第16話 決戦、沙耶と飛鳥

 飛鳥がゼツエイと待ち合わせの約束をしていた場所。その部屋に飛鳥と兵衛門はたどりついた。

 天井が高い。何もないただ殺風景で広いだけの部屋だ。壁や床の固い感触の材質は兵衛門には分からない物だ。宇宙の科学というものなのであろう。

 二人が歩みを進めると、その先でゼツエイと沙耶が待っていた。沙耶の表情は家にいた時とはどこか違う。何か深い思いを抱いているようだった。


「そいつも連れてきたのか」


 ゼツエイが飛鳥とともにやって来た兵衛門の姿に目を留める。


「おじいちゃん……」


 沙耶もそちらを見てぽつりと呟いた。飛鳥はゼツエイを見て言う。


「彼もあながち無関係ではない人よ。見物人にはちょうどいいでしょう」

「沙耶!」


 飛び出そうとする兵衛門を飛鳥は手で遮った。


「おじいさんに許すのは見物だけよ。おとなしくしていないとその首を撃ち抜くわよ」


 振り返ることもなくそう告げる。


「飛鳥ちゃん……」


 沙耶はとまどっている。兵衛門は無言で考える。飛鳥は感情を殺した声で告げる。


「わたしがやるのよ。黙って見ていてね」

「飛鳥ちゃん、わしはお主を信じておるぞ」


 兵衛門の言葉を軽く手を振って流し、飛鳥は歩みを進める。少女の背中はいったい何を思っているのか。兵衛門には分からなかったが、今は状況を見守るしかなかった。


「沙耶、行け」


 沙耶の隣でゼツエイが命令する。


「博士、あたし何を」

「お前は飛鳥と戦うのだ。宇宙の三大脅威と戦うための前哨戦としてな」

「前哨戦?」

「そうだ。優れた兵器を実戦で使うためには、その前にテストを行ってその能力を正確に把握しなければならん。実際に使ってみなければ、コンピューターの数値やシミュレーションだけでは分からんこともあるからな。相手が三大脅威で、それに挑むのがお前ほどの未知の能力を持ったものなら尚更だ。飛鳥は私の知る限りでは最も強く、体格もお前と近い。テストの相手には申し分がない」

「長い前置きはそれぐらいにしてくれないかしら。わたしは強い相手と戦うためにここに来ているのだから。博士、もうそいつの戦う準備は出来ているのかしら。出来ているのならそろそろ壊そうと思うのだけれど」

「ああ、出来ているとも。壊せるものなら壊してみるがいい。お前ごときに勝てんようでは三大脅威に挑むなど夢のまた夢というものだろうからな」

「了解。じゃあ、始めますか」


 そう言って飛鳥は静かに銃を持ち上げる。沙耶へ向かって、まっすぐに構える。銃口を向けられながらも沙耶は迷っていた。飛鳥は唇の端で笑って見せた。


「言っておくけど、今度はかわさないと当ててしまうから。わたしをがっかりさせるような呆気ない幕切れにだけはしないでよね」


 わざわざそう言ってくれるのは飛鳥の優しさというよりは戦いを楽しむための忠告なのだろう。飛鳥の目はただ冷酷でそこに優しさの感情は無かった。

 前に家の居間で銃を向けられた時。あの時にはまだ飛鳥には優しさがあった。その銃弾は沙耶の頭を撃ち抜くことなく意図的に外され、撃たれて壊されたのは後ろの小棚だった。だが、今回は……

 銃弾が放たれる。弾はまっすぐに飛んでくる。沙耶の胸元を狙って。清々しいほどに純粋な殺意となって飛んでくる。

 必殺の一撃でありながらその軌道は恐ろしくシンプルで読みやすい。おそらく小手調べのつもりなのだろう。だが、この一撃には重大な意味がある。戦うか、戦わないか、沙耶の判断が試されるのだ。


「あたし……あたしは……」


 考えるまでもなかった。意思に関係なく沙耶の体は飛んでくる銃弾を高い天井付近にまで跳躍することでかわしていた。みんなが沙耶を見上げている。そのことに不思議な高揚感を沙耶は感じていた。


「沙耶、お前は兵器なのだ。それを忘れず戦うのだ」


 ゼツエイが喜びをあらわにして言った。沙耶は見下ろす。眼下にいる敵、飛鳥の姿を。判断は下された。部屋の中央で立ち止まったままただ無造作に撃ってくる飛鳥の銃弾を沙耶は次々と空中を舞うようにかわしていく。

 不思議と感じる開放感。やはり自分は兵器なのか。戦っているのに満足を感じる。そう思った時だった。

 不意に飛鳥の姿がぶれるように消えた。


「え!?」


 止まっていた彼女の姿に目が慣れていた沙耶は突然のその動きを捉えられなかった。


「何をしている沙耶!」


 ゼツエイの声が飛ぶ。背後に気配を感じた時は遅かった。いつの間にか沙耶よりも高く跳躍していた飛鳥の手が天井を蹴って沙耶の背を捉え、そのまま押さえつけられた沙耶の体は地面へと落下して叩きつけられた。


「ぐはっ!」

「あなたは空を舞うだけが能の小鳥ちゃんなのかしら。どうやら本気を出す前に終わりそうね」


 体を足で押さえつけられ、背後で撃鉄の起こされる音がする。沙耶は本能で感じていた。戦わなければ。戦わなければ。そんな思いが心の中を満たしていく。


「っ!?」


 足を置いていた沙耶の体に一瞬の違和感を感じ、飛鳥は大きく後方へと跳び下がる。その直後、沙耶の体から金色の光が爆発的に立ち上り、辺りの床を粉々に吹き飛ばしていた。

 もしもあと少し退くのが遅かったなら、飛鳥の体も床と同じように吹き飛ばされていただろう。だが、そのような危機にありながらも少女の表情は冷静だった。

 沙耶の放つ光を目にしたゼツエイは両腕を広げ、満足気に笑った。


「宇宙でも有数の固い物質と言われているエスペルム金製の床を砕くとはたいしたものだな。まあこれぐらいのことは出来るのが当然か」


 この部屋のありとあらゆる物質は最大限の衝撃にも耐えられるように造ってある。全ては沙耶のあまりにも大きすぎる力を計測するためにそれに耐えられるようにするためだ。だが、沙耶の力はその予測よりも上がってきている。


「基本的なデータの再計測から必要になりそうだな。いいぞ沙耶! お前の本当の力を見せてくれ!」


 沙耶の背後に天使のような羽が開き、きらめきを放つ。遠くに離れて着地した飛鳥は冷静に状況を見つめている。沙耶がそちらの方向へ振り返る。光る瞳をして。


「沙耶!」


 沙耶の異変に兵衛門が叫ぶ。だが、今はどうしようもない。悔しいが今の沙耶の相手を出来るのは飛鳥しかいないのだ。


「飛鳥ちゃん、わしはお主がただの冷酷なだけの少女ではないと信じておるぞ」

「やれ、沙耶! 今のお前なら勝てる!」


 ゼツエイが号令を飛ばす。金色の光をまとい翼を広げた沙耶はまるで天使のよう。その表情にさっきまでの戸惑いや人間らしい感情は微塵も無い。まるで破壊兵器の本質へと立ち戻ったかのようである。

 飛鳥は無言で銃を撃つ。が、沙耶には効かない。届く前に光によって弾かれた。沙耶が飛び上がり下降して突っ込んでくる。飛鳥はその突進を危なげもなくかわした。突撃を受け、爆発的にえぐられる床が粒子となって消し飛んでいく。


「凄い威力ね。でも、そんな遅い動きでは当てられやしないわよ!」


 飛鳥の銃が沙耶に向けられる。だが、その標的の姿が突如として消えた。


「後ろじゃ!」

「くっ」


 飛鳥は身を捻りざまとっさにその場を離れ、それでも回避の間に合わない光の衝撃を防御する。すぐに後を追って飛びかかってくる沙耶の光の拳をさらに受け流していく。とどめとばかりに大きく振りかぶられ突進の勢いも乗せられた拳もなんとかかわした。その勢いのままに沙耶は通り過ぎていく。

 飛鳥は身を翻して着地し、標的をきつく睨みつけた。


「防御するにはきつい攻撃ね。もう手加減はいらないって感じかしら」

「今まで手加減をしてくれていたのか」


 その言葉に兵衛門は少し安心した。ゼツエイは冷酷に告げる。


「沙耶は三大脅威を倒すための兵器だ。本調子になった今ではもう殺し屋キラーと異名をとったお前でも役不足かもな」

「もうここからは本気よ。一気に片を付けるまでね!」


 地を蹴り、飛鳥が突撃する。壁の付近を沙耶が反転し、向かってくる。ともに向かいあい距離がつまっていく。飛鳥は銃を構え、沙耶は手に光弾を作った。


「いかん飛鳥ちゃん! 飛べ!」

「っ!?」


 兵衛門の声と一瞬の判断で地を蹴った飛鳥は沙耶の放った光弾から自分の身をそらせた。そのまま体を回転させ、着地する。なんという運動能力。どちらもただものではない。


「向こうも飛び道具を使えるのね。ちょっと驚いたわ」


 ちょっとところではない表情で言いながら、迫ってくる沙耶の攻撃を身を沈めてかわす。その反動をバネにして上へ向かって沙耶の体を突き上げる。

 天井付近まで突き上げられた沙耶はそこにぶつかるよりも前に翼を広げて体勢を立て直し、すぐに舞い降りて反撃に出てくる。

 飛鳥は情けを持たない天使のように降りてくるそれを見上げる。

 今の沙耶の表情ははっきりとは読み取れないが、その目的と狙いははっきりとしている。


「どうも本気で殺しに来ているようね」


 見上げ、銃を上に向ける飛鳥。だが、撃たない。降りてきた沙耶の攻撃が飛鳥の立っていた地面を抉り、吹き飛ばす。

 沙耶の放つ輝きが増し、空間に光が満ちていき、何も見えなくなっていく。


「そうだ、沙耶。お前は最強の兵器」

「飛鳥! 沙耶!」


 ゼツエイが満足気に微笑み、兵衛門が叫ぶ。満ちていた光が引いていく。二人の表情が不意に変わった。そこに意外な物でも見たように。


「狙いが分かっているのなら見切るのは簡単なこと。あなたの攻撃はもうタネの分かった手品よ」


 飛鳥が立っていた。着地して翼を降ろした沙耶の頭に銃口を当てて。沙耶は動けない。動いたその瞬間に自分が破壊されることが分かっているから。


「今度の仕事もこれで終わりね。さよなら」


 無言で立ちすくむ二人の前で、飛鳥はためらうこともなく引き金を引いた。

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