第15話 戦いに向かう者達
ゼツエイは沙耶の調整を済ませた。これで全てがうまくいく。いや、全てが始まるのだ。
「沙耶、目を開けてみなさい」
いつかのように軽い命令を出す。まるで二十年前に戻ったような感慨を受けながら。
あの日開けられていた目は今は閉じられている。まずは目を開けさせなければ。
沙耶が命令通りに目を開ける。反応や動作は順調のようだ。だが……不意にその瞳から涙がこぼれた。
予想外のことにゼツエイは少し取り乱した。
「なんだ、どうした沙耶? まだ調整の不備があるのか?」
「博士、どうしてあたし忘れていたの?」
「忘れていたわけではない。お前は長い夢を見ていたのだ。……お前はずっと私の物だ」
プログラムの調整の中でどうやら過去の記憶を呼び起こしてしまったようだ。記憶のことは半分あきらめかけていたが、これは嬉しい誤算だ。いや、嬉しい……のか。どうでもいい。所詮はただ使うだけの兵器だ。
ゼツエイは少女の小柄な体を抱きしめる。その手は我知らず震えていた。
「ゼツエイ博士、ゼツエイ博士聞こえているんでしょう?」
不意に誰かの声が聞こえてゼツエイは慌てて沙耶の体を離した。
モニター画面の向こうで飛鳥がこちらを見つめていた。監視カメラの一つをわざわざ見つけ出して逆に利用しているのだろう。向こうからこちらは見えないはずだが、それでもゼツエイは急いで居住まいを正した。
「今からそっちへ行くわ。迎えはもう我慢してあげるから、準備はちゃんとしておいてね」
景色が回転し、銃声とともに消滅する。監視カメラが撃ち抜かれたのだろう。沙耶には一瞬、その隣に祖父の姿も見えた。
「おじいちゃん、飛鳥ちゃん……」
沙耶は誰に聞こえるともなく呟く。
ゼツエイは仕事を終えたコンピューターの電源を切る。
危うく本来の目的を忘れるところだった。沙耶には戦いをさせないといけないのだ。
そのために造った……兵器なのだから……
沙耶の飛び去った方角を目指して走っていく次郎太は、廊下の壁際に倒れている少女の姿を見つけた。
藍色の髪、黒いワンピースを着た小柄な少女だ。沙耶とは何か雰囲気が違う感じがしたが駆け寄って抱き起こすことにする。
「沙耶姉! 沙耶姉!」
その少女は確かに沙耶と同じ顔をしていた。が……少女はうっすらと目を開けて口を開く。
「なんだ、お前は」
違う。やっぱり似ているけど沙耶姉じゃない。次郎太は落胆をしつつも訊く。
「沙耶姉がどこにいるか知らないか。君にとてもよく似た人なんだけど」
「あいつ……!」
少女が動こうとして苦しそうにうめく。怪我を負っているようだ。唇を噛み締め目をそらせる。
「この体がこれほど不便とはな。何が自慢の兵器だ。こんな物すぐに捨てて元の体に戻ってこの宇宙船ごと叩き潰してやるからな。だが、力を失った今の状態ではこの距離は精神移動には遠すぎるか。お前、わらわを連れていけ。あっちだ」
何事かを呟きながら、少女の指が通路の向こうを指し示す。
次郎太は迷った。自分は沙耶を探さなくてはならないのだ。いつ敵が出てくるかも分からないし、余計なことをしている余裕はない。
「でも……」
「早くしろ!」
有無を言わせぬ少女の口調。この少女は沙耶ではないが、沙耶に言われたような気がした。
いろいろ心配だったが、おぶって走り出すことにする。姉ならきっと困ってる人を放ってはおかないだろうと思ったから。
昨日はこうやって飛鳥を運んでいたな。そんなことを遠い出来事のように思い出す。何故みんなバラバラになってしまったんだろう。
「飛鳥も、沙耶も、ゼツエイも、よくもわらわのことを馬鹿にしおって、今に見ていろ……」
背後で少女がうめく。次郎太はその名前を聞きとめた。
「君、沙耶姉や飛鳥ちゃんのこと知ってるの?」
次郎太の言葉に少女は聞く耳を持たないようだった。
「無駄口を叩くな。お前は走ることだけしていればいいのだ」
「何を!」
言いかけて黙る。少女の息が苦しそうだったからだ。無駄に喋らせない方がいいだろう。
<まったくもう、僕をなんだと思って>
心の中で恨み事を思ってしばらく走っていると、前方に道が三本に別れているのが見えた。
「君、どっちに行けば……」
「どこだここは。意識が朦朧として場所がうまく掴めん」
後ろからそんな声が聞こえてきて、次郎太は言いかけた言葉を飲み込み、山勘で右に行くことにする。
僕だって勘のいい祖父の血を引いているんだ。その道が当たることを願って。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます