第7話 襲撃者たち

 沙耶から焼けたパンを受け取った次郎太は、彼女の向かいに腰掛けてジャムを塗った。沙耶の方は今も昔と変わらずバター派のようだ。


「沙耶姉はバター好きだね」

「そう?」

「……」


 沙耶はどこか上の空だ。なんとなく沈黙の間が空いてしまう。

 赤い苺のジャムを塗りながら、次郎太は話題を変えた。随分と古くなって少し黒こげてもいるトースターに目を留める。


「このトースターまだあったんだね」

「うん、まだまだ現役だよ」

「もう随分と古くなったんじゃない?」

「そうだね。次郎太が生まれた頃からあるもんね。とすると、次郎太とこのトースターはだいたい同い年ぐらいだね」

「へえー、同い年ぐらいかあ」


 そう思うとなんとなく親近感が湧いた。古いと言ったのは間違いだったかもしれない。沙耶がため息をつき、笑みを浮かべる。


「まだまだ頑張ってもらわないとね」


 それはトースターに言ったのか、次郎太に言ったのか。多分その両方なのだろう。


「沙耶姉も頑張らないとね」

「次郎太がここでずっと一緒に頑張ってくれたら、あたしは楽出来るんだけどねえ。おじいちゃんも」


 いつものように言われてしまう。


「うーん、考えておくよ」


 次郎太が軽く呟き、パンを口に入れようとした。その時だった。


 ドゴオオオオン!


 突然の爆発音と衝撃に台所が揺れた。次郎太の口からパンがそれ、沙耶は体のバランスを崩して慌ててテーブルにしがみつき、祖父が立ち上がり、飛鳥が目を開けた。戸棚やテーブルの上の物がどさどさと落ちる。


「じ、地震!?」

「なんなの!?」

「地震ではないな。わしが見てこよう」


 慌てふためく二人をよそに、兵衛門は急ぎ足で台所を出ていこうとする。次郎太も慌てて立ち上がった。


「僕も行くよ!」

「お前はここに残れ!」


 珍しく鋭い気迫で祖父が制止してくる。次郎太は思わず硬直して身を縮こませてしまった。気を使ったのか兵衛門は優しく表情を緩ませて言う。


「わしの勘が何かきなくさい匂いを感じておるのじゃ。おそらく気のせいだとは思うがな。念のために次郎太はここで沙耶を守ってあげなさい」

「う、うん」


 全然気のせいだなんて思ってないじゃないか。思う意見も無言の気迫に黙らされてしまう。祖父がその視線を横に走らせる。


「飛鳥ちゃん、いっしょに来てくれるかな」

「飛鳥ちゃん寝てるよ」


 沙耶の声に次郎太も振り返って見ると、少女は目をつぶって床にのびていた。


「そうか……仕方ないな。頼りになると思ったんじゃが」


 どうして頼りになるんだろう。次郎太は不思議に思ったが、今はそんなことを思っている場合ではなかった。

 走り出て行く祖父。沙耶は落ち着きなくおろおろしている。


「おじいちゃん、どうして飛鳥ちゃんに声をかけたんだろう」


 沙耶も同じことを思っていたようだ。だからと言って次郎太に分かるわけもない。


「さあ、僕より頼りになると思ったんじゃない?」

「そうかなあ」


 とにかく何か異常な事態が起きているのは確かだろう。次郎太は飛鳥を起こすことにした。何はともあれ眠ったままだと危ないと思った。


「飛鳥ちゃん、起きてよ。飛鳥ちゃん」

「ふあ、どうしたの?」


 数回揺さぶったところで呑気な少女はぼんやりと目を覚ました。


「何か変なことが起きてるみたいなんだ」

「変なこと?」


 次郎太は起きたばかりの彼女に事情を説明した。彼女は聞いているのか聞いていないのか分からないような顔をしていたが、条件反射のようにうなずきながら聞いている。


「そうなんだ」


 彼女はあまり事態を深刻には受け止めていないみたいだ。のんびりとクッションに座ったままやんわりと答える。まだ寝ぼけてるのかもしれない。


「多分、大丈夫だと思うけどね。今おじいちゃんが様子を見に行ったから、すぐに分かると思うよ」


 沙耶が言う。飛鳥を安心させてやろうとして言っているのだろうが、言ってる本人の方が深刻そうだ。

 次郎太は不安になってきた。こんなところで和んでいる場合じゃ無いと思う。


「おじいちゃん、どうしたんだろう。静かだね」

「ああ、静かすぎる」


 沙耶と二人して不安顔を見合わせる。飛鳥は不思議そうに見上げているだけだ。

 次郎太は様子を見に行くかどうか迷った。さっきのただ一度の衝撃の後、周囲は静まりかえっている。それが却っておかしい感じがする。


「次郎太……」


 沙耶の不安な顔。ずっと祖父といっしょにいたから当然だろう。もし、祖父がいなくなったら沙耶姉はどうするのだろう。次郎太は決意した。


「ちょっと様子を見てくるよ。飛鳥ちゃん、沙耶姉をお願い」

「うん、分かった」


 次郎太の頼みに飛鳥は明るく返事を返す。

 その安請け合いっぷりが気になったが、彼女に後をまかせて次郎太は飛び出していった。祖父が頼りにした彼女ならきっとなんとかしてくれるはずだ。そう思うことにして。


「次郎太……」


 沙耶は心配の眼差しで、祖父と弟の出て行ったドアを見送る。


「二人のことが気になる?」


 視界の外から飛鳥が訊く。沙耶は立ち尽くしたまま、ぎこちなくうなずく。


「うん」

「そうなんだ。一丁前に感情ってものがあるんだね。戦闘兵器というものにも」

「え?」


 不意に変わった飛鳥の声音に沙耶はびくりと震えて振り返った。何かが寒気を感じた。何かは分からないけれど、心の内にある何かが違和感を告げる。

 飛鳥はいつもの穏やかな笑みで沙耶を見上げていただけだった。目が合って軽く吐息をつく。さっきまで寝ぼけていたと思っていたのに、それを感じさせないしっかりとした足取りで立ち上がる。

 沙耶は思わず一歩引き下がった。その反応を見て飛鳥は自嘲めいた笑みを形作る。今まで見たこともない彼女らしくない表情だった。


「ま、どうでもいいんだけどね。さて、邪魔者はいなくなったことだし、わたし達はわたし達でゲームをしようか」

「ゲーム? ……って?」

「殺し屋のやることと言ったら、殺し合いね」


 軽く言って振られた飛鳥の手にはいつの間にか銃が握られていた。まるで手品のように自然にあってその手に収まっている。

 冷静とも言える動作とともにその黒い銃が沙耶に向けられる。少女の表情にはさっきまでの寝ぼけていたような雰囲気は微塵も無かった。


「あ、飛鳥ちゃん?」

「お仕事もあるんだけどね。今はそれよりも」


 足元のクッションを脇へと蹴り飛ばし、後ずさった沙耶に歩み寄ってくる。


「殺し屋と破壊兵器。どっちが強いか興味あるじゃない?」


 飛鳥はそのまま壁際まで追い詰めた沙耶の頭に銃口を押し当てた。前髪越しに感じるその感触に、沙耶はわけも分からず動くことも出来なかった。自分の頭に当たっているその冷たく固い感触が信じられなかった。


「な、何の冗談……なの?」


 沙耶が見上げるその目の前で、飛鳥は冷酷な殺し屋の笑みを浮かべて見せた。


「銀河でも有数の科学者、ゼツエイ博士に作られた破壊兵器とやらの力、見せてもらいましょうか」


 沙耶の視界の上で、飛鳥の銃が一度火を噴いた。

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