第17話 戦いの先に

 銃声が轟いた。沙耶の体はただ撃たれた勢いのままに倒れていく。ゼツエイと兵衛門は凍りついたようにそれを見ていた。

 ゼツエイは目の前の出来事が信じられないでいた。負けるはずが無かった。コンピューターの計算では、沙耶の能力は全てにおいて飛鳥を上回っていたはずなのだ。

 パワーもスピードも、他の何もかも。それが何故あれほどまでに沙耶の攻撃がかわされ、負けるなどということが起こりえるのか。まるで理解出来ないことだった。


「飛鳥、何故お前が勝ってしまうのだ」


 ゼツエイは喉の奥から絞り出すようにやっとそれだけを言う。

 飛鳥は答えない。それがゼツエイの滞りを怒りとなって噴き出させる。


「答えろ、飛鳥!!」

「経験じゃよ」

「何!?」


 ゼツエイの言葉には兵衛門が答えた。その言葉にゼツエイの鋭い視線が兵衛門にぶつけられるが、彼は気圧されはしなかった。

 兵衛門は必死に感情を抑えつけるよう意識しながら言葉を続ける。


「お前に変えられた沙耶は確かに優れた戦闘能力を持っていた。だが、やはり沙耶に戦いは無理なのじゃ。平和の世界に生きてきた者が戦いの世界に生きてきたプロの殺し屋に勝てるはずがないであろう」

「馬鹿な、そんな馬鹿な」


 ゼツエイは力なく座り込んでしまった。まるで全てを失ってしまったかのように。


「私は……最強の兵器を作ったはずなのに……これでは三大脅威に勝つことなど夢のまた夢ではないか!」


 ゼツエイは拳を握って床を叩く。その姿はひどく惨めに思えた。おそらく彼の中で今何かが終わってしまったのだろう。

 兵衛門は飛鳥を見やった。彼女はただじっと立ったままだった。飛鳥から手を出さず見ているように言われた手前、こちらもまだ足を進めるにはためらいがあった。だが。


「飛鳥ちゃん、お主はこれで満足なのか?」

「わたしはただ自分の仕事をしただけよ」


 静かに答え、飛鳥はその場から立ち去ろうと身をひるがえす。


「待て、飛鳥」

「……」


 飛鳥は背を向けたまま立ち止まる。兵衛門は言うべきかどうか迷ったが決心はもう変えられないと思った。


「わしはお主を信じておった。だが、こういう結果になった以上見逃すわけにはいかん」

「そう、……ね。いいわ。わたしはこうして後ろを向いててあげるから、好きにかかってきてよ」

「銃を構えろ、飛鳥」


 年端もいかない少女にこのようなことを言わなければならないその一言一言がひどく重い重圧となって兵衛門自身にもかかってくる。だが、もうお互い逃げる選択などありはしないのだ。

 飛鳥は静かに言葉を告げる。一つの戦いが終わった戦場に、その言葉は鋭利な刃物のように兵衛門の精神に突き刺さってくる。


「前に言ったでしょう。わたしとおじいさんじゃ勝負にならない。だから、こうしてハンデをあげるのよ」


 飛鳥は先に銃を構えるつもりはないらしい。兵衛門は覚悟を決めた。


「そうか、ならば遠慮はせんぞ!」


 拳を握って足を踏み出す。相手がどんなつもりであれ、迷って勝てる相手でないのはよく分かっている。本気で掛からねば万に一つの勝機も掴めはしない。

 飛鳥は動かない。その拳が彼女の頭に届く寸前、兵衛門はその攻撃を止めた。風圧に飛鳥の髪が揺れた。彼女は言葉もなく笑ったようだった。兵衛門はそれが府に落ちなかった。


「何故かわさん」

「沙耶ちゃんの力が凄かったからね。もう力が出ないわ。残念……ね」


 倒れかける少女の体を兵衛門は抱きとめた。激闘を戦い抜いた少女の体は力なく弱っていた。兵衛門は今更ながらにはっと我に返った。

 そうだ、いくら強いといっても彼女はまだ年端もいかない少女なのだ。今までも相当の無理をしてきたのだろう。彼女があまりにも強かったから、自分をも超越した存在として立ちはだかっていたから、彼はいつしかそのことを忘れてしまっていた。


「こんな無理までして……何故、沙耶を撃ったのじゃ」

「わたしは殺し屋だから……そうするしかないのよ……」

「沙耶とは友達だったはずじゃろ」

「友達、ね。そうだったかもしれないわ。でも、そんな物がこの世界で何になるというの……?」

「それはお主にも分かっていたはずじゃろう」

「……どうかしら。みんな良い人だった。それだけは確か。でも……わたしには関係ない。わたしはこの仕事を終えたら、また去っていく人間だもの」

「殺しの世界などもうやめてしまえ。お主には別の世界があるはずじゃ」

「別の世界、そんなの分からないわ……わたしはずっとこうして生きてきたのだから……」

「家に来たお前は本当に楽しそうじゃった。あれが本当のお前ではなかったのか?」

「本当のわたし……そうか、あれが……そうだったんだ……」


 飛鳥はうっすらと目を閉じ、気を失ってしまった。勝負に勝ったとはいえ、体力を極限まで使っていたのだろう。小柄なこの体にいったいどれほどの力があったというのだろう。殺し屋キラーなどとたいそうな呼ばれ方をしていても彼女はただの少女なのだ。


「飛鳥ちゃん……沙耶」


 飛鳥の体を抱き上げ、兵衛門は沙耶の元に近づこうとする。不意にその足元の床を光の銃弾がかすめ、彼は足を止めてゼツエイの方を見やった。

 ゼツエイがマントの下から光線銃を抜き出し、こちらを狙っていた。その手は狂気の興奮で震えていた。


「沙耶は私の物だ! 近づくなあ!」


 およそ正気とは思えぬ笑いを浮かべ、ゼツエイは銃を向けたまま沙耶の元へ歩いていく。


「沙耶は……私の物だ! 私の作った最強の兵器なのだ! ハハハ! 負けるはずがない! ないのだ! 絶対になあ!」


 兵衛門は怒りのこみ上げる思いだった。全ては目の前にいるこの男の仕組んだことなのだ。沙耶の親でありながら、沙耶と飛鳥を戦わせた。


「お前はまだそんなことを! お前のつまらぬ意地が沙耶と飛鳥を傷つけたのじゃぞ! こんな子供達を戦い合わせるなぞ、いったい何を考えておるのじゃ!」


 苦渋に歪む顔にゼツエイは残忍さを伺わせる。その手は今にも引き金を引いてしまいそうに揺れている。


「フ、フフ、そんなことがなんだと言うのだ。兵器も、殺し屋も、戦うのが役目ではないか! 私には私の理想があるのだ!」

「理想じゃと?」

「そうだ! 究極の兵器を造り、伝説の三大脅威を倒すのだ! そして私の兵器こそが宇宙最強であることをこの世に知らしめるのだ!」

「そんなことで! 戦いなど空しいだけじゃと言うのが何故分からん!」

「ほざけ! 私は科学者であり、武器商人だ! より強い力を求めて何が悪い!」


 床に倒れている沙耶の元にたどりついたゼツエイは、手に持った銃をその少女に向けて降ろした。複雑な表情で求めていた愛する我が子であったはずのその少女を見下ろす。


「ベルゼエグゼスの言った通りだったな。お前は役立たずだ! ここで私自らが消してやっても文句はあるまい! お前を消して、わたしはさらなる超兵器開発への道へ入るとしよう!」


 引き金にかけられた指に力が込められる。


「待て!」


 飛鳥の体を床に置いて、させじと飛び出そうとする兵衛門の膝を一瞬のうちに手を上げたゼツエイの銃が撃ちぬいた。


「くうっ!」


 倒れかける体勢をなんとか耐える。

 その銃弾が沙耶や飛鳥を狙ったものでなくて本当に良かったと心の底で安堵する。そうして前に立つ狂気の科学者の姿を睨み上げる。ゼツエイは声高に叫んだ。


「うるさい! 破壊してやる! 全部破壊してやるぞ!」


 再び沙耶に銃口を向け、ゼツエイはうわごとのように何かを繰り返す。だが、撃てないでいた。何かを拒むかのように手が震えている。ゼツエイの表情がゆがむ。


「沙耶、お前はなんなのだ。私にとってなんなのだ!」


 それはゼツエイにも分からない思いだった。迷いが照準を狂わせる。

 ゼツエイの撃った銃弾は沙耶の頭の横の床を撃ち砕いた。

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