メビウス

第5話悲しき英雄

俺は目の前が真っ暗になるのと同時に激しい怒りが込み上げてきた。キングゴブリンにはもちろん、なにより小さな命すら守れなかった自分自身に。俺のなかで何かが弾けた。

「ぜってぇ許さねぇぞ！この、デカブツが・・・何してくれてんだぁぁぁ！！」

怒りに任せて斬りかかった俺の一撃は意図も簡単に弾かれ吹き飛んだ。

「がはっ！」

「グゴオオオオオォォォ！！」

「な・・・に、勝ち誇って・・・んだ。・・・クソ野郎！」

俺は立ち上がり剣を構えた。そのときだった、

「うおおおおおぉぉぉ！！」

「うるあああああぁぁぁ！！」

突如キングゴブリンの巨体がしりもちをついた。

「ア、アリック・・・？と、ゴードンさん・・・？」

「大丈夫！？ユウヤ！！」

「馬鹿が！無理しやがって！」

「俺は・・・大丈夫だ！それよりこのクソ野郎を・・・なんとかしないと！！」

「待って、ユウヤ！何をそんなに興奮してるんだい！？」

「落ち着け！」

落ち着いてなんかいられるか！こいつは、マリーを・・・この村をこんなにしたやつなんだぞ！！

「！？ア、アリック・・・？」

アリックに横っ面を殴られた。

「落ち着け！ユウヤ！冷静になるんだ！君の強みは怒り任せに剣を振るうことじゃないはずだ！目の前の相手に集中して・・・」

「アリック！！危ねぇ！！」

ゴードンさんの声にはっとした俺とアリックだったがキングゴブリンの一撃がアリックを襲った。

「ぐっ・・・は。」

「この野郎ぉぉぉ！！」

ゴードンさんがキングゴブリンと対等に戦っている。それなのに俺はマリーを守れず、アリックもこんな目にあわせて・・・。俺は、俺は・・・！込み上げてくる怒りと悔しさをぐっと押し殺し、剣を構えた。

「アリックの言うとおりだ。剣道を始めた頃に言われた、心技体を一つにすることが勝利への第一歩。技と体を繋ぐのは心だって。集中することが一番大切だって・・・！」

俺は２、３度深呼吸して

「ゴードンさん！一瞬でいい！こいつの動きを止めてください！」

「なにする気か知らねぇが、分かった！無理はすんじゃねぇぞ！」

「は、はは・・・。無理に決まってるだろ。相手はあのキングゴブリンだぞ。こんなやつにどうにか出来るわけがない。」

ケンドールがそう言ったが俺の耳には届かなかった。俺はさらに集中した。

「ユウヤ！」

ゴードンさんがそう言うとキングゴブリンの動きが一瞬止まった・・・！

「そこだ！」

俺はキングゴブリンの首をはね飛ばした。それを見てケンドールは唖然とした。

「そ、そんな馬鹿な・・・。」

「やったな！ユウヤ！」

「それよりアリックは！？」

「そうだ！アリック！無事か！」

「あ、ああ・・・。君なら勝てると・・・思ったよ。」

ふらつきながら立ち上がるアリックに俺とゴードンさんは肩を貸した。キングゴブリンが死んだことによって、司令塔を失ったゴブリン達は散り散りに去っていった。ゴブリンの驚異は去ったが村は壊滅状態だった。兵士達もかなりの数がやられてしまった。

「酷いな。」

「それでも助かった村人もいる。この村を生き返らせることは出来るさ。」

「お前たち二人はよくやったよ。」

ゴードンさんは俺とアリックの頭を豪快に撫でてくれた。それでも俺はマリーを死なせてしまったことに悔いていた。辺りはすでに朝日で明るくなっていた。俺達が村の出口に向かうと、そこにいたのはボロボロになった兵士達とカイルさんとバン爺もいた。

「ご無事でしたか！アリック殿下！」

「よかった、ゴードンも無事だったか。」

「お前も戦ってくれたようだな。」

俺に気付いたバン爺は労ってくれた。

「キングゴブリンが出たと聞いたが？」

「ああ、そうなんだ。だけどこいつが倒しちまいやがった。」

ゴードンさんは俺の首に腕を回して強く締めた。

「く、苦しい。」

「そうか。」

と一言だけ発したカイルさんは俺をじっと見た。

「あ、あの・・・」

カイルさんは俺が話しかけようとするのを遮り、口を開いた。

「殿下、私は何人かの兵士達と一緒に村人達を集め、村を復興する準備をしたいと思います。よろしいでしょうか？殿下は怪我をした人たちと共に一度王都へお帰りください。」

「いや、僕も手伝うよ。」

「ふう・・・。殿下、ご自分の姿を見てから言ってください。足手まといです。」

「そうですぞ。ここはカイル殿に任せていったん引きましょう。」

「・・・分かった。よろしく頼むよ、カイル。」

「ありがとうございます。」

「よし！話もまとまったし、英雄のご帰還としますか！」

ゴードンさんはそう言うとまた俺の首を締めた。

「ちょ・・・ちょっと。」

俺達は王都へ帰ることにした。

王都へ着くと大勢の人たちが道を作っていた。どうやら村がゴブリンに襲われたのをアリックが救ったと噂が流れているらしい。

「アリック様ー！」

「さすがアリック様！」

「素敵ー！」

アリックは困りながらも観衆に手を振った。

「今回の英雄はアリックじゃなくて、ユウヤだけどな。」

とゴードンさんはボソッと言った。英雄・・・か。俺の脳裏にはマリーの姿が浮かんでいた。

城へ着きアリック、ゴードンさん、バン爺と俺は謁見の間に向かった。そこには王様の他に知らない顔が一つあった。

「陛下、ただいま帰還しました。」

３人の真似をして俺も膝をついた。

「やあやあ、アリック殿下！今回も随分とご活躍されたそうですな！なんでもあのキングゴブリンを仕留めたとか！実に素晴らしい！」

なんか胡散臭い髭を生やしたおっさんだな。

「いえ、キングゴブリンを倒したのはこちらのユウヤです。僕は彼に救われた身です。」

「そうでしたか！それは失敬！いやはや貴殿が冒険者のユウヤ殿ですか！私はてっきり殿下が討伐したものだとばかり！いやー！ユウヤ殿は英雄ですな！おっと、失礼！私はクロノス陛下の補佐をしておりますジダンと申します！いわゆる大臣というやつですな！わっはっはっはっ！」

う、うるさい・・・。

「ジダン・・・。話が長いぞ。」

王様がようやく口を開けた。

「皆、ご苦労であったな。特にユウヤ。お主がキングゴブリンを？」

「は、はい。・・・一応。」

「ふむ。なにやら元気がないようだが・・・。お主は精一杯やったのであろう？ならば何も案ずることはない。胸を張りなさい。さすれば、きっとお主の力になり次への一歩に繋がるだろう。」

「あ、ありがとうございます。」

「して、カイルはどうした？姿が見えぬが。」

「カイル殿には村へ残ってもらい復興する手立てをしてもらっております。」

「そうか。」

「さあさ、陛下！皆さまお疲れのようですので、お話しはこの辺りにしてお休みになってもらいましょう！お食事の準備も済ませてありますのでお着替えになられてから食堂へ行ってくださいね！あ、もちろんお風呂の準備もしておりますしお好きなほうからどうぞ！」

よく喋るなとみんな呆れていた。

「そうだな。皆、しっかりと休んでくれ。」

「ありがとうございます。失礼します。」

謁見の間を出るとゴードンさんとバン爺はまだやることがあるといいどこかへ行ってしまった。すると、

「兄様ーーーーー！！！」

メグがアリック目掛けて飛んで来た。

「やあ、メグ。ただいま。」

「こんなに傷だらけになって・・・！ちょっとあんた！なんで兄様がこんなに傷だらけになってるのよ！」

「ぐほっ！俺だって傷だらけなんだぞ・・・。蹴ることはないだろう・・・。」

「ひ、姫様ー・・・待ってくださいー・・・」

「とにかく！ちゃんと兄様を守れるようにしっかりしなさいよね！それじゃあ兄様、ゆっくりと休んでくださいね！アイラ行くわよ！」

「え、え、姫様、待ってー・・・」

メグとアイラは相変わらず走って去っていた。

「ほんと、嵐だな。」

「そうだね。」

と笑いあった。そのあとは部屋で着替えたあと二人で風呂に入り、飯を食って、他愛ない話をしてそれぞれ部屋に戻った。

『胸を張りなさい。』『兄様を守れるように・・・』『英雄』そんな言葉たちやマリーの姿が俺の頭のなかをぐるぐると駆け巡った。強くなりたい。強くならなくちゃ駄目なんだ。元の世界に帰るためにも。マリーみたいな死ななくてもいい命を助けるためにも。そんなことを考えながら眠りについた。

そして翌日事件は起こった。クロノス陛下が暗殺されたのである。世界を揺るがす戦いが始まることに俺はまだ気付いていなかった。