第22話 立ち向かう心
圧倒的な神を前にして、沙耶はもうただうつむいてその演奏を聞き届けることしか出来なかった。その耳に小さくうめくゼツエイの言葉が届いてきた。
「くっ、うう、沙耶、私が間違っていた。お前を失ったあの日から、私はずっとお前を求めてきた。だが、それは兵器のためではない。兵器ならまた新しく造ればいい。私はただお前に……会いたかったのだ……」
「博士……ごめんなさい。あたしは三大脅威を前にして何も出来なくて、飛鳥ちゃんにも勝てなくて……」
「もういいのだ。沙耶、お前はもう戦わなくていい。だから、ここから一刻も早く逃げてくれ」
「何をするつもりなの、博士」
「この船を爆破する。ミザリオルは必ずこの私が地獄へ連れて行く」
「そんな……」
「沙耶、生きてくれ。それが今の私の願いだ」
「やめて……お父さん」
「……沙耶……うがああ!」
ゼツエイの体に再び重力がのしかかり、潰すようにのしかかってくる。気がつけばミザリオルの演奏が再び止んでいた。
「この神がせっかく素晴らしい音楽を聞かせてやっているというのに、何を無駄口をくっちゃべっているんでちゅか、この糞虫どもは! もういいでちゅ! 神の演奏を聞く気がないのならば、チミはもう悔い改める必要もなく潰れてしまいなしゃあい!」
「うおおおおおおお!!」
強い重力が掛けられていく。
だが、ゼツエイは叫びつつも、逆にその重力を押し返そうとした。
「重力を押し返す? そんなことが可能だと思っているのでちゅか、この大馬鹿ちんがあ!」
「普通ならば無理だろう……な。だが、この重力はお前の起こした人為的な物。このエネルギーは押し返せる! 私とて何も知らずに三大脅威に挑もうとしたわけではない。お前が重力を使うということは分かっていたしな!」
「お前お前となんなんでちゅか、その態度! ならばこの神に対する態度というものも分かるべきでちたねえ!」
やめて、もう、勝てないのに。涙と無力さに滲む沙耶の目にさらにゼツエイの隣に立つ人影が見えた。彼と一緒にその重力を押しとめる。
「お主一人にさせはさせんぞい」
「おじいちゃん……」
それは兵衛門だった。祖父と父、その時二人の間で何かが通い合ったようだった。微笑むように二人視線を交し合う。
「そうか、お前も」
「わしも沙耶を守る!」
「うおお!」
二人は一気に重力を押し返した。重力を操っていた左手を上に跳ね上げられて、さすがの神がわずかにたじろぐ。
「くうう、生意気でちゅね! もういらないでちゅ! チミタチまとめて消えなしゃい!!」
ミザリオルが右手に持った笛を服のポケットにしまい、両手を下へと振り下ろし、それだけで止まらずに反転させて両手を横へと広げた。その顔から表情と言えるものが消え、同時に全ての空気の流れが止まった。
完全なる無風。完全なる沈黙。そこにあるのは虚無の到来を予感させる導きの手。
「!! こいつは危険じゃ!! 一気に勝負を決めるぞ、ゼツエイ!!」
「ああ!!」
持ち前の勘の鋭さで危険をいち早く察知した兵衛門が飛び出す。その後ろからゼツエイが銃を猛射する。
「重力崩壊領域……」
ミザリオルの右手が上がった。不吉な空気の渦がその手に宿り動き出す。
「くそっ、当たれ、当たってくれええええ!!」
ゼツエイの光線銃はやはり神の前では全てかき消されてしまう。
「くそおっ!!」
ゼツエイはしまいに銃を投げ捨てて足を踏み出した。恐るべき神の立ち姿へ向かって走っていく。祖父も父も行ってしまう。沙耶にはそれが頼もしさよりも悲しく思えた。
「グラヴィティ……」
ミザリオルの左手が上がっていく。
「させるかあああああ!!」
無表情にたたずむ少女に向かって兵衛門は全力の拳を振りかぶる。相手が幼い少女の姿をしているからと言って、もう迷う余裕など微塵もないのだ。ここで終わらせなければ全ては消されるのだから。
兵衛門の拳は少女に届くことなく見えない空間へと引き釣りこまれていく。
「くうううっ!!!」
兵衛門の顔が苦痛に歪む。飛鳥ちゃん、みんな、力を貸してくれ……思いを胸に力を振り絞る兵衛門の拳が見えない空間を突き破ろうと見え隠れする。
「うおあああああ!!!」
遅れて駆けつけたゼツエイの拳がミザリオルの虚無空間に取り込まれ、わずかな火花となって干渉を引き起こす。
あとわずかで触れられる距離が届かない。あとわずかが。
祖父も父もどうして頑張れるのだろう。相手は宇宙の三大脅威の一人ミザリオルなのに……決して勝てない敵なのに……
「沙耶姉」
その時、不意に聞こえてくる声があった。それは懐かしい次郎太の声だった。
「沙耶」
「沙耶」
それに祖父と父の声。
「沙耶ちゃん」
飛鳥ちゃんも。
みんなあたしのことを見てくれてた。あたしのことを思ってくれていた。それなのに……
「あきらめられないよ……」
沙耶は立ち上がる。からっぽになった体をみんなが支えてくれる心地がした。それはきっと気のせいじゃない。
「勝てなくてもいい。負けなければいい。みんなを守りたいから、大切だから、ずっと一緒にいたいから」
沙耶は一歩を踏み出した。その背に光の翼が広がっていく。ミザリオルの両手が振り上げられ、その指先が手早く三角の形へと切られた。
「デストラクション! チミタチまとめて消えちゃいなしゃい!!」
静から動へと一瞬の爆発力をともなって、ミザリオルが続けて描いた三角の点を中心としてかつてない重力の嵐が吹き上がり、そこに多重の重力崩壊領域を生み出した。それはさながら重力のビッグバン。父と祖父がその激しい渦の中へと呑み込まれていく。
沙耶は一気に飛び出した。ミザリオルの作り出した重力の崩壊領域へと向かって。光となって。その先にいるのは神。だが、もう恐れはしない。
「あたしは……負けられないんだーーーーーー!!!」
ミザリオルの起こす重力の領域に一気に突っ込んでいく。神の周囲で巻き起こる激しい重力の嵐が体を押しつぶし引きちぎろうと滅茶苦茶な方向から襲いかかってくる。
負けじと力を振り絞り、光をまとった沙耶の手が神に迫ろうとした。だが、それはまた今までと同じように見えない次元の壁へと取り込まれていく。
「あと少し……なのに!」
「あと少し? フッ、それは目でしか物を判断しない浅はかな考えでちゅね。神と人間とでは絶対的な次元の差というものがあるのでちゅよ。それを乗り越えられると思うなどまさしく愚の骨頂!」
「ならばその次元の差、わしらが埋めるしかあるまい!」
「確かに愚の骨頂ではあるだろうがな。だが、沙耶のためならやるしかない!」
重力の嵐の中に消えたかと思われた兵衛門とゼツエイが立ち上がり、沙耶を飲み込もうとする虚無の壁へとその腕を突き入れた。
見えない壁が火花を散らし、時空が揺れた。神は珍しくも驚愕していた。まるで信じられないものでも見るかのように。
「な、何をするつもりなのでちゅか!?」
「沙耶のために道を作る!」
「それが私の道ともなる!」
激しい音を響かせて時空が割れた。それもまた重力の嵐の一部となって取り込まれていった。
一瞬ぽかんとしていたミザリオルはすぐに怒りに顔を歪ませてその両手を二人へと向けた。
「何てことをやらかしてくれるのでちゅか! この無礼者どもがあ!!」
神の手から発せられる重力が直接二人を遥か後方へと吹っ飛ばしていった。だが、もう十分だった。愛する子のために道は出来たのだから。
沙耶の手は神に届いた。神はその手を受け止めた。
一瞬信じられないかのように目を見開いたミザリオルの瞳がすぐに強固なる意志と重力となって沙耶を吹き飛ばそうとしてくる。
「きさまああああああああああ!!!」
「あたしはあああああああああ!!!」
光と重力がせめぎあい、そのあまりにも強い衝撃が周囲全体を揺るがせていく。
「神に触れるとは何のつもりなんでちゅか、この小虫が! 消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねい!!」
巨大すぎる重力に沙耶の体が押さえ込まれていく。でも、あきらめない。
「あたしはこのために生まれてきたから! でも、今はそれ以上にみんなのために!」
「寝言は寝て言え念仏は死んでから言えムシケラは潰れて……死ねえええええい!!!」
沙耶の手を振りほどき、ミザリオルが両手を振り上げる。激しく渦を巻き、乱れ狂う重力の嵐の中で、沙耶の体はついに地に倒され押さえつけられた。神があざけり笑い、強い意思のこめられた視線で睨みつけてくる。
「フッ、神の力を思い知りまちたか。このハエが! しかし、まだ100パーセントではない! 本番はこれからでちゅよ。今こそ神の究極の力を!! あいたあっ」
不意に飛んできた何かをおでこに受けて、ミザリオルはのけぞってひっくり返った。沙耶の手元にそれは転がってくる。
「銃の……弾? これは飛鳥ちゃんの……」
銃弾はすぐに嵐に巻き込まれ、砕かれながら飛ばされていく。
「きさまあ!!! よくも神にそんなものを!!! 今のはちょっと痛すぎでちたよお!」
ミザリオルはすぐに起き上がってくる。赤くなった額を抑え、涙目になりながら。飛鳥の銃弾の必殺の一撃ですらも神にとってはわずかのダメージとしかなっていなかった。だが、それで十分だった。
沙耶はなんとか立ち上がる。ふらつきながらも意思を必死に奮い起こして。その顔にもうあきらめはなかった。
「あたし、勝てる気がしてきたよ!!」
「な、な、な、生意気な小娘―――――!!!」
重力の嵐が吹き荒れる中に、沙耶の光が増していった。
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