第11話 宇宙の三大脅威

 月軌道に浮かぶゼツエイの巨大宇宙船がある。

 禍々しくも滑らかな曲線を描くライン、周囲に突き出す巨大砲塔が針のように並んでいる。

 内部の機械群を覆う赤いくすんだ色をした外甲が星明りに不気味な輝きを跳ね返している。

 地球から飛び立ったゼツエイのUFO群はその巨大母艦の中へと降り立ち、白銀の足をその発着場へと立てていった。ゼツエイと沙耶は並んで広間へと歩いていく。

 沙耶はずっと逃げる機会を伺っていたが、後ろからついてくるロボットは沙耶の背中から銃を離す気は無いようだった。


「宇宙に来るのは初めてかね、沙耶」


 ゼツエイがわざとらしい皮肉な笑みを浮かべて訊く。沙耶はとたんに不機嫌をあらわにして睨んだ。


「そんなこと当然じゃない! そんなことよりこの周りのうっとうしい奴らをなんとかしてよ!」


 沙耶は大きく手を一振りして言う。UFOが降り立ったその場所には、ロボット達が整列して銃をかかげて並んでいた。


「彼らは君を歓迎しているのだがね」


 ゼツエイは面白がっているようだ。それがより沙耶の感情を逆なでる。


「そんな歓迎はどうでもいいの! あたしはこいつらが嫌なの!」

「フフ、まあお前がそう言うのならそれもいいだろう」


 ゼツエイが指を鳴らすと、ロボット達は散り散りになって去っていった。沙耶が本心から疲れたため息を吐く。後ろに視線を向ける。


「こいつもなんとかしてくれると嬉しいんだけど」


 沙耶の背中に銃を突きつけたロボットは相変わらずそこで銃を突きつけたままだった。ゼツエイは言う。


「それは駄目だ。お前が言うことを聞かなくなるからね」

「あたしをどうするつもりなのよ!」

「どうもこうもしない。お前は元々ここにいたのだからな」

「それってどういう」

「お前はミザリオルの姿を見たか?」


 沙耶の言葉を遮ってゼツエイが問う。不意に来た真剣な空気に沙耶は思わず後ろめたさを覚えた。いったいなんなんだろう。その姿が何か意味するのだろうか。


「なによミザリオルって。そんなの知らないわよ」

「そう言うなら、それもよかろう。これから知ればいいことだからな」


 ふふと笑ってゼツエイは先に歩いていく。沙耶はぽかんと見送る。


「なっ、なんなのよ! いたっ!」


 叫んだところをロボットに叩かれる。沙耶は頭を抑えて振り返った。


「何するのよー!」


 ロボットは相変わらず無表情のままだ。こいつは……好きになれない。


「私のロボットが失礼をしてすまないな。何分頭が悪くてね。さあ、二度叩かれたくなければ早く来たまえ」


 ゼツエイの有無を言わせぬ口調。沙耶は渋々ながらも後をついていくことにする。


<叩かれまくってあたしまで頭が悪くなったらたまらないわ>


 そう思いながら。




 長い廊下を進み、エレベーターをいくつか上がり、沙耶が強制的に案内されてきたのは広い殺風景な部屋だった。

 UFOもこの母艦も広かったが、この部屋もまた広いものだ。

 あっちの端からこっちの端まで東京ドームぐらいの広さがあるのではないだろうか。

 沙耶は東京ドームの実物を見たことはなかったが、広々としたその光景になんとなくそう思うのだった。無駄に広いその場所は何の用途に使うのかはよく分からない

 外から見た宇宙船も大きかったから、中も比例して大きいのだろう。広い体積を無駄に持て余してるだけかもしれない。宇宙人の趣味は沙耶にはよく分からない。

 つと視線をもう一巡させる。

 ここは景色を眺めるための場所なのだろうか、壁や天井の多くをしめる広大なガラス窓の向こうには宇宙の星空が広がっている。

 広大な星空に思いを馳せ、いつもの彼女ならロマンチックな気分に浸るところだろうが、今はとてもそんな気分にはなれない。沙耶は不機嫌な目で横に立つゼツエイを睨み上げた。


「ここで何しようっての! 天体観測なんてする暇あったら、帰ってお風呂に入りたいんだけど!」


 沙耶が言ったのはそんな言葉だった。とにかく今の状況が気に入らなかった。ゼツエイはためいきをついたようだった。


「やれやれ、はしたない子に育ったものだ。女の子がそんなことを言うもんじゃない」

「それは……そうだけど」


 言われて口をつぐんでしまう。自分だって言いたくて言っているわけじゃないのだ。それが例えこんな奴の目の前だとしても。

 次郎太やおじいちゃんに知られたら軽蔑されてしまうかもしれない。

 無意識のうちに床に足でのの字を書いてしまう。ゼツエイは沙耶の隣から歩みを進めた。


「これから大事なお客様に会うのだからね。そのまま静かにしていたまえ」

「お客様?」


 顔を上げる沙耶。ゼツエイが足を止め、窓の外へと目で指し示す。


「ベルゼエグゼス、いるのだろう」


 ゼツエイが呼ぶとそれに答えたかのように星空の中を複数の光線が走り抜け、何もないと思われた空間から巨大な何かが現れた。黄金に弾ける炎が周囲の暗闇のもやを照らし返している。


「ゼツエイ、その娘か。お前の言っていた奴は」


 暗い、重い声が響く。

 闇の霧が晴れていく。現れたのは巨大な灰色の竜だった。瞳は黄色、牙の並ぶ口やごつごつした石のような体からは絶えず闇の霧が立ち上っている。背にはばたくのは二つの翼。巨大な尻尾が体の後ろでゆらゆらと揺れている。

 巨大な竜はゼツエイの巨大船に取り付くように手を降ろし、中を覗き込んできた。

 その不気味さに沙耶の身がすくんでしまう。全てを見透かされているかのような言い知れぬ恐怖を感じる。なんだか知らないがこいつはやばい。


<おじいちゃん! 次郎太!>


 必死に今自分を助けるために頑張っているであろう二人のことを思って耐える。自分がここでくじけるわけにはいかない。あたしは祖父と次郎太の支えとならないといけないのだから。

 それはずっと思っていたことだった。

 口では次郎太に守ってと言っておきながら、いざとなったら自分が頑張るしかないと思っていた。次郎太は頼りないし、おじいちゃんはもう年だ。心配をかけさせるわけにはいかない。

 それになんと言っても自分は次郎太の姉なのだ。年上の者が、頼りになる元気な者が頑張るのは当然だ。

 決意をこめて顔をあげる。竜の黄色い二つの目を見返す。

 何かを探っているのか巨大な化け物の目がわずかに細められ、闇のもやから黒い影が伸びてくる。まるでまとわりつく触手のように窓をすり抜け沙耶の足元へとずるずると忍び寄ってくる。沙耶は思わず身をひいた。


「ひっ!」


 気をつけていたのに、ついしゃっくりのような変な声をあげてしまう。隣でゼツエイが落ち着いたままの声をかけてくる。


「そう恐がるものではない。このお方はお前を買ってくださるお客様なのだからね」

「なっ、なんなのよそれ!」

「武器を扱うにはそれなりの優秀な使い手が必要だ。そういうことだ」

「わけわかんな……!」


 闇の手が数回上下して沙耶の喉下に突きつけられて止まった。沙耶は叫びたくなる言葉を飲み込んでそれを見下ろすことしか出来ない。

 闇が呼吸をしているのか、うなるように空気が振動していく。沙耶は一寸たりとも動くことが出来ないでいた。

 黄色い瞳が何かを伺っているのかじっと見つめている。巨大な化け物に見つめられるのはいい気分じゃない。竜が口を開く。


「おびえておるのか、小娘。ゼツエイ、わらわは愛玩動物(ペット)を買いに来たわけではないぞ。このような小娘が何の役に立つのか」


 魔竜の瞳が沙耶からゼツエイの方へと動かされる。視線が外されたことで沙耶はほっと肩の力を抜いた。ゼツエイは落ち着いた声で答える。


「今は攻撃システムがダウンしているからな。だが、目覚めれば変わる。安心しろ、すぐに力を見せてやる。あいつを使ってな」


 そう言って指を鳴らし、浮遊ロボットが飛んで持ってきた電話を手に取った。ダイアルを回して耳に当てる。


「飛鳥、いつまで遊んでいる? そろそろこっちへ来い。お前の仕事はまだ終わってはいないのだぞ」


 それだけ言って切ってしまった。随分乱暴な電話もあったものだ。だが、今はそんなことを気にしている場合じゃあない。


「あたしに何をさせるつもりなの?」

「お前に飛鳥と戦ってもらう」

「な、なんで!?」

「お前は宇宙の三大脅威と呼ばれる存在を知っているか?」


 ゼツエイが答えるよりも先に、質問に質問を挟んできたのはベルゼエグゼスだった。有無を言わせぬその口調に沙耶は思わず身を強張らせてしまう。


「な、何なのよそれ。さっきのミザリオルといい、わけ分かんないんだけど」

「知らぬのならば教えてやろう」


 竜は語る。その話しぶりは、まるで説明するのを楽しんでいるようにも思えた。


「宇宙の三大脅威――破滅の使者ミザリオル、電界の女王イルヴァーナ、混沌の星獣カオスギャラクシアン。全宇宙で最凶にして最悪と呼ばれている連中だ。わらわがこの宇宙を支配するためには当然奴らを力でねじふせねばならない。お前にはわらわとともにそいつらと戦ってもらう」


 その言葉に沙耶の感情はどこかで切れた。


「そんなのあたしに何の関係があるっての! 勝手に一人で戦ってよ!」


 もうわけが分からなかった。

 宇宙の三大脅威とかミザリオルとか飛鳥と戦うとか、そんなのが自分に何の関係があるというのか。あたしはただの島で暮らす平凡で可愛くみんなに褒められる普通の優しい可憐な女の子なのに。飛鳥とも多少気に入らないところはあっても久しぶりに出来た友達になったはずなのに。

 それに自分にそれほどの戦う力があるというのなら、真っ先に目の前のこいつらと戦っているところだ。

 沙耶の考えを知ることもなくベルゼエグゼスは告げる。


「むろんそれもいいだろう。奴らがどれほど強いと言われていようと、わらわとて力持つ者なのだからな」

「いいならいいじゃ……」


 言いかけたところで竜が口を挟む。話はまだ終わっていない。


「だが、備えがあればそれにこしたことはない。今回はゼツエイが自慢の兵器を見せてくれるというので来たのだがな。それがこんな小娘とはな。どうなっているのかな、ゼツエイ」

「そうよ! どうなっているのよ、ゼツエイ!!」


 竜の言葉がゼツエイを責める方向へと変わった。沙耶はここぞとばかりに相手の言葉尻に乗って責め立てる。

 とにかく連れてきた張本人が一番悪いに違いない。沙耶の必死の剣幕にも、ゼツエイの態度は落ち着いたものだった。


「やれやれ、二人とも気の早い。沙耶の本当の力を知らないからそんなことが言えるのだ」

「「本当の力!?」」


 沙耶とベルゼエグゼスが同時に声をあげる。予期せずハモってしまった少女と巨竜の声をゼツエイはわずらわしげに手で横へどけて話を続けた。


「さっきも言ったように沙耶と飛鳥を戦わせる。それで私の武器の有効性を見せてやろうではないか」


 落ち着き払ったゼツエイの態度に、ベルゼエグゼスが声を出す。


「飛鳥の勇名はわらわも知っておる。なんでも殺し屋の中の殺し屋だとか。だが、所詮はか弱い人間の中での物差しで測ったこと。そんな力で宇宙の三大脅威に通用するのかな?」

「そうよ! か弱いあたしに戦いなんて出来るわけないでしょ!」


 いつの間にかベルゼエグゼスと沙耶の意見が一致してきている。沙耶に戦いは無理だと両者とも判断している。だが、ゼツエイはそんなことは意に介さない。


「まあ、なんにせよ見れば分かる。まずは飛鳥、次に三大脅威だ。しばらく待っているがいい」

「その必要はない」

「なに?」


 場を凍りつかせるようなその竜の声に、ゼツエイの動きが止まった。まるで意外なことでも聞いたかのように。


「こいつの力、わらわが直接試してやろう」


 ベルゼエグゼスの瞳が強く光を放つ。何も無いはずの宇宙船の床から闇の霧が立ち昇り、何かの姿へと実体化していく。


「ゼツエイ、お前にわらわの闇の秘術を見せてやるぞ」


 竜の瞳の光が薄れていき、沙耶の視界はゆっくりとその影の姿を認識する。

 宇宙の闇のように深い藍色の髪が宙を波打つ。着ている物は沙耶の物に似た、だが色は黒いワンピース。宇宙の光が照らす。虚ろな少女の無表情の顔を……


「あ、あたし!?」


 それは沙耶だった。黒い、静かな沙耶。その人形のごとき影の少女は、床のわずか上を浮かび、何も映さない瞳で虚空を見下ろしていた。


「何のつもりだ、ベルゼエグゼス」


 ゼツエイが珍しく慌てたような声を出す。その取り乱した様を楽しむ余裕は今の沙耶にはなかった。


「対象となるものの姿を写し取り、自らの手駒として使役する。これこそわらわの闇の秘術。どうせ力を計るなら同じ姿であった方が都合が良かろう。こいつにはわらわの力の三十分の一ほどを与えてある。さあ、戦え!」

「待て! ベルゼエグゼス!」

「待つ必要などない!」


 ベルゼエグゼスの意思に反応したかのように影から生まれた黒い沙耶が視線を上げ、宙を羽ばたいた。風が流れる。夜の深淵をも思わせる暗い静かな瞳が頭上から沙耶を見る。

 それは沙耶の姿をとっていながら沙耶とは全く異質な存在。


「さあ、行くぞ」


 ベルゼエグゼスの意思に操られ、黒き沙耶が口を開く。

 沙耶が何の反応もしないうちにその口から放たれた紫電の光線は少女の肩を容易く貫いたのだった。

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