第8話 玄関先の対峙
次郎太が玄関から外へと飛び出して行くと、少し離れた場所ではSF映画でしか見たことのないような金属質のロボット達が立ち並び、上空には数隻の謎の飛行物体が飛んでいた。祖父はそこで半円形に囲まれている。
まるで現実とは思えないようなその光景に、次郎太は驚いて見上げて見回して目を見張って息を呑んでしまった。
「じいちゃん、こいつらはいったい」
混乱しそうな思考を抑えながら、やっとそれだけを言う。
ロボットは実用性本位だろうか。目立った装飾はなく手らしき箇所には銃を持っている。宙を飛んで静止している飛行物体の方は高度があってよく分からないが、結構なあの大きさにしては驚くほど静かに止まっている。
どうにも非現実的な光景に次郎太は却って冷静に状況を眺めることが出来た。祖父の無事が確かめられたお陰もあるだろう。
「次郎太! 来ちゃいかん!」
見慣れた田畑と見慣れない機械群を背景に、祖父が振り返って叫ぶ。
「え!?」
無意識のうちにふらふらと歩みを進めていた次郎太は慌てて現実に引き戻され、立ち止まった。
「君が次郎太君か。沙耶が随分慕っておるようだね」
祖父とは違う聞きなれない声に驚いて前方を仰ぎ見ると、中央のUFOから光の柱が降り、その中から黒い服を着た男の姿が現れた。白い髪をした初老の男。目元はサングラスで隠されていて見えない。
何がおかしいのか、地に降り立ったその男は薄く笑った。
「失礼をして申し訳ない。私はゼツエイ。宇宙の科学者だ。沙耶を迎えにきた」
「なんじゃと!」
「ひょっとして沙耶姉の本当の親?」
この男は沙耶を知っている。沙耶を知っている者の可能性。次郎太が真っ先に思いついたのはそのことだった。
密かに気にしていたことだった。いつかおとぎ話の天女のように空から迎えが来て彼女を連れ去ってしまうことを。それがまさかこんな奴らだったなんて。
合点がいったようにゼツエイと名乗った男は笑って答える。
「理解が早くて助かる。そう、沙耶は私の作った兵器なのだ。おとなしく渡してもらえれば危害は最小限にすることを約束しよう」
「兵器だって? いったい何を言っているんだ!?」
わけの分からない成り行きに次郎太は思わず憤慨する。ゼツエイは気にもしていないようだ。
「分からないのか? 沙耶は人間を模して作った兵器なのだ。二十年前にミザリオルの起こした宇宙の嵐に巻き込まれて行方不明となっていたが、やっと見つけた」
「そんな、沙耶姉を道具みたいに……」
「二十年も探していたのか。ご苦労なことじゃな!」
沙耶を人間と思わない彼の言葉に拳を奮わせる次郎太の前で兵衛門も怒声を飛ばす。沙耶を大事に思うのは祖父も同じなのだ。
ゼツエイは臆することもなく軽く受け止める。あくまで余裕の態度を崩さずに淡々と告げる。
「宇宙の時の流れの中では二十年などたいした時間では無いよ。沙耶は私の物だ。おとなしく渡せばそれでいい。さもないと」
「嫌だ!」
次郎太は強い拒絶の意思に大きく足を踏み出した。警告するように周囲のロボット達に一斉に音を立てて銃を向けられ、動きを止められる。それでもなんとか言葉を振り絞る。
「沙耶姉は、沙耶姉なんだ。道具となんて見ているような奴らに渡せるもんか……」
「そんな駄々を言って困らせるもんじゃないわよ」
「次郎太~!」
不意の予期せぬ背後からの少女達の声に、次郎太ははっと驚いて振り返った。
情け無さそうに困惑した顔をした沙耶が両手を上げて玄関から出てきていた。その背に飛鳥に銃を突きつけられて。
「沙耶姉!」
「沙耶!」
叫ぶ次郎太と兵衛門。ゼツエイが笑みを飛ばす。
「よく沙耶を見つけたものだな、飛鳥。さすがは殺し屋キラーと呼ばれるだけのことはある。殺し屋をも恐れさせる宇宙最高の腕前という話は本当らしいな」
「その殺し屋の中の殺し屋に人探しをさせるなんて随分な使い方だと思うけどね。宇宙最高の科学者のゼツエイ博士」
「沙耶は兵器だからな。力が持つ危険性いうものを知らぬ奴にまかせて不用意に刺激するのもまずいと思ったのだ。うっかり暴走させて星を壊されでもしたら面倒だからな。お前も見ることを楽しみにしていたのだろう。報酬は払っているんだから文句を言うんじゃない」
「あの話本当だったのか。殺し屋とか言う」
訳知り顔の二人の会話に次郎太がぽつりと口を挟む。あの始めて会った山の帰り道に飛鳥は言っていた。自分は宇宙の星からやってきた殺し屋なのだと。
てっきり冗談だと思っていたのに本当だったのか。
飛鳥の視線が次郎太の方へ向く。おかしそうに笑んで答える。
「だから言ったじゃない。殺し屋だって。本当のことを言ったら人って案外信じないものよね」
「なるほど。うまく騙されたというわけだな、少年」
ゼツエイも次郎太の方を見て笑った。
沙耶を挟んでゼツエイと飛鳥の間で動いていた空気が一瞬、次郎太の方へそれた。
その瞬間を兵衛門は見逃さなかった。ロボット達に構わず、飛鳥の死角を突いて体を飛ばす。次郎太も気が付かなかった。おそらく誰も。
「!?」
驚く沙耶。ロボット達が一斉に銃を向ける。が、標的の動きが速すぎてロボットの銃口は追いつけない。
「すまん、飛鳥ちゃん!」
兵衛門の拳が振り上げられる。だが、神風のようなその鋭く速い攻撃を飛鳥はわずかな上体の動きだけでかわしてしまった。
「あやまってから攻撃するなんて、随分と甘いんじゃないの?」
普通の人間なら吹き飛ばされるような鋭い気迫が、昨日はずっと平和にとぼけていた少女から放たれる。激しい殺意の乗せられた見えない衝撃波を兵衛門はなんとか耐えた。激しい重圧が体を吹き抜けていく。
だが、耐えるだけではどうしようも無かった。痺れたように体が動かない。まさかこれほどの殺気をぶつけられるとは、何十年ぶりのことだろうか。戦争が終わってからもずっと体を鍛えてはいたが、それでも平和に慣れきっていたのかもしれない。
時間にしてわずか0,1秒にもならないだろうが、殺しには十分な時間。その隙に飛鳥の銃が沙耶から兵衛門の方へと向けられる。
「沙耶! 逃げろ!」
「撃て!」
兵衛門が叫ぶのとゼツエイが命令するのは同時。
実行しようとしたロボット達は、しかし、数度の火を噴いた飛鳥の銃に一瞬のうちに撃ちぬかれていた。爆発炎上して飛散するロボット達。焦げた部品が辺りに散らばっていく。
「わたしの売られた喧嘩よ。余計な手出しはしないこと。おじいちゃんのことはわたしにまかせて、目的の彼女をさっさと連れていったら?」
言いながらの飛鳥の鋭い蹴りを兵衛門はなんとか跳び下がってかわす。一見して軽々と放ったようにしか見えない蹴りだったが、痺れが去るのがあとコンマ数秒遅れていたら間違いなく内臓をえぐられていただろう。
久しぶりの生死を分かつ感触に兵衛門は気を引き締める。目の前の次郎太よりも年下と思える少女はまだあどけなさを感じる顔立ちながら、間違いなく一流の殺しの力と技術を持っている。
「私のロボット達に酷いことをする。まあ、こんな低レベルな物はいくらでも替えが作れるがな」
ゼツエイが軽く呆れたようなため息をつく。残ったロボット達に目配せして二体を歩かせる。
沙耶はただ震えている。飛鳥は早く行けとばかりに銃で軽く沙耶の頭を小突いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます