶対負けられない、わけがあるから!!」
「ならばそのたわけたわけごとごと滅べ!! グラヴィティストライク!!!」
「キャアアアアア!」
すぐ間近から垂直へと吹き上がる神の超重力に沙耶は天井まで一気に叩きつけられ、さらに落とされた。
「フン、神に逆らったむくいがそれなのでちゅよ。いい加減、心を清く改めてこの神を崇める気になったらどうなんでちゅかあ、ああん?」
見下し踏みつけようとするミザリオルの足を、地に倒れたあきらめを知らない沙耶の手が掴んだ。
「あん?」
「まだ……終われない……よ」
疑問に見下ろすミザリオルの顔が瞬く間にヒステリックにひきつる。瞳に嫌悪が燃えさかる。
「きいいいいい!! そのような汚い手で神に触るな! このゴミが! 屑が! ウスバカゲロウが! チミなんてチンチクリンなんでちゅよ!! チンチクリンなんでちゅよねえ!!」
振り払い、さらに踏もうとしてくるミザリオルの足を沙耶の手が止めた。沙耶はあきらめない強い意思で見上げる。それが神の目には反抗的で生意気な物として映る。
「あたしは……沙耶だよ!」
なけなしの力でどんどん神の足を持ち上げようとする。ミザリオルはそれを押さえ込もうと足に掛ける力を強める。
「き、きさまあ、どこまで神に楯突く気でちゅか! あたちが神だってこと、ちゃんと理解してるんでちゅか! この脳足りんのおつむはねえ!! 頭がカマンベールチーズのようにトントロリンなんじゃないでちゅかあ!!!」
「うあああああ!!」
声高に並べ立てるミザリオルの足を沙耶は掴んでぶん投げた。がれきとなった床の上に赤い髪の少女がまともに転げて顔と体を打ち付けて沈んだ。
「あがはあっ!!」
「はあ、はあ……」
沙耶は足をふらつかせながらなんとか立ち上がる。ミザリオルは背を向けたまま拳を握ってその身を震わせた。
「神を地に倒すなどチミは何を考えているんでちゅかあ!!」
起き上がりざま怒りの形相で振り返り、沙耶に重力を掛けてくる。だが、倒れない。でも、動けない。
「フン! どこまでも面倒な人でちゅね!!」
かがんだ体勢からミザリオルは両手をバネにして跳び上がり、沙耶から離れた床に着地した。まるで疲れを感じさせない軽い身のこなし。沙耶の方はもう限界まで近づこうとしているのに。
「チミのような人は、もう終わりにしましゅ」
髪を一払いし、ミザリオルは両手を天へと掲げ上げる。
その上に造られるのは虚空の穴、ブラックホール。広がりながら空気や瓦礫をどんどん吸い込み始めていく。
「クカカ、チミもよく頑張りまちたが、これでバイバイでしゅよ。さようならの時間でちゅね!!」
「こんな……ところで……」
動こうとする沙耶の体にさらに強い重力がのし掛かってくる。沙耶はどうすることも出来ず地に膝をついてしまった。肩や頭にかかる重力に必死に抵抗し、敵を見返す。
ミザリオルはあざ笑っていた。
「逃げるなんて許しましぇんよ。神の施しは黙って受けとるのが人間の義務というものでちゅ」
相手の力は底なしだろうか。やはり、勝てないのだろうか。いや、きっとあるはず。勝つ方法はきっとあるはずだ。
『沙耶姉!』
「!?」
その時、不意に沙耶の元に次郎太の声が届いた。幻聴では無い。いよいよ激しさを増すあのミザリオルの虚空領域の中から確かに聞こえた。そう、次郎太は今あの穴の中にいるんだ。
沙耶は唇を噛み締め、考えた。
「次郎……太……」
「神の恵みを受けよ! 大いなる虚無の導きよ、ブラックホール!!」
ミザリオルの両手が強く鋭く振り下ろされ、爆雷と瓦礫を跳ね上げてブラックホールが飛んでくる。その虚無の黒穴へ向かって沙耶は自分の光を飛ばした。
「チミは馬鹿でちゅかあ!? そんな物ただ吸い込むだけでちゅよお!」
その言葉の通り、光はただ吸い込まれていく。だが、それが沙耶の手段だった。
「どうにかしようなんて思っていない。あたしはただ導きたいだけ! この光で!」
「なに!?」
その時ブラックホールに異変が起こった。沙耶へ向かって飛んでいたその動きが急激に止まっていき、綺麗な真円を描いていたその形を歪ませていく。
沙耶の光に導かれるように、その中から巨大な剣の刀身が伸びてきた。
「な、なんなんでちゅか。あれは……」
それを見て、神が動揺していた。
「分からない……」
自分が思っていたものと違っていて、沙耶も驚いていた。
巨大な剣がブラックホールを両断して吹き飛ばす。そこに現れた彼の姿を見て、沙耶の顔は喜びへと変わった。
「ただいま。沙耶姉の光、届いたよ」
「次郎太!」
それは沙耶の望んでいたものの姿だった。
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