第9話 兵衛門の戦い

 次郎太はなすすべも無く立ち尽くしている。

 兵衛門ははやる気持ちを抑え冷静に戦況を見つめている。孫が下手に興奮して突っ走らなければいいがと思いながら。

 沙耶の身柄が飛鳥の手からロボット達に渡される。

 飛鳥が味方として一緒に戦ってくれたら。短いながらも一緒に暮らして、兵衛門は彼女がそれほどの悪人とは思えなかった。

 だが、見る目が違ったのか。目の前の少女は沙耶を道具のようにしか扱っていない。昨日は一緒に友達のように笑いあっていたというのに。


「こんな奴が兵器になるの? わたしは正直がっかりしているんだけど」

「それが普段の沙耶なのだ。だが、目覚めれば変わる。さあ、連れてこい」


 ロボット達が沙耶の両腕を掴みゼツエイの方へ連れていく。UFOから降りる光線の元に引きずっていく。あそこに入られたらおそらく取り戻せなくなる。


「次郎太!」

「沙耶姉! くっそおお!」


 沙耶の叫びに呼応したように次郎太は走った。反応したロボット達が一斉に銃を構えるがそんなことすら次郎太の意識には入らなくなっていた。ただ、ただ、沙耶の元へ走る。


「次郎太! いかん!」


 兵衛門がとっさに叫ぶ。だが、距離が離れていては手も足も間に合わない。こんな時武器があれば。だが、今は戦争の時代ではないのだ。銃も爆弾も今は手元には無い。

 彼のすぐ横から銃音が轟く。ロボット達が一斉に火を噴き、倒れ、その機能を停止した。


「ここはわたしがやるから手を出さないでって言うのがどうして分からないかなあ。いくらでも替えが作れるようなロボットだから頭も悪いのかしら」


 飛鳥の銃が撃ったのだ。さすがのゼツエイが声を無くしてしまう。一瞬のことに兵衛門も気持ちの切り替えが間に合わない。

 安堵する間もなく兵衛門の側から次郎太の前に一瞬のうちに移動した飛鳥が、今度は次郎太の進路の前に立ちはだかった。何という素早い動き。兵衛門の目を以てしても追いかけるのがやっとのことだった。

 沙耶は彼女の向こう側だ。今度こそ次郎太は殺される。

 次郎太が手を伸ばす。だが、その手は沙耶に届かない。

 思いもかけず強力な飛鳥の拳をまともに腹にくらい、次郎太はうめいて地に倒れた。


「男でしょ、根性見せなさい。それともこれで終わる?」


 銃が向けられる。倒れた次郎太に向かって、引き金が絞られていく。何かを察したようにその視線が反応し、すんでのところで方向が変えられた。

 空中を飛んで迫ってきていたロボットの残骸を銃弾が撃ち抜き、爆風が風に流されていった。すぐ側に転がってきていたロボットの部品を兵衛門が蹴り飛ばしていたのだ。


「飛鳥ちゃん、わしの家族に手を出すといかにお前さんでも許さんぞ!」

「おじいちゃん、わたしに挑戦するつもり?」

「次郎太! ここはわしにまかせて早く行け!」


 言われるまでもなく次郎太はふらつきながらも立ち上がり、沙耶の救出に向かう。ゼツエイと沙耶は先に光の中に入って姿を消してしまった。間に合うか。

 次郎太はなんとか歯を食いしばり、残る気力を総動員して、光が消える寸前にその中へと飛び込んだ。次郎太を乗せてUFOは空へと上昇していく。

 見送って兵衛門は一つ息をついた。なんとか沙耶も次郎太も無事に命をつなぐことが出来た。事態は何の解決も見ていないが、生きてさえいればなんとかなるはずだ。

 敵の中で一番強いのは間違いなく飛鳥だと兵衛門は測っていた。沙耶のことはひとまず次郎太にまかせることにして、彼は今の目の前の状況を打破することに専念する。

 立ちはだかる相手は未だ本気で戦う気になれない年端のいかない少女だが、強敵であることに違いはない。じっと場の空気を伺い、とにかく話し合いに持っていくことにする。出来れば穏便な打開策を見つけたかった。

 今ならこの場にいるのは自分と飛鳥だけ。他を気にする必要も無い。


「次郎太のこと、見逃して良かったのかの、飛鳥ちゃん?」


 ゼツエイを見送って軽く空を見上げていた少女がゆっくりと兵衛門の方に振り返る。彼女に冷血な表情は似合わない。兵衛門はわずかばかりの戦いとは無関係な気後れを感じる。


「あんな人を送ったところで何になると言うの? ただの素人でしょ、彼」


 冷めた少女の声音に兵衛門は拳を握り固める。


「分かっておらんな、飛鳥ちゃん。沙耶と次郎太は姉弟なのじゃぞ。そして、お前さんは友達だったはずじゃ!」

「ああ、分からないわね、そんなことは。戦いに姉弟とか友達とかそれで何かが出来るというの?」

「戦いではない、そんな物ではなかったはずじゃ!」

「わたしは仕事でこの星に来てるのよ。それを分かってほしいわ」

「くっ、話す余地無しか!」


 兵衛門が決意を固める。戦いが始まる。飛鳥と兵衛門の間で見えない闘気の渦が巻き起こる。ここで負けるわけにはいかない。


<手強い……だが、戦うしかない>


 相手は銃を持っている。こちらは素手だ。どう戦う?


「困っているなら、それ使ってもいいわよ」


 こちらの迷いを読んだのか、飛鳥は地面に散らばっているロボットの残骸を軽く目で指し示す。機械の部品に混じって無傷の銃器もいくつか転がっているのを兵衛門は視界の隅で確認する。


「そんな余裕を見せてもいいのかの」

「余裕を見せなきゃ勝負にならないでしょ」


 軽く肩をすくめ言い終わる間際、不意に飛鳥が動いた。あまりにもさりげない空気に溶け込むような動作に兵衛門は完全に出遅れた。うかつに情報を与えられ、話し合いに持っていこうと心のどこかで意識していたことも大きな隙となって現れてしまったのだろう。


<平和に慣れすぎたか!>


 戦場で戦っていた若い頃の自分ならこんな失敗は踏まなかっただろう。だが、自分はとっくに現役を引退した老いた身であり、相手は現役の若いプロの殺し屋なのだ。

 とっさに構えようとするが、敵の姿が捉えられない。間に合わない。


「くっ!」


 破れかぶれに拳を突き出すが、肩のわずか上で空を切られてしまう。いや、切らせたのか。勘だけでは真の強い敵には通用しない。戦場で仲間にそう言われたことを今頃になって思い出す。


「どこを狙ってるの?」


 胸に押し当てられる銃口。見上げてくる少女の不敵な笑み。悪魔とも天使とも思えるその姿に、兵衛門は死を覚悟した。


「ここまでか……」

「殺気を消して攻撃してくる敵と戦ったことはないのかしら」


 そんな単純な物では無かった。飛鳥の動きは。


「かなり戦い慣れしておるようじゃな」


 不思議に穏やかな言葉が口をついて出る。


「まあね」


 隙を探すが見つからない。兵衛門は完全に捕らえられていた。一筋の光明が見出せない。


<すまん、次郎太、沙耶>


 心の中で残す家族にわびをいれる。


「そういうあきらめのいいのって好きじゃないわね」


 飛鳥は軽く鼻で笑い、銃を引き、身をひるがえした。


<なに!?> 


 とっさのことに兵衛門は反応することが出来なかった。飛鳥は数歩離れたところで振り返って答えた。


「時間潰しがこれで終わってはつまらないわ。あなたの大事な沙耶ちゃんと次郎太君のところへはわたしが連れていってあげる。チャンスも上げるからいつでも好きな時にかかってきてよ」

「なんのまねじゃ」

「これはゲームなのよ。弱い人にはハンデをあげる。でないとわたしが満足できない。わたしの最終目的沙耶ちゃん殺しを止められるものならどうぞ止めてみなさいってこと」

「沙耶を殺す……それがお主の目的じゃというのか」

「そうよ。そのためにおじいさん達のところにごやっかいにもなったのよ。でも、言われてるほどたいしたこと無さそうだから、つい見送っちゃったけどね」

「では、機会があればやっていたというのか」

「それはないわね。まずは沙耶ちゃんとゼツエイ博士を会わせることが第一の仕事だったから。それに彼女、今は本調子じゃないらしいし。おじいさんは知らないだろうけど、ゼツエイ博士は宇宙じゃ名の知れた武器商人なのよ。その人が凄いっていうんだから、どれだけ凄いか期待しちゃうじゃない?」

「残念じゃが、沙耶は何も凄くはないぞ。鍬は振れんし、算数だって満足に出来ん。普通の明るく優しい真面目な女の子なのじゃ」

「でも、目覚めれば変わる。ゼツエイ博士はそう言ってたわ。それからよ。本気同士の殺し合いをするのは」

「なんのためにそんなことを。戦いなどしてもなんにもなるまい」

「なるかならないか。そんなことはやれば分かることよ。わたしは本気の戦いをやりたいの。わたしの満足できるレベルのね。ゼツエイ博士には別の目的があるんだろうけど、わたしにはそれで充分よ」

「飛鳥ちゃん、それでお主は満足できるのか?」

「さあ、どうかしら。このロボット達の実力じゃ話にならないけど、沙耶ちゃんは違うらしいから、ね」


 飛鳥がそう言った時、不意に上空に黒い影が現れ、人工的な風が吹き抜けた。兵衛門は空を見上げる。

 一機の飛行物体がそこに飛んでいた。ゆっくりと高度を下げてくる。


「わたしの船よ。さあ、招待を受ける? それともここで全てが終わるまで留守番をする?」

「是非もあるまい」


 風に吹かれながらの少女の申し出を兵衛門は仕方なく受けることにしたのだった。

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