橘日記帳 きっと、世界で一番大切な弟

980年某日。

分家に次男が生まれたらしい。

それ自体に何か感慨を覚えるとかはない。

しかし、あの無能な長男にかの家を継がせるべきではない、と考えた。


芽があるようであれば家臣として、無いようであれば、傀儡とするに丁度いい存在。

願わくば早めに才の片鱗を見せてほしいものだ。


980年後日。

分家次男に対し暗殺の動きあり、との報告があった。

流石に評価を下すには若すぎるとの判断で丁度手が空いていた月に護衛を頼んだ。

長期の任務となる。暫くは床が寂しい日々が続くだろう。


981年某日。

分家の次男を見た。

梅宮の儀式、いつも通り無駄としか思えない仰々しさをもって行われる。

それに出席していた。

おそらく嫌がらせか何かだろう。

未だ赤子、今は冬ではないとはいえ寒さが大分厳しくなる時期だ。


しかし、異常におとなしい気がした。

あの気持ち悪い視線に晒されれば大人でも顔を顰める。

なのに、ほぼ無表情であたりを興味深げに見ていた。

普通ならもっと、泣き叫ぶとかぐずるものだと聞いたが。

心なしか周囲を観察していたような?

……まさかな、ありえない。


だが、もし、もしもあの子が本当に才あるものならば……。


981年後日。

報告が来た、月からだ。

杞憂と一笑に伏したはずの予感は当たっていたらしい。

聞けばすでに言葉を話し始めたそうだ。

それも明確な自我をもって。

有り得ない。

念のため信頼できる友人に確認した。

いくらなんでも早すぎるとの結論を出すに終わった。


今後、注意をしておく必要があるのかもしれない。

未だ疑惑、されど警戒しておくに越したことはない。


982年某日。

最近仕事が忙しい。

下らない雑事に手を煩わせることがとても億劫だ。

これもまともに仕事をしないで日々遊んでばかりいる貴族のせいだ。

そのツケは現場に回ってくる。必ずだ。

まあ、いきなり現場に出て状況を引っ掻き回されるのも困るのだが。

中間管理職の悲哀?どこからか電波を受信した。ところで電波とは何だ?

気にしても仕方がないか。きっと疲れているんだろう。


982年後日。

月からの定期報告にあの次男が文字を習い始めたとあった。

流石に異常だろう。

いや、むしろ丁度いいか。

そろそろ計画が現実味を帯びてきた。

そのどさくさに紛れて据えることも考慮に入れておくとしよう。


983年某日。

どうやら文字を完全に習得しきったらしい。

計画も最終段階に移行している。

まもなく迎え入れることになるだろう。


月も戻ってくる。

そう思うと期待で胸が温かくなる。

早く育ってくれ、私たちの後継者。


983年後日。

ようやく迎え入れた。

子を成せない私たちの代わりに後継となる。

私たちの弟。

この家を纏められるだけの才覚の片鱗。

後ろ暗いことに対応できる適応力の塊。

政治的な思考能力、遥かな視点の高さ。

月に遠回しに調べさせ、密かに鍛えてきた。

思いがけず手にした最強の原石。


そう、きっと、世界で一番大切な宝物

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