準備期間 加茂川の畔にて 01

俺は何のために生きているんだろうか。

その時の自分の頭の中を文章にすればきっとこんな感じなんだろう。

よくあることだった。


そう、流行り病で家族が死んで、ただ一人残されてしまった孤児。

名前も知らない川のほとりで、ソレは寄せ合って生活していた。

その日暮らしといえば聞こえがいいのだろう。

でも、現実はもっと残酷で、あたりまえだけど冷たかった。


来る日も来る日も、仲間は一人、時には何人も死んでいった。

盗みを働くことも多かったし、捕まれば誰も戻ってくることはなかった。


生きていくには、手段を選んでいられない。

裏切った、裏切られた、そんなことは当たり前だ。


でも守って、守られることも当たり前だった。


最初の頃は守られるばかりだった。

次第に守る側になっていった。


命を背負うのは難しい。

そんな言葉を知ってたわけではない。

それを体感した。


供養、というものがある。

流れてくる木に仲間を括り付けて、川に流すことを言う。

少なくとも、俺たちにとってはそれが神聖な行為だった。

それが、流行り病にかかった、未だ生きている仲間を流す行為だとしても。


悲しいときに人は泣くらしい。

最近、滅多に泣くことは無くなった。

なんだろう。

多分人生とやらの中で、一番幸福だった時期には泣いていた記憶があるのに。


今はこんなに悲しいのに、どうやら泣くことができそうにない。


それは、一番長く共に過ごした親友を失った時の呟きだった。

いつでも隣にあった温もりが、冷たい感触に変わった瞬間の呟きだった。


俺たちは何をしたんだろうか。

俺自身、罪深いことは百も承知だし、今更救われようなんて思っちゃいない。

けれど、少なくとも。


生まれたばかりの赤ん坊に、なぜこんな不幸が訪れなくちゃいけないんだ。

毎晩眠りにつく度、震えている子供に、どんな咎があるっていうんだろう。

そして、誰よりもお人よしで、誰よりも面倒見のよかった親友が、何故だ。


なんでみんなしんでしまったんだ。

何で俺だけが生き残った。


踏みにじったからか?

虐げたからか?

裏切ったからか?

抗ったからか?

奪ったからか?


違う違う違うちがうチガウ!


そんなことはない。

ただ、運が良かっただけ。


ただ、それだけ。

認めたくない事実でもない。

知りたくない真実でも何でもない。

ただ、現実としてそこにあるのは、それだった。




それから、俺は無気力になった。

生きていながら死んでいる状態。

この川のほとりの住人としてはお似合いだ。

ただ、この川で一番若い住人になった。


日課ができた。簡単な事だ。

死んでいった名前を呟くだけ。


思い出を思い出のままに、忘れぬように刻み込む作業。

そんな日々に変化が訪れるのは、もう少し先の話。


それが、頼んでもいないのに救いをくれた主との、出会いの物語。

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