第10問

第十問

 次の( )に正しい年号を記入しなさい。

『(  )年 キリスト教伝来』



 篠崎一郎しのざきいちろうの答え

『俺様が産まれ落ちた年』


 教師のコメント

『冒涜がお好きですね』



 東城裕貴とうじょうゆうきの答え

『たぶん1999年』


 教師のコメント

『自信を持ちましょう。正解は1549年です』



――――



 試召戦争が引き分けとなり、AクラスもFクラスも双方に不満だけが残ってしまった。

 時代が時代なら、国の当主が討たれることが定めとなっている。

 だから、俺たちの待遇もそれに倣っているのかもしれない。

『ドキッ!? 男子だらけの告白大会! (命が)ポロリもあるよ!』

 誰だ、こんな絞首刑よりも辛い処刑方法を思いついたのは……!

「これより、戦犯ブサイクの篠崎一郎および東城裕貴の公開処刑を行いたいと思いまーす」

 早朝の校門近くで、FクラスとAクラスの生徒たちが集まり、パチパチパチと拍手を鳴らす。

「おのれ、裕貴っ! 貴様のせいでこの俺様までも、巻き込まれてしまったではないか!」

「うるせぇよ、一郎……。これ以上、Aクラスの女子の機嫌を損ねると、本当に首吊らされるぞ……」

 イケメンのホモ発覚事件のせいでAクラスどころか二年女子のほとんどが、俺に殺意を抱いている。

「だからと言って、俺様には耐えられん! よりにもよって女子生徒の格好などと……!」

「死ぬよりかはマシだろ」

 校門近くで、女装したムサい男が二人。近所の人に通報されないか、不安だ。

 スカートって寒いな。股がスースーする。

「おのれ、プリーツめ! 恐るべきペラペラ感!」

「あー、Fクラスの馬鹿ども……ケータイでの撮影は勘弁してくださーい。え? アヘ顔Wピースしろって? 言ってる意味が分からないんで舌を噛み切って死んでください」

「むっ? 裕貴よ、貴様いつもの元気はどうした? あのような挑発、鉄拳制裁で黙らしていただろうに」

 試召戦争から数日。ババア長から嘲笑され、女子から蔑ろにされ、イケメンにベタベタされる――そんな地獄の日々が続き、心の傷は癒えるどころか深刻さを増していた。

「なぁ、一郎……努力って報われないものだよな……」

「努力など知らん。そのような格好の悪いことなど俺様には似合わんからな」

 すでに格好悪い姿をしているんですが。

「……ゆうき、可愛いです」

 やめろ、紫緒里。その言葉はどんな罵倒よりも効く。

「紫緒里ちゃん! 俺様は!? 俺様は裕貴よりも可愛いであろう!?」

「……」

「ああ! その汚物を見下すような視線も堪らん……!」

 たまに、こいつの生き方が羨ましいときがある。もし俺が一郎になったら即刻首を吊るが。

 カシャリ、とシャッター音が聞こえる。

「だから写真は……おい宮野、おまえもか」

さん、女の子の姿もなかなかお似合いですわよ? それと、裕貴さん? 呼び方、間違えていますわ。わたくしのこと、どう呼ぶんでしたっけ?」

「うっ……れ、麗華大明神……」

「大明神は余計ですの」

「れ……麗華」

「よろしいですわ」

 うう、何でも言うことを聞くとは言ったが、まさか呼び捨てを強制されるとは思わなかった。幼なじみの紫緒里なら何の抵抗もなく呼べるが、クラスメイト相手ではこれが中々呼びづらい。

「…………これで、紫緒里と同じところに立てましたわ……」

「ん? 何か言ったか?」

「いいえ? そんなことより――そろそろ処刑の時間ですわよ?」

『ターゲットが校門付近に接近中!』

 ああ、ついに処刑のときが来てしまった……。

『最初のターゲットは、治安維持生徒会の会長・坂本雄二さかもとゆうじ先輩! 死刑囚の準備をお願いします!』

 Aクラスの女子が、こちらをチラチラと見ながら囁き合う。もしかして、誰か俺に気でもあるのかな?

『どうする? 坂本先輩に、ゴミ城をボコってもらう?』

『あの先輩、喧嘩めちゃくちゃ強いもんね。顔の原形が無くなるまで殴ってもらおっ!』

『いやいや、メインディッシュを先にしちゃ駄目でしょ。あいつは最後で、最初はキモい奴からよ』

 俺の心が壊れる前に、耳を塞いでおこう。

 彼女たちの会議はコンパクトに納められ、結果的に坂本先輩への告白(処刑)は一郎に決まった。

「ほぅ、坂本先輩か……。これは願ったり叶ったりだ」

「紫緒里。おまえの兄ちゃん、ホモだったよ」

「……カキカキ(絶縁状作成中)」

「戯け!! 坂本先輩は俺様の憧れだぞ! ここで先輩を挑発し、殴り合いとなれば伝説の一つとなれるわけだ!」

 伝説とはオーバーな……。

 坂本雄二と言えば、神童とまで呼ばれた天才だ。二年のとき、Fクラスに身を起きながら、格上のクラス相手に数多くの勝利を収めている。今回の試召戦争で俺たちが苦しめられた策略のほとんどが先輩の発案によるものだったらしい。

 しかも、頭が切れる上に腕も立つ。

 坂本先輩とステゴロで勝てる人間は、校内では鉄人か吉井先輩くらいだ。一部情報では、美人で有名な霧島先輩が坂本先輩を片腕で瞬殺していたらしいが、誰かの見間違いだろう。

 体格の良い長身の生徒――坂本先輩が校門を抜ける。

「おら、さっさと逝け!」

 一郎は、尻を蹴り飛ばされ、つんのめるように坂本先輩のところにたどり着いた。

『ひっ!? 翔子!? …………なんだ、変態か』

 さすがは悪名高き坂本先輩。この世のモノとは思えないほど醜悪な一郎を前にしても、涼しい顔をしている。

 黒い長髪のウィッグを付けているせいか、誰かと見違えて一瞬だけ驚いてたようにも見えたが……。


『坂本雄二先輩っ! 俺様、貴様に一目惚れしたぞ! 是非、俺様と契ってほしい!』

『警察と病院、どっちがいい?』

『先輩の家が良い!』


「おぞましいほどに気持ち悪いな、あいつ」

 今に始まったことではないが。

「……アレと同じ血が流れてると考えただけで死にたくなるのです」

 半眼になる紫緒里。手に持つ絶縁状は、完成していた。


『救急車に乗せられたいようだな。治安維持生徒会への当てつけかは知らんが、おまえ、あのバカの手先か?』

『俺様は、愛の奴隷だ!!』

『おまえが行くべき場所は、病院じゃなくて墓場だな』

『……雄二、浮気はダメ』

『なっ!?!? 翔子!? 待て! こいつ、どう見てもうぎゃああああああああ!』

『……だからこそ』


「嘘だろ……!? あの体格の男をアイアンクローで落とした、だと……!?」

 俺は、幻覚でも見ているのだろうか。

 突如どこからともなく現れた大和撫子風の美少女が、自分よりも背丈の高い坂本先輩を片手で持ち上げた。

 あまりの衝撃的な光景に、一郎が腰を抜かしてしまっている。


『……雄二は結婚を前提とした恋人……同然の人。諦めて』

『は、はいぃぃぃぃぃ! 来世も諦めますぅううううう!』


 出来損ないの四足歩行ロボットみたいに、わたわたと帰ってくる一郎。

 一発くらい殴られていたら、良い落ちが付いただろうに……あいつも哀れだ。


『……雄二、後輩の女の子についても聞かせてもらうから』

『それは試召戦争の相談を受けただけだと、言っただろ! 話を聞け!』

『……雄二は治安維持生徒会だから、しっかりと罰を受けるべき』

『そのブライダル雑誌はなんだ!? やめろ! 誰か……たすけ……!』


 ずるずると引きずられていく坂本先輩。地面に残された引っ掻き傷が生々しくて、最高にホラーだった。

「一郎、大丈夫か?」

 顔面蒼白となる一郎。奴がここまでビビるのも珍しい。

「なんだったのだ、あれは? 片手で人の頭蓋骨を砕きかけていた、だと? ミシミシ、ミシミシと、骨がミシミシと。ひっ! いやだ! 死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない」

 まるで悪霊に取り憑かれてしまったかのように一郎は譫言を呟く。

 おそるべし坂本雄二……!

『ターゲット二人目も校門に接近! 死刑囚の準備をお願いします!』

「おい、ブサイク二号。次はてめぇの番だぞ」

 くいっと顎で指示するAクラス女子。実にノリノリである。

『次は、異端者筆頭・吉井明久よしいあきひさ先輩!』

 吉井明久。

 坂本先輩とは対照的に背が低く、華奢な体つきだが、その存在は坂本先輩よりも畏れられている。

 異端者筆頭・観察処分者・Fクラスの悪魔・アキちゃん……数々の異名を持ち、数多くの偉業を果たし続ける伝説バカの三年生。

 校舎を破壊すること三回。合宿で女子風呂を覗くこと一回(しかもババア長の入浴時を狙って)。鉄人との逃走劇、カウント不能。

 あの人畜無害そうな甘いマスクの下には、悪魔のような本性が隠れているらしい。

「今日が俺の命日になるかもしれないな……」

「なら告白相手を、僕にしてみるかい?」

「おまえのその一言で、俺の待遇がさらに劣悪なものに変わったよ、ありがとな」

 死ね。人類の想像を絶するほどの壮絶な死を迎えて、死ね。

「ぼさっとすんな! 逝けやぁ!」

 背中を蹴られ、一郎と同じようにバランスを崩しながらも前に出る。

 吉井先輩の進路を塞ぐ。

「あの……吉井先輩! 学校入学したときから、というか生まれ落ちたときから好きでした! 結婚を通り越して一緒に墓に入ることを前提で付き合ってください!」

「……」

 吉井先輩は目を丸めていた。

 数秒後。


 ダッ! ← 逃亡

 ガッ! ← 捕獲


「逃げないで! 無茶を承知で言うけど、逃げないで! 先輩!」

 腰にタックルを決めて、吉井先輩の逃走を阻止する。

「ええい! 離せ、変態! さては君、雄二の手先だな!? あいつめ、こんな吐き気がするほど気色悪い格好をさせた後輩を送り込んで、僕の社会的地位を奪うとは卑怯な手を!」

 えらくストレートに侮辱されている気がする。

「せ、せめて、返事だけでも! そうしたら離しますから!」

「僕には、姫路さんと秀吉という心に決めた人がいるんだ! 君とは付き合えない! というか、男同士なんて僕には絶対無理だよ!」

 恥も外聞もかなぐり捨てた告白は、見事失敗――ということでことが済めばいいのだが、そこは女子のさじ加減による。

 後方に控えているクラスメイトたちの様子を窺う。


 チラリ → 釘バッドを持った女子の皆様方による、一郎千本ノック中(玉は金)


 駄目だ、帰れない。

「見殺しにしないで、吉井先輩っ!」

「どういうこと!? 今の流れで、君の生死与奪の権利をなぜ僕が握ってるの!? そして、後ろで行われている残虐行為は何!?」

「殺されるっ! 俺、殺されちまう!」

「君にも事情があるみたいだけど……だったら、どうすればこの場が収まるの?」

 言われて考えてみれば、女子はどうすれば納得するのだろうか。

 俺がボコボコにされる――それが女子の望む結末だろう。

 しかしそれでは根本的解決にならない。

 女子の怒りの根元は、イケメンにある。

 つまり、イケメンの興味が俺から離れれば問題解決……?

「そうか!! 吉井先輩、俺と付き合いましょう!!」


 ダッ! ← 全力逃亡

 ガッ! ← 全力捕獲


「誰かっ! 警察を……!!」

「すいません! 俺の不幸を入れてませんでした!! だから、警察は! 警察だけは勘弁してください!」

 危うく自分の幸せを失うところだった。

 やはり女子が納得する結末は、どう足掻いても俺が不幸になる。ここは逃げるしかないだろう。

「待って、先輩! 一生のお願い!」

「だったら、一生のお願いだから僕に近付くな、この変態!!」

 立ち去ろうとする吉井先輩を必死に止める。

 くそ! 小さいくせに、すげぇバカ力だな! ――ならば!

「ここで俺を見捨てたら、吉井先輩が女装趣味だってことを二年生全員に言いふらす!!」

「君の要求はなんだい、後輩くん?」

 ふっ、切り札は隠し持っておくものだな。

 アキちゃん(吉井先輩が女装するときの名)の写真は、とある商会で高額で取り引きされている。俺や一郎と同様に嫌々着せられ、撮られた写真らしく、吉井先輩はアキちゃんの名を恐れていた。

「吉井先輩が、協力的な方で助かりました。思ったよりも良い人なんですね」

「君は一度、誰かに刺された方がいいと思う」

 僕らと同学年じゃないのが残念だよ、と付け加えてくる辺りが、実に恐ろしい。

 だが、あの有名な吉井先輩を味方(?)に付けられたことは良い流れだ。

 大いに利用してやろう。

 これから起こる災難に気付かずに、吉井先輩は鬱屈そうな顔をしている。

「それで結局のところ、僕はどうすればいいの?」

「俺に併せて演技をするだけで結構です」

「うん? それだけでいいの?」

 拍子抜けとでも言いたげに吉井先輩が表情を緩める。

「それでは、始めますね――」

 俺は、誰に言うでもなく声を張り上げた。


「ええ!? 吉井先輩! 恋人が三人もいるんですか!?」


『『『異端者筆頭発見、死すべし!』』』


 まるで忍者のように、異端審問会のメンバーが俺と吉井先輩を囲む。

「貴様、謀ったなっ!!」

「あははっ。騙される方が悪いんですよ、吉井先輩。この混乱に乗じて、俺は逃げますんで、先輩は残りわずかな余生を楽しんでください」

 女子たちは異端審問会の出現に驚いて、俺の存在など気付きもしないだろう。

 この隙に俺は校舎に逃げ――ん?

「……ゆうき」

「裕貴さん」

 進行方向に立ちはだかる、紫緒里と麗華。

 何か恥じらうように頬を紅潮させているが、二人は何を?

「裕貴さん、これは謝罪の意味と――」

「……生徒会への宣戦布告です」

 二人が大きく深呼吸をする。


「「あい、らぶ、ゆー」」


「え?」

 あいらぶゆう? 愛裸武勇? I LOVE YOU?

「まさか、おまえら……!」

 信じられなかった。

 この二人が、まさか俺のことを……


『『『DEATH AND HELL!』』』


「そんなに俺のことが嫌いか!」


 異端審問会の目標に、俺が加えられた。

「……ゆうき、誤解です!」

「そうですわ! これは、その……違うんですのっ!」

 もうやだ。この世に信じられるモノなんて自分一人だ。

「吉井先輩! 昨日の敵は今日の友ということで、お互いに力を合わせて生き残りましょう!」

「君が僕を裏切ってから、まだ一分も経ってないけど!?」

 俺の機転の良さに、吉井先輩が心底驚いている。

「ええい、仕方ない! 君の名前は!?」

「東城裕貴です!」

「分かった! 君の名前は、殺害予定リストに加えておくとして、ここは協力しよう!」

 不穏な単語が聞こえたような。まあいい、ここは逃げることが先決だ。

「吉井先輩、考えがあります。俺と先輩で左右同時に分かれるんです。それで相手の動揺を誘い、逃げましょう」

「東城くん、奇遇だね。僕も同じことを考えてたところだよ」

 意外と俺たちは気が合うかもしれない。

 吉井先輩が右に、俺が左に逃げるように目線で示し合う。

 じりじりと距離を詰めてくる異端審問会を前に、吉井先輩が合図を出す。

「今だっ!」


「「僕(俺)の囮役は任せたっ!」」


 気が合いすぎるのも問題だ。

 背中を突き飛ばそうと狙っていたのだが、伸ばした両手は磁石で引っ張られたかのように吉井先輩の手を握りしめていた。

「その気持ち悪い手を離すんだ、東城くん!!」

「馬鹿言わないで下さいよ! 力を抜いたら、俺をあいつらのところにぶん投げるつもりでしょう!?」

「そんなことあるに決まってるだろ! さあ! 大人しく、僕の犠牲となるんだ!」

 これほどまでに正直な人は早々いないだろう。

『『『バカ二人を、ぶち殺せ!』』』

 経緯はどうあれ、結果的に互いに別方向に逃げることとなり、異端審問会の意表を突くことに成功した。

「チィ! 吉井先輩、生き残れたときは覚えておいてください!」

「それは僕の台詞だよ!」

 異端審問会の追跡から逃れながら、俺は考える。

 逃げる先はどうしようか。

 授業が始まれば、異端審問会も諦めるはず。

 とりあえずは撒くことに専念するとして――

 悪い癖が働いてしまう。

 遠くにいる人影を探す。

 ……いた。

 こちらを不安そうに見つめている紫緒里。

 紫緒里と目が合う。

 ――大丈夫だから、悲しい顔をしないでくれ。

 俺が微笑みかける。

 すると、紫緒里は頬を緩ませた。

 あの朗らかな笑顔に優るものを、俺は知らない。


「あれは惚れてもしょうがないな、過去の俺」


 さあ、どこまで逃げようか。

 彼女の笑顔が見えない場所は、嫌だな。














 ……なんて、格好良く決めている場合じゃなかった。

「東城。なんだ、その格好は?」

 眼前、吉井先輩を抱えた鉄人が立っている。

 ついさっき別れたばかりの吉井先輩は、まるでトラックにでも轢かれてしまったかのようにボロボロだった。

「東城……。先生な、おまえが一年の頃、この吉井バカのことで手一杯だったせいか『東城も、ひょっとしてバカなんじゃないか?』と短絡的に思っていたんだ」

 鉄人の声がやけに優しい。

「だがな。学年最下位から、たった数ヶ月で学年主席に上り詰めたとき『バカと天才は紙一重』という言葉が思い浮かんで、先生は確信したよ」

 逃げろ、と本能が訴えかけているが、恐怖で足が動かない。

「あ、あはは……西村先生、俺が天才だって分かってくれたんですね」

「喜べ、東城。おまえへの疑いは晴れた」

 愛の鞭(鉄拳)が飛んでくる。

「おまえはバカだ」

 この後、吉井先輩と仲良く鉄人の説教を食らった。

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