第十話 笑顔……だと!?

アリシアはこのギルドのセミナーの講師しているのと同時に冒険者である。

彼女は幼い頃から魔法について才能を発揮して家族からも周りからも認められ、15歳で冒険者になってソロで依頼をこなしている内に冒険者としてDランクにまでに成長した。

その冒険者ランクの上がるスピードと魔法についてのその才能からギルドから依頼されて非常勤講師になったのである。

加えて、その男性を虜にする容姿と性格からアリシアに好意を抱いている者は少なくない。

いわゆるマスコット的な存在になっている。


彼女を見かければ誰もが必ず挨拶をする。

彼女は挨拶をされればにこやかな笑顔で挨拶を返す。

その笑顔を見るために皆が挨拶をするのだが、今日の彼女は違っていた。

挨拶をされても笑顔どころか挨拶すら返さない。


それは何故かーーー彼女、つまりアリシアが怒っているからである。それも、今までにない程に。



(もうッ、なんですか!なんなんですか!これじゃあ、ギルド側の責任じゃないですか!)


アリシアは今、彼が待っている講義室に向かうために廊下を歩いている。その顔からはいつもの笑顔ではなく、怒りに満ちた表情をしているのが判る。


(いえ、ギルドではなくて私が悪いですね。いくら面倒だからといって更衣室を使わずにあそこで着替えていたのですから。)


アリシアは歩を止め、先の出来事を思い出す。

男の人に自分の着替えを見られたことを。

しかも、その男性はついさっき出会ったばかりの人である。

それがアリシアの怒りの原因であった。


ボッと音が出るかと感じさせる程に一瞬で、まるで熟れたリンゴのように頬だけでなく顔全体が先の恥ずかしさで赤く染まる。

このようになってしまうのも当然だろう。

女性が異性に裸ではないものの、着替えを見られたのだから。

さらに思春期の十代で異性を意識し始める年齢だ。余計に恥ずかしいだろう。


(しかし、いくら私があそこで着替えていて悪くても彼も悪いはずです!この怒りはどうやったら、鎮められるでしょうか……。)


アリシアは考える。

どうやって、この怒りを鎮めようか。

どうやって、先の出来事を無かったことにするか。

どうやって、彼の記憶を消そうか。


そして、一つの至極単純なことを思いついた。いや気づいたというほうが正しいか。


(そうですよ、彼が私が担当する魔法のセミナーを受ける人ならばアレをやればいいいいんですよ!)


「よしッ!頑張りましょう!」


そう自分に言い聞かせて先程の足取りとは打って変わってスキップしながら講義室へと向かった。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



その頃、講義室で利和は考えていた。

……どうなるんだろうな、これから。

アリシアさんに許してもらえるかな。


「ハァーーー」


何回もため息をついてしまう。

ため息をつくと幸せが逃げて行くよ、と聞いたことがあるがそんなこと今は関係ない。

こういう場合、どうすれば許してもらえるんだろうう。

漫画や小説での主人公たちはどうしてたっけ?

考えろ!考えるんだ!



…………分かった……分かったぞ!


必死に謝る!これだ!コレしかない!

謝れば許してくれる……はずだ……。

というか、謝るしか方法はないんだ!

謝るという以外に他にどんな選択肢がある?

ないだろう?あるわけないだろ?


さぁ、来い!アリシアさん!

俺のスーパーミラクルレジェンド土下座を披露してやるぜ!有難く思いな、アリシアさん。コレを披露するのはアリシアさんが初めてなんだからな!


ガチャ


ドアの開く音が彼の耳に届く。

来たッ!

よしッ!今すぐ土下座を……。


「いきなり出て行ってしまいすみませんでした、トシカズさん。少し確認したいことがあったので……」


とニコニコと見る者を虜にするような笑いをしながら、アリシアは彼に向かって喋る。

その笑顔からは先程あんなにも怒っていた顔を連想するのは難しいだろう。


そして彼は混乱していた。

な、何故だ、何故笑っているんだ……。

怒りながら「許しを請え!」とか言うと思っていたんだけど、これは流石に……想定外だ……。

下着姿や裸を見た後に怒られないで逆にニコニコと笑みを浮かべるというのは今の漫画や小説では最早お約束になりつつある。

そして、笑顔のときの方が強いというのもまたお約束だ。

まさか、現実でもあり得るとは……。


本当に怖い。

嘘や冗談ではなくて本当にアリシアさんが怖い。

なんだろう……笑顔なのに怖い……笑顔なのに、だ。

無言の圧力とかと似ているかもしれない。


実際、アリシアは確かに笑っている。しかし、心の中では怒っていた。それはもう、ヤバイぐらいにおこっているのである。


「あ、あの……アリシアさん。先程は本当にすいませんでした。ごめんなさい」


おそるおそる彼はアリシアに声をかける。

彼は土下座をしなかった。否、出来なかったのである。

今のアリシアを前にしてふざけたことは出来ない。

ましてや、彼がやろうとしていたスーパーミラクルレジェンド土下座など以ての外だ。


「え?なんのことですか?」


アリシアの返答はそれだけだった。

怒りもしない。罵倒もしない。

ただ、ニコニコと笑うだけである。

それにより、彼は一層不安になる。


「いや、その、さっきのことは本当に申し訳なく思っていて……図崩しいと思うけど許して欲し「なんのことですか?」


「…………え?」


彼の言葉が言い終わる前にアリシアはまた同じことを言う。


「なんのことって、それゃあさっきのことで「なんのことですか?」


「………だから、着替えをしているところを見てしまっ「な・ん・の・こ・と・で・す・か!」


「い、いえ、……なんでもないです」


俺はそれしか言えない。

そうするしかなかったんだ。

あまりにもアリシアさんが怖いから。


しかし、俺は密かに思っていたんだけど。

もしかしたら許してもらえたんじゃないのか、と。

確かに!よく、考えればあの人があんな姿を見られたのはもう思い出したくないはずだ。

それなら、これは許してくれたと考えるほうがいいんじゃないのか?


「許します、許しますから、だから……もう、そのことは言わないで下さい」とか……とか!

なってるんじゃないの?

良かった〜。もしかしたら俺死ぬんじゃないかな、とか思ってたから。


実際には、彼の言っていることは少ししか合っていなかった。

「もう、思い出したくない」これだけしか合っていなかった。

そして、そんなことを思う人は強行手段に出る。

出てしまうのだ。実際、アリシアもその一人なのだから。


しかし、そんな彼の想いは届かなかった。

なぜなら、彼は後から地獄を見ることになるのだから。

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